2005/02/07 - 2005/02/07
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hidamari09さん
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旅行の3日目,昆明から夜行寝台列車で大理に移動しました。
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3日目: 朝食後遊覧船に乗車し洱海遊覧(含む乗船券、三道茶歌舞表演、南詔風情島)、崇聖寺三塔、蝴蝶泉、大理古城、洋人街 (宿泊:大理)
3日目は図のように移動した模様です。 -
朝の6時,大理駅に到着しました。
まだ日は開けておらず,薄闇の中駅の構内を押し出されるように出ました。 -
貯食を食べた後,船に乗船しました。
先に出港した船の画像から,Google earthで出港した港の場所を推定しました。
洱海は大理市を南北に縦断する湖で、雲南省で2番目の面積を誇る海抜1980mの高原に位置する淡水湖だそうです。南北に長い形をしており、南北約40km、東西に幅が狭いところで3km、広いところで9kmあり,湖の形が少し曲がっていて人の耳の形に似ている、さらに湖面が広く白波が立ち海のように見えることから洱海と名づけられたそうです。 -
2月の湖面を吹く風は冷たく,外に長く佇んでは居られません。
船室の中には,舞台が設えてあり,歌と踊りが披露されます。
言葉は解りませんが,踊りの振付の流れを見ていると,若い男の子が女の子に求愛する物語が演じられていたようです。
大理は少数民族白族が多く住む場所との事です。
踊りが終わった後に,踊り子に白族かと聞いたところ,漢族ですとの返事が帰ってきました。
看板に偽りありです。
演技が終わった後は,会場で三道茶(一苦二甜)の実演販売が行われます。 -
船は「南詔風情島」に到着しました。
南詔(なんしょう)とは何でしょう。ウィキペディアで調べると、8世紀半ば、中国西南部、雲南地方の洱海地区に勃興したチベット・ビルマ語族の王国との事です。
南詔風情とありますが,どんな風情なのかよく解りませんでした。
遠くに立像が見えますが,どうみても最近の作品のようです。
近場に風を避けられる場所を探し,他の旅行団の一行が戻って来るのを待ちます。 -
風情がよく解らないまま,「南詔風情島」を後にしました。
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湖を航行する遊覧船はこのようなものです。
船内では救命具の案内もなく,これで何か事故があれば,2月の冷たい水の中で凍え死んでしまう。早く,対岸に着くことを祈るばかりです。 -
遊覧船には,龍の飾りがついています。
龍の飾りなどより,救命ボート,救命具の方に気を使って欲しいと思う次第です。
こんなにも乗船していたのかとびっくりするくらい,乗船客が続々と降り立ちます。無事に対岸についてほっとしました。 -
「蝴蝶泉」に到着しました。
蝴蝶泉は蒼山の雲弄峰の麓に位置し,その水は鏡のように澄んで綺麗で,毎年蝴蝶会になると、数えきれない程の蝶が,四方八方から泉のほとりに飛んできて,空を覆うように乱舞するのだそうです。
この2月の寒空には,空を舞う蝴蝶はいないようです。 -
素朴な人形が掛けられています。この左手に男性の人形が掛かっています。
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公園内で,ようやく本物の少数民族らしいおばさん達を見かけました。
おみやげを携えて売り歩いていました。 -
マイクロバスで,次の参観ポイント「崇聖寺」に来ました。
崇聖寺は唐開元時代に創建され、宋時代に最盛期を迎えました。お寺の、三塔、建極大鐘、雨銅観音像、「仏都」と書いた額、三聖金像という重要国宝が世界的に知られています。大理国王のうち、9人ほどが崇聖寺に出家し修行をしています。南詔、大理国で有名な王の寺院でした。清咸豊、同治時代に戦火と自然災害に遭い、現存しているのは三塔のみです。
機械翻訳らしき,ネットの紹介文を修正して添付しました。 -
創建は(824〜859年)とのことなので,三塔は約1,200年ほどの歴史があることになります。真ん中の塔が先に建造され,左右の塔が後から建てられたそうです。
参観は,この場所までで終わらせています。 -
大理市内に入ると,街中で獅子舞を演じていました。
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街頭では花火が売られ,旧正月を迎える雰囲気にあふれています。
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市内見物で3日目の観光は終了です。
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