2013/10/20 - 2013/10/21
310位(同エリア1965件中)
ottoさん
鄙びた温泉地をと讃岐の奥座敷・塩江(しおのえ)温泉を選んだ。
新大阪 9:59発 さくら551で岡山経由高松へ。 高松駅で昼時となり名物の讃岐うどんを食す。台風の余波で天気も今一、駅前の国指定の史跡・高松城跡がある玉藻公園に立ち寄ることにした。正直なところ栗林公園ほど期待は大きくなかったが見学後の感想は「行って良かった」である。現役時代に出張で高松の市役所へ何度か来ていたが一度も立ち寄ったことがなく、「もったいない素通りをしたことよ」と思う。
JR高松駅から193号線を琴電バスで南下、約60分。1300年に名僧行基が発見したと伝わる県内最古の温泉郷を目指す。
JTB推奨の新樺場川観光ホテルは山間の素朴な温泉郷に建つ民宿風御宿。地元のスタッフの人懐っこい応対で少々不便だが気の置けない一夜を過ごした。香青川のせせらぎと緑豊かな山容に包まれ地元産料理を味わった。
温泉は熱めで良く温まり、肌触りが心地よい。只こじんまりした部屋のテレビは BS視聴が出来ず、Wi-fi 環境はロビーでのみ可能。駐車場もあり、エレベーターも廊下の端っこに設置されていた。食事は朝夕ともに見晴らしの良い大食堂で頂く。バス停まで送り迎えして貰えるのが有難い。
直行便が就航したとて台湾からのツアー客が何組か来ていたが意外と静かだった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
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岡山から瀬戸大橋を渡る。車で見える景色と大違いで鉄橋を見上げつつ
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両脇の隙間から曇天の瀬戸内海を眺める。
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急行と座席指定券は岡山で回収され 新大阪から高松までの通し切符が手元に残っている. ジパング利用での3割引が有難い。
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備讃線(備前ー讃岐)を走るスマートな列車 ”マリンライナー"
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高松駅ビルの食堂で "艶艶”に入ることに。
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名物の "ぶっ掛けうどん" .
よく踏み練って生まれる腰の強さが特徴。
たっぷりかけた生姜と葱がよく効いている。
てんぷらをつけても1000円とお安いが、
夕食の為に敢えて胃袋のスペースを空けて置く。 -
「玉藻公園」入り口。余り近すぎて通り越してしまった。
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玉藻(美しい藻)の命名由来は詳らかではない。
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天正年間に生駒市氏が秀吉から所領を任されて以来の木木に囲まれて。
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入場料は大人200円 子どもは100円 65歳以上は無料。
折しも菊花展の準備中。まだ産着を着せられているような..... -
丹精こめた菊が一区画ごとヨシズで囲まれている。
此方はもう花托の薄紙が外されている。 -
コレも見事。
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本丸と二の丸を結んでいる唯一の連絡橋・「鞘橋」
屋根部分は江戸中期に取り付けられた。 -
日本3大水城の一つとて すぐ傍の海水を引き込んだ堀の水はエメラルド・グリーン
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年を経た松が水面に影を映して鎮っている。
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本丸への階段を登る。
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天守閣跡へと進み
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生駒氏時代(4代54年)は3層だったが、お家騒動で移封された後に松平氏(家康の孫で光圀の兄)の入城後 改築され3層5階の威容を誇る・戦禍を知らない城として繁栄した。
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東讃岐12万石の栄華は11代228年間に亘り 明治維新で廃城願いを出すまで続いた。 一旦は新政府の所管となった後松平家に払い下げられ現在は高松市に委譲され「玉藻公園」として昭和30年5月から一般公開されている。
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本丸跡から北の水城通を望む。
左手「鞘橋」の先にサンポート高松ビルやJR高松駅がある。 -
右手のはるか奥に重要文化財の櫓が見える。
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内堀の向うに渡り庭園に向かう。
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鞘橋から駅並びのビル街と琴電乗り場が見える。
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水城の仕組み概要が示された案内板。
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海水を引き入れ水位を調節する為の水門付近。
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「披雲閣」庭園は通路の飛び石に奥へと誘われる。
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太い幹にはや紅葉の兆が....
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往時の広さ66万平方キロメートル(約20万坪)からすると8分の1と狭まったが重要文化財の月見櫓、水手御門、渡櫓,うしとら櫓、石垣、堀などが残っており
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昭和30年3月2日に国の史跡に指定された。
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この環境を折に触れ市民が利用できるとは羨ましい。
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何処から見ても風情あり
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よく整備されている
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〃
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南国ムード漂う一角。
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先程登った天守閣跡があ堀越しに見える。
天守閣の復元が期待されているようだ。 -
通用門にも風格が感じられる。
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披雲閣ではお茶会が催されていた。
嘗ては藩の政庁及び住まいとして使われていたが明治時代に老朽化で取り壊されて大正6年に改築された。
大書院は142畳の広さがあると言われる大広間。 -
瀬戸内海の面した城の位置関係。
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鯱が如何に大きいか。
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与謝野晶子の歌
わだつみの 玉藻の浦を前にしぬ
高松の城 竜宮のごと
を香川竹甫氏が揮毫した掛け軸が陳列間に展示されていた。 -
遠目にはは本丸とも思える立派な櫓が建っている。
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城の南東を守る「うしとら櫓」は昭和25年8月 重要文化財指定
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この櫓は 元北東の隅にあった。3階3層・入母屋造・本瓦葺きでえ初層に千鳥破風があるのが特徴。昭和40年に国鉄より譲り受けて市が2年かけて移築復元した。
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「旭橋」は旧大手門を廃して東からの出入り用に架けられた。
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「旭橋」と「旭門」をくぐると県立ミュージアムの方に出る。
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堀めぐりの小舟が此方へやってきた。
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此処にも黄葉の兆し
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上空から見た配置図 全ての堀に海水を引き込んだ日本3大水城の一つ。
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城を後に塩江温泉行き53番ルートのバスに乗車。
(約一時間) -
終点塩江温泉に到着
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ホテルに電話して迎え来てもらった。
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通された3階の部屋はこぎれいな和室で大きくはないが窓の外は一面山の斜面が迫り、眼下に香青川のきれいな流れ。
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案内のスーツ姿のお姉さんはクローゼットの中と大浴場と食堂の説明を済ませると姿を消した。 卓上の和菓子を見て 先ずはお茶でもと思ったがそれらしい道具が見当たらない。
フロントに電話すると地元の主婦らしき軽装の婦人が入ってきて「コンセントがないので縁側の隅に湯沸しポットが繋いでありますんよ。すんませんな」と言って出て行った。
「ご勝手にどうぞ」のようだ。 -
洗面所には歯ブラシとレーザーが置いてあるだけでさっぱりしたもの。
まるで民宿の雰囲気。 -
日曜の夜に楽しみにしているBS放送は入らないと知ってがっかり。
録画しておくのだった。 -
一階の大浴場で汗を流した後、食堂に赴く。
エレベーターは右手奥に設置してあるが部屋は左手の一番奥なので利用しづらい。 -
地元産の食材が並べられ
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とらふぐの鍋も供された。
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瀬戸内海産か土佐湾産か?
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素朴な手料理が続く。
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そろそろお腹も膨れてきて牛肉の陶板焼きは半分残してしまった。
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〆のご飯と吸い物
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デザートはブルーベリーのプデイング
明日は快晴になりますようにと祈りつつ、山間の静かな温泉郷でゆったりと一夜の夢を結んだ。
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