2013/11/20 - 2013/11/21
71位(同エリア327件中)
ottoさん
以前から日田の水は美味しいと聞いていた。
九州最大の河川・筑後川上流の三隈川が日田盆地の中央を東から西に流れ有明海へと注いでいる。山々に囲まれた清流の里「日田」は古代から人や物が行き交う経済の中心地であった。
江戸時代には幕府直轄地として布政所が置かれ代官や郡代のお膝元で町人文化が大いに栄えた歴史の町でもあると知って訪ねてみることにした。
朝、伊丹空港から福岡空港に飛び博多に移動してJR九大線特急「ゆふ3号」に乗り「日田駅」には昼頃に着く。
大分から湯布院を経由する右回りルートもあるし,新幹線を利用して全篇鉄路を行く方法もある。
ジパングの3割引と航空会社の早割り、所要時間、沿線の楽しみ方等細かく比較検討することもなく 随分寒くなるという情報にしっかりと厚着をして ”エイヤッ”と出かけた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JALグループ JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- JTB
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伊丹空港を9:50に発ち福岡空港へは11:00に着いた。地下鉄で博多に移動する頃には昼時の頃合とて駅ビルの「百菜」でランチタイム。
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出汁巻き定食を注文してみた。ほんわかとした味で美味しかった。
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博多から大分方面に向けて走っているJR九大線の「ゆふ3号」は12:20に博多を出て13:45「日田」に着く。
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火の国九州の赤いボディー
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駅に着くと
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待合室に大きな額がかかっている。
これはただ事ではないなとひとまず撮影しておくことに。 -
観光案内所にお邪魔する。
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駅の北側と南側両方は無理そうなので北側を選び地図を頼りに旧市内を目指す。
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タクシーで町の北方「月隈公園」へ運ばれた。江戸時代には永山城があって頂上の「月隈神社」からは「豆田町」の町並みが一望できるという。
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城跡は「月隈公園」として整備されているが、秀吉の代から城が置かれ江戸時代には代官所も機能して九州に睨みを利かしたいた。
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爽涼の気配
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「月隈神社」に参拝
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町並み保存の立て看板
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「稲荷大名神」も鎮座します。
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何、この穴は?
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青空のもと高台から町を望む。
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頂上はまだ先にあるらしい。
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紅葉に彩られた境内は人も少なく静寂だ。
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それにしても大きな横穴である。
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階段の傍らにも続いている
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どうやら古代豪族の墳墓であったらしい。
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堀の近くまで下りてきた。
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破れ蓮が行儀悪く川面を覆っている。
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「奉行所跡」はと問えば人家の一角に僅かに残る「布政所跡」と記された木の表示のみ。
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城壁と堀の水がまっすぐに延びて清潔感あり。
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「花月川」は「日田祇園祭」の際には灯りが点され昔を偲ぶ情緒が溢れるのだとか。この橋を渡ると南にJR線を横切る「美幸通り」が。
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渡り終わる辺りに面白い看板が高々と架けられ、その向う「上町通り」に酒蔵の建物が見える。関連があるようだ。
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「御幸通り」と東の「上町通り」に挟まれた「江戸情緒が残る豆田町」は1601年に城下町として建設されたと言う。江戸初期から天領として幕府直轄地となり九州の経済・文化の中心として栄えた。
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「豆田町」には色んな商店が軒を連ねて往時の賑わいを感じる。
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「麦屋」
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「味噌屋」
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「雛御殿」
町中にお雛様が飾られる季節は華やぐことだろう。 -
「お雛様展示中」
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祇園山鉾の飾りを魔除けとして玄関に飾られる「パイパイ」(白白)
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「日田羊羹」の店は閉まっていた。
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「久留米絣」の幟
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「日田の下駄」は代官の命により殖産興業の中核として盛んに製造された。 -
今は「焼き杉ソフト下駄」がモダンで履きやすく人気だそうな。
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「小鹿田焼」(おんたやき)は一子相伝で受け継がれ普段使いの民陶
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柚胡椒、椎茸、日田の清水を生かした酒、大鶴産の麦を使った焼酎などの産物が知られている。
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「天領日田資料館」は毎週水曜日休館で入れなかったが
展示品が充実しているらしい。
開館 9〜17時 大人310円 小中高生210円(団体割引あり) -
町人文化が花開いた証として俳句も盛んなようだ。
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日が傾いてきたようだ
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「日田醤油」
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石にに施した紋様が時代風。
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町のあちらこちらにポスターが貼られている。
弟の久兵衛に掛屋商人の跡目を譲った広瀬淡窓が教育にかけた情熱と実績が町の誇りであることを示している。 -
病弱だったが学問に打ち込んだ「淡窓」は私塾を開き身分の区別なく独特の教育方針で門人5千人を超える人材を育てた。
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「質素倹約」を旨とした荒壁仕上げの広瀬家旧宅。
「北家」と「南家」に分かれた2000平方メートルを越す敷地に建ち商業空間と居住空間、隠居所などからなる。 -
その右手は淡窓の歩いた路地
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「新座敷」 広瀬家1号館
当初材が残る梁が太く土蔵に近い堅牢な造り -
御用商家の雰囲気に満ちている。
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代々能筆でもあった
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天井の棟木に嘉永6年施工の墨書がある
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中庭を抜け別棟の資料館へ
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貿易にも携わっていたのか古地図が残されている
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青と白のモダンなデザイン
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伊万里焼
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オランダの陶器
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朝鮮通信使との交流を示す墨絵巻
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生活用具の数々
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能や音曲にも造詣が深かったようだ
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細々した日用の小物
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布財布
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収納櫃
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伸縮できるテーブルや背負い櫃
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布を叩いて柔らかくする砧(きぬた)
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大切に使われた道具類
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桶に米をいれ丸棒で均して量る道具。
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整然と並べられた貴重な時代の証
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古銭
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掛屋「久兵衛」、その兄で学者の「淡窓」を含め広瀬家は
八賢を輩出した非凡の才ある家系。 -
座敷
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「掛屋」の帳場
幕府・各藩の公金の出納管理を行い必要に応じて送金する業務。
久兵衛、源兵衛2代に渡り掛屋を営んだが豊、筑、肥各地から米、菜種、紙、タバコ等を集め、中津から船で上方へ運び、綿などを積んで帰り各地へ販売する商いで
富を蓄積していった。 -
帳場の机には各種の銀が並べられている。
諸藩の貸付も行ったが郡代の威光により貸し倒れもなく莫大な利益を生んだ。
久兵衛は私欲を抑え義を行う生涯に徹し、日田商人の結束を図って”日田金”の運営を円滑にし繁栄を築いた功労者 -
大通りに面して祭りの山鉾が収められている建物があった。
他にも万能薬で知られる「日本丸館」、国指定の重要文化財「慈眼山」の「十一面観音像」、相撲の神が祀られる「日田神社」にも行きたかったが体力がもたず....断念。
駅の南を流れる「三隈川」に沿って温泉街もあることだし「千年あかり」や「日田祇園祭り」の頃に再訪することにしよう。 -
2時間弱の歩きで足腰が痛くなり 駅近くのパーラーで[ゆずテイー」タイム。
甘酸っぱい香りに幾分疲れが和らいだ。
JR九大線 16:18発の湯布院行きで「天ヶ瀬」温泉には16:35に着く予定。
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