2013/05/31 - 2013/05/31
82位(同エリア749件中)
ottoさん
6:30起床、8:00にはバスでホテルを出発。 天気は今一、
10℃前後と寒い。
ドレスデンから313km、約4時間30分、バイエルン州第2の都市・ニュールンベルクに向かう。
「職人広場」「聖ロレンツ教会」「美しの泉」「フラウエン教会」を観光、
午後は一路ミュンヘンへと南下。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ANAセールス
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ドレスデン・ヒルトンの食堂の壁に戦禍を蒙った町の写真がかけてある。
6:30 にバイキングスタイルの朝食を楽しむ。
野菜とフルーツをタップリと。 -
8:00ロビー集合するや否やバスは出発。
スズカケの道を通りニュールンベルグ迄313kmを4時間半かけて走る。 -
早、車は渋滞気味。
ドイツの人は働き者だ。
みどりが目に眩しい。 -
Prag(Praha)へは東50km。チェコ国境に近い。
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途中休憩でトイレチケットを買い自動でトイレへ向かう。
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クーポンが付いているので後でこの店限定のチョコレートか何かを買うときの足しになる。
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細い幹に花いっぱいの樹が健気に立っている。
ふと思い出した有名な一句
囀りをこぼさじと立つ大樹かな...(立子)
小鳥の声に癒される。 -
雨の中、風力発電の効率は如何なものか?
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ニュルンベルクは、完全な大陸性気候ではなく、完全な海洋性気候でもない、ドイツ南部に典型的な温和な中間的気候であると聞いていたのだが、寒いし、雨は降るしで5月末ののドイツは考えもの。
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アウトバーンは速度無制限で走行できるだけに怖い。
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ニュルンベルク北部は重要な野菜の耕作地であるクノープラウフスラント(Knoblauchsland、ニンニク地方)である。
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猛スピードの車窓からこの景色が撮れてご満悦。
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町の成立は明らかではないが、1470年から1530年までの期間にはゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンやコンラート・ショット・フォン・ショッテンシュタインといった騎士達がフェーデや戦いを繰り広げたにもかかわらず、ニュルンベルクはその最盛期を迎えていた。
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優れた手工芸やヨーロッパの中央に位置する交易上の好条件により、この街に富がもたらされた。
マイスタージンガーのハンス・ザックスや、画家アルブレヒト・デューラーはこの時代にニュルンベルクで活躍した人物である。
デューラーの『四人の聖人』(いわゆる『使徒たち』:アルテ・ピナコテーク所蔵)はこの街の教会のためにこの街で描かれた。この時代のニュルンベルクはケルンやプラハとならぶ神聖ローマ帝国最大の都市の1つであった。 -
しかし1525年、市当局が宗教改革を受け入れたことで、皇帝との関係は次第に疎遠となり、「皇帝の街」としての権威は失われていった。
現在の地名の元となったこの名前は「岩山」を意味している。 -
旧市街の北の境界はニュルンベルク城が建つ城山であり、市壁の大部分が遺されている。東部からペグニッツ川北岸は公園化されたレーヒェンベルクである。
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市電やバスが発達しておりほとんどが低床車。
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顔になっている塔と壁に描かれたフレスコ画が中世の趣。
ヴォルツェルドルフ周辺には、ヴォルツェルドルフ砂岩が産出する。ニュルンベルクの多くの建造物がこの砂岩で造られており、芸術史上大変に重要である。さらにニュルンベルクでは特筆すべき地下資源が見つかっている。 -
ニュルンベルクは、特に情報・コミュニケーション、エネルギー・電力供給、交通・流通といった分野ではヨーロッパで最先端にある。また、印刷の分野においてはハンブルクを凌ぐドイツ最大の印刷の街である。
マイスタージンガーのハンス・ザックスや、画家アルブレヒト・デューラーはこの時代にニュルンベルクで活躍した人物である -
ハウプトマルクト(中央広場)にやって来た。 -
フラウエン教会(聖母教会) ハウプトマルクト(中央広場)の東側に建つゴシック建築。カール4世の金印勅書公布を記念して建設された。ファサードには、その時の様子をモチーフにした仕掛け時計がある。
昼間の12:00ちょうどにここに着くことができれば、この仕掛け時計が動くのを見ることができる。仕掛け時計には、カール4世と7人の選帝侯が動くようになっていて仕掛け時計が動く時間帯になると、大勢の観光客が集まりすごく賑やかになるという。 -
結婚式が終わったところのようだ。祝賀の風船が次々と出てきた....
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新郎、新婦はいずれに?
祝賀の中心はどちらも女性のようだ。
ひょっとして同性婚かも... -
ドイツで最も重要な会議・見本市会場の一つである”ニュルンベルク・メッセ”は世界の見本市会場トップ20のリストにも挙げられ、毎年約3万の出展者と138万人の来訪者が、ニュルンベルクメッセの催事に参加する。 -
19世紀になるとニュルンベルクはバイエルンの工業中心都市の一つとして発展した。1835年にはドイツ初の旅客鉄道アドラー号がニュルンベルクからフュルトまで運行を開始した。19世紀後半にニュルンベルクで黄銅箔が発明された。
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レストランに入る。
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予約席の方へ。。
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郷土料理のムード。
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スープはタップリのコンソメ。
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名物の”ニュールンベルガー”(グリルドソーセージ)が許容量の2倍は盛られて出てきた。
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デザートはあっさりと
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忙しく鉄板に向かう料理人。
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レストランやカフェが多い。
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「美しの泉」シェーナー・ブルンネン ? 泉の格子に継ぎ目のない「金の指輪」と呼ばれる真鍮製のリングが掛かっており、これを回すと幸運に恵まれるという言い伝えで有名である。ただし金のリングは観光用で、本物とされているものは反対側にある。
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このような形の泉は初めてみた。
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ハウプトマルクト(中央広場)が賑っている。 -
ゆっくりと買い物を楽しむ市民。
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ブーケが楽しい市民生活を連想させる。
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売り場には豊かな農産物が並べられ
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美味しそうなフルーツも並んでいるし
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特産の立派な白アスパラガスがデンと場を占め際立っている。
缶詰で食べることが多いので生を調理したものを食べてみたい。 -
教会の簡素でどっしりとした入り口を入る。
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中央に進むと
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すっきりした色合いのステンドグラスと祭壇が目に入ってきた。
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右手にはパイプオルガン。
ミサとぶつからなくて良かった。 -
ニュルンベルクはペグニッツ川の両岸に広がる。ペグニッツ川はこの都市の北東約80kmに湧出し、市内を東西に約14kmにわたって貫いている。旧市街地区のこの川はすっかり運河化されている。
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隣のフュルトでペグニッツ川とレドニッツ川が合流してレグニッツ川となる。
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新市街との境は道路が立体交差している
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聖ローレンツ教会
旧市街のペグニッツ川を隔てて南側「ローレンツ地区」の教区教会。 -
ゴシック建築の大規模な教会。ファイト・シュトース作のレリーフ「受胎告知』で有名。
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美しい祭壇画(浮き彫り)の一つ。
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1920年代にはすでにニュルンベルクで国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)の党大会が開催された。(市民は歓迎していなかったようだが)
同時に、工業都市として、バイエルンの社会民主主義の中心地でもあった。
それらが大戦時に徹底攻撃を受けた一因でもある。 -
第二次世界大戦後、1945年から戦勝国はナチス独裁政権下の指導的戦争犯罪人に対する裁判、いわゆる「ニュルンベルク裁判」を実施した。市の再建は、建設責任者ハインツ・シュマイスナーの指揮の下、かつての都市構造に従って街の再建を行うという方向付けがなされた。このため、オリジナルの建物が広範囲に失われたにもかかわらず、大部分の建物が戦後に再建されたものであるが、城壁に囲まれた旧市街は中世の面影を残す美しい町並が復元された。
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ケーニヒ通り側の門から入るとおもちゃ職人(マイスター)の店が集まったエリアがあり、職人広場(Handwerkerhof)と呼ばれている。
昔の職人広場を再現したエリア。入ってすぐ左側にあり、ミニ看板、バッグ、テディベアやガラス細工、木のおもちゃなど、様々なおもちゃがあり、見ているだけでも面白く、おみやげを買うにもよさそう。 -
「職人広場」は画家デューラー生誕500年祭の1971年にフラウエン門とケーニヒ門の間の城壁内側に造られた新しい観光スポット。 「職人広場」といっても広場ではなく、小路と言った方がふさわしい。 手工芸品などが売られている他に、ニュルンベルク名物の焼きソーセージを出す店もあるらしい。
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カントリーハウスの門柱にぶら下げておいて来客が鳴らして案内を乞うのにいいかも。タイル張りなら鍋敷きにしゃれている。
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大人も楽しめる木工品もある。ドイツは特に木の玩具が良い。
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(Die Meistersinger von Nürnberg)は、19世紀ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーが作曲した。
彼がこの地を訪れた際に見聞きしたことを素材に書き上げた喜歌劇。
(人生の有為転変のなかで20年がかりで作曲したとされる。 -
思わず手に取りたくなるような玩具の数々。
メッセ見本市では毎年ニュルンベルク玩具見本市が開催されている。
研究心旺盛 手先が器用で根気強く自由な精神を尊ぶこの地の人たちは結構ロマンチストなのだ。 -
あいにく閉館日で人影がなく閑散としている。
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しかし観光向けに復元されたにせよ
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小さくともがっしりした見張り塔をはじめ
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随所に中世や近世とのつながりを感じ取ることができる。
中心街の見所としては、
ニュルンベルク城(カイザーブルク)は この街の象徴的建造物である。
城山の麓の防衛施設だった。 -
ハイシーズンにはさぞかしの人出だろう。
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第二次世界大戦中、ニュルンベルクは連合国軍による空爆の優先目標であった。イギリス空軍とアメリカ空軍の航空機による爆撃で1945年1月2日にニュルンベルク旧市街は破壊され、全市域が甚大な被害を負った。同年4月の4日間に渡る地上決戦で、さらにいくつかの歴史的建造物が破壊された。 現在ニュルンベルクは、
特に情報・コミュニケーション、エネルギー・電力供給、交通・流通といった分野ではヨーロッパで最先端にあり、ドイツで重要な印刷の街でもある。 -
ホテルについて早速のデイナー。
子牛肉のカンバーランドソース添え
リーフレタスサラダ -
ビーフ胸肉の蒸し物、根野菜、
グリルドポテト -
食べやすい味付けと量に満足し、やおら花に目をやる余裕も出てきて
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和やかに会話も弾む。
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デザートはパンナコッタ・ハニー掛け
ラズベリー添え -
因みに『ニュールンベルグ裁判』(Judgment at Nuremberg)は、1961年のアメリカ映画である。スタンリー・クレイマーを監督に迎え、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツの戦犯裁判(ニュルンベルク裁判)を基に、スペンサー・トレイシー、バート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク、マレーネ・ディートリッヒ、マクシミリアン・シェル、ジュディ・ガーランド、モンゴメリー・クリフトら豪華スターで映画化した作品。
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ノミネートされた名優達を押さえてドイツ側の弁護人を演じたシェルはこの映画でアカデミー賞の主演男優賞に輝いた。戦勝国アメリカ映画の主演男優賞がドイツ人俳優であったという。
ここミュンヘン・マリテイムホテルに2連泊の予定。
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