2013/07/28 - 2013/07/28
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morino296さん
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真夏の散歩、今回は緑多い武蔵野の小金井を散歩してきました。
古代、多摩川の浸蝕によりできた国分寺崖線が走り、東西に貫く「はけ」から湧き出す豊富な水がでることから「黄金井」と呼ばれ、現在の「小金井」の名の由来になったといわれます。
また、大岡昇平の恋愛小説「武蔵野夫人」(1950年)の舞台となったことや、下村湖人が長編小説「次郎物語」(1941〜1954年)の構想を練った場所などもあり、またまた新たな発見がありました。
この日のコースは、滄浪泉園→貫井神社→浴恩館→江戸東京たてもの園。
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滄浪泉園(そうろうせんえん) 小金井市貫井南町3丁目 (11:45頃)
JR武蔵小金井駅から徒歩15分ほどです。
7月15日から9月末までは無料です。(普段は、入園料100円)
入口の受付で、団扇を貸してくれます。
「ヤブ蚊」の攻撃にあうので、これで追い払うようにします。 -
滄浪泉園
明治から大正にかけて、銀行役員・外交官・衆議院議員として活躍した波多野承五郎氏の別荘。友人の犬養毅が中国古典から名付けたもので、入口の門標の「滄浪泉園」も犬養毅の筆によるもの。
昭和に入ってからは別の人に渡り、その後マンション建設計画も持ち上がったが、市民の反対運動もあり、昭和52年には緑地保全地区に指定されて市が買収。現在は、約12千?の樹林の中に広がる水と緑の庭園として人々に親しまれ、東京の名湧水57選にも選ばれています。 -
滄浪泉園
緩やかに蛇行する石畳の坂道を下ります。
やぶ蚊の総攻撃が始まりそうです。 -
緑地保全地区「滄浪泉園」の解説
森を大切にし、野鳥や虫たちを保護することは、人間自身の環境を守ることにつながります。
・鳥たちを驚かせないように、お静かに。
・草や木、虫など、生きものを傷つけたり、いじめないで、大切に。
・指定された散策コース以外は、お入りになりませんように。
・写真撮影は、ストロボなどをお使いにならないように。
滄浪泉園は、武蔵野台地から沖積層低地へ移る傾斜地にあり、この傾斜地は、古代、多摩川が南へ移って行った途中に作った古い段丘の一つで、「国分寺崖線」と呼ばれ、崖の下からは豊かな地下水が湧き出て、これを「はけ」と呼んでいます。 -
滄浪泉園
庭園内は、赤松、杉、紅葉などの混成する森で、これらの樹林によって「はけ」の水も保たれ、野鳥の好む実を付ける低木類も植えられているので、野鳥や小動物にとっては好適な環境となっています。
ここは、やぶ蚊もいなくなる紅葉シーズンが良さそうですね。 -
滄浪泉園の「はけ」
崖下から清水がこんこんと湧き出ています。
古代、多摩川の浸蝕によりできた国分寺崖線は、武蔵野段丘とそれより一段低い立川段丘の間にできた約15mの崖で、西は立川市から東は世田谷区まで延びています。
「はけ」は、小金井市を東西に貫くように続き、この辺りは「黄金に値する豊富な水が出るところ(黄金の井)」となり、小金井の名の由来になったといわれます。
大岡昇平の恋愛小説「武蔵野夫人」(1950年)によって、武蔵野の「はけ」は、広く全国に知られるようになったそうです。 -
滄浪泉園 馬頭観音と書かれた台座
残念ながら馬頭観音像は見られませんでしたが、横には「文化八未十一月」と刻まれていましたので、1811年に祀られたものでしょうか。 -
滄浪泉園 おだんご地蔵
池の中島の路傍にいらっしゃる素朴で柔和な顔立ちのこのお地蔵様は、正徳三年(1713)念仏供養のために祀られたものだと云われます。
足元にはエビネが自生し、五月頃には花のじゅうたんが敷き詰められ、ふくいくとした香りを漂わせるそうです。(案内板より) -
滄浪泉園 鼻欠け地蔵尊
池から戻る坂道の途中に祀られているこの石仏は、寛文6年(1666)に庚申さまとして祀られた市内では最も古いお地蔵様です。
信仰のため何度も触られたためか、目や鼻が欠け落ち、昔の人々の篤い信仰が伝わってくるようです。
背後の椿は、樹齢百年を越すと思われ、季節には真紅の花びらを散らせ、お地蔵様を飾ります。(案内板より)
滄浪泉園、当初は現在の3倍もの広さを誇る庭園だったそうです。
やぶ蚊の総攻撃もあって、「小金井てくてくマップ」をいただき、早々に退散しました。 -
貫井神社
滄浪泉園から国分寺崖線「はけ」に沿って、少し西にあります。
大正12年には、神社の横手から出る湧き水を利用して、長さ50m、幅16.5mの本格的なプールが造られたそうですが、水が冷たすぎる(水温15℃)のが欠点だったそうです。
小中学校などにプールが作られるようになった昭和51年に役割を終えて取り壊されたが、鳥居の前に「貫井プール跡」の碑が建てられています(今は、駐車場になっています)。 -
貫井神社 鳥居の前の冷たい湧水
この暑さの中、冷たい水が気持ち良いです。
小説「武蔵野夫人」は、ベストセラーになって間もなく映画化もされています。
(出演:田中絹代、轟夕起子、森雅之など。名前は聞いたことがありますが知りませんね。DVD化されているようなので、いつか見てみようかな)
「はけ」に暮らす人妻道子とそこに同居する従弟の勉との悲恋物語、興味のある方は本を読むなり、DVDをご覧になって下さい。 -
貫井神社
祭神は、市杵島姫命、大己貴命。
天正18年(1590)創建、水の神を「貫井弁財天」としてお祀りしたのがはじまりで、明治8年(1875)に厳島神社と改称、その後、別の土地に鎮座していた貫井神社を合祀し、貫井神社となったそうです。 -
貫井神社 境内の池
境内の池には、神社脇の「はけ」から湧出する清水が満々と堪っています。
小説「武蔵野夫人」は、勉が道子を誘って野川の水源探索に向かうところで、2人はこの貫井神社にも立ち寄っています。
貫井神社は、はけと湧水の関係がよく見える神社だ。社殿の背後を囲むはけには鬱蒼と樹木が繁り、はけ下からはこんこんと清水が湧き出している。
「池から道を隔てた山側には神社があり、石段に沿ってやはり水が落ちていた。水の源を訪ねて神社の奥まで進んだ。流れは崖に馬蹄形に囲まれた拝殿の裏までたどれた。・・・(中略)・・・
立ち止まってじっと水の湧くさまを眺めている勉に、道子は、『何をそんなに感心してんの』と訊かずにいられなかった。道子も水に対する興味に感染していた。」 -
野川
貫井神社から南側にある野川、勉と道子も、ここを歩いたのでしょうか。
野川は、国分寺市恋が窪の湧水に源を発し、国分寺崖線下の数ヶ所から湧出する水を集めて、世田谷区の二子橋近くで多摩川に合流しています。
名前の由来は、はっきりしないそうですが、「野の川」、「武蔵野の川」という意味ではないかとのこと。
この川を土地の人々は昔から、「おお川」と呼び、田んぼの用水に利用し、子供達はよい水遊び場として親しんできたそうです。 -
閻魔堂の解説
「小金井てくてくマップ」を頼りに閻魔堂までやってきたのですが、墓地があるだけで閻魔堂らしきものが見当たらず、解説のみとなりました。
閻魔王坐像を中心に十王のほかに、阿弥陀如来・地蔵菩薩などが祀られているとのこと。(どこにあるのでしょうか?)
この後は、国分寺崖線の坂道を上り、武蔵小金井駅まで戻り昼食をとりました。、 -
浴恩館公園 小金井市緑町3−2−37
武蔵小金井駅からは、北東に歩いて約25分ほど。
昭和3年(1928)、御大典の際、京都で使われた建物を青年修養道場として下賜されたものを移築、皇室の「御恩に浴す」という意味で「浴恩館」と名付けられた建物を中心に、全国から集まった若者が自給自足しながら人生を語り夢みた生活の場であった所を公園として整備したもの。
小説「二郎物語」は、下村湖人が初代館長として、若者たちの指導に当たりながら、この地をモデルに構想を練り、次郎の少年時代を描いたもの。 -
小金井市文化財センターとして使われている浴恩館
市内から発見された考古資料・古文書・民具等を保存・展示しています。
戦後はユースホステルとしても利用され、昭和48年から市の施設となり、青少年センターとして利用され、平成5年に改修整備し、文化財センターとして開館しました。 -
小金井市文化財センターの展示
市内にある石仏像や玉川上水の説明もあります。 -
小金井市文化財センターの展示
どこにあるか分からなかった閻魔堂の閻魔さまをこちらで見ることが出来ました。 -
小金井市文化財センターの展示 小金井桜の説明
元文年間(1736〜41)玉川上水堤に植えられた桜が、後に江戸近郊の行楽地となり、江戸町民や文人墨客、大名が訪れたそうです。
花見の賑わいは、江戸名所絵図や錦絵にも描かれ、桜の名所として広く知られるようになりました。
現在も小金井公園の桜は有名ですね。 -
小金井文化財センターの展示
昔のラジオや氷の冷蔵庫も展示されています。 -
小金井市文化財センターの展示 機織り機
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小金井市文化財センターの展示 次郎物語の映画のポスター
次郎物語は、昭和16年〜29年にかけて刊行された5部作。
主人公の次郎が幼少から青年となるまでの成長の物語で、第5部は、下村湖人の浴恩館での実際の教育の実践に基づいて書かれているそうです。 -
小金井市文化財センターの展示
下村湖人を囲む写真や全国青年団体育指導者講習会の写真など。 -
焼失して無残な姿となっている「空林荘」
青年団講習所の講師たちの宿舎として使われ、また下村湖人が「次郎物語」の構想を練ったといわれる「空林荘」は、残念ながら今年2月23日に焼失してしまいました。 -
小金井公園
玉川上水沿いに位置した面積約80ha(日比谷公園の4.9倍、上野公園の1.5倍)の公園で、広々とした草地、雑木林、桜の園、子どもの広場、弓道場、16面のテニスコートなどがあります。
住所は、小金井市桜町3丁目、関野町1・2丁目、小平市花小金井南町3丁目、西東京市向台6丁目、武蔵野市桜堤3丁目に跨ります。 -
江戸東京たてもの園
小金井公園の中にあります。 -
江戸東京たてもの園
江戸東京たてもの園では、都内に所在した、近世初頭から現代までの文化的価値の高い建造物を復元・展示するとともに、建物の内部では生活民俗資料などを展示し、一定の時代の生活や商いの諸相を再現しています。
JR中央線「武蔵小金井」駅北口よりバス5分、または、西武新宿線「花小金井」駅よりバス5分で「小金井公園西口」下車、徒歩5分。
入園料400円。 -
江戸東京たてもの園 午砲
明治時代/千代田区(皇居内旧本丸跡)
明治4年(1871)9月9日から昭和4年4月末まで、皇居内旧本丸で、この大砲により正午を知らせる空砲が発射されていたもの。 -
江戸東京たてもの園
緑のトンネルにミストで少し涼しげです。 -
江戸東京たてもの園 旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)
尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立した霊屋(都文化財)。
[新宿区市ヶ谷富久町/慶安5年(1652)] -
江戸東京たてもの園 旧自証院霊屋
扉が開けられるのは、毎週日曜日と祝日のみです。 -
江戸東京たてもの園 伊達家の門
旧宇和島藩伊達家が大正時代に東京に建てた屋敷の表門。
大名屋敷の門を再現したような形をした総欅造りで、門柱の上に架けられた冠木には、宇和島藩伊達家の木彫りの家紋が施されています。
[港区白金二丁目/大正期] -
江戸東京たてもの園 高橋是清邸
明治から昭和の初めにかけての政治家・高橋是清の住まいの主屋部分。
昭和11年(1936)の2・26事件の現場になりました。
[港区赤坂七丁目/明治35年(1902)] -
江戸東京たてもの園 高橋是清邸の廊下
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江戸東京たてもの園 高橋是清邸
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江戸東京たてもの園 高橋是清邸
2階は高橋是清の書斎や寝室として使われたそうです。 -
江戸東京たてもの園 高橋是清邸庭園
港区赤坂にあった高橋是清邸庭園の一部を復元。
是清は芝生で日光浴や庭の散歩を好んだといわれています。 -
江戸東京たてもの園 西川家別邸
北多摩屈指の製糸会社を設立した実業家西川伊左衛門が隠居所及び接客用に建てたもの。
[昭島市中神町二丁目/大正11年(1922)] -
江戸東京たてもの園 皇居正門の石橋電飾電燈
皇居前広場から皇居へ向かって左手前に見える石橋に設置されていた飾電燈。橋の欄干両側にある男柱石に計6基設置されていたもののひとつ。
この飾電燈は明治19年(1886)、東京電燈会社へ発注されたものですが、完成日・設計者・鋳造場所などは不明。
[千代田区/明治20年代] -
江戸東京たてもの園 万世橋交番
正式名称は須田町派出所。
神田の万世橋のたもとにあり、移築の時にはトレーラーでそっくり運んだそうです。
[千代田区神田須田町一丁目/明治後期(推定)] -
江戸東京たてもの園 上野消防署(旧下谷消防署)の望楼上部
上野消防署(旧下谷消防署)で昭和45年(1970)まで使用され、昭和52年に解体された望楼。
三脚四層式外廊型で、当時の高さは約23.6m、展示しているのは上部およそ7mほどの部分。
[台東区/大正14年(1925)] -
江戸東京たてもの園
広場では、竹馬乗りをして遊ぶ人も。 -
江戸東京たてもの園 都電7500形
以前に製造された7000形の技術的な部分と8000形のデザイン的な部分を取り入れたことから、その中間をとってこの名称が付いたそうです。 -
江戸東京たてもの園 都電7500形
この型式の車両は、昭和37年(1962)に20両が製造され、すべてが青山営業所に配属されたため、特定の路線でしか見ることができなかったそうです。
プレートは、渋谷駅から新橋行きとなっています。 -
江戸東京たてもの園 東ゾーンの家並み
昔の商家・銭湯・居酒屋などを通して、下町の風情を楽しむことができます。
復元した建物の中には、当時の暮らしや商売の道具・商品などが展示されています。 -
江戸東京たてもの園 村上精華堂
台東区池之端の不忍通りに面して建っていた小間物屋(化粧品屋)で、昭和前期には、化粧用のクリーム・椿油や香水等を作って、卸売りや小売りをしていたそうです。
[台東区池之端2丁目/昭和3年(1928)] -
江戸東京たてもの園 丸二商店(荒物屋)
小さい銅板片を巧みに組み合わせて模様をかたち作り、建物の正面を飾っているのが特徴。
[千代田区神田神保町3丁目/昭和初期] -
江戸東京たてもの園 丸二商店(荒物屋)
店内は昭和10年代の様子を再現しています。 -
江戸東京たてもの園
花市生花店(右)
昭和初期に建てられた看板建築の花屋。
店内は昭和30年代の花屋を再現。
[千代田区神田淡路町1丁目/昭和2年(1927)]
武居三省堂(文具店)(左)
明治初期に創業した文具店。
建物は震災後に建てられた看板建築で前面がタイル貼りになっていて屋根の形にも特徴があります。
[千代田区神田須田町1丁目/昭和2年(1927)] -
江戸東京たてもの園 植村邸
建物の前面を銅版で覆ったその姿は、看板建築の特徴をよく表しています。
外観は、全体的に洋風にまとまっていますが、2階部分は和風のつくりとなっています。
[中央区新富2丁目/昭和2年(1927)] -
江戸東京たてもの園 大和屋本店(乾物屋)
木造3階建ての商店。
3階の軒下を伝統的な出桁造りにする一方、間口に対して背が非常に高く、看板建築のようなプロポーションを持ったユニークな建物。
[港区白金台4丁目/昭和3年(1928)] -
江戸東京たてもの園 川野商店(和傘問屋)
傘づくりが盛んであった江戸川区小岩に建てられた和傘問屋の建物。
内部は昭和5年(1930)ころの和傘問屋の店先の様子を再現。
[江戸川区南小岩8丁目/大正15年(1926)] -
江戸東京たてもの園 万徳旅館
青梅街道沿いにあった旅館。
建物は創建当初に近い姿に復元。
[青梅市西分町/江戸時代末期〜明治時代初期] -
江戸東京たてもの園 万徳旅館
室内は旅館として営業していた昭和25年(1950)ころの様子を復元。 -
江戸東京たてもの園 小寺醤油店
大正期から、現在の港区白金で営業していた店で、味噌や醤油、酒類を売っていました。
庇の下の腕木とその上の出桁造り(だしげたづくり)が特徴。
[港区白金5丁目/昭和8年(1933)] -
江戸東京たてもの園 小寺醤油店の蔵の中の展示
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江戸東京たてもの園 子宝湯
東京の銭湯を代表する建物で、神社仏閣を思わせる大型の唐破風や、玄関上の七福神の彫刻など、贅をつくした造りとなっています。
[足立区千住元町/昭和4年(1929)] -
江戸東京たてもの園 子宝湯
入口にあるタイル絵 -
江戸東京たてもの園 子宝湯
番台 -
江戸東京たてもの園 子宝湯
実際に使われていた暖簾 -
江戸東京たてもの園 子宝湯
脱衣場 -
江戸東京たてもの園 子宝湯
女湯 -
江戸東京たてもの園 子宝湯
男湯
学生さんが、富士山を眺めながら混浴(?)を楽しんでいました。 -
江戸東京たてもの園 仕立屋
明治初期に建てられた出桁造りの町家。
[文京区向丘1丁目/明治12年(1879)] -
江戸東京たてもの園 仕立屋
内部は大正期の仕立屋の仕事場を再現。 -
江戸東京たてもの園(西ゾーン) 三井八郎右衞門邸の玄関にある鹿の彫刻
確か、日本橋の三井記念美術館にも同じ鹿の彫刻がありました。
戦後、財閥解体を経て港区西麻布に昭和27年(1952)に建てられた邸宅。
客間と食堂部分は、明治30年(1897)頃、京都に建てられ、戦後港区に移築されたもの。
蔵は明治7年(1874)の建築当初の土蔵に復元(土蔵内は撮影禁止)。 -
江戸東京たてもの園 三井八郎右衞門邸の玄関内
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江戸東京たてもの園 三井八郎右衞門邸の食堂
京都油小路三井邸から移築した書院で、和室を洋風に使用しています。 -
江戸東京たてもの園 三井八郎右衞門邸の応接
こちらも京都油小路三井邸から移築した書院で、応接に使われています。 -
江戸東京たてもの園 三井八郎右衞門邸
望海床と名付けられた和室
大磯の城山荘から昭和39年(1964)に西麻布へ移築されたもの。
城山壮にあった当時は、画室として使われており、床にはオンドル式の暖房が設備されていたそうです。移築後は、立礼式の茶室として使われた後、庭園にあった茶室の待合に使用されたそうです。 -
江戸東京たてもの園 デ・ラランデ邸
現在、ここはカフェ「武蔵野茶房」として使われています。
元は平屋建ての洋館でしたが、明治43年(1910)頃、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより3階建てとして大規模に増築されたもの。
その後、何回か所有者が変わり、平成11年(1999)まで新宿区信濃町に建っていました。
[新宿区信濃町/明治43年(1910)頃] -
江戸東京たてもの園 前川國男邸
建築家前川國男の自邸として、 品川区上大崎に昭和17年(1942)に建てられた住宅。
戦時体制下、建築資材の入手が困難な時期に竣工。
外観は切妻屋根の和風、内部は吹き抜けの居間を中心に書斎・寝室を配した シンプルな間取りになっています。 -
江戸東京たてもの園 田園調布の家(大川邸)
大正14年(1925)郊外住宅地の一つである大田区田園調布に建てられた住宅。 -
江戸東京たてもの園 田園調布の家(大川邸)
居間を中心に食堂・寝室・書斎が配置され、当時としては珍しく全室洋間となっています。 -
江戸東京たてもの園 ビジターセンター(旧光華殿)
昭和15年(1940)に皇居前広場で行われた紀元2600年記念式典のために仮設された式殿です。
昭和16年(1941)に小金井大緑地(現在の小金井公園)に移築されまたもの。 江戸東京たてもの園の開園にあたり、ビジターセンターとして改修。
ビジターセンター内にある喫茶コーナーで、アイスコーヒーを飲みながらクールダウンして失礼しました。17:05頃 -
小金井公園に置かれている蒸気機関車C57
流石に疲れたので、歩くのは止めてバスで武蔵小金井駅まで行きました。 -
吉祥寺の商店街
吉祥寺で途中下車。
行列のできる店としてマスコミにも取り上げられる肉屋の「サトウ」。
皆さんメンチカツを目当てに並ぶようです。
この隣には、始発前から行列ができると言われる羊羹の「小ざさ」があります。 -
吉祥寺 ハーモニカ横丁(北口駅前)
細い路地の中に、商店、飲食店など100軒近くの店舗が並びます。
ハーモニカ横丁のルーツは、第二次世界大戦後、吉祥寺駅前にできた闇市で、入り組んだ細い路地の中に小ぢんまりとした商店が立ち並ぶ様をハーモニカの吹き口に例えたもの。
S君とちょいとビールを飲んで帰りました。
この日の最高気温は32℃、歩数は約2万歩でした。
(おしまい)
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この旅行記へのコメント (6)
-
- momotaさん 2013/08/21 22:38:36
- 楽しいたてもの園
- morino296sann、こんばんは〜
なんでしょ、この蒸し暑さ。今日は夕方出先で土砂降りにあい建物内に
逃げ込みましたが降るには少し半端だったのか涼しくもなりませんね。
暑い中の散歩シリーズ続いてますねぇ。
私なんて極力お外に出ない努力?してるのにあえて歩くその元気は何処から
くるんですか〜。
たてもの園楽しいですよね。
去年私も行きました。両国の江戸東京博物館の分園的な感じなんですよね。
野外に並べられた建物がそのまま展示物というところがおもしろい。
226事件の現場になった建物とか歴史的に意味のあるものから残しておきたい
昔のつくりが実際に中まで入って見られるので子どももたのしめそうですよね。
このあたりは緑も多いし環境が良くていいなぁと思いました。
もう少し横浜から近いといいんですけどね。
2万歩とは沢山歩かれましたね〜。最近私の周りでも熱中症や脱水症で具合を
悪くなった人がでているのでmorino296さんもくれぐれも気をつけてくださいね。
- morino296さん からの返信 2013/08/21 23:10:05
- RE: 楽しいたてもの園
- momotaさん
こんばんは。
今日は蒸し暑かったですね。
局所的な集中豪雨になることが多いですね。
もう少し、広い範囲で適度な雨量だと良いですがね。
真夏の散歩がシリーズ化してしまいました。
自分でも、なんでこんなに暑い中を出掛けるの?
なんて、自問しながら歩いています(笑)。
氷を入れた水筒を持って、途中でも水分を補充しながら、
時々、コンビニなどの店内で涼んだりしています。
武蔵小金井、こちらから行くのは遠いですよね。
友人と何処へ行くか相談していたのですが、
まさか、小金井とは・・・。
でも、いろいろ勉強になって良かったです。
今週末には、少し涼しくなるような予報もあるので期待したいですね。
夏バテに気を付けて下さい。
morino296
-
- きーちゃんさん 2013/08/15 14:51:01
- 歩きましたね〜^^
- morino296さん、こんにちは♪
またまた、猛暑の中2万歩ですか@@;
緑が多く、涼しげに見えますがやっぱり東京だもの暑いんでしょうね!
とても気になった「空林荘」。。。最近焼失したとは!
火の気がないと思われますが、何故に??
とても残念ですね!
江戸東京たてもの園も興味深く拝見しましたが、札幌にも「北海道開拓の村」というところがあって、明治〜昭和初期の建物が再現されている所があります。
このようなロマンを感じるところは大好きなので、時間を忘れて見入ってしまいそうです!
真夏の散歩。。。熱中症は大丈夫ですか?お気をつけてくださいね〜
きーちゃん
- morino296さん からの返信 2013/08/15 21:43:41
- RE: 歩きましたね〜^^
- きーちゃん
こんばんは。
いつも有難うございます。
猛暑続きで、なかなか出掛ける気になりません。
小金井は、あまり予備知識もなく歩きましたが、
旅行記をUPするのに調べると、いろいろ新たな発見もあって、
面白いです。
空林荘も、建物の土台だけしか残っていなくて、
老朽化で壊れたのかと思っていましたが、調べてみると燃えてしまっていました。
不審火なのでしょうかね?
江戸東京たてもの園も、暑かったので、駆け足で見学しませんでしたが、
他にも、いろいろな見どころがありました。
外出しないと運動不足になるし、出掛ければ暑いし・・・。
早く涼しくなると良いのですが。
morino296
-
- ガブリエラさん 2013/08/13 09:59:42
- 望楼、素敵です♪
- morino296さん☆
おはようございます♪
上野消防署の望楼、これ素敵です(^o^)/
解体されても、ちゃんとこうやって残されてるのが素晴らしいですね!
鼻かけ地蔵さま、人々がなでたために、欠けたんですね!
それだけ、皆さんに愛されたお地蔵さまなんですね(*^_^*)
最近、とてもお地蔵さまが大好きになって、お地蔵さまのいらっしゃるお寺を、回ってました。
夏で、ちょっと暑さにまけてますが、もうちょっと涼しくなったら、また回りたいです!
たてもの館、ここ関東に行ったら、行ってみたいです(^◇^)
ガブ(^_^)v
- morino296さん からの返信 2013/08/13 21:59:35
- RE: 望楼、素敵です♪
- ガブリエラさん
こんばんは。
いつも有難うございます。
日本中が、真っ赤になってますね。
そちらも暑いことでしょうね。
消防署の望楼、お気に入りでしたか。
解説もなく、これだけ置かれていると何だか分からないかも知れませんね。
鼻かけ地蔵、どれだけの人に撫でられたのですかね。
お地蔵さまも、いろんなところにいらっしゃいますが、
京都の鈴虫寺のお地蔵さまは、凄い人気のようですね。
まだ暑い日が続くようですが、お大事にしてください。
morino296
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