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江戸から行徳への船は、隅田川から小名木川に入り、中川を横切り、新川(船堀川)を経て江戸川を上るルートが取られていました。小名木川と中川が出会う場所に船番所がありました。<br /><br />『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」の中に、磐音が若狭藩の医師中川淳庵の伴をして、行徳へ船で行く場面に、この中川船番所が出てきます。<br /><br />磐音たちを乗せた行徳船が船番所に着くと、<br /><br />「船頭が櫓を緩め、腰を屈めると、<br />『行徳船にございます。通ります』<br />と挨拶した。舟番所から役人がこちらを見ていたが、なにも言うふうはない。そのまま通過した。」<br /><br />と当時の船番所の光景が描かれています。<br /><br />その場所に中川船番所資料館があり、公園になっているというので、南砂町から荒川土手を歩いて行ってみました。1時間ほどで着きました。<br /><br />真夏の日、土手の上には日差しを遮るものもなく暑いこと、暑いこと。炎天下、自転車を走らせている人の多いことに感心。<br /><br />旧中川と荒川が出会う場所に閘門があり、施設が解放されているので、屋上に登ってみました。荒川の対岸に船堀の町が望まれ、下町のツリー船堀タワーがひときわ高くそびえています。<br /><br />このあたり、荒川、旧中川、小名木川の位置関係をよく確認して、道を迷わないようにして、旧中川にかかる平成橋、小名木川にかかる番所橋を渡り、船番所資料館に着きました。

江戸に往来する船の関所、中川船番所跡への旅

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2013/08/15 - 2013/08/15

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traveldog

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江戸から行徳への船は、隅田川から小名木川に入り、中川を横切り、新川(船堀川)を経て江戸川を上るルートが取られていました。小名木川と中川が出会う場所に船番所がありました。

『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」の中に、磐音が若狭藩の医師中川淳庵の伴をして、行徳へ船で行く場面に、この中川船番所が出てきます。

磐音たちを乗せた行徳船が船番所に着くと、

「船頭が櫓を緩め、腰を屈めると、
『行徳船にございます。通ります』
と挨拶した。舟番所から役人がこちらを見ていたが、なにも言うふうはない。そのまま通過した。」

と当時の船番所の光景が描かれています。

その場所に中川船番所資料館があり、公園になっているというので、南砂町から荒川土手を歩いて行ってみました。1時間ほどで着きました。

真夏の日、土手の上には日差しを遮るものもなく暑いこと、暑いこと。炎天下、自転車を走らせている人の多いことに感心。

旧中川と荒川が出会う場所に閘門があり、施設が解放されているので、屋上に登ってみました。荒川の対岸に船堀の町が望まれ、下町のツリー船堀タワーがひときわ高くそびえています。

このあたり、荒川、旧中川、小名木川の位置関係をよく確認して、道を迷わないようにして、旧中川にかかる平成橋、小名木川にかかる番所橋を渡り、船番所資料館に着きました。

  • この辺り船宿が多い。荒川には釣り船、屋形船が停泊しています。<br />向こうに葛西橋が見えます。

    この辺り船宿が多い。荒川には釣り船、屋形船が停泊しています。
    向こうに葛西橋が見えます。

  • 屋形船が停泊。花火の夜は盛況だろう。

    屋形船が停泊。花火の夜は盛況だろう。

  • 河川敷は炎天下、そんな中でも、自転車を楽しむ人がけっこう多い。

    河川敷は炎天下、そんな中でも、自転車を楽しむ人がけっこう多い。

  • 河川敷に作られたテニスコートでは炎天下、テニスを楽しみ人たちがいます。

    河川敷に作られたテニスコートでは炎天下、テニスを楽しみ人たちがいます。

  • 旧中川と荒川の間の閘門、荒川ロックゲート。<br />今年6月1日から8月31日の間、日中解放されていたので、入ってみました。

    旧中川と荒川の間の閘門、荒川ロックゲート。
    今年6月1日から8月31日の間、日中解放されていたので、入ってみました。

  • 閘門(ロックゲート)は5階建て、屋上まで階段しかありません。

    閘門(ロックゲート)は5階建て、屋上まで階段しかありません。

  • 閘門から荒川南方向を見る。歩いてきた土手です。

    閘門から荒川南方向を見る。歩いてきた土手です。

  • 閘門から旧中川を見る。はるか彼方にスカイツリーがにょっこりと出ている。

    閘門から旧中川を見る。はるか彼方にスカイツリーがにょっこりと出ている。

  • 荒川の対岸には、高さ115mの展望台を持つ船堀タワーが見えます。このタワーはスカイツリーからもよく見えます。

    荒川の対岸には、高さ115mの展望台を持つ船堀タワーが見えます。このタワーはスカイツリーからもよく見えます。

  • ロックゲート付近にあった地図。荒川、旧中川、小名木川の位置関係がよくわかります。<br />中川船番所は、小名木川と中川がぶつかる辺りにありました。

    ロックゲート付近にあった地図。荒川、旧中川、小名木川の位置関係がよくわかります。
    中川船番所は、小名木川と中川がぶつかる辺りにありました。

  • 緑に覆われた大島小松川公園から行っても、平成橋を渡っても目的地には行けそう。<br />だが、今回は遠回りでも、中川と小名木川を見たいので、平成橋を渡る道を取りました。

    緑に覆われた大島小松川公園から行っても、平成橋を渡っても目的地には行けそう。
    だが、今回は遠回りでも、中川と小名木川を見たいので、平成橋を渡る道を取りました。

  • 平成橋から旧中川と小名木川が出会う船番所跡が望まれます。黄土色の建物が中川船番所資料館。<br /><br />向こうの方に都営地下鉄の東大島駅がみえます。実はそこからが最も近いです。

    平成橋から旧中川と小名木川が出会う船番所跡が望まれます。黄土色の建物が中川船番所資料館。

    向こうの方に都営地下鉄の東大島駅がみえます。実はそこからが最も近いです。

  • 船番所跡が目の前に見えます。小名木川が中川に出会う場所です。<br /><br />この辺り、荒川、旧中川、小名木川、中川、新川と多くの川が流れています。<br /><br />それも旧中川を除いて、すべて人口の川なんだな。<br />小名木川、徳川家康が行徳の塩を運ぶために小名木四郎兵衛に命じて開削。荒川と中川は水害防止のための放水路でかつては、荒川放水路、中川放水路と呼ばれていました。<br /><br />「行徳船は大川を横断して小名木川に入り、中川を渡り、さらに新川に入って行徳河岸に到着する。水行三里八町(およそ十三キロ)の舟運である。」<br />(『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」)

    船番所跡が目の前に見えます。小名木川が中川に出会う場所です。

    この辺り、荒川、旧中川、小名木川、中川、新川と多くの川が流れています。

    それも旧中川を除いて、すべて人口の川なんだな。
    小名木川、徳川家康が行徳の塩を運ぶために小名木四郎兵衛に命じて開削。荒川と中川は水害防止のための放水路でかつては、荒川放水路、中川放水路と呼ばれていました。

    「行徳船は大川を横断して小名木川に入り、中川を渡り、さらに新川に入って行徳河岸に到着する。水行三里八町(およそ十三キロ)の舟運である。」
    (『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」)

  • 江戸情緒風に再現された?公園です。柳と常夜灯がマッチしています。<br />柳の木は見ているだけで涼しくなります。<br /><br />『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」の中に、磐音が若狭藩の医師中川淳庵の伴をして、行徳へ船で行く場面に、この中川船番所が出てきます。<br /><br />磐音たちを乗せた行徳船が船番所に着くと、<br /><br />「船頭が櫓を緩め、腰を屈めると、<br />『行徳船にございます。通ります』<br />と挨拶した。舟番所から役人がこちらを見ていたが、なにも言うふうはない。そのまま通過した。」<br /><br />と当時の船番所の光景が描かれています。

    江戸情緒風に再現された?公園です。柳と常夜灯がマッチしています。
    柳の木は見ているだけで涼しくなります。

    『居眠り磐音 江戸双紙』「狐火の杜」の中に、磐音が若狭藩の医師中川淳庵の伴をして、行徳へ船で行く場面に、この中川船番所が出てきます。

    磐音たちを乗せた行徳船が船番所に着くと、

    「船頭が櫓を緩め、腰を屈めると、
    『行徳船にございます。通ります』
    と挨拶した。舟番所から役人がこちらを見ていたが、なにも言うふうはない。そのまま通過した。」

    と当時の船番所の光景が描かれています。

  • 小名木川に架かる橋、その名も「番所橋」を渡りました。

    小名木川に架かる橋、その名も「番所橋」を渡りました。

  • 番所橋から西方を望むと、小名木川がまっすぐ江戸の下町を流れているのが分ります。

    番所橋から西方を望むと、小名木川がまっすぐ江戸の下町を流れているのが分ります。

  • そろそろ中川船番所資料館に着きます。

    そろそろ中川船番所資料館に着きます。

  • ここが中川船番所資料館です。江東区の施設です。入館料200円でした。<br /><br />館内写真撮影禁止でしたが、船番所の建物、舟、待合所が復元されています。<br />中川船番所は1661(寛文元)年に作られ、1869(明治2)年に廃止されたとのことです。

    ここが中川船番所資料館です。江東区の施設です。入館料200円でした。

    館内写真撮影禁止でしたが、船番所の建物、舟、待合所が復元されています。
    中川船番所は1661(寛文元)年に作られ、1869(明治2)年に廃止されたとのことです。

  • 資料館の前には川の駅という船番所のムード漂う公園がありました。

    資料館の前には川の駅という船番所のムード漂う公園がありました。

  • 公園には、喫茶店、四阿、船着き場などがありました。

    公園には、喫茶店、四阿、船着き場などがありました。

  • 中川大橋を渡り、旧中川のこちら側に来ました。対岸に小名木川が見えます。その右手が中川船番所跡です。<br /><br />おしまい。<br />読んでくださり、ありがとうございました。<br />

    中川大橋を渡り、旧中川のこちら側に来ました。対岸に小名木川が見えます。その右手が中川船番所跡です。

    おしまい。
    読んでくださり、ありがとうございました。

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