2013/08/12 - 2013/08/13
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mistralさん
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お盆休みに石和温泉の宿が予約できた。
石和近辺の見所を調べてみたところ
途中、大善寺という由緒あるお寺があることがわかった。
そして、勝沼といえばもちろんワイナリー!
あとは現地に行ってから考えようと、とりあえず
お盆の帰省ラッシュに巻き込まれないような時間
(お昼近くの出発?)を狙って、首都高速を抜けた。
(写真は大善寺の金剛力士像)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
石和までの道中、
勝沼ICからすぐの大善寺へ向かった。
真言宗智山派 柏尾山 大善寺
ぶどう寺とも言われているお寺
甲斐88番霊場第77番札所 -
車を停めて
表参道から山門を仰ぎ見る。 -
こんな立て看板があった。
鳥羽伏見の戦いに敗れた近藤勇が率いる新撰組は
新政府軍を迎え撃つために
甲陽鎮撫隊と名を改め、甲府に向かった。
柏尾坂の戦の錦絵の後方に描かれているのが
大善寺の山門。
この近辺に古戦場跡があるようだ。 -
山門の
金剛力士像
吽形像 -
阿形像
-
山門を内部から仰ぎ見る。
-
山門と薬師堂の間にある
楽屋堂をくぐると -
本堂(国宝)が現れてくる。
薬師三尊像を安置しているので「薬師堂」とも呼ばれている。 -
弘安9年(1286年)の刻銘があり、元寇の数年後の建立。
築720年以上経っていることになる。
関東周辺ではもっとも古い建物とされる。 -
平成14、15年に
桧皮葺屋根の改修が行なわれたとのことで
なめらかなカーブを描く屋根が
美しい。 -
5年に一度開帳される「薬師如来像」(写真は大善寺パンフレットより)
(葡萄薬師、国指定重要文化財、平安初期作)
葡萄の房を持たれている。
秘仏として普段は厨子(国宝、1355年作)に納められていて、
拝観はできない。
今年の秋は開帳されるようだ。
厨子の両脇には「日光・月光菩薩像」(国指定重要文化財、平安初期作)
「十二神将立像」(国指定重要文化財、鎌倉時代作、蓮慶作)が
ずらりと立ち並び壮観。 -
楽屋堂を背にする稚児堂。
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鐘楼。
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楽屋堂は内部に入ることができる。
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ふたたび参道を下りる。
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本堂の屋根の改修の際には
参道にそびえる檜の皮も使用されたとのこと。
表面を剥がれた檜の幹がつるつるになっていた。
「藤の花の会」の方々が
境内の藤の手入れをされているとのことで
5月の花の時期にはきっと見事なことだろう。 -
受付を通って
庭園を見渡せるお座敷でお茶をいただいた。
中央に見えるのが亀出島。 -
江戸時代初期の特徴をみせているという庭園。
左手に見えるのが鶴石組 -
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石和へ向かう途中のワイナリー
丸藤葡萄酒工業へ立ち寄ることにした。 -
友人がときどき
ここまでワインを買いに行く
ということを聞いていた。 -
お店のご主人から
まず工場内部を見学するよう薦められた。
発酵・貯蔵タンクが立ち並ぶ。 -
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多くの賞を受賞しているようだ。
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見学コースの内部は薄暗い。
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オークの樽で熟成をさせると
色・香りがまろやかに
なってくるという。 -
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古くからのワインが
積み上げられている。 -
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売店内部。
好みのワインのテイスティングができる。
いろいろ試飲させていただいたが
だんだん舌も鼻も麻痺してきて
味も香りもわからなくなってしまった。 -
フルーティな香りのするワイン
二本を購入。 -
周辺の畑には
葡萄棚が広がる。 -
巨峰?
ピオーネ?
収穫を待つばかり。 -
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今日の宿
「かげつ」に着いた。
部屋数は38室とのこと。
それぞれの部屋が巨石を配した庭園に面していて
ゆったりした造り。 -
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こんな暑さなのに
女郎花がもう咲いていた。 -
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夕食は部屋で。
お皿数は多いが
それぞれが少量で
おいしく
のんびりといただけた。 -
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翌日の13日
フルーツ公園へ向かい
帰りみちは雁坂トンネルを通り
秩父を通って帰ることにした。 -
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途中通り過ぎた
ループ橋。
ダムが後ろに見えて景観がすごかった!
(残念だが写真は撮れなかった。) -
140号線を走る途中、
名前だけは知っていた
三峯神社で参拝することにした。 -
カーブの相次ぐ山道を走り
神社の駐車場へやっとたどり着いた。 -
参道には二本全国の団体などから
寄進されたことを示す石碑が
立ち並ぶ。 -
随身門。
元禄4年(1691年)建立。
後寛政4年(1792年)再建。
平成16年には塗り替えられたとのことで
木立の中、鮮やかな色彩の門。 -
古に
景行天皇が、国を平和に治められる為に
皇子・日本武尊を東国につかわされた折
尊が途中、この山に登られた。
文武天皇の時代、修験の祖・役の小角(えんのおづぬ)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられ、その頃からここで修験道が始まったと伝えられる。 -
淳和天皇のときには
勅命により、弘法大使が十一面観音の像を刻み、
三峯宮の脇に本堂を建てた。
こうして少しずつ佛教色を増し、
神仏混淆のお社となり、神前の奉仕も
僧侶によることが明治維新まで続いた
とのこと。 -
本殿
寛文元年(1661年)建立。
昭和36年改修。
平成16年塗り替えられる。 -
荒廃した時期もあったが、
やがては天台修験の関東総本山としての
地位が高まり、観音院高雲寺と称され
江戸幕府より十万石の格式を遇されるように
なったそうだ。
明治2年の神仏判然令によって
寺院を廃して、三峯神社と号して
現在に至っているとのこと。 -
広い境内の中には他にも奥宮神社、遥拝殿など
見所も多くあるようで
時間をとってゆっくり見学したい場所だった。
140号線に戻ってからも、秩父三十四観音札所巡りなどの立て看板を
横目にしながら、交通渋滞を気にしての帰路となった。
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この旅行記へのコメント (1)
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- わんぱく大将さん 2014/08/04 02:39:34
- ワイン
- mistralさん
私もその昔石和温泉に行ったことありますが、しかし仕事で。まだ20代後半でしたかね。どこに泊ったかは忘れてしまいましたが(そういった記録のノートも実家にあったのですが)
ワイン、日本のも負けてはいないでしょう? フルーティーなものを購入されたようで、いかがでしたか? 私も昔は辛口、フルーティーのものをよく飲んでましたが。(夕食の支度をする時に、ちびちびやってました。)
車の免許があれば、日本に帰った時は年老いた母を車に乗せて、こういった所、連れていってやりたと思うのですが、もう、免許もなく。兄、弟、それに両親も持ってたのですが、私だけぺ―パードライバーってやつです。
まあ、運転してると景色も撮れませんがね。
大将
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