2013/10/28 - 2013/10/28
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ANZdrifterさん
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表紙写真は全長145mの七輿山(ナナコシヤマ)古墳の航空写真です。印刷物からコピーしました。交通の情報は最後に追記しました。
古代の東山道を近江・美濃・飛騨・信濃とくだると、次が毛野国の上野(かみつけ:群馬県)と下野(しもつけ:栃木県)で、さらに武蔵・陸奥・出羽と続きます。なお、群馬県は上野(かみつけ)、上毛(じょうもう)、上州(じょうしゅう)などとも呼ぶが、栃木県は下毛とか下州とか呼ばずに下野(しもつけ)か野州(やしゅう)らしい。なお、埼玉県は武州(ぶしゅう)です。
今回は大型の古墳をたずねる旅でしたが、古墳そのものは全国に16万もあり、大和、吉備、筑紫、出雲、など当時の地方王権を中心に分布しているが、強力な集権機構を背景にしてつくられた120mを超える巨大古墳は全国に123基あり、奈良・大阪・京都のヤマト王権が70基、岡山・兵庫の吉備王権が17基で、第三位は群馬県の毛野国王権に10基ある。このように巨大古墳は東国においては群馬県が圧倒的に多く、隣接県の長野はゼロ、埼玉・栃木は各1基しかなく、古墳時代の東国では群馬県だけに有力なクニがあったことを示しています。
5世紀前半には大田地区に毛野氏の豪族が 210mもある東国最大の天神山古墳を築いたが、5世紀後半になると埼玉県稲荷山古墳の「ワカタケル大王」銘の鉄剣にみられるように、関東でもヤマトの中央集権化が進んだ。
しかし、群馬県の毛野国では前橋の大室古墳群,朝倉古墳群、総社古墳群、高崎の保渡田古墳群、綿貫古墳群、正六古墳群、藤岡の白石古墳群など、前方後円墳を含む古墳群が築かれつづけた。
(この場合、ひとつの古墳群がひとつの部族に対応するのだろうか?)
東大の石井良助著「大化改新と鎌倉幕府の成立」(1958)によれば成務天皇は相模・武蔵・上総・下総・常陸に国造を置いて毛野(ケヌ)王権を包囲している。さらに、534年の武蔵国造の乱はヤマト王権が出兵して一方を誅したが、敗者を後援した毛野氏は処罰されなかった。
これらのことから、古墳時代の534年ころまでの毛野国は、ヤマト王権に対抗する独立国であったと推定し、魏書東夷伝の狗奴(クヌ)国に擬しています。
一方、榛名山の東斜面の榛東(しんとう)村の三つ寺遺跡には、5世紀から6世紀にかけての豪族の屋敷跡があり、幅30mの濠に囲まれた86m四方の祭祀をかねた居館が発掘されている。この地区には小さな水田が約1300枚発見されているが、居館もろとも550年ころの二度にわたる榛名山の噴火で火山灰に埋没している。おそらくこれが毛野国の没落の序章となったものと私は考えます。
なお、大化改新(645年)の直前、637年には舒明帝が上毛野君片名軍をエミシ鎮定に派遣しているので、榛名山噴火のあと50年もたたずに、北関東の毛野王権はヤマト王権の支配下に組み込まれていたらしい。
というわけで、高崎に滞在して古碑と保渡田古墳群を訪ねた旅(別旅行記)の一日を割いて、5世紀末から7世紀末にかけての6基の前方後円墳と多数の円墳がある白石古墳群と藤岡歴史館を訪ねました。
群馬県は自家用車の普及率がトップクラスなので、公共交通が不便ですが、JRの北藤岡駅から朝9時46分の三ッ木公会堂行きコミュニティバス「めぐるん」に乗り10時01分七輿山古墳入り口で下車。帰りは14時19分七輿山古墳入り口発で14時34分北藤岡駅着(群馬藤岡駅着は14時52分)が、都会の老人には唯一の交通手段です。これを逃すとタクシーしかありません。付近に食堂がないので弁当と飲み物持参は必須です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- タクシー JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回訪問した藤岡市は、ゼロ戦を設計した堀越二郎さんの出身地で、彼は旧制藤岡中学を飛び級で卒業したそうです。最近の「風たちぬ」で有名になりました。
目的とした白石古墳群には90をこえる円墳があります。
最初に尋ねた伊勢塚古墳は、藤岡市上落合のコンビニの後ろにあります。 -
説明過剰ですが・・・・・ 念のため。
径27mで高さ6mの円墳ですが、石室が大きいので有名です。 -
石室への入り口が開いていました。
電話で立ち入りの申し込みをして、許可を得てあったので入って見ました。
狭くて暗くて、石積みの間からマムシが出ないかと、こわごわ入りました。 -
羨道から 石室(多分)に入ると 見事な模様積みの壁になりますが、ご覧のとおり、私の写真ではかろうじて模様積みが見える程度になってしまいました。
奥は閉鎖されていましたが、表紙写真のように向こう側に抜けられたようです。 -
パンフレットからコピーした石室内部の模様積みの様子です。
古墳時代の日本人がこのような模様を美しいと思う感性をそなえていたということに、感激しました。 -
左側手前の壁です。残念ながら光量不足で、私が撮るとこの程度です。
カビが生えたのか、黒く変色した石が目立ちました。 -
右側手前の写真です。
LEDの懐中電灯と、カメラのフラッシュを併用しました。 -
白石稲荷山古墳です。全長175m、後円部径92mで三段に作られ、各段には埴輪の列がめぐっていたそうです。家型埴輪など多くの出土品は東京国立博物館に収蔵されている。
すぐ隣にある十二天塚古墳、十二天塚北古墳とともに国指定の史跡です。
この左の道路沿いにはゴルフの打ち放し練習場でネットの影が映ってます。 -
前方部に登って後円部を眺めました。
大きな石碑が建っていました。 -
もう一つの巨大古墳、ナナコシヤマ古墳(七輿山古墳)の説明です。
調査が行われているらしく、立ち入りを制限する綱が張ってあったりして、地面が湿地状で、歩きにくかった。
整備されれば見事な公園になると思います。 -
七輿山古墳の全景です。右が前方部です。
タクシーの運転士は小学校の遠足で石室に入ったと話していましたが、現在は入れません。
桜の名所だそうです。 -
パンフレットからコピーした七輿山古墳の航空写真です。
こんな見事な前方後円墳です。
全長145m、後円部径87mで、6世紀の古墳としては東日本最大級とされています。二重に濠がめぐらされていると思われていたが、さらに外側に溝が発見されているそうです。 -
七輿山古墳は東西方向に作られていますが、そこから南の斜面を登って一段高い段丘に入ると「毛野国白石丘陵公園」になります。
芝生の手入れが良いので若いお母さんが子供を遊ばせていました。
遠景に円墳が二つ見えます。 -
上の二つの古墳です。
右が皇子塚古墳で、左が平井地区一号古墳です。 -
皇子塚古墳。6世紀後半の円墳で径31m。高さ6mで4段に作られています。
葺き石、埴輪、周溝などが確認されている。 -
皇子塚古墳の東側では葺き石と、周溝の確認のための調査が行われていました。
掘った土も袋に詰めていました。 -
説明板に出土品の写真がありました。
石室から出土の装飾太刀の単鳳環頭大刀は、県指定の重要文化財であると。 -
平井一号墳です。径24m、高さ4mの2段に作られた6世紀後半の円墳。
葺き石、埴輪列、周溝、祭祀遺構がある。 -
平井一号墳の石室から出土した埴輪、土器、装飾太刀は一括して国の重要文化財に指定されている。
特に金銅装単鳳環頭大刀と銀象嵌円頭大刀が注目される。 -
右が鉄製の丸い柄頭に銀象嵌で亀甲紋と鳳凰が描かれている。
左が金銅装単鳳環頭大刀。
藤岡歴史館で撮影しました。 -
藤岡歴史館です。
建物は大きいのですが、大部分は収蔵庫で、展示室は小さい。
小ぶりの常設展示室と、もっと小さい企画展示室がある。 -
入り口の今出来の埴輪。
-
常設展示室の展示。
出土品についての説明はない。 -
展示品の中で「笑う埴輪」と書いてあった埴輪。
縄文時代の土偶はほとんどが女性でしたが、古墳時代の埴輪は男性が多い。
この埴輪もずん胴の胴体から見て男性でしょうが、なぜ笑っているのか・・・・思い出し笑いかもしれない。 -
こんな季節でした。
ススキの穂が風にゆれていました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2013/11/07 06:15:23
- 埴輪
- ANZdrifterさん 初めまして
毛野の國出身のpedaruです。笑うセールスマン、いえ、笑う埴輪、初めてみました。面白いですね。この時代のおおらかさを感じます。群馬にはこういう顔をした人がたくさん居ますよ。(笑)
我が家には興味本位で集めた埴輪がいくつかあります。ひとつは置くとこないので庭においたところ、よくマッチするのですが、娘が気持ち悪いと言います。
また、お邪魔します。
pedaru
- ANZdrifterさん からの返信 2013/11/07 18:52:06
- RE: 笑う精神と反逆精神とが混在しているようで・・・・・
- pedaru さん こんばんは
老生は群馬県を離れて60年のデラシネです。
約40カ国をめぐり 約15年ほど 海外で過ごしました。
2002年に、数年間の滞在を切り上げて帰国しました。
お墓もなにもなくなって 完璧に土地をはなれております。
そして、群馬県人のタイプとしては 権力の頂点を目指す人と、
朔太郎のようなストライキをして退学になって
自分を見つめる人との 二つのタイプがあると思います。
私は毛野国とか津軽国とか、ヤマト王権に最後まで抵抗し続けた
国々の歴史を追って旅をしております。
日高見の国などヤマトに併合された国の神社なども
つらい歴史を伝えております。
毛野国の人の特徴が 埴輪の表情に認められるのも
面白いことですね。
とくに目は 何かを深く見つめているようで
「埴輪の目」はとてもすてきです。
おじょうさんにも 埴輪の目のすばらしさを伝えてください。
妄言、饒舌 多謝。そしてご来訪に深謝。
ANZdrifterさん
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