1977/08/22 - 1977/08/24
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Holisunさん
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それはデリーを過ぎて2日ほど走ったところで起きた。
私はカイバル峠へ向けて道を急いでいたが、あいにくの悪天候で、ものすごい雨になってしまっていたのに車を止めることなく強引に走り続けたのです。
雨期の雨は大地を突然、湖に変えてしまいます。 それが大陸の気象現象です。 後にオーストラリアで体験した大洪水を30年近く前に一度体験していたのです。
インドはパンジャブ州、ラホールを越えてパキスタンのペシャワールを目指していた時のことです。
その日はラホールを越えていよいよインダス川を越えてパキスタン入りを果たそうと言う時でした。
ラホール〜イスラマバード線を走りカイバル峠への夢でわくわくしていた時のことでした。
幹線道路はトラックの長い列が続き、その先には高原から押し寄せてきた雨水で道路は完全に寸断されて、ただ茫然と「待つしかないよ」と悠然としていたのです。
私は先を急ぐから…と困り果てていたら、運転手仲間が集まり、皆で対岸まで押してやると言う。
私は迷うことなくお願いすると、20人近くの男性がみんなで私の車を濁流の中に押し込んだのです。車は横流れしそのまま濁流の中に押し倒されそうになり、最悪なことに水は車の中に侵入しすでに椅子上まで来てしまったし、絶対停めるなと言われたエンジンもストップしてしまった。
そこでトラック野郎たちは私にいくら払うかと交渉してきたのでだからひどい、それに応じるか流されるしかないではないか?
私はそれより横流れしている自動車が気がかりで次の瞬間には失神していました。
何とか難をのがれて濁流から上がり、水が車内から亡くなるのを待ってエンジンをかけたら一発で始動、さすがは日本車だ。
まるで何もなかったように走り出した車はそのまま走り続け、翌朝朝早く小高い山の上にある小さな町に着きました。
何とも言えない田舎の古い佇まいの街並みを見て感激していた私は私はその後、大きな災難が降りかかるとは思ってもいませんでした。
何を食べどこで仮眠を取ったかも覚えていない中、先を急ぎたいのでガソリンの予備タンクを満タンにするとまた走り出したのです。
そこでまた天候が急変し、バケツで殴りつけられたごとき土砂降り、何とか避難先を探しながら走り、小さな町を見つけて宿を探しましたが、やっと見つけた安宿の主人は懇願する私を無視して泊めてくれませんでした。
他に宿は無いと言う。 仕方なく夜中中、次の町が見つかるまで走り続けるしかないと8時間以上走ったろうか? インダス川を横切るダム橋を横切りいよいよパキスタン側に近づいた時もう空は白やんで朝を迎えようとしていた。
雨はいつの間にかやみ、私は疲労困憊で死に酔うに寝込んでしまった。
そして最初の町に立ち寄って知ったのが驚きのニュース、通って来た小さな町は洪水に見舞われ、流されたと言う。 少なくとも1500人以上が死んだと言う。 私は泊っていなかったから助かったのだ。
宿をオヤジを恨みながら車を走らせてしまったが、あの主人が新設に泊めてくれていたら、命は助かっては車は使い物にならなくなっていただろう。 人生、どこに岐路があるか分からない。
ご用心ご用心である。 私はまだ生きているいるではないか?
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