2013/08/29 - 2013/09/01
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kunyosさん
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東北の旅も終盤に入ってきた。今日、8月31日はナクア白神ホテル&リゾートを8時30分の送迎バスで出発、津軽金木に行くことにした。五所川原には仕事で何回も来ているが、津軽鉄道に乗ったことがなく、斜陽館にも行ったことがなかったので、立ち寄ってみることにした。また、金木は津軽三味線発祥の地ということなので、三味線会館で演奏を鑑賞することにした。今日の目的地は、盛岡で、学生時代の友人と会い、酒を飲みながら歓談することにしており、これも今回の旅の目的の一つであった。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今朝起きたら、晴れていた。朝食前に、ナクア白神のホテルに隣接しているゴルフ場周辺を散歩した。
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ホテルの裏手から岩木山を見ることができた。8時30分ごろホテルを出発して、鰺ヶ沢駅に向かった。その頃から雨が降り出してきた。
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鰺ヶ沢発9時7分発の五能線の各駅停車で五所川原に向かった。
五所川原駅には9時36分に到着。ここで、津軽鉄道に乗りかえ金木に向かう。乗り換え時間は、10分足らずであるが、同じ駅の構内に津軽五所川原駅があるので、楽々セーフ。津軽鉄道は、冬になると、ストーブ列車を増結するが、今の時期は、当然ない。若い女性のガイドさんが乗り込んできて、津軽弁で観光案内をしてくれる。昼食は金木の駅の2Fにある「ぽっぽ屋」のしじみラーメンを勧めてくれた。 -
金木に着くとかなり雨が激しくなってきた。まず、斜陽館に向かう。太宰治の父である津島源右衛門が明治40年に建築したもの。
1階は11室・278坪、2階8室116坪、宅地は約680坪の豪邸。戦後、津島家が手放し、昭和25年から旅館「斜陽館」として町の観光名所となった。 -
その後平成8年に旧金木町が買い取り、平成10年から太宰治記念館「斜陽館」として開館した。
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太宰治は明治42年、ここ金木で生まれ、弘前高等学校を経て昭和5年東京帝国大学文科に入学した
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もう一度太宰治の小説を読み直そうかと思った。「斜陽館」を見て、小説を読んだら印象が変わってくるかもしれないと思った。
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2階には、洋間もある。
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2階から庭を見下ろしたところ。
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11時から30分間津軽三味線の演奏があるので、三味線会館に行った。
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今日の演奏はまんじ流家元「工藤満次」氏。
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白くちらちら見えるのは、雪か?迫力ある演奏だった。
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演奏が終り、展示物を見ていると懐かしいものがあったので、思わず撮影した。
東芝アンペックス製のVTRでVHS・ベータ方式以前のもの。 -
冬の津軽鉄道。地吹雪ツアーに参加し、ストーブ列車に乗るのも、また一興かもしれない。
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雨の中、金木駅に戻り、駅舎の2階にある「ぽっぽ屋」に入り、「しじみラーメン」と「若生こんぶおにぎり」を食べた。素朴な味がよかった。
しじみは近くの十三湖でとれたもので、塩味であっさりしていた。 -
金木駅12時49分発の津軽五所川原行きに乗り込んだ。
雨は、さらに激しくなった。 -
乗り込んだら、金木へ来るときに乗っていたガイドさんにまた会った。五所川原までは、約20分の短い間であったが、ずっと津軽弁で話し続けていた。
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津軽五所川原駅には、予定通り、13時8分に到着したが、このあとが大変だった。
五能線は、リゾートしらかみがは全て運休、各駅停車の弘前行は40分遅れで運転しているがいつつくかは、はっきりしないとのこと。 -
とにかく、待つしかないとあきらめて待っていたら、40分遅れで到着。川部までいったが、奥羽線も停電のため、遅れていた。これでは、盛岡での約束の時間に間に合わないかもしれない。
とにかく待つしかない。何とか列車がきて、新青森に到着。新幹線は在来線の到着を待って発車とのことで、大急ぎで、飛び乗って、なんとか、16時35分に盛岡に到着、約束の時間に間に合った。
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