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浅草寺(せんそうじ)とは、東京都台東区浅草二丁目にある東京都内最古の寺である。山号は金龍山。本尊は聖観音菩薩。、聖観音宗の総本山。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれている。江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもある。関東大震災直後。仲見世は全焼したが、境内は被害を免れた。しかし昭和20年(1945年)3月10日、東京大空襲で旧国宝の本堂(観音堂)、五重塔などが焼失。<br /><br />雷門<br />表参道入口の門。切妻造の八脚門で向かって右の間に風神像、左の間に雷神像を安置することから正式には「風雷神門」というが「雷門」の通称で通っている。昭和35年(1960年)、鉄筋コンクリート造で再建された。実業家・松下幸之助が寄進したものである。<br /><br />本堂<br />本尊の聖観音像を安置するため観音堂とも呼ばれる。現在の堂は昭和33年(1958年)に再建されたもので鉄筋コンクリート造である。外陣には川端龍子(かわばたりゅうし)筆「龍の図」、堂本印象筆「天人散華の図」の天井画がある。<br />2009年2月から2010年12月にかけて、「平成本堂大営繕」が行われた。チタン成型瓦を採用。使用色も2色から3色に増やし、より粘土瓦に近い風合いを醸し出している。<br /><br />影向堂(ようごうどう)<br />本堂の西側にある。鉄筋コンクリート造、寄棟造、錣葺き(しころぶき)屋根で、平成6年(1994年)の建立。堂内には本尊聖観音像のほか、鎌倉期の円派の様式を示す阿弥陀如来坐像等[3]十二支の守り本尊である8体の仏像を横一列に安置する。影向堂の周囲には六角堂、橋本薬師堂、石橋などがある。影向堂の左に建つ六角堂(東京都指定有形文化財)は室町時代の建立で、小規模ではあるが、境内最古の建物である。<br /><br />五重塔<br />現在の塔は本堂の西側、寛永8年(1631年)に焼失した三重塔の跡地付近に場所を移して、昭和48年(1973年)に再建されたもので鉄筋コンクリート造、アルミ合金瓦葺き、基壇の高さ約5メートル、塔自体の高さは約48メートルである。なお、再建以前の塔は東側にあった。その位置に平成21年(2009年)、新たに「旧五重塔跡」と記された石碑が設置された。周辺には木が植えられ、憩いの場となっている。<br /><br />二天門 <br />重要文化財。本堂の東側に東向きに建つ、切妻造の八脚門である。元和4年(1618年)の建築で、第二次世界大戦にも焼け残った貴重な建造物である。この門は、本来は浅草寺境内にあった東照宮(徳川家康を祀る神社)への門として建てられたものである(東照宮は寛永19年(1642年)に焼失後、再建されていない)。平成22年(2010年)、改修により創建当初の様式に戻された。<br /><br />浅草神社<br />本堂の東側にある。拝殿、幣殿、本殿は重要文化財。浅草寺の草創に関わった3人を祭神として祀る神社である。明治の神仏分離以降は浅草寺とは別法人になっている。。<br /><br />弁天山<br />宝蔵門の東方、広場の奥にある小山を「弁天山」といい、石段上に朱塗りの弁天堂、その右手に鐘楼が建つ。弁天堂は鉄筋コンクリート造で昭和58年(1983年)の再建。鐘楼は木造で昭和25年の再建。この鐘楼に架かる梵鐘は江戸時代の人々に時を知らせた「時の鐘」の1つで、元禄5年(1692年)の銘がある。弁天堂への石段の左側には芭蕉の「観音の甍(いらか)見やりつ花の雲」の句碑がある。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />浅草寺については・・<br />http://www.senso-ji.jp/<br /><br />東京スカイツリー については・・<br />http://www.tokyo-skytree.jp/<br />

浅草寺 (観音堂・影向堂・五重塔・弁天堂)境内散策 ☆昔ながらの食堂も

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2013/08/31 - 2013/08/31

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マキタン2

マキタン2さん

浅草寺(せんそうじ)とは、東京都台東区浅草二丁目にある東京都内最古の寺である。山号は金龍山。本尊は聖観音菩薩。、聖観音宗の総本山。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれている。江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもある。関東大震災直後。仲見世は全焼したが、境内は被害を免れた。しかし昭和20年(1945年)3月10日、東京大空襲で旧国宝の本堂(観音堂)、五重塔などが焼失。

雷門
表参道入口の門。切妻造の八脚門で向かって右の間に風神像、左の間に雷神像を安置することから正式には「風雷神門」というが「雷門」の通称で通っている。昭和35年(1960年)、鉄筋コンクリート造で再建された。実業家・松下幸之助が寄進したものである。

本堂
本尊の聖観音像を安置するため観音堂とも呼ばれる。現在の堂は昭和33年(1958年)に再建されたもので鉄筋コンクリート造である。外陣には川端龍子(かわばたりゅうし)筆「龍の図」、堂本印象筆「天人散華の図」の天井画がある。
2009年2月から2010年12月にかけて、「平成本堂大営繕」が行われた。チタン成型瓦を採用。使用色も2色から3色に増やし、より粘土瓦に近い風合いを醸し出している。

影向堂(ようごうどう)
本堂の西側にある。鉄筋コンクリート造、寄棟造、錣葺き(しころぶき)屋根で、平成6年(1994年)の建立。堂内には本尊聖観音像のほか、鎌倉期の円派の様式を示す阿弥陀如来坐像等[3]十二支の守り本尊である8体の仏像を横一列に安置する。影向堂の周囲には六角堂、橋本薬師堂、石橋などがある。影向堂の左に建つ六角堂(東京都指定有形文化財)は室町時代の建立で、小規模ではあるが、境内最古の建物である。

五重塔
現在の塔は本堂の西側、寛永8年(1631年)に焼失した三重塔の跡地付近に場所を移して、昭和48年(1973年)に再建されたもので鉄筋コンクリート造、アルミ合金瓦葺き、基壇の高さ約5メートル、塔自体の高さは約48メートルである。なお、再建以前の塔は東側にあった。その位置に平成21年(2009年)、新たに「旧五重塔跡」と記された石碑が設置された。周辺には木が植えられ、憩いの場となっている。

二天門
重要文化財。本堂の東側に東向きに建つ、切妻造の八脚門である。元和4年(1618年)の建築で、第二次世界大戦にも焼け残った貴重な建造物である。この門は、本来は浅草寺境内にあった東照宮(徳川家康を祀る神社)への門として建てられたものである(東照宮は寛永19年(1642年)に焼失後、再建されていない)。平成22年(2010年)、改修により創建当初の様式に戻された。

浅草神社
本堂の東側にある。拝殿、幣殿、本殿は重要文化財。浅草寺の草創に関わった3人を祭神として祀る神社である。明治の神仏分離以降は浅草寺とは別法人になっている。。

弁天山
宝蔵門の東方、広場の奥にある小山を「弁天山」といい、石段上に朱塗りの弁天堂、その右手に鐘楼が建つ。弁天堂は鉄筋コンクリート造で昭和58年(1983年)の再建。鐘楼は木造で昭和25年の再建。この鐘楼に架かる梵鐘は江戸時代の人々に時を知らせた「時の鐘」の1つで、元禄5年(1692年)の銘がある。弁天堂への石段の左側には芭蕉の「観音の甍(いらか)見やりつ花の雲」の句碑がある。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

浅草寺については・・
http://www.senso-ji.jp/

東京スカイツリー については・・
http://www.tokyo-skytree.jp/

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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