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今から311年前の元禄15年12月15日未明に、太平の世の中に衝撃を与える事件が起こった。芝居、映画、小説などでご存じの赤穂浪士討ち入り事件。<br />本所にある吉良邸に押し入り、吉良上野介の首級を挙げた四十七士は、亡き主君・浅野内匠頭が眠る泉岳寺までの道のりを歩いた。<br /><br />平成25年12月14日、四十七士が歩いた道程を追ってみました。    (歩いた距離 約12Km)

「元禄十五年冬、吉良邸から泉岳寺へ  赤穂四十七士の歩いた道 」 2013

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2013/12/14 - 2013/12/14

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旅姿

旅姿さん

今から311年前の元禄15年12月15日未明に、太平の世の中に衝撃を与える事件が起こった。芝居、映画、小説などでご存じの赤穂浪士討ち入り事件。
本所にある吉良邸に押し入り、吉良上野介の首級を挙げた四十七士は、亡き主君・浅野内匠頭が眠る泉岳寺までの道のりを歩いた。

平成25年12月14日、四十七士が歩いた道程を追ってみました。    (歩いた距離 約12Km)

旅行の満足度
4.5
交通手段
私鉄 徒歩
  • 討ち入りの発端は、江戸城本丸の松の廊下での刃傷事件。<br />元禄14年(1701)3月14日、勅使の年賀答礼の儀式の際、播州赤穂藩主・浅野<br />内匠頭長矩が高家筆頭の吉良上野介に斬りつけた。<br />刃傷は未遂に終わり、内匠頭は即日切腹を言い渡され、自刃した。<br />遺体は菩提寺である泉岳寺に葬られた。<br />一方、吉良上野介はおとがめなし。後に隠居させられ本所へ屋敷替えとなる。<br />江戸幕府5代将軍徳川綱吉の時代でした。<br /><br />写真は皇居東御苑内にある「松之大廊下跡」の碑。(2013.11.14)

    討ち入りの発端は、江戸城本丸の松の廊下での刃傷事件。
    元禄14年(1701)3月14日、勅使の年賀答礼の儀式の際、播州赤穂藩主・浅野
    内匠頭長矩が高家筆頭の吉良上野介に斬りつけた。
    刃傷は未遂に終わり、内匠頭は即日切腹を言い渡され、自刃した。
    遺体は菩提寺である泉岳寺に葬られた。
    一方、吉良上野介はおとがめなし。後に隠居させられ本所へ屋敷替えとなる。
    江戸幕府5代将軍徳川綱吉の時代でした。

    写真は皇居東御苑内にある「松之大廊下跡」の碑。(2013.11.14)

  • ◆歩いた道<br />  吉良邸跡〜回向院〜両国橋〜大高源五の句碑〜永代橋〜堀部安兵衛武庸之碑〜<br />  浅野内匠頭邸跡〜築地本願寺〜浅野内匠頭終焉之地〜 (次の地図へ)<br /><br />☆地図は「東京下町散歩」(成美堂出版)より<br /><br />◆浅野は何故刃傷に及んだか?<br /> 諸説あり、・赤穂の塩田技術 ・赤穂塩と吉良塩をめぐっての説<br />      ・吉良の浅野夫人への横恋慕説<br />      ・吉良の不正な仕打ち など<br /><br />

    ◆歩いた道
      吉良邸跡〜回向院〜両国橋〜大高源五の句碑〜永代橋〜堀部安兵衛武庸之碑〜
      浅野内匠頭邸跡〜築地本願寺〜浅野内匠頭終焉之地〜 (次の地図へ)

    ☆地図は「東京下町散歩」(成美堂出版)より

    ◆浅野は何故刃傷に及んだか?
     諸説あり、・赤穂の塩田技術 ・赤穂塩と吉良塩をめぐっての説
          ・吉良の浅野夫人への横恋慕説
          ・吉良の不正な仕打ち など

  • そして<br /> 日比谷通り〜第一京浜〜「泉岳寺」。<br />-------------------------<br /><br />◆討ち入りまで      <br /> 刃傷事件(元禄14年3月14日)〜即日切腹〜吉良お咎めなし〜<br /> 早使い赤穂城到着(3月19日早朝)〜赤穂城明渡し(4月19日)〜上野介隠居(12月11日)〜浅野家再興の夢消滅(元禄15年7月18日)〜討ち入り(元禄15年12月15日未明)<br />  

    そして
     日比谷通り〜第一京浜〜「泉岳寺」。
    -------------------------

    ◆討ち入りまで      
     刃傷事件(元禄14年3月14日)〜即日切腹〜吉良お咎めなし〜
     早使い赤穂城到着(3月19日早朝)〜赤穂城明渡し(4月19日)〜上野介隠居(12月11日)〜浅野家再興の夢消滅(元禄15年7月18日)〜討ち入り(元禄15年12月15日未明)
      

  • 地下鉄大江戸線の両国駅でおり、ここから吉良邸へは10分位か。<br />初めての地、地図を片手に歩き出す。

    地下鉄大江戸線の両国駅でおり、ここから吉良邸へは10分位か。
    初めての地、地図を片手に歩き出す。

  • 12月14日〜15日は恒例の元禄市がある。

    12月14日〜15日は恒例の元禄市がある。

  • かつてこの一帯には上野介の屋敷があったところで、今は「本所松阪町公園」になっている。 すごい人、人---。

    かつてこの一帯には上野介の屋敷があったところで、今は「本所松阪町公園」になっている。 すごい人、人---。

  • なまこ壁の前えでは地元の方が「甘酒」の振る舞い!<br />体が温まります。

    なまこ壁の前えでは地元の方が「甘酒」の振る舞い!
    体が温まります。

  • 吉良邸跡の碑

    吉良邸跡の碑

  • 吉良邸は当時は東西に134m,南北に63mの8,400?(約2,545坪)の広大な上屋敷だった。   今は98?とのこと。<br /><br />☆最近宮内庁で屋敷の図面が公開されています。<br />http://toshoryo.kunaicho.go.jp/Viewer?contentId=3611

    吉良邸は当時は東西に134m,南北に63mの8,400?(約2,545坪)の広大な上屋敷だった。   今は98?とのこと。

    ☆最近宮内庁で屋敷の図面が公開されています。
    http://toshoryo.kunaicho.go.jp/Viewer?contentId=3611

  • 吉良上野介の座像

    吉良上野介の座像

  • 首洗い井戸

    首洗い井戸

  • 吉良家臣の犠牲になられた二十士<br /> --映画や講談に出てくる清水一角の名もある。

    吉良家臣の犠牲になられた二十士
     --映画や講談に出てくる清水一角の名もある。

  • 吉良邸跡をでて、創業明治2年の和菓子店で「吉良まんじゅう」の焼き菓子を<br />味見させてもらいました。

    吉良邸跡をでて、創業明治2年の和菓子店で「吉良まんじゅう」の焼き菓子を
    味見させてもらいました。

  • 吉良邸跡の前の通りは市で賑わっています。

    吉良邸跡の前の通りは市で賑わっています。

  • 道の隅には碑もある。

    道の隅には碑もある。

  • 回向院(えこういん)<br />討ち入り後に四十七士がこの寺で休憩をとろうとしたが、<br />拒まれたそうです。<br /><br />鼠小僧次郎吉の墓もあるとのこと。

    回向院(えこういん)
    討ち入り後に四十七士がこの寺で休憩をとろうとしたが、
    拒まれたそうです。

    鼠小僧次郎吉の墓もあるとのこと。

  • この寺は明暦の大火(1657年)振袖火事による死者を供養するために建てられた。<br />

    この寺は明暦の大火(1657年)振袖火事による死者を供養するために建てられた。

  • 隅田川にかかる「両国橋」---武蔵と下総の両国をつないだことから名がつく。

    隅田川にかかる「両国橋」---武蔵と下総の両国をつないだことから名がつく。

  • 両国橋の東のたもとに、赤穂浪士のひとり大高源五の句碑があった。<br />「 日の恩や 忽ち砕く 厚氷 」<br /><br /><太陽のお蔭で、積年の厚く張った氷が、たちまち融けました。<br />我々赤穂浪士一同、お蔭さまで本懐をとげて、積年の恨みを晴らすことができました > ---なるほど!!<br />       

    両国橋の東のたもとに、赤穂浪士のひとり大高源五の句碑があった。
    「 日の恩や 忽ち砕く 厚氷 」

    <太陽のお蔭で、積年の厚く張った氷が、たちまち融けました。
    我々赤穂浪士一同、お蔭さまで本懐をとげて、積年の恨みを晴らすことができました > ---なるほど!!
           

  • 「赤穂浪士休息の地」<br /> 今は駐車場になってます。<br /><br />上杉家からの援軍の到着の恐れもあり、あえて旧両国橋を渡らず、ここで休息したという。<br />ここから 一の橋〜永代橋を経由して泉岳寺とある。

    「赤穂浪士休息の地」
     今は駐車場になってます。

    上杉家からの援軍の到着の恐れもあり、あえて旧両国橋を渡らず、ここで休息したという。
    ここから 一の橋〜永代橋を経由して泉岳寺とある。

  • 「一之橋」をわたり隅田川沿いを行く

    「一之橋」をわたり隅田川沿いを行く

  • ちょっと横道に入り、「旧深川芭蕉庵跡」へ行ってみます。

    ちょっと横道に入り、「旧深川芭蕉庵跡」へ行ってみます。

  • 奥の細道の出発点だったか--

    奥の細道の出発点だったか--

  • 「清洲橋」が見えてきました。

    「清洲橋」が見えてきました。

  • ケルンの眺め!!

    ケルンの眺め!!

  • もうすぐ「永代橋」!<br /> 

    もうすぐ「永代橋」!
     

  • 橋の手前に「赤穂義士休息の地」の碑がある。その傍で何やら出店が-。<br />ここは俳友として大高源五と親しかった竹口作兵衛が、四十七士を招き入れて甘酒粥を振る舞った所だそうです。<br />作兵衛は今も続く、ちくま味噌の初代。<br /><br />結局、”おみやげ購入の地”になってしまいました。

    橋の手前に「赤穂義士休息の地」の碑がある。その傍で何やら出店が-。
    ここは俳友として大高源五と親しかった竹口作兵衛が、四十七士を招き入れて甘酒粥を振る舞った所だそうです。
    作兵衛は今も続く、ちくま味噌の初代。

    結局、”おみやげ購入の地”になってしまいました。

  • 永代橋が見えてます。<br />ここまで来れば、後はあまり地図を頼らずに歩けそうです。

    永代橋が見えてます。
    ここまで来れば、後はあまり地図を頼らずに歩けそうです。

  • ここを渡る。

    ここを渡る。

  • 間違いなく「永代橋」!

    間違いなく「永代橋」!

  • 左は大川端リバーシティあたり

    左は大川端リバーシティあたり

  • 右をみれば「スカイツリー」<br /><br />ここで赤穂浪士は何を見たのでしょうか--。<br />丁度、朝日が昇る頃でしょうか。

    右をみれば「スカイツリー」

    ここで赤穂浪士は何を見たのでしょうか--。
    丁度、朝日が昇る頃でしょうか。

  • 隅田川リバーサイド

    隅田川リバーサイド

  • 永代橋から八丁堀駅に向かうと「亀島橋」があり、その橋のたもとに剣客として名高い「堀部安兵衛武庸之碑」がる。<br />

    永代橋から八丁堀駅に向かうと「亀島橋」があり、その橋のたもとに剣客として名高い「堀部安兵衛武庸之碑」がる。

  • 新大橋通りを聖路加国際病院へ向かって行くと、傍に----

    新大橋通りを聖路加国際病院へ向かって行くと、傍に----

  • 「浅野内匠頭邸跡」の碑がある。<br />浅野家鉄砲洲上屋敷はこの一帯にあった。

    「浅野内匠頭邸跡」の碑がある。
    浅野家鉄砲洲上屋敷はこの一帯にあった。

  • 左手方向は「築地川公園」となっている。

    左手方向は「築地川公園」となっている。

  • 「芥川龍之介生誕の地」もあり、

    「芥川龍之介生誕の地」もあり、

  • この辺りはいろいろと見るところが多い。

    この辺りはいろいろと見るところが多い。

  • 聖ルカ--ですか。「セイロカ」と呼んでいましたが。<br /><br /> ♪夢淡き東京 の歌詞には聖路加がでてきます。<br />            作詞:サトウハチロー<br />  柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日<br />  誰を待つ心 可愛いガラス窓<br />  かすむは春の青空か あの屋根は<br />  かがやく聖路加(せいろか)か<br />  はるかに朝の虹も出た<br />  誰を待つ心 淡き夢の町 東京

    聖ルカ--ですか。「セイロカ」と呼んでいましたが。

     ♪夢淡き東京 の歌詞には聖路加がでてきます。
                作詞:サトウハチロー
      柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
      誰を待つ心 可愛いガラス窓
      かすむは春の青空か あの屋根は
      かがやく聖路加(せいろか)か
      はるかに朝の虹も出た
      誰を待つ心 淡き夢の町 東京

  • あの建物は「築地本願寺」<br /> 泉岳寺への引きあげの際、この寺院の前を通ったそうです。

    イチオシ

    あの建物は「築地本願寺」
     泉岳寺への引きあげの際、この寺院の前を通ったそうです。

  • オット---。この出で立ちは--?<br />

    オット---。この出で立ちは--?

  • 赤穂四十七士の一人「潮田 又之丞」殿です。<br />これから、四十七人で吉良邸まで歩いていくそうです。3〜4時間かけて。

    赤穂四十七士の一人「潮田 又之丞」殿です。
    これから、四十七人で吉良邸まで歩いていくそうです。3〜4時間かけて。

  • 歩道橋を駆け上がる”義士たち”。

    イチオシ

    歩道橋を駆け上がる”義士たち”。

  • こちらは晴海通りにでる。

    こちらは晴海通りにでる。

  • ここにも義士の出で立ちが。

    ここにも義士の出で立ちが。

  • 5月に新装なった「歌舞伎座」前にでてきました。

    5月に新装なった「歌舞伎座」前にでてきました。

  • 12月大歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」上演中。

    12月大歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」上演中。

  • 銀座4丁目交差点を左折し中央通りに入る。

    銀座4丁目交差点を左折し中央通りに入る。

  • 土曜日は歩行者天国でした。

    土曜日は歩行者天国でした。

  • 休息にカフェに入るも、中は満席、暫しテラスで脚を休める。

    休息にカフェに入るも、中は満席、暫しテラスで脚を休める。

  • 銀座のネコ。<br />何方かが連れてこられて----人気者です。

    銀座のネコ。
    何方かが連れてこられて----人気者です。

  • 昼間の”ヒカリミチ”を行く

    昼間の”ヒカリミチ”を行く

  • 有名時計店のツリー。<br /> やはり夜にならないと--

    有名時計店のツリー。
     やはり夜にならないと--

  • 昼間みる ”光の輪”

    昼間みる ”光の輪”

  • 銀座八丁目を過ぎ

    銀座八丁目を過ぎ

  • JR山手線の新橋駅付近の高架下を通る。

    JR山手線の新橋駅付近の高架下を通る。

  • 後ろは汐留のビル群

    後ろは汐留のビル群

  • 日比谷通りでて--やっと探しあてました。新橋4丁目交差点付近にある<br />「浅野内匠頭終焉之地」の碑。<br />この辺りに田村右京大夫の屋敷があり、その邸内で内匠頭は自刃した。

    日比谷通りでて--やっと探しあてました。新橋4丁目交差点付近にある
    「浅野内匠頭終焉之地」の碑。
    この辺りに田村右京大夫の屋敷があり、その邸内で内匠頭は自刃した。

  • 辞世の句<br /> 風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残を 如何にとかせん 

    辞世の句
     風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残を 如何にとかせん 

  • 芝公園を過ぎ

    芝公園を過ぎ

  • 増上寺前へ

    増上寺前へ

  • 義士とは関係がありませんが

    義士とは関係がありませんが

  • 大門へでて

    大門へでて

  • 更科布屋の前を通り

    更科布屋の前を通り

  • 文明開化の光 ガス灯<br />  青い光でしょうか--<br /><br />ここから第一京浜(15号)を一気に下る。<br /><br />

    文明開化の光 ガス灯
      青い光でしょうか--

    ここから第一京浜(15号)を一気に下る。

  • ---やっとのことで「泉岳寺」へ。<br />  上野介の首級を挙げた浪士は主君が眠るここを目指した。<br /><br /> 四十七士は激闘のあとにも拘らず、、<br /> ここまでの12Kmを 2時間半でついたそうです。<br /> 昔の人は剣客で健脚揃いだったのか。<br /><br /> こちらはなんだかんだで、約5時間かかりましたが。

    ---やっとのことで「泉岳寺」へ。
      上野介の首級を挙げた浪士は主君が眠るここを目指した。

     四十七士は激闘のあとにも拘らず、、
     ここまでの12Kmを 2時間半でついたそうです。
     昔の人は剣客で健脚揃いだったのか。

     こちらはなんだかんだで、約5時間かかりましたが。

  • 泉岳寺は赤穂藩浅野家の菩提寺。<br /> 浅野内匠頭長矩とその妻・阿久里/瑤泉院の墓所の先に<br /> 浪士の墓が並んでいるという。

    泉岳寺は赤穂藩浅野家の菩提寺。
     浅野内匠頭長矩とその妻・阿久里/瑤泉院の墓所の先に
     浪士の墓が並んでいるという。

  • 正月の初詣なみ--いやそれ以上か

    正月の初詣なみ--いやそれ以上か

  • イチオシ

  • 線香の煙がたちこめる。

    線香の煙がたちこめる。

  • この行列は---<br />  浅野家、浪士の墓参りです。    

    この行列は---
      浅野家、浪士の墓参りです。    

  • 「義士祭」 京急電鉄のポスターより<br /><br />行列行進は16:30からとのことですが、遠慮しました。

    「義士祭」 京急電鉄のポスターより

    行列行進は16:30からとのことですが、遠慮しました。

  • 播州赤穂の筆頭家老「大石内蔵助良雄」の像が----墓所を眺めてるのか。

    播州赤穂の筆頭家老「大石内蔵助良雄」の像が----墓所を眺めてるのか。

  • 泉岳寺駅の地下には赤穂義士47名全員の名があります。 <br /> <br />築地本願寺でお会いした「潮田 又之丞」の名ももちろんあります。<br />今頃、吉良邸に到着していることでしょう。<br /><br />平成25年冬、歴史の道散歩でした。

    泉岳寺駅の地下には赤穂義士47名全員の名があります。 
     
    築地本願寺でお会いした「潮田 又之丞」の名ももちろんあります。
    今頃、吉良邸に到着していることでしょう。

    平成25年冬、歴史の道散歩でした。

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この旅行記へのコメント (4)

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  • 魅々さん 2013/12/23 22:42:33
    赤穂浪士の歩いた道
    始めまして。

    私もこの日、ある旅行社のツアーに参加して、この道を歩きました。

    大体同じコースだと思いますが、人が変われば見ている所も異なりますね。

    興味深く拝見しました。

    今後ともよろしく。

    魅之る

    旅姿

    旅姿さん からの返信 2013/12/24 23:18:52
    RE: 赤穂浪士の歩いた道
    魅之る さん

    初めまして。

    偶然にも同じ日ですね。

    旅行記拝見しました。時間はこちらがチョト前を歩いていたようです。

    やはり旅行会社さんのツアーは細かく歴史を見て紹介されているように

    感じました。回向院のなかにははいりませんでした。

    切腹の話も興味深いです。

    あらためて昔の人の健脚ぶりには驚かされました。

       ありがとうございました。




  • にゃんこ。さん 2013/12/19 12:04:24
    大作ですね!
    旅姿さん!
    徒歩で12キロの道のりを巡ったんですね!\(◎o◎)/
    日記も充実した内容でしたが、大変だったと思いますっっ
    お疲れさまでした♪
    写真を見ると天気に恵まれたようで良かったですね(´∀`*)
    一緒に歩いてるような気分になれる日記でした♪

    旅姿

    旅姿さん からの返信 2013/12/19 22:03:03
    RE: 大作ですね!
    にゃんこ。さん

    早速のコメントありがとうございます。

    大作なんてとんでもない! ”怠作”ですかね。
    赤穂浪士の歩いた道、一度歩いて見たいと思い、丁度討ち入りの
    日に合せてみました。他にも同じコースを歩いている人いましたよ。

    昔の人は健脚ですね、12kmを2時間半ですから。
    天気良し、銀座のホコテンも久しぶりでした。

            旅姿

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