2013/12/05 - 2013/12/07
5295位(同エリア12031件中)
嶋泉心足齋さん
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数年ぶりの上海です。通算では6回目になります。今回は今まであまり行ったことないところを中心に回ってみました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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マグレブで空港から龍陽路へ。そこで地下鉄に乗り換え。
マグレブの車窓からはこちら(https://www.youtube.com/watch?v=7lWPZLFbjSY) -
今回のホテルは「88新天地」
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セルフポートレートを一枚。
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文具類も充実。
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アメニティは普通だが、器がなかなかいい雰囲気。
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隣は太平橋公園。かなりかすんでます。
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太平橋公園
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北側正面が、「ザ・ランガム新天地」。その向こうの「K11」はかすんでほとんど見えません。
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かすむ太陽
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馬当路 大韓民国臨時政府旧址。1919年の三一独立運動とほぼ時を同じくして、上海に朝鮮の民族運動家によって大韓民国臨時政府が樹立されます。臨時政府初代総理は、後の大韓民国初代大統領李承晩です。臨時政府と名前は立派ですが、実態は亡命活動家やテロリストのアジトのようなものです。唯一場所が特定されて現存する、この場所も本来は労働者の住宅です。ここには1926年から32年まで、当時の首班・金九以下数名が集まり、新聞の発行や、朝鮮本土との連絡を行ったりしていました。しかし、1932年の虹口公園(現・魯迅公園)での爆弾テロを決行した結果、彼等は上海にもいられなくなり、以後は中国各地を転々とすることになります。
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復興中路
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上海市基督教諸聖堂。1925年のクリスマスに竣工したローマ様式の教会ですが、現在は一部改装中です。
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復興中路 花園公寓(旧・派克公寓、竣工1926年)
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復興中路 劉海粟旧居。劉海粟はわずか17歳で芸術専門学校を設立した近代美術教育の父。
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重慶南路との交差点南東側に建つ「重慶公寓」、旧・呂班公寓(Dubail Apartment)は1931年竣工。アメリカのジャーナリスト、アグネス・スメドレー(1892-1950)が住んでいたところです。彼女は、ゾルゲと尾崎秀実を引き合わせた女性として有名です。
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重慶公寓の入り口。
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復興中路・重慶南路の交差点
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復興中路・重慶南路の交差点
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重慶南路 韜奮紀念館付近
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重慶南路 上海交通大学医学院(旧・震旦学院)。この医学院は元・震旦大学。1902年に、震旦大学は、後の中華民国初代教育長・蔡元培(1868〜1940)が、イエズス会士の馬相伯に南洋公学の学生24名の教育を依頼したことに始まります。翌年、生徒が100名となり、大学の前身である震旦学院が設立され、1907年に馬相伯の約14万元銀相当の洋銀・土地の寄付によって、現在の位置に移転しました。
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上海壱号美術館
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建国中路を西に折れて、しばらく行くと、南側に上海観光の注目スポットのひとつ「田子坊」があります。
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全体地図。
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ここが正面入り口。
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疲れたので、タクシーで新天地へ。これは「ザ・ランガム新天地」のツリー。
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初日の晩ご飯は「ザ・ランガム新天地」の「唐閣」で。ここ、前は「明閣」だったはず。
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早めの食事だったので「K11」へ。
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