2013/08/15 - 2013/08/15
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ちびのぱぱさん
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スポットライトを浴びて、燦然と輝く人々もいます。
そのいっぽうで、歴史の片隅に、忘れられてゆく人々の存在にも、心惹かれます。
北海道開拓の、捨て石のようになって果てていった人々の歴史が、月形町にありました。
その名も、樺戸集治監
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- 自家用車
-
札幌大橋という、広大な石狩川を渡るにはいかにも心細い二車線の橋を渡れば、石狩の原風景を見るような景色の中を国道275号線が走ります。
札幌から北に1時間と少々走ると、人口4千人に満たない、樺戸(かばと)郡月形町に至ります。
石狩平野を潤す、全長268キロの石狩川の中流域に差し掛かる辺りです。
月形の市街地にほど近い円山という山に、北限の杉林がありました。
赤々とした杉の佇立する小道に踏み込むと、本州出身の身には懐かしい香りが立ちこめています。 -
杉林に埋もれるように立つ説明書きを読むと、明治23年に囚人たちが植林をしたことが記されていました。
車で5分と離れていない月形町役場の敷地内に、かつて城塞のように築かれていた樺戸集治監の本庁舎があります。
集治監の創立10周年を祝って、4500本もの杉の苗を本州から導入したのでしょう。
-
雲霞のようなブヨが舞う森の中で、トビの幼鳥がけたたましく鳴いて、親に餌をねだっていました。
近くの雑木林に、夏休みの少年たちが昆虫採集に来ています。 -
120年ほどの樹齢ということになりますでしょうか。 -
北海道で杉木立というのは、たしかに少し妙な光景です。 -
車で樺戸博物館に移動します。
写真は、かつての集治監の本庁舎。
樺戸集治監は、ここを中心に、まるで京都の二条城のように広大な敷地に、最大で2千人以上の囚人を収容しておりました。 -
そして、その二条城の城下町のように、月形の町が発展したのだそうです。 -
入場料、大人300円。
裏にある博物館とは地下でつながっていて、そのまま移動して出られるようになっています。
明治の囚人を利用した、北海道開拓の歴史を知ることができます。
興味を引かれたのは、安村治孝という二代目典獄(所長)が、西南戦争の英雄として西郷隆盛の首を取ったことが中の展示に記されていたことです。
旧薩摩藩士の別府晋介が介錯をし、いずこかに隠したともいわれている西郷の首は、明治新政府にとってはやっかいな代物だったのでしょう。
いまだに行方不明の西郷隆盛の首、いったいどこに眠っているんでしょう。
この集治監という施設は、各地で起こった士族による反乱、および自由民権運動による事件の逮捕者たちを収監し、特に北海道においては、開拓のための労働力調達の意味もあったといいます。 -
札幌市南部の石山というところで切り出された札幌軟石。
柔らかくて加工しやすい分、人々の往来に耐えられず、すり減っています。 -
「内部は、一切写真禁止です。」
わたしの首から提げたNIKON J1を一瞥して、窓口の女性は、事務的な口調で、そうおっしゃいました。
昨年4月にリニューアルオープンしたそうで、小さな街には不相応なほど立派な施設です。
色々な資料が展示されていて、じっくり見たら、ずいぶん勉強になりますが、中でも目を引いたのは、ひとりの囚人が首から一枚の紙を提げて座らされ、周囲を看守とおぼしき人々が10人ほど取り囲んで、記念撮影よろしく写っています。
まるで仕留められたヒグマを取り囲んだ猟師たちの趣があります。
ただ、主人公たる囚人は、歌舞伎の石川五右衛門のような人相とはほど遠く、役場の職員が、エキストラで狩り出されたような、よそよそしい顔をしています。
七囚人脱獄事件
というのだそうです。つまり、まとめて7人が逃げ出し、看守たちは必死になってその行方を追ったわけです。
新聞は連日その様子を報じ、市民は戦々恐々としたといいます。
しかし、その大方は見つかって殺され、銃弾を足に受けて傷ついた御代沢金次郎という男だけが、生きて捕縛されました。
そのときの写真が、かの写真なのだそうです。
そのほかにも、スーパースター五寸釘寅吉。
この人のことは、今更いうまでもないでしょう。
そして、永倉新八。
この人は、もちろん囚人ではありません。
ご存じ、新撰組の当初からのメンバーで、あの池田屋事件でも近藤勇や沖田総司とともに切り込んでいます。
かなりの剣客であり、新撰組の中で明治期にも生き残った数少ない人物。
その彼が、こんなところで剣術指南をしていたとは。
明治末期まで生き、最後は小樽で迎えたようです。
彼はもともと松前藩士でしたが、生まれは江戸です。
永倉が函館を訪れた際には、函館戦争で壮絶な最期を遂げた土方歳三の墓を尋ねたといいます。
同じ剣豪として、全く別の道を進むことになった二人。
土方の墓の前で、いったい何を思ったのでしょう。
晩年は映画を見るのが楽しみだったとか。 -
月形潔の胸像が博物館の前にあります。
福岡藩士にして、この樺戸集治監の初代典獄(てんごく=所長)でした。
月形町は、この人の名にちなんでいます。 -
月形潔の書による石碑。 -
明治政府の肝いりで建てられ、尊皇攘夷の弾圧の中で命を失った叔父を持つ月形潔が初代典獄をつとめ、西南戦争において活躍した安村が二代目典獄、そして新撰組の唯一の生き残りの永倉新八が剣道の指南をした。
ほかにも、明治の自由民権運動中で消えていった人々。
いろいろな人生を飲み込んだ建物だったのでしょう。 -
囚人たちに起床を告げる鐘だそうです。
妻は、鳴らすのに難儀していました。 -
車で5分ほどの所にある、月形温泉。
入浴料500円。 -
売り出し中のトマトジュース。
120円。
塩分無添加で、美味しいトマトをそのまま食べている雰囲気。 -
温泉の前にある皆楽公園。皆楽公園 公園・植物園
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かつて石狩川の一部であった沼を中心に造られています。 -
ひとり300円の料金でキャンプができます。
貸しボートは30分300円。 -
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この辺りの地名である樺戸は、アイヌ語でコウホネのことだそうです。
道内の沼地には、よく見られる蓮の花です。 -
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野生種の菖蒲、ヒオウギアヤメ。 -
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公園の一角に、18リッター10円の温泉自動販売機。
どんな人が、どのように使うのか。 -
北海道の開拓には、多くの犠牲が伴いました。
道東では、朝鮮人労働者や、タコ労働者の話も多く聞きました。
逃亡を図らないように、わざと食事の量を減らし、弱るとセメントに埋め込んでしまったという話も。
その一方で、支度金をもらっては頃合いを見て逃げてくるということを繰り返した猛者もいたといいます。
逃げてきたタコや朝鮮人労働者をかくまったという、農家の古老の話も聞きました。
北海道の、開拓の歴史は、一言では語れません。
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