2013/08/01 - 2013/08/01
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ソフィさん
2013年8月1日(木)
名古屋で新幹線を降り高山線に乗り継ぐと、「オヤ」と思った。
車が電車ではなく、ディーゼルカー(DC)だったためだ。
たしか電化された筈と思い、手もとのiPadで調べてみると、高山線はいったん電化が決まり着工されたが中止され、いったん立てられた電化柱が取り除かれたとのこと。
しかしDCが高性能化し、加速度やスピードでは電車と肩を並べるようになっていたので、電化されなくなったとて便利さでは大差なかったのだろう。
高山線が岐阜から富山まで全通したのは、私の子供のころだった(1934年)。
小学校4年生(1940年)のとき、父は富山県小矢部市への帰郷に高山線を経由し、私を同伴した。
その頃は蒸気機関車で、しかも各駅に停車したから、ずいぶん風情のある、長い行程だったろう。
トンネルが多いので、窓の開閉はたいへんだっただろう。
途中で岐阜に一泊。
高山線は、飛騨川に沿って北上する。
飛騨川の、岩を穿つ渓谷美は、尋常ではない美しさで、しかも流水は青々しているので、窓外の景色は見とれて飽きない。
途中車内アナウンスがあり、「ヒスイ峡」。
翡翠峡かと思ったが、飛水峡とのこと。
二度目に高山線に乗ったのは、高校二年生(1948年)。
京都のインターハイに出場するため、金沢からの往復に利用した。
福井地震で、北陸本線が不通だったからである。
このインターハイは旧制高等学校最後になるものであり、私は卓球で出場した。
わが校の目標は学校対抗の団体で全国制覇だったが、3回戦で全国第二位の浪速高等学校に破れる。
しかし私は関西ナンバーワンとされる相手のエースに勝ち、皆を驚かせた。
持参した食料も金も底をつき、個人戦の戦果は犠牲にして、最後の夜は京都駅で野宿だった。
今回の旅は、蒸気機関車の煙に悩むことなく、線路も改善されて高速運転が可能で、昔と比べれば夢のように快適だった。
ただ窓外の景色は速く流れ、途中の村々も味わうこと少なく、風情で劣ることは致し方ない。
名古屋で乗車してすぐに「この列車の指定席は売り切れており、普通席券から指定席への変更はできません」との、車内放送が流れた。
夏休みのためだろうか、電車は満員のようだ。
終点高山に下車した途端に、空気の軽さ、風の涼しさを感じた。
改札口には、懐かしいNさんのご夫妻が、手を振っておられる。
Nさんは、何年か前にイタリアの船でエーゲ海をクルーズしたとき船上で出会って以来、毎年のように旅を重ねる仲だ。
今回の飛騨の旅全行程に同行し、運転して下さるとの好意に甘える。
(2013年8月9日 片瀬貴文記)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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