2013/08/18 - 2013/08/18
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ElliEさん
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ノルマンディーの海岸地帯は、第二次世界大戦でナチスに占領されたフランスを開放するために連合軍が上陸し、激戦地となったところです。
1944年6月6日、アメリカ軍は、ユタ、オマハビーチ、イギリス軍は、ゴールド、スォードビーチ、そしてカナダがジュノービーチを担当し、総勢15万人が参加、戦死者は1万人といわれています。
D-Day ビーチとは、これらの海岸のことを指しています。
日本にいれば、ただの歴史の一幕としてしか知らなかったでしょう。
でも、カナダに住んでいると、色々な機会に、実際にそこで戦った人たちの痛みに触れ、単なる歴史としては片付けられないものを直接感じてきました。
今回の旅では、その傷跡を実際にこの目で見て確かめたいと思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
D514沿いには、たくさんの戦争跡が保存されています。
日本のガイドブックにはほとんど載っていませんが、英語のガイドブックではノルマンディーで訪れるべき場所として、詳しく紹介されていました。
オック岬 Pointe du Hoc
30メートルの断崖をアメリカ軍のレンジャー部隊がはしごとロープでよじのぼった地点です。 -
オック岬にあったドイツ軍の要塞の跡。
大砲をすえていたのでしょうか?台座のようなものが残っています。 -
あちこちにこんな大きな穴があります。
爆撃であけられた跡です。 -
ずっと広がる断崖。
ここをよじ登って来たのですよ。
上からはドイツ軍の手榴弾や砲撃が待ち構えていたはずです。
どんな気持ちだったのだろうかと考えただけで、震えてしまいます。 -
ドイツ軍のバンカーから外をのぞく。
こんな狭いところから機関銃などで狙っていたんですね。
狭いし、天井は低いし、ずっと中にいるのはイヤな気分でした。 -
レーガン大統領やその他、ここを訪れた要人のスピーチが記されていました。
どれもここで戦った人たちを英雄として称え、アメリカが自由と正義のために戦ったことを強調しています。
確かに、この戦いでヨーロッパをナチスから救ったという意味は大きいでしょう。
だけど、そのための犠牲が大きかったこと、人と人が殺しあう戦争というものに対する罪の意識はないのか?
アメリカのふりかざす正義は、第二次大戦の後も、ベトナムで、アフガニスタンで、中東で、戦争を引き起こしています。
まったくアメリカの正義ってやつは・・・。
日本が戦争放棄したこととの意識の違いを感じずにはいられない。
とまあこれは、スピーチを読んだ感想というだけです。
アメリカはこの手のスピーチでナショナリズムを煽るのがうまいのです。
私もうっかり涙が出そうになりました。
戦争で亡くなった人たちには罪はありません。 -
死傷率が一番高かったといわれるオマハビーチ
-
向こうに見える橋は、マルベリーと呼ばれる仮に設置された港湾施設の一部。
この砂浜にアメリカ軍は上陸し、ひたすら陸地を目指したのです。
兵士たちはほとんど無防備状態で、ドイツ軍の砲撃まともに受けました。
まさに地獄絵図だったでしょう。
ブラッディーオマハ(血のオマハ) と呼ばれた海岸も今は、犬の散歩をしたり、子供たちが凧揚げをしたり、平和そのものです。
この平和は、ここで血を流した多くの人の犠牲の上に立っていることを忘れたくありませんね。 -
マルベリーは、連合軍が上陸後、荷揚げなどに使われていた。
近くのクレープリーで、ランチにしました。
隣のテーブルには、アメリカ人らしい夫婦と多分その息子。軍隊に入っている雰囲気の若い男性でした。
黙りこんでいる3人のアメリカ人。
70年前にここで起きたことに思いをはせているのか・・・。
いえ、実は、そうじゃなくて、サービスが遅いことに、ものすごく不機嫌だったようです。
おかあさんがついに耐えられずに、立ち上がって文句を言いにいってました。
フランスのレストランってサービス遅いのよね。
わかります〜。その気持ち。 -
アメリカ軍戦没者墓地の入り口
-
内部には、アメリカ軍の持ち物、武器などの展示や作戦の詳細なビデオなど、様々な展示がありました。
-
ドイツ軍かく乱のために、上陸地点とは離れた地点にパラシュートで落とされたダミー人形。
確かディエップあたりだったのではなかったか?
大分東のほうですね。 -
ここで戦った人たちのバックグラウンド、家族構成なども展示されていました。
ありとあらゆる年齢の、ありとあらゆる出身地の、ありとあらゆる家族構成の人たち。
淡々とした記述に過ぎないのに、読んでいると胸がつまります。 -
アメリカ軍の武器などに見入る親子。
意外なことに、見学者はフランス人も多かったです。
子供たちの社会見学らしいグループも何組もいました。
アメリカ人ばかりかと思っていたけど、イギリス人も多かった(ブリティッシュ英語だ〜)。 -
外に出ると、延々と続いている白い十字架。
ものすごい数の墓標です。 -
犠牲者の多さに圧倒されます。
中にはユダヤのダビデの星がついたものも。
花や国旗を供えたお墓もありました。
無名の墓もかなりあるそうです。 -
池の向こうにみえるメモリアルには、ノルマンディー作戦の地図が描かれていました。
芝生の一角には、D-Dayのニュースを入れたタイムカプセルが埋められています。 -
立ち上がる若きアメリカ人の魂を現した像。
アメリカ人のグループがここで休んでいて「さあ次はドイツ軍のメモリアルセンターに行こうか」という掛け声に、
「何でオレたちがドイツ軍のところに行かなくちゃいけないんだ」と、叫ぶおっさんあり。
その発言はいいのか?
そのおっさんの戦争はまだ終わっていないのか?
暑さで疲れていて、行きたくなかっただけなんだろう。と、思いたい。 -
亡くなった人たちの名前を記した壁。
無意識に日本人の名前を探してました。
ヨーロッパ戦線に送られた日系アメリカ人の部隊があったはず。
ノルマンディーでも戦ったのだろうか。 -
カナダ軍が戦ったジュノービーチのカナダ記念館です。
-
記憶と再生と名づけられた像。
赤いポピーの花輪が供えられています。 -
赤いポピーは、兵士が流した血を象徴し、戦没者追悼の碑などに供えられるのですが、カナダだけなのかと思っていました。
今回、ノルマンディーのあちこちで見たので、欧米諸国共通だったのですね。 -
砂浜に半分埋もれた要塞の残骸
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ネイティブインディアンのイヌクシュク。
カナダの先住民の部隊もあり、ノルマンディーで戦ったとはまったく知りませんでした。
この事実を知っただけでも、ノルマンディーの戦跡めぐりをした甲斐があったと思っています。 -
ノルマンディーの海岸は、砂浜と崖が続き、青い海と豊かな緑が美しいところです。
人々は、海で遊び、くつろぎ、何事もなかったように、美しい景色を楽しんでいました。
70年前に激戦区だったことなど忘れているかのように。 -
この平穏な風景がいつまでも壊れないことを祈ります。
ジュノービーチの海に向かって建つ十字架とキリスト像です。 -
この日から3泊、海岸沿いの小さな町ウィストレアムに泊まりました。
ウィストレアムもまた、激戦区のひとつでした。
映画「史上最大の作戦」では、ウィストレアムの尼僧たちが看護活動をする感動的なエピソードが描かれていましたが、あれは実際にあったことなのだろうか?
次の旅行記は、ウィストレアムにするかリジューにするかちょっと考え中。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- ippuniさん 2013/09/26 16:55:18
- ノルマンディ上陸作戦
- ElliEさん、こんにちは。
ここは以前近くに行った時に行こうかどうか迷った場所です。
最初に行った時は旦那の家族と一緒で、義父が行きたがったのですが移動のルートの関係で却下、
そして2度目に行った時は、旦那があまり乗り気じゃなかったので却下でした。
実は旦那が徴兵で2年2か月間米軍に行きました。38度線近くの駐韓米軍です。
兵役中に世界各国で繰り広げられている(米軍が加担している)戦争に送られそうになりましたが、
韓国軍の方で予想外にも志願者が多かったので、旦那は行かずに済みました。
過去にも、ヴェトナム戦争に大人数の韓国軍が派遣されて行きました。
軍事的にアメリカの支配下にある韓国の避けられない運命なのですが、旦那曰く、
軍隊の中では階級が全てだから人種差別はあり得ないと言う事でした。
それでもやはり、表には出さなくても人種差別主義者である軍人もいたそうです。
アングロサクソン系はあらゆる面でビジネスが上手いですよね。
何より口が上手いし(良くも悪くも)やり方が上手い…旦那も特に親米主義者ではないけれど、
米軍時に米大統領からメダルをもらった時、アメリカの国家を聞いて涙が出そうになったと言っていました。
なんだか旅行記とはあまり関係のない内容になってしまいましたが、本当にアメリカの正義ってやつは…。
西欧に住んでいると、「正義」ってなんだろう?って思う瞬間が多々ありませんか?
私は以前から「正義」とは…って考えていて(すみません、ウザったい哲学女なんです^^;)、
アメリカ人学者の語る正義の本などを片っ端から読みました。
学問的には納得のいく言葉が多々あったけれど、生活に置いてはもはや存在しないかなって思います。
正しいことを言えばいうほど、社会から抹殺される、そんなケースが多い気がします。
ノルマンディ上陸作戦の地、やっぱり私も一度訪れて自分なりの見解を持ちたいなぁと思いました。
ippuni
- ElliEさん からの返信 2013/09/27 14:47:09
- RE: ノルマンディ上陸作戦
- ippuniさん、コメントありがとうございます。
ippuniさんは、「哲学女」なんですか〜。
哲学はすべての学問の基礎ですから、アカデミックの世界にいる人なら、哲学好きはいいことですね。
むしろ大きな武器になりますよね。
ノルマンディーの戦跡めぐりなんて言うと、日本の人は戦争映画ファンか軍事オタク?!と思うかも。
でも、原爆ドームを一度訪ねるべき、というのと同じ意味で、ノルマンディーも訪ねてみていいと思います。
是非、ippuniさんの感想・見解をお聞きしたいですよ。
> 実は旦那が徴兵で2年2か月間米軍に行きました。38度線近くの駐韓米軍す。
えっと質問ですが、韓国が徴兵制なのは知っていますが、米軍に派遣されることもあるのですか?
「軍事的にアメリカの支配下にある」というのであれば、韓国とアメリカの結びつきは、日本のそれとは大分違ったものなのでしょうね。
でも、もしかしたら私が知らないだけで、日本の自衛隊も同じ様な状況なのかしら。
人種差別問題も、ほんとに根が深く、簡単に片付けられるものではありませんね。
politically correct が浸透してきていて、表面上はそういう発言はしないようになりましたが、どこかに残っている部分があるだろうし、時々ポロリと出ては、マスコミを騒がします。
私の「アメリカの正義ってやつは」発言も、アメリカがもしマイナーな国で
あったら、問題になっていたかも?!おやまあ大変。
思うに、今の世の中、正義はひとつではなくなってきているのではないでしょうか。
いろんな立場に応じて、いろんな正義がある。それを理解して妥協しあわないといけないのに、自分の側の正義のみを声高々に叫んでいる。
そんな感じがしますね。
あらら、哲学女のippuniさんに引きづられて、こんなことまで書き連ねてしまいました。
ではこの辺で。
- ippuniさん からの返信 2013/09/27 16:37:56
- RE: RE: ノルマンディ上陸作戦
- ElliEさん、こんにちは。
> えっと質問ですが、韓国が徴兵制なのは知っていますが、米軍に派遣されることもあるのですか?
韓国はまだああ見えても休戦中の国で、戦争が終了していないので、各地に米軍基地があります。
(ご存知かもしれませんが日本にある米軍基地も韓国と北朝鮮の戦争が主な理由だそうです)
で、韓国には陸軍の中にもいくつか種類があり、海軍にも、空軍にも、それぞれいくつか種類があります。
米軍というのもその一つのオプションで、でもこれは他の韓国軍と違ってテストがあります。
テストに受かった人だけ米軍に入れるのですが、旦那以降の世代からは英語の成績が一定以上の人の中で抽選になりました。
KATUSAと呼ばれるのですが、米軍の中では、世界一優秀な米軍だとも言われています。
> 「軍事的にアメリカの支配下にある」というのであれば、韓国とアメリカの結びつきは、日本のそれとは大分違ったものなのでしょうね。
韓国の場合は日本とは違います。かなり特殊です。
大統領すら、アメリカの許可なしに(戦争勃発時に)軍隊を動かすことが出来ません。
政治的にはある意味では日本からの独立=アメリカの植民地といった風に考えている人も多いですし、
実際のところ、そんな感じです。教育も、何もかも。
> でも、もしかしたら私が知らないだけで、日本の自衛隊も同じ様な状況なのかしら。
日本の自衛隊と韓国の軍隊はまた違うような気がします。
日本の自衛隊については良くわからないのですが、戦争はしないですしね。
韓国では、徴兵中に何人もの旦那の同期が亡くなっているし、戦争中の国に派遣されたりもしているし。
「軍人=人ではない」ので徴兵中は住民登録票もなくなり、訓練中は名前でなく番号ですし。
以前は、北朝鮮との戦争がいつ勃発して、旦那がいつ戦争に行かなければならないかわからなかったので、
私の両親も結婚を早めるのに賛成してくれました(大学院とは言え、学生でしたから)。
色々、事情が違いますね。
でもこういうのって興味を持ってその国の人に聞かないとわからないですよね。
興味を持って頂いて、なんだか嬉しいです。
ippuni
- ElliEさん からの返信 2013/09/28 16:17:52
- RE: RE: RE: ノルマンディ上陸作戦
- ippuniさん
質問に丁寧に答えてくださりありがとうございます。
アメリカと韓国の軍事面の協力は、最近の北朝鮮の挑発事件などで目にしていましたが、横並び的なものかと思っていたけれど、軍隊の発動にアメリカの許可がいるというのは、ほんとに支配的ですね。
韓国系の友達もいますが、なかなかこういう話はできません。
その国の人でなくてはわからない事情を知ることができてとても興味深かったです。
-
- コクリコさん 2013/09/24 22:49:00
- 美しい青空と海の下で
- こんばんは。
今回のElliEさんの旅行の目的のひとつD-Dayビーチの旅行記読ませていただきました。
日本にいる私は遠く海外のニュースで知ったり、またアメリカの映画で観る勇ましい連合軍とテーマソング、からだけの知識しかありませんでした。
D-Dayビーチを訪ねようということなど頭の隅にもなく。
海外に住むということは広い目で世界を見るようになるということですね。
数ヶ月前、新聞でノルマンディー上陸大作戦で成功した米兵たちのノルマンディーの女性への強姦がかなり行われたニュースを読みました。
それまでは「私たちを解放してくれた素敵なアメリカ兵」とフランス女性との恋愛というアメリカ側からの情報だけが宣伝されていたことが、勇気あるアメリカの研究者が調べ発表したようです。
暴行した兵士は黒人兵が多かったそうですが、人種差別的なこともあり危険な戦闘には黒人、日系米人、ネイティブアメリカン、白人でも色々事情のある若者が送られたそうですね。
それとちょうどドイツ軍によるフランスの小さな村の住民のほとんどを一箇所に集めて銃殺した事件後、初めてドイツの大統領がその村を訪問したというニュースも最近読みました・・・これは村人たちがドイツ大統領の訪問をずっと拒否していたのが今年初めてフランスとドイツの友好のため実現したとか(うろ覚えなので間違えていたらごめん)。
戦後70年たっても世界中まだ戦争を引きずっていて解決していないことも多いですね。モチロン日本も含めてですけど。
ノルマンディーも沖縄もサイパンも今や観光地として明るい太陽と平和の下
寛ぐ人々がいて、それはとっても良いことですが、戦争があったという史跡は決して忘れないようこのように残しておくべきですね。
表紙の写真が白黒なのが良いですね!
海の色の写真がとても美しくて悲しい。。。
話題は変わりますが、私、リジューニに行きたいと思いながらまだ行ってないの。
私の場合は戦争ではなく聖女テレーズ(テレサ)つながりで。
エディット・ピアフが個人的に信仰してた聖女テレサってずっと「テレサの法悦」の方の聖女テレサだと思ってたのよ。
本当はバラの聖女のリジューのテレサだったのよね。
ブルターニュの教会でリジューのテレサの像を結構見たので、ノルマンディーに近いからかな〜なんて思ったりもしました。
今回、パリからトゥルーヴィルに行った時、途中リジューを列車で通過したので、時間があれば寄れるのになぁ、と思って駅を眺めていました。
だからElliEさんのリジューの旅行記、とっても楽しみです♪
- ElliEさん からの返信 2013/09/27 09:22:15
- RE: 美しい青空と海の下で
- コクリコさん、こんにちは〜。
ノルマンディーの戦跡めぐりなんていうと、戦争映画好きかミリタリーオタクなのか?って思われちゃうかもしれませんね。
フランスに行く前に「史上最大の作戦」は、見ましたよ。
子供の頃にテレビでよくやっていましたよね。
改めてみると、これから行くところの地名が次々と出てくるので、引き込まれてしまいました。
プライベート・ライアンは、まだ見ていないけれど、映画に使われた曲は知っています。
史上最大の作戦のあの勇ましいマーチより、レクイアムのような静かな曲の方が心にしみますね。
40年たって、戦争に対する感じ方も変わってきたということかもしれません。英雄視から鎮魂へと。
そういう意味で、今になって連合軍兵士の強姦事件が取りざたされるようになったのも、当然かもしれません。
ノルマンディーの人たちの記憶にはどう残っているのか、それが気になります。
でも、何十年前のことであってもその時代に生きた人には忘れられないことなんでしょうね。
ドイツを許せないという住民の思いもよくわかります。
それでも、その先を生きていこうとするのなら、過去を踏まえて、過去にとらわれず理解しあわないと、未来は見えてこないですよね。
日本にいれば、沖縄戦、硫黄島などのことをニュースで見るように、こちらにいると、ノルマンディー上陸作戦などヨーロッパ戦線のことは、自然と新聞、テレビで目にします。
70年も前のことですが、人々の心には、あの時代を戦った記憶があり、近しい人を亡くしたという悲しみがまだあるのですね。
ノルマンディーの青い海をみながら、そんなことを思っていました。
でも戦跡めぐりはこれで終わり。
カナダのメモリアルセンターに行った時は、1日の終わりで、もうすでに、気分が落ち込んでました。
中の展示を見ようかと思ったけど、もうこれ以上は・・・という気分だった。
やっぱりもっと楽しいところも見たいですよね〜。
リジューですが、テレーズの大聖堂はもちろんですが、もうひとつ、目的があったんです。
それが、すごいところなのよ〜。
旅行記にするから、待っててくださいね〜。
ディナンの旅行記に書いたけれど、ブルターニュって、ケルト文化が残っているところなんですね。
全然知らなかったから、もっとそのことについて知りたいなって思ってます。
ブルターニュ人ってやっぱりフランス人とは違うのかしら?
そういう地方気質みたいなものも知ることが出来たら面白いですよね。
-
- koumeさん 2013/09/24 21:02:07
- イタリアにあったたくさんの日本名のお墓のこと
- ElliEさん こんばんわ。
この旅行記を拝見し、30年程前ローマからナポリに向かう途中高速道路から見えた小高い丘に、日本人名のお墓がたくさん並んでいる場所があると教えてもらったことを思い出しました。
第二次世界大戦中、日系アメリカ人の米軍部隊が激しい戦闘でたくさん戦死されたということでした。
そのことを思い出して、Wikipediaで調べてみましたが、モンテ・カッシーノでの戦闘ではなかったかと思います。
Koume
- ElliEさん からの返信 2013/09/26 16:59:11
- RE: イタリアにあったたくさんの日本名のお墓のこと
- Koumeさん、コメントありがとうございます。うれしいです〜。
そうですか。
日系人部隊はイタリアで戦ったのですね。
勇敢な部隊だったけれど、たくさんの戦死者が出たそうです。
しかも戦争中、アメリカ在住の日本人は、たとえアメリカ生まれであっても財産を没収されたり、収容所に入れられたりという苦労の中でした。
北米に住んでいると、そういう話を身近に聞いていますので、今回の戦跡めぐりでも、つい日系の名前を探したりしていました。
調べてくださってありがとう〜!
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