2013/10/06 - 2013/10/15
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tomo-komaさん
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ローマ帝国「女王の道」と称されるアッピア街道を終点ブリンディシ、コロンナ・ロマーナから始点サンセバスティアーノ門までを巡った。
メタポント遺跡、パエストゥム遺跡、ポンペイ遺跡、エルコラーノ遺跡、ハドリアヌス別荘、タルクィニアのネクロポリ、オスティア・アンティカにも立ち寄って。
各遺跡の考古学博物館も制覇。
めちゃめちゃ濃〜い旅でした。
第一日目 バーリ泊
第二日目 バーリ→ブリンディシ→メタポンタ→ターラント
第三日目 ターラント→パエストゥム→ナポリ
第四日目 ナポリ→ポンペイ→エルコラーノ→ナポリ
第五日目 ナポリ滞在→国立考古学博物館→スパッカナポリ→ソッテラネア
第六日目 ナポリ→ティボリ・ハドリアヌスの別邸→ローマ・アッピア街道
第七日目 ローマ→タルクィニア・エトルリア文明・国立博物館
→オスティア・アンティカ→ローマ
第八日目 ローマ滞在→フォロ・ロマーノカピトリーニ美術館
→トライアヌスの市場→聖ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会
→ローマ国立博物館→サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会
第九日目 ローマ→
第十日目 →日本
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旅は雨のブリンディシから始まった。ここはコロンナ・ロマーナ。
紀元前244年にアッピア街道の開通を記念して二本の円柱が建てられたが、1528年、地震により一本が倒壊、1656年、当時の流行病ペストの終焉を記念して現在はレッチェの町に移築。
この円頭はレプリカ。本物は後ほど・・・。 -
リヴェツォ考古学博物館。
赤絵の可愛いフクロウを発見。素朴感満載だ。
フクロウはギリシャ神話では知恵の神。アテナ女神の従者。故に、知恵、知識、学問・芸術のシンボルと言われている。ちなみに、日本では福を呼ぶ鳥、福来郎。また、苦労しない不苦労。夜に目が利くので見通しが明るいとか、首が360度回る事から商売繁盛とも関連付けられている。洋の東西で縁起物。 -
リヴェツォ考古学博物館。
ギリシャの影響が見られる非常に細かい白鳥の羽。クオリティーの高い文様。器は薄手で、取っ手も左右対象でデザイン性が高い。
陳列棚の中で大変目立った存在であった。 -
リヴェツォ考古学博物館。
ブロンズ像の一部。古代人の手と現代人の私の手。 -
コロンナ・ロマーナ、本物の円頭。
コルテ・タッシージ宮、現在の市庁舎に飾られている。海の神ネプチューン、息子のトリトンも発見。 -
コロンナ・ロマーナの円柱の円頭ネプチューンのアップ!!
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ブリンディシ大聖堂。12世紀にロマネスク様式で建てられたが、地震て倒壊、18世紀バロック様式で再建された。
あれっ、正面の祭壇画は「最後の晩餐」か?!、ですよね。 -
移動のバスのフロントガラス越し、見えますか?
道路の完璧な冠水・・・。
翌日のTVニュースで鉄砲水があり、死者が出たと報道。確かに午前中から昼過ぎまでのものすごい豪雨だった。 -
メタポント。紀元前8世紀、ギリシャ人の植民地メタポンティオンがあった所。
紀元前6世紀頃のドーリア式神殿、ターボラ・パラティーネ、王宮のテーブルという意味。31本あった柱は現在15本。ヘラ神殿ではないか、という説もあるとか…。ヘラとはギリシャ神話の中の最高位の女神、オリンポス十二神の一神。全能の神ゼウスの妻。現地ガイドさん曰く、日本人が来てくれるの大変は珍しいと…。そう言われると、何か嬉しい!!得した気分だわ〜。 -
キャットの視線をキャッチ!!、なんちゃって、笑。
ターラントからパエストゥムに向かう高速道路のアウトグリルで出会ってしまった。とても愛らしく、健康的で、キレイな猫です。きっと、お客様の皆様に愛されているのでしょうね。
目ヂカラがイタリア猫だ・・・。 -
イチオシ
パエステゥムの遺跡傍の水牛農場のチーズ工房でのランチ。もちろんモッツァレラチーズは美味しい事、外れなしですが、真ん中のフレッシュマスカルポーネチーズが絶品!!でした。
もちろん、完食!! -
イチオシ
パエストゥム遺跡のアテナ神殿。紀元前520年に建設。ここには円形闘技場、貴族の館跡、バジリカ、フォーロ、テルマエの他、何と通称双子の神殿とも言われる第一ヘラ神殿、第二ヘラ神殿も並んで聳え建つ。
絶対に、見るべし!! -
イチオシ
大きな神殿が存在可能な秘密の一つがこのアーチ構造!!すごいぞ!!ギリシャ人、そしてローマ人!!
遺跡ではここも注目してほしい!! -
パエストゥム遺跡。
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パエストゥム第二ヘラ神殿の柱。中の柱が残っている遺跡はとっても珍しい!!
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パエストゥムの傍にある国立博物館の中のイオニア式の柱頭。本物。アテナ神殿の柱頭はイオニア式とドーリア式と両方あったとか?!
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母乳をあげているアテナ女神像。こんな母性愛に溢れている女神像に出会った事、初めてだ。珍しいと思うのですが・・・。
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ガイドブックおなじみの超有名な石棺の蓋の裏側の絵「飛び込む男」。紀元前480年。石棺の内側の四側面には宴会の様子が描いてあった。これらは現世から来世への旅立ちの為だそうです。
古代ローマ人の死生観が伺える作品だ。
後日、この飛び込む男と同じモチーフの絵を見る事になる。驚く事に、もっと古い時代紀元前6世紀のエトルリア文化「狩りと魚の墓」。見比べると楽しい。 -
ナポリ!!ヴェスビオ山。ポンペイの遺跡マリーナ門に入る前にパチリ!!
今回の旅ではポンペイ遺跡を端から端まで巡りました!!
じっくり約3時間半歩き続けて見学。完全堪能、幸せ〜。当たり前ですが、、修復中の所は見る事は叶わず残念でしたが。現地ガイドさんも当日の修復状況は完全には分かっておらず、時々回り道を強いられました。さすが、イタリア!! -
ポンペイの遺跡、マリーナ門から入ってすぐ、足下に注目!!夜でもキラリ!!雨でも目立つ!!猫目石と呼ばれる白い大理石。
今回、新発見!!だった。 -
ポンペイの信仰の中核を為していたジュピター神殿。聖像安置室で見付かったのがジュピターの頭。本物はもちろんナポリ考古学博物館にある。
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これかジュピターの頭のレプリカだ!!
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アッボンダンツァ通り。終点??スタート!!一体どっち?!
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バールのキレイな台のカラフルな石の芸術。モザイク、大好き!!
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このアーチの向こうは・・・
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・・・円形闘技場だ!!たくさんの人を収容する為に楕円形だったという。
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ポンペイ遺跡のお風呂だよ!!清潔で、合理的だ!!
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エルコラーノ門を通り、墓場通りを過ぎて、秘儀荘へ。ここはバッカスの間。怪しいポンペイの緋。
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エルコラーノ遺跡。通路の高さに注目。ポンペイ遺跡はヴェスビオ山の噴火で6〜7mの灰を被ったが、ここエルコラーノ遺跡は25mもの泥灰を被った。だから二階部分の壁まで遺跡として残っている。海の側だったという事もこのような差が出たようだ。
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エルコラーノ遺跡の浴場。ポンペイと時代が一緒だから、当然似ております。でも、エルコラーノ遺跡の方が保存状態はすっごく良い。壁の凹凸の顔の文様まで見る事が出来ました。
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この地層が泥の証明!!こんなのがたくさん残っているのだ。
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キレイな色彩だ…。壁に、柱に、床までも。
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イチオシ
もっとキレイだ…。壁のモザイク!!
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足元だってキレイだ…。今時の文様と行っても通用するね。
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地下に遺跡があるのは分かっている、だが、遺跡の上には現代人の生活空間がどっしりと広がっている。もう開発はしないそうだ。ここはそういう所で、ここはこういう国でだ。
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朝、ホテルの朝食ではなく、ナポリの最古の「カフェカンブリア」でカプチーノとクロワッサンをいただく!!変わらないカップ、変わらない美味しさ、変わらない伝統!!正統派のカフェならここを是非チェック!!
ウ〜〜〜ン、満足!! -
ナポリ考古学博物館。アポロ神殿の弓を引くアポロの本物。
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アレクサンダー大王とダリウス3世の戦い。モザイク画。イッソスの戦いでペルシャ軍に勝利を収めたモザイク画のアレクサンダー大王の顔!!美しい!!凛々しい!!やっぱり伝説の方、連戦連勝でインドまで?!
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ナポリ、スパッカナポリ散策。
スパッカナポリ沿いに発見。こんな所に人が、こんな所にドアが、偶然に感謝してパチリ!! -
野生の水牛の角。ラッキーアイテム。厄払い、守り神とか。コルノというらしい…。赤いものがお土産屋さんで多く見られるが、赤は勝利の色とか。でお、現地ガイドさん曰く、「これが本物です」って。
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ソッテラネア。36mの階段を下りました。紀元前5〜4世紀の採掘場。ローマ時代には地下水道が造られ、ここに水が運ばれたそうだ。第二次世界大戦中は防空壕としても機能。一人づつロウソクを手で持ち、細い通路をカニ歩きで進み、行き着いた所は「ここ」でした。ちょっと冷んやりして湿気を感じた。
外に出た後、とある民家の中へ。おもむろに係の方がベッドを動かすと、そこには突然階段が現れ、そのまま地下へと続く。驚く事に、ここはローマ劇場の一角でした。さもありなん…。 -
スパッカナポリ!!とはスパッ!とナポリが南北に二分されていた、本当だった!!ケーブルカーに乗ってフーガ広場へ。坂道、階段を上り、サン・テルモ城からナポリの町を見下ろした時のこの写真。
これがスパッカナポリだ!!「真っ直ぐ」の証明!! -
ティボリ。ハドリアヌス帝の別邸入り口。中央の写真はハドリアヌス帝の回想を執筆したマグリット・ユルスナール女史(1903年生、1951年ハドリアヌスの回想でフェミナ賞受賞高い評価を得る、女性初のアカデミー・フランセーズ会員、1987年死去。)この旅の前には全く歯が立たなかった作品、何時になったら読破できるのか…。
ユルスナールにここで出会うとは、縁を感じる?!いずれ読破したいなぁ。 -
皇帝が静かに考え事をしたという瞑想の場。そう、彼にはこういう場所、そういう時間が必要だったと思う。
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スタジアム、トレーニング場。結構広い場所が確保されていた。このような場所はどの遺跡でも見る事が出来る。パンとサーカスの健闘の為だけではなく、皇帝の軍隊として、また皇帝の側近として皇帝を守るという事も立派な任務だった。
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カノプスと呼ばれる細長い池。池の周りには数体の美しい円柱像の装飾が残っている。そこにワニ君を発見。それは、エジプトのアレクサンドリアからセラピス神殿に続いている運河を模したものだからであろう。
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ハドリアヌス帝。このお顔が最も有名というか、色々な博物館にいっぱいいる。
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イチオシ
ハドリアヌスの別邸に来ていた地元の小学生、可愛い〜。
さすがイタリア、ノリノリ、チャ〜オ〜〜!! -
遂にやって来ました、アッピア街道。ここは敷石が残っている良い感じ〜〜!!
約5km、墓の遺跡が残っている所を歩く事が出来ました。
あ〜あぁ、感無量・・・。
街道沿いは墓標がいっぱい。ローマ人の死生観にもつながるもの。死んでも権力を示したい、死んでも賑やかな所に居続けたい・・・。 -
「LOVE STONE」発見!!
ハートのアッピア街道の敷石。きっと良い事がある!!と信じてる。 -
アッピア街道の始まり。すべての道はローマに通ずの原点の一本、サンセバスチャーノ門(アッピア門)。すぐ側にあるマイルストーンはレプリカでした…。
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タルクィニャ。エトルリア文明を見る。紀元前6世紀の墳墓群。この頃はみんな平等、お墓の大きさもさほど差が無い。墳墓の中の壁画を見る事が出来る。色も文様も良い状態で残っていた。紀元前6世紀というのだから驚きだ。ここで「飛び込む男」以前に架かれた同じような絵を見られた。時代、場所、確実に描く技術は受け継がれ、伝えられていった事の証明。
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紀元前4〜3世紀のアクロポリスにあった神殿を飾っていたテラコッタの有翼馬。二頭の馬の色は微妙に異なる。それは原料となった土の成分が異なるから。もちろん計算されていたのだ、そんな芸術性の高さに驚く。馬の表情も微妙に異なり、見事なもの。15世紀ヴィテッレスキ家の夏の宮殿跡を1924年から国立博物館となり、多くの展示物がある。柩に飾られた女性の象の指にはいくつかの大きな宝石が象られた指輪もあった。古代の豊かな暮らしぶりが伺える。
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テヴェレ川河口。紀元前4世紀、第4代ローマ王セルヴィウスにより建設されたローマの港町オスティア・アンティカ。当時の町はもっと左岸にあったとか?!
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ユリウス2世が枢機卿の頃に建てた城。この城は当時テヴェレ川の大きく蛇行した川沿いにあった。目的は、そこを通る全ての船から通行料を巻き上げる為、さすが!!その為の横長の窓口も城壁に見る事が出来る。しかし、1557年の大雨でテヴェレ川の蛇行ルートは大きく変わってしまい、全くお手上げに。ただし、ユリウス2世は1520年没、彼はしっかり稼げていた訳だ、やっぱりさすが!!
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オスティア・アンティカ。紀元前4世紀、第4代ローマ王セルヴィウスによりローマの城塞都市として建設。最盛期、人口5万人、海軍の拠点や貿易港としてアウグストゥス帝やトライアヌス帝により拡大。しかし、テヴェレ川の土砂に埋まり、約800年で終焉。当時の様子が良く残っており、エルコラーノ、ポンペイ遺跡に続く大きな町の遺跡。
床のモザイクの保存状態は素晴らしい!!これはネプチューンの浴場。
最近発掘予算増、発掘現場拡大中。 -
オスティア・アンティカの大劇場。約3500人もの収容人数を誇る。今でも保存状態は良く、舞台に真ん中で音を発すると素晴らしい響きを体感する事が出来る。アウグストゥス帝が建設、セヴェルス帝が修復。
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貿易商の組合、商店、工房が規則正しく並ぶエリア。その特徴は一目で分かるよう、扱うものをモザイクで示してある。小麦、魚関係はもちろん多かったが、健闘士と戦わせる動物を扱っていたと思わせる象のモザイクも複数あった。いや、象という武器かな??どちらにしてもモザイクはお見事!!
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大理石のカウンターがあるバールは当時果物、食べ物、温かい飲み物も扱っていたという壁画もあった。ここは二階建ての貸部屋?アパート街。日よけも3パターンほど残っていた。ジュピター・ユノ・ミネルヴァに捧げられたカピトリウム、洗濯屋、染物屋、公共浴場、パン屋など、ほぼポンペイの遺跡などと同様な町作り。エルコラーノ遺跡と同様、土砂に埋まったとの事、保存状態は良い。
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サンタ・マリア・マッジョーレ教会のファザード表の扉絵、「受胎告知」。キリスト以前の探訪なので、受胎告知、久し振り、懐かしい?!。
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フォーロ・ロマーノ。ティトゥスの門。70年のエルサレムの戦いの凱旋記念81年に建設。門内側には凱旋風景、戦利品などが彫られている。見事な装飾をじっくり見て中へ入る。
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アントニウスとファウスティーナの神殿。聖なる道を挟んで王宮の向かいにある。アントニウス・ピウス帝が妻ファウスティーナの死後141年に建て、皇帝も死後ここに祀られている。前柱廊式の神殿、コリント式の高さ17mの6本の柱は見事。現在のファザードは17世紀に改修されたもの。
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炉とかまどの神ヴェスタを祭る神殿、その神殿の聖なる火を守る巫女の家。4人(後6人)の巫女が聖なる火を守っていた。巫女の任期は10歳から40歳の30年、その期間特別の配慮があるが、故に汚れるとその罰則も厳しかった。これが修道院の原型と考えられる。柱廊に囲まれた中庭があり、巫女達の生活はここで全て賄えるよう自給自足が可能なスペース。
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カエサル火葬の場所。紀元前44年3月15日、カエサル暗殺。元老院は遺体を火葬した場所にカエサルの名誉を讃える円柱と祭壇を建設。今でも人気がある故、人だかりは常にあり、供えられる花が絶えない。カエサル様〜!!
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フォーロとはフォーラムの語源、この辺りが古代ローマ時代の集会、裁判、商業、政治の中心であった所らしい。鉄器時代、テヴェレ川の南の丘の上に小さな集落があった。谷間はその集落の外、故に墓場であった。伝説のオオカミに育てられた双子の兄初代王ロムルスが周囲の共同体をまとめ、ローマ建国。人々はカピトリーノとパラティーノの丘から谷へ拡散。紀元前6世紀頃タルクィニウス時代当時の文明で谷間の水をテヴェレ川に排水し、マラリアなどの心配が無くなり、土地は整備され、フォロ・ロマーノの形成が始まった。
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セヴェルスの凱旋門。紀元3世紀、高さ21m。この頃はローマ帝国も傾き始め、装飾は統一感が無い事が見て取れる。
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カピトリーノの丘からフォロ・ロマーノの全体を見る。カピトリーノの丘に人々が住み始めたのはローマ建国紀元前753年よりもずっと古く紀元前1300年頃と言われている。有利な地形として自然の要塞の機能を果たしていたようだ。紀元前600年頃にはカピトリーノの三神ジュピター・ユノ・ミネルヴァを祀る神殿が造られ、信仰の場となった。
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カンピドーリオ広場とカピトリーニ美術館。法王パウロ3世の要請を受け、ミケランジェロが設計した美しい空間の広場、真ん中にはアウレリウス帝の騎馬像、これはもちろんレプリカ、本物は新館の中庭を潰して造った部屋に展示。ハドリアヌス帝と顔が似ていたので間違ったという説が?!あり得ないが…。そして、1471年シスト4世がローマ市民に贈ったブロンズ像をもとに創設された世界最古の美術館。
カンピドーリオ広場を中心に、市庁舎に向かって右手がコンセルヴァート宮、左手が新宮。 -
ルーパ。雌オオカミ。顔に母性が溢れているね。
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ルーパのおっぱい。雌オオカミからローマ建国の双子兄ロムルスと弟レムスが乳を飲んでいるブロンズ像。オオカミは紀元前6世紀の終盤の作品、双子の像は15世紀末アントニオ・ボッライウォーロにより付け加えられた。
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フォーリ・インペリアーリ。アウグストゥス帝を始め、歴代の皇帝が権力の証として造られた公共広場。ここはトライアヌスのフォーロ。19の巨大な大理石のブロックを積み重ね高さ40mにしたトライアヌスのダキアの戦いの勝利の場面の記念柱と紀元2世紀の初めに丘を崩して造った3階建ての屋根付きのテラス状の市場。150店舗の殆どが食料品店、人口の多さを物語る。が、実際は、切り崩した土砂崩れ止め。
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カエサルのフォーロ前にあるユリウス・カエサルの象。
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カエサルのフォーロ。
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アウグストゥス帝のフォーロ前のアウグストゥス帝の象。
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アウグストゥス帝のフォーロ。
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サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会。聖ペテロがエルサレムで牢に繋がれている時の鎖を祀った教会。5世紀に建てられたが、15世紀に修復。これは16世紀のミケランジェロのモーゼ象。1505年法王ユリウス2世から墓の制作を依頼されたミケランジェロ、建築と彫刻の融合を計画したが、中断されたという歴史あり。
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ローマ国立博物館の新館、マッシモ宮。テルミニ駅すぐそば。紀元前2世紀から紀元4世紀頃までの彫刻・モザイク・フレスコ画・貨幣などを展示。
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イチオシ
一階で出会ったアウグストゥス帝の全身像。さすが国立博物館所蔵、きれいだ!!しばし、アウグストゥス帝様のすぐ前の四角のソファーに鎮座させて頂く。うっとり…。
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リヴィア家のフレスコ画。紀元前20年〜10年頃の作品。フラミニア街道沿いのアウグストゥス帝とリヴィア妃の家から発見!!全体は青、草木の多重な緑に果実と花の多彩な色彩。豊かな空間、ゆったりとした時間を満喫できる作品だ。
ちょうど訪れたタイミングにベンチに寝そべっている女性がいらした。そうだ、こうして鑑賞するのがベストかも。 -
どこにでも出没、ギリシャ神話のメドゥーサ。恐ろしいが、美しい。おっと、目を合わせると石にされてしまうかも?!
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サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会。カルロ・マデルノがボルゲーゼ枢機卿の依頼で17世紀の初めに建設。当初、聖パウロに捧げられたが、ハプスブルク家のフェルディナンド2世が戦いの前にビルゼンの城の堆積物の中から聖母の肖像を発見して戦いに勝利を収めた事から新たに聖母マリアに捧げたそうだ。左翼のコルナーロ礼拝堂。
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聖テレーザの法悦は1640年代後半ベルニーニの最盛期の作品の一つ。16世紀スペインの聖女アビラのテレーザの幻視体験、天使が金の矢で聖女の胸を刺し貫く様を表している。そこに天からの光が降り注ぐように明かり取りの隠し窓を作成、更に彫像の後ろに金色の光の束を配して絵画的に表現している。建築と彫刻は完全に一体化して一つのシーンを作り上げている。確かに巧みに自然光を取り入れ、金色の矢と背景、大理石のテレーザの表情の輝きは抜群の美しさである。今回もローマに来ている間、何度足を運んだだろうか。ローマでテレーザに会う事が一つのお約束になってしまった。私の特別の空間、私の特別の彫像、テレーザ、今回も、会えて良かった。
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