2013/10/19 - 2013/10/21
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parmigiano_reggianoさん
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所縁の地・五箇山へ初旅行+金沢で和風三昧
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羽田から早朝の飛行機でまずは富山空港へ。
今回預ける荷物はありませんでしたが、ターンテーブルには巨大なお寿司が回っていました。北陸の海の幸に早くも期待が持てます。
東京もそこそこ寒かったものの…富山の寒さにビックリです。この平地でこれだけ寒かったらさぞ五箇山は寒いんだろうなぁ、と覚悟を決めて出発です。 -
富山空港からまずは高岡へ。
富山と言えば、藤子不二雄先生の故郷ではないですか!ということで、早速タクシーにはハットリくんの絵が。
川崎市でもドラえもん始め様々なキャラが描かれているバスを見かけることもありますが、どの土地でもこのキャラたちを見るとテンションが上がります。 -
高岡では次のバスに乗るまでちょうど1時間あったので、何も調べていなかったのですが観光してみることにしました。
バスターミナルにあった地図の中で一番ビビビ…と来たのが『土蔵造りの街並み』。早くもタイムトリップ気分を体験です。 -
バスターミナルまで駅前の商店街を歩いていて見つけました、チューリップの球根たち。
富山と言えばチューリップ!だそうで、砺波市にはチューリップのキレイな公園?か何かがあるそうですが、今回砺波まで行く時間がなかったのが残念… -
戻ってきました、バスターミナル。
最初は9月の最終週を予定していたのですが、10月の週末+祝日は『世界遺産バス』なるものの運行が試験的にスタートし、路線バスが急行扱いになり五箇山&白川郷まで連れて行ってくれる!とのことで早速利用しました。
乗車時に行き先を告げるのですが、みなさん「白川郷までお願いします〜」と。五箇山も世界遺産なのですよ…まだまだマイナーです。 -
高岡駅前を出てから30分ちょっと、バスは城端駅に到着です。
私が昔に聞いていた情報では高岡〜城端は電車、そこから『道の悪い』山道をクネクネとバスで走る…だったのですが、この世界遺産バス(+普段の路線バス)のおかげでバスで向かえるようになりました。
降りる人もいませんでしたが、バスはここで一旦停車してアナウンスが。
「えー、ここからアップダウンのある山道を走ります。今一度シートベルトをご確認下さい。また、上の荷物棚に荷物を置かれている方は落ちないようになっているかご確認下さい」と…いよいよ来たか。 -
事前情報+バス内のアナウンスに恐怖を感じさせられた割には、そこまで悪路ではない道(アップダウンは少々ありましたが)を走り、最初に相倉集落に到着です。
バスを降りると…寒い。念のためにとバックパック(スーツケースで散策は不可能と判断して)の中に折り畳めるダウンジャケットを入れてきたのですが、早速役に立ってビックリしました。トイレで手を洗っても水が冷たい!
そんな相倉集落に着いてまず目にしたのが、この新聞記事の切り抜きです。
何とミシュランの3つ☆に選ばれていたとは!嬉しいような、でもここはいつまでもひっそりとした秘境であって欲しいような、複雑な気持ちです。 -
さすが3つ☆観光地、バスターミナルから歩き始めてすぐのところに『全景撮影スポット・こちら』というキレイな看板が立っています。
着いて早々、こんな贅沢な景色を見ちゃっていいんでしょうか!
この写真の奥側に山が見えますが、一番奥の山が『人形山』です。
伝説も残っている有名な山で、『まんが日本昔ばなし』でも紹介されたことがあるほどです。
昔々、母親の病気を治してもらおうと仲の良い姉妹が白山権現に祈願していて、夢でお告げのあった場所に湯治に行くと母親の病気が良くなった。2人は山の権現にお礼参りに行くが、吹雪に遭い帰ることはなかった。
しかし翌春、山には手をつないだ仲の良い2人の姿が残雪として現れるようになったので人形山と呼ばれるようになった…そうです。 -
集落内には当時の生活を知る展示館が。
五箇山だけではなく富山の他のいくつかの地区もそうなのですが、この辺りは特別豪雪地帯として指定されています。
豪雪地帯の中でも「積雪の度が特に高く、かつ、積雪により長期間自動車の交通が途絶する等により住民の生活に著しい支障を生ずる地域」を特にそういう名称で呼ぶそうです。なるほど。
今は車もあり昔ほど不便な生活を強いられている訳ではないのでしょうが、雪国を生きるための生活はどのように行われていたのかを知ることができます。 -
また、別の建物では合掌造りの内部を見学することもできます。
天井の高い合掌造りの家の2階では、蚕を育てて繭から生糸(絹です)を育てるいわゆる養蚕業が行われていました。桑の葉を食べる蚕を再現したオブジェ?なんかも置かれていて、見入ってしまいました。
それからこの辺りは昔火薬の原料となる塩硝を生産する場でもあったそうです。雪深いだけではなく奥が深いです、五箇山。 -
相倉集落を隅々まで堪能した後は、また先程の『世界遺産バス』に乗って下梨へ向かいます。
ここに立ち寄った理由はひとつ、栃餅です!!!
子供の頃、五箇山の手作りの栃餅をよく頂いて目をハートにさせながら食べていたのですが…一昨年白川郷で買ったのはちょっと違いました。気持ちの問題だと思うのですが。
ならば五箇山で買おう!と散々調べてみると、下梨という地区に手作りの栃餅を扱うお店が何軒かあるとのことで立ち寄りました。
自分の分を1パック+賞味期限は本日中!の生栃餅は人生初体験。
店の前で早速開封し口の中へ。懐かしい栃の実の香りが広がります。幸せだ〜来て良かった。
生ではない方はたっぷり買って、実家に送りました。
ちゃんと伯父伯母の手にも渡ったようで。みんな楽しんでくれると良いな。 -
次のバスが来るまで35分…
高岡のバスターミナルの人や地元の人には「ちょっとそれは…何せ山道ですから」とオススメはされませんでしたが、次の目的地・上梨まで歩いてみることにしました。
バスで4分の距離?20分位で着くんじゃないの?と軽い気持ちで歩いてみましたが、行程の半分ほど歩いたところでトンネル登場。歩道があったので何とか歩けましたが。
トンネルまではキレイな空気の中のんびりと歩けて気持ちよかったですが、トンネル内は車の通行量が少ないとは言えガソリン臭く…。
トンネル内で勢い良く『次のバス』にも抜かれちゃいました、トホホ。 -
歩き続けること40分、着ていたダウンにうっすらと汗が付き始めた頃に上梨に到着です。
五箇山民謡として有名な『こきりこ』の里でもあります。これを歌う時に使う『ささら』という民俗楽器があるのですが、このゲートはささらの形をしています。
相倉集落で既にこきりこCDは購入済、栃餅と一緒に実家に送りました。 -
ちょうど昼時でお腹も空いていたので、入ったお店で食べたのは山菜定食です。
また昔話に戻りますが、栃餅と一緒によく頂いたのがぜんまいとなめこでした。そんな山の幸を愛する渋い小学生だったのですが(今でもよくなめこの味噌汁は作ります)、こんな本場の味を堪能できるなんて感激でした。山菜はどれもしっかり出汁の味が染み込んでいて。
繊維たっぷりの健康食、超高齢な祖母のヒミツがちょっと分かった気がします。逆にこういう食生活をしてきた人間のDNAを一部持つということは…私は脂っぽい食習慣を改善する必要があるのかも知れません。 -
上梨で有名なのは、昔のお屋敷村上家。
中では当時使っていた調理器具や生活用品が展示されています。
入ってすぐ、囲炉裏で沸かした薬草茶もいただけます。外は寒かったので熱々のお茶でほっこりと(最初から)休憩。 -
ここは3階建てになっていました。
先人の知恵が詰まった合掌造りの屋根を身近に感じることができます。
最近よくテレビで五箇山の特集を見ますが、この合掌造りを改めて科学的に分析して唸らされることもあるようで。 -
上梨から庄川(白川郷の方まで延びています)を渡ったところにある、田向という地区です。ここで有名なのは流刑小屋。
中は真っ暗ですが、目が慣れるまでじっと中を覗いているとお殿様(もちろん人形)を見つけることができます。
60年前に現在の橋ができてからは上梨と田向地区はほんの数十秒で行き来できるようになりましたが、庄川の右岸は流刑地として使われていた歴史があるそうで橋を渡すことはできなかったそうです。
昔は篭の渡し、その後〜60年前までは吊り橋だったとか。 -
私自身は(比較的)都会育ちなので、日本でここまでのんびりとした田舎を歩くのは初めて…随分癒されました。
とは言え、都会と比べて娯楽が少ないであろうこの地区。やはりどの家にも衛星放送のアンテナがついていたので、特に雪の多い真冬は家の中で楽しむことが多いのでしょう。今の時期は子供が走り回っていました。 -
この辺りは同じ苗字の人が多いので屋号を使う慣習があり、今でも健在なようです。道端に置いてあるリヤカーにも大きく屋号が書かれていたり。
上梨の案内所で見せて頂いた『平村史』(この辺り、今は南砺市ですが昔は東礪波郡平(たいら)村だったのです)には、明治時代に平村に住んでいた家族の屋号一覧が書かれていました。
よく「xxxx(屋号)の家はみんな骨がガッチリ太い」と親が言っていたのを聞いていて???と思っていましたが、今更ながらやっと理解できました。
淡路島の南の方も、みんな同じ苗字なので船の名前が屋号になっていると聞いたことがあるような…。 -
道路沿いを歩いていると、『庄川沿い遊歩道:所要時間約30分』の看板を見つけたので遊歩道を歩いてみることに。
…鼻歌交じりに歩けそうな道はほんの1分で途絶え、後はシダの茂ったジャングルのような道が。
と、とりあえず庄川沿いまで出てみよう!と足場の悪い中を歩き、5分ほど歩いて引き返しました。季節が違ったら道の状態も違ったのかしら。
庄川の水を飲むというところまでは辿り着きませんでしたが、ちょっと昔の人の気分に浸れたので良しとします。
そんな悠長に上梨地区に滞在していると、世界遺産バスの最終便が近づいてきてしまったので菅沼集落には寄れず、ここから直接白川郷へ向かうことになりました。
辿り着くまでどれぐらい大変なのか分かりませんが、いつか雪に覆われた五箇山も見てみたいと思いました。 -
白川郷は一昨年来たので、次のバスの時間までサササっと観光です。
五箇山地区からのバスが白川郷に到着してみると…何だこの人の多さは。
同じ合掌造りでも五箇山と比べてかなり規模が大きいからか、観光客の数が相当多い+外国人観光客の多いこと多いこと!
金沢からのアクセスが良いこともあるのでしょうが、ここまで人が多いとは思いませんでした。すっかり秘境ではない…。
所縁を持つもののエゴかも知れませんが、五箇山はこれからもずっとヒッソリとした秘境であって欲しいものです。 -
五箇山と同じく、白川郷も咲き乱れたコスモスがとても可憐です。
このコスモスが終わる頃には、半年近く続く厳しい冬が始まることでしょう…。
白川郷からはバスで直接金沢へ向かいます。完全予約制でほぼ満員だったバスにもビックリしました…。 -
翌日からは金沢観光です。
まずは兼六園。もうちょっと後かなぁと思っていた紅葉が少しずつですが始まっています。 -
一昨年に引き続き、またもや兼六園は雨…
毎度ながらこの手入れの行き届いた園内にはただ驚くばかりです。結構しっかりと雨が降っていたのですが&朝早かったのですが、多くの観光客で賑わっていました。 -
前回金沢でできなかったことをやってみよう!と、パラパラとガイドブックを読んで見つけた、兼六園そば石川県観光物産館で開催されている和菓子手作り体験。
もう着色された材料が置かれているので、自分で丸めて成型することができます(白くて丸いもの以外の3種類)。
緑色のものは裏ごしして細かいツブツブ?を作って、こしあんの上にお箸で乗せていきます。左下は布巾で軽く押さえて(絞らない)。
一番のお気に入りは右下のもの。三角押し棒で周りに模様を作っていきます。 -
その後は加賀百万石・前田家のお屋敷でもあった成巽閣へ。
豪華な着物をはじめ、前日に見た五箇山の暮らしとは大違い…
そんな中、この日の午後に行った武家屋敷でもそうだったのですが思わぬ共通点が。合掌造りの内部でもここ金沢のお屋敷でも仏壇が置かれているのですが、それがどこもキンキラキンの浄土真宗の仏壇なのです。
北陸は浄土真宗の人が多い!とは聞いていたものの、ここまでだとは思いませんでした。富山をバスで走っていても「浄土真宗のお寺・こちらです」という看板を何回も見かけたり。 -
前回行ったので特に用事があった訳ではなかったのですが、ミュージアムショップも見てみたいし…とブラリと寄った21世紀美術館です。
ちょうど良かったので、中のレストランでお昼ご飯を。
『パレットランチ:ビュッフェ』と書かれていたものを選ぶと、その名の通りパレット(画家が絵の具を乗せるアレです)の形をしたお皿が運ばれてきて、「パレットに絵の具を乗せるように、各自ご飯を盛りつけて下さい」と…緊張しました。 -
金沢に来たからには、九谷焼を何か1つぐらいは買いたいなぁ…と思っていたので武家屋敷跡エリアへ。
ガイドブックに載っていた老舗らしきお店のひとつは閉店していたけれど(移転?)、他のお店でじっくり怪しいほど吟味してとっても金沢っぽいキラキラのお茶碗をひとつ買いました。
大変熱心に売り物を見ていたところ、お店の方に「奥に当店のコレクションがあるのでご興味があればぜひご覧下さい」と声をかけて頂き、アンティーク九谷焼をたくさん見せていただきました。 -
雨の中歩き続けて疲れたので、ちょっとお抹茶でも飲んで一休み。
金沢のお店は器もとってもかわいいのです。 -
武家屋敷跡の中で唯一内部を現在も公開している『野村家』に入ってみました。中ではお茶室でお抹茶を頂いたり、刀や食器類など当時のものが展示されています。
内部は撮影自由(意外にそうでないところが多くてビックリ…)で外国人観光客の方も熱心に撮影されていました。途中で「ノーSDカードがいっぱいになってしまってこれ以上撮れん」とか叫ばれていましたが…旅行中のSDカードの残り容量には注意しましょう。 -
雨も降って寒かったこの日の金沢。
1日の締めくくりは金沢名物だというおでんを食べて暖をとります。
こちらのお店のおでんは塩おでん。ほんのり出汁+塩でさっぱりいただきました。 -
そして翌日、最終日。
前日の寒さは何だったのだ!?と言いたくなるような暖かさと青空です。
この日はバスに乗って前日行けなかったところを周ろうと思っていたのですが、早めにチェックアウトを済ませて徒歩で散策することにしました。 -
まず最初に向かったのは、近江町市場です。
朝ごはんに海鮮丼。何と贅沢なのでしょう…魚がとても新鮮なのか、全く生臭くなくツルツルと喉を通って行きます!ご飯を少なめにしてもらい、お造りの味を堪能しました。 -
この市場では主に鮮魚(カニ・エビ含む)や野菜があちこちで売られているのですが、注目すべきは加賀野菜です!
見たこともない野菜がたくさん並んでいて買って帰りたかったのですが、既にバックパックがいっぱいで。
よく見かけたのが『五郎島金時』なるさつまいもです。買って帰りたかったけれど…ぶつぶつ。 -
ピチピチ新鮮なお魚さんもこんなに。
カニの解禁日は11月7日木曜日だそうです。とりあえず市場内でカニクリームコロッケを食べてみました。 -
近江町市場を出て次に向かいたかったのは『ひがし茶屋街』。
前日ホテルに置いてあった新聞を読んでいて、今金沢の泉鏡花記念館では特別展をやっています!という記事を発見。泉鏡花の名前は教科書でしか見たことがありませんでしたが、ひがし茶屋街への道すがら立ち寄ってみました。
この人が書く小説の中の人物は『姿が美しいのはもちろんひたむきで強い心を持ち、強圧的で理不尽な世間を許さず、死してのちもなおアナザーワールドで生きる鏡花ならではの美しいひと』なのだそうです。
紹介されていたものの中で読んでみたい!と思える小説がいくつか見つかったので、今度出張の際にはスーツケースの中に何冊か本を忍ばせて行こうと思いました。現代の社会の中でもそういう強い人間になりたいなぁと願いつつ。 -
そんな寄り道をしつつ、やっと着いたひがし茶屋街です。
ここではお目当てがいくつかあったのですが、最初に向かったのは『志摩』という約200年前に建てられたお茶屋さんの建物です。とは言え、あくまで遊興用なので台所はありません(全て出前?で賄われていたとか)。当時の芸妓さんが使われていた髪飾りなども展示されています。
この建物、重要文化財なのですが内部の一眼レフでの撮影が禁止されています…コンパクトカメラはいいんだとか。
コンパクトカメラを持っていなかったので聞いてみると、一眼レフが当たって内部のものを傷めてはいけないから…だそうです。 -
この古き良き日本のムードに流されて、カフェで抹茶スイーツを食べてみたり漆のお箸を買ってみたり。
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聞いた話では、お隣富山市は戦時中に空襲を受けたりで古い街並みが全然残っていないそうなのですが、金沢は空襲を受けなかったこともありこういった街並みが残っているんだとか。
前に来た時には全然気付きませんでしたが、こんなに金沢に古都の雰囲気が残っていたとは。 -
それだけではなく、金沢市なのか石川県なのかは分かりませんが街全体として観光地としての開発が大変進んでいます。
街の中に地図は多いし、看板は多い上にきちんと2〜3カ国語表記になっているし、観光地を周りやすいバス(土日はワンコインだったり、フリーパスがあったり)などの設備も十分です。
古都あり、美味しい和洋菓子のパラダイスあり、そして九谷焼…観光客の財布のヒモは緩みっぱなしでしょう。 -
歩いて戻ってきました、金沢駅。
2015年に北陸新幹線が開通すると、東京から2時間半で金沢まで来れるようになるそうです。それまでまだまだ進化を止めないであろう金沢。
和菓子を始め加賀百万石の歴史から派生したという土台もあるのでしょうが、近代的な21世紀美術館も上手く融合していたりと、観光地づくりのヒントが満載な街でした。 -
最後に今回の戦利品です。
財布のヒモが緩みっぱなし…どころか、財布の底に穴が開いているのではないかと思った程(途中でATMに行ってしまった)。
茶碗しか買うまいと決めていたのに、最終日フラリと入ったお店でおばあさんに「若い人(※もう若くないです)にこういう器を使ってもらえるのは嬉しいわ」と、お安くしていただいた煮物用の器があったり…
和菓子もろもろ、次回の出張に持って行くお麩の味噌汁、加賀棒茶、先日読んでいたエッセイで有名だと知った能登半島の塩、などなどです。
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