2004/08/26 - 2004/08/27
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Donkyさん
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旅の記録(15)・・・高千穂&太平洋クルージング
2004年8月24日にハウステンボスから始まった旅はいよいよ三日目 高千穂 夕方宮崎から 太平洋クルージング予定で川崎に向かう予定が台風16号の到来で とんでもないスリリングなものになりました。
詳しくは次のURLにてご紹介しています。
2004年8月25日から26日 高千穂&太平洋クルージング
http://kj2k3.at.webry.info/album/T08
この項も宮崎県の旅 2回分をコラボしています。
2008年8月24日から25日 高千穂
http://kj2k3.at.webry.info/200809/article_3.html
注)各写真のコメントのうち各地の詳細情報については 「 Wikipedia 」 などから転載・加筆したものです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 船 ANAグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
高千穂峡(たかちほきょう)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井にある五ヶ瀬川にかかる峡谷です。
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国の名勝、天然記念物に指定されています(五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷))。
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高千穂峡谷概要
阿蘇カルデラをつくった火山活動によって、約12万年前と約9万年前の2回に噴出した高温の軽石流(火砕流の一種)が、当時の五ヶ瀬川の峡谷沿いに厚く流れ下りました。 -
この火砕流堆積物が冷却固結し熔結凝灰岩となり、柱状節理が生じました。
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熔結凝灰岩は磨食を受けやすいため、五ヶ瀬川の侵食によって再びV字峡谷となったものが高千穂峡です。
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高さ80m〜100mにも達する断崖が7kmにわたり続いており、これを総称して五ヶ瀬川峡谷(高千穂峡)と呼びます。
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昭和9年(1934年)11月20日に名勝、天然記念物に指定されました(「五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)」)。
昭和40年(1965年)3月25日には祖母傾国定公園に指定されています。 -
色々 岩に名前がついていて 解説が 方々にあって・・・。
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仙人の屏風岩
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仙人の屏風岩 解説
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「真名井の滝」は太古の昔 阿蘇山の噴火活動で流れ出た溶岩の侵食活動で できた渓谷で 最大の見所。
日本の滝百選の一つ。所在地:宮崎県高千穂町 落差;17m 水系:五ヶ瀬川 -
峡谷の崖上は自然公園となっており、その中にある「おのころ池」より流れ落ちる水が真名井の滝となっているのです。
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真名井の滝 解説
峡谷は貸しボートで遊覧できるようになっており、峡谷に流れ落ちる日本の滝百選の一つである「真名井の滝」の至近まで近づくことが出来ます。日本の滝百選の一つ。
神話によれば天村雲命(あめのむらくものみこと)という神が天孫降臨の際に、この地に水がなかったので水種を移しました。これが天真名井として湧水し、滝となって流れ落ちているといわれています。
夏場は午後10時まで滝周辺がライトアップされ幻想的な雰囲気を出しています。 -
峡谷入り口にある 茶屋「石の蔵」
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峡谷入り口にある 茶屋「石の蔵」
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そこから 長い長い 石の階段を 降りていくと こんな観光客用の道が整備されています。
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順路どおり行くと 2−3時間の歩きです。 峡谷内は ただただ歩くしかないのです。
ここまでが2004年分です。 -
「日向夏アイス」を買い求めて 並ぶ観光客。
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何故かって? 観光バスのガイドさんが言ったんですよ。「ここでは日向夏アイスは必見の味」だと・・・。
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我々も並びましたよ。 アレレ どちらが「日向夏アイス」だったっけ?
そりゃあ 左のアイスクリームみたいなのがそうでしょう。 -
高千穂峡のお土産ショップ
4年経つと 元気に活性化していました。 -
高千穂峡の 2004年のお土産ショップです。
これが 2008年からは 次のように変ります。 -
高千穂峡の 2008年のお土産ショップです。
そうです。 2008年といえばあの人が知事になって活躍し始めた頃です。 -
どのお土産ショップでも 見かけるキャラクターです。
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このキャラクターは 今はもう なくなってるんでしょうか?
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それにしても あの頃は 大人気でしたね。
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”どげんかせんといかん。”
結果としては どげんかなったのでしょうか? -
知事としての活動が 国会に進出するための ワンステップにされたのが残念です。
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お土産や さんにて 「五戒」
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結局 ここには 2004年と2008年 2回行くことになりました。
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さてここで話は 2008年から2004年に戻ります。
そんなこんなで 帰路の太平洋クルージングのために 宮崎へ向かいます。 -
さて帰路は 宮崎から 15時間以上太平洋を北上し川崎に向かう予定でしたが、台風16号の襲来で夕方宮崎からのフェリーは全便欠航となりました。
さてどうする 博多へ向かって ANA最終便か? それとも? -
日向からは まだ出航の可能性があり、急遽バスは日向港へ向かいました。
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日向からは 台風の接近する高波の中を 出港するといっていますが・・・・。
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高知にも 勝浦にも 寄らず ただ川崎を目指し 台風16号との競争です。
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時速26ノット 早い話が この舟 海上を時速50キロ近いスピードで進みます。
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北上する台風が時速50キロを超えない限りは 追いつかれません。
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船内は乗船客で和気藹々
船は1万2千トン 最速48.5?のところ四国沖まで 大幅減速し 大波の追撃をすり抜けました。 -
往復のダイヤを考えると マリンイクスプレスも簡単には欠航出来ません。
台風16号の高波の中を 強引な出港であったため大きく揺れたのも5、6時間くらいだったそうですが強行軍の日程の疲れもあり 激しい横揺れの中で 二人ともゆりかご代わりにすっかり寝入ってしまいました。
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他の船客が眠れず参っていた瞬間はよくわからず 翌朝の朝食も食べられなくなった人たちから前夜の揺れを聞いたほどでした。
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2004年 乗船した「フェニックスエクスプレス」には歴史がありました。
前身である日本カーフェリーが 1971年3月 - 川崎港-日向細島港の京浜航路を開設。「ふぇにっくす」(5,954t)、「せんとぽーりあ」(5,960t)を就航。
1971-2006年まで 就航
しかしながら原油の大幅な価格上昇に伴い2006年5月より休止した後、就航船の「フェリーひむか」「フェニックスエキスプレス」は売却されました。 -
この日の「フェニックスエキスプレス」は 1993年6月竣工。11,578総トン、全長170m、幅25.0m、出力46,200ps、航海速力26.2ノット(最大27.4ノット)時速で48.5Km。旅客定員660名。車両積載数:トラック104台、乗用車90台。
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「フェニックスエキスプレス」船室は 2段ベッド 寝台車よりはゆったりとしています。
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台風の追撃をかわし 翌日は 川崎が近づくにつれ天候も回復していきました。
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丸一日の航海は何をするでもなく終わり、房総半島や三浦半島を見たときにはほっとしたほどでした。
四日目夕刻 予定より2時間遅れで 川崎港に無事到着しました。 フェリーはその後東京湾に停泊し少なくとも4日間は欠航するとのことでした。 -
20時間以上の船旅は 色んな思い出を残して 終了しました。
やれやれですが 台風との競争なんて そうあることではありません。
原油価格の高騰で就航が中止になっているマリンイクスプレス 早く再開してもらいたいものです。
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