2009/01/18 - 2009/01/27
812位(同エリア1806件中)
kenichi291さん
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前年のスペイン旅行でイスラムの文化に興味を持ち、今年はトルコの旅に。アタチュルクがトルコ共和国建国に際して、日本の明治維新に習おうと唱えた国です。本来親日の国家です。我々の辿った観光ルートも日本の旅行社の開拓したルートです。温泉好きの日本人にはピッタリ。円も使えるし日本語も結構通じる地域ばかりでした。オリエント急行の終点でもあるイスタンブールからヨーロッパの人達は太陽のあふれる南に向かい、日本人は東に向かう。物価も安く大変楽しい旅が楽しめました。トルコの皆さんに感謝。政情不安もあるようですが、東ローマ帝国の偉大さに圧倒されるトルコの旅をお薦めします。写真はトルコのトップダンサーセナさん。
ちょっと古いんですけど悪しからず。個人のHPで紹介してたんですけど、OSやHPソフトに依存するのが煩わしいので4travelさんにお引越しする事にしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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いよいよ中央アナトリアのカッパドキア地方に到着。イスタンブールを出てすでに 1600キロを走破。それでもまだトルコの中央部にやって来たに過ぎません。東トルコはまだまだずっと先ですが今回のツアーの東端はここ。トルコは広い。ネヴシェヒルの町に到着。この町はガイドのボラさんの故郷で両親の実家もある町です。バスの途中でここがボクの実家と紹介してくれました。ネヴシェヒルのデデマン・カッパドキアに宿泊。トルコ資本の大手チェーンホテルです。10階建ての大きな建物でした。夕食はホテルでバイキングですがトルコの大きな団体が来ていたので、カボチャなどの彫刻をコックさん達が作って飾り付け豪華でした。カボチャは10キロ位ありそうな大きな物です。トルコの野菜は大抵大きめ、ジャガイモも1個で1キロ位になるそうです。カリフラワーもナスもピーマンも大きい。ニンジンだけは見る限り小さめでしたけど。ナンを打つ実演もあり、歌手の生演奏も楽しめ良かった。日本の観光客も来ているので日本の歌を張り切って歌ってくれましたが「上を向いて歩こう」「ここに幸あれ」などの懐メロや童謡、小学唱歌で古いの何の。料理が素晴らしいと料理長さんに色々聞くと気分を良くしたのかこれは彼が作ったとか、ナンのプロはパキスタンの職人などと親切に教えてくれます。野菜の名前も日本語でこれはナスなどとご機嫌でした。
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朝ホテルを出てあのきのこ岩や地下都市の見学に出発。先ずはカイマクル地下都市に。
カイマクル地下都市
現在地下 78メートル程の深さまでしか調査が進んでいないがもっともっと深い所までトンネルが張り巡らされているんだそうです。どの解説書にもキリスト教徒がアラブ人の迫害から逃れる為に住んだと書かれているがそんな事はありませんとボラさんが話し始めました。ここは食料庫やワインの醸造所に使われた処と言うのが真実なんだそうです。地下で人間が生活する事自体がナンセンスだと言います。どんな人でもモグラみたいな生活をしていたら死んでしまうに決まってます。ごもっとも。小麦や野菜の保冷庫として使い、最盛期を外して高く売れる時期に出荷するのが本来の目的なんだそうです。子供の頃からこの地下トンネルで遊び、どこに入っても迷わないと言うボラさんの事ですから間違いなさそう。今日のガイドさんはボラさんと猫ちゃんです。
ワインの醸造所 -
石の戸
侵入者(盗賊)や野獣から守るため、入り込まれたりした時に落としてこの石の扉で通路を閉めてしまう。石の扉は 2トン位
あるものから大きい物では 10トンを超えるらしい。元に戻すのにはかなりの人数が必要。 -
台所(通称)
台所では無くて、金属の鋳造に使ったのではないかと考えられているそうです。 -
ガイドブックには無い最新の解釈参考になりました。
地下都市の入口にはお土産屋さんが立ち並んでいます。イズニックタイルやカシミヤのショールがお安くなっています。ショール 1枚千円の声がかかります。もちろん贋物。地下に潜るのでムートンの帽子を買っちゃいました。2200円と言ってましたが1800円、1500円と下がり結局1000円で購入。トルコはスーパーなどでは価格が表示されていますが、お土産屋さんなど一般のお店では価格表示がありません。値引きは2割3割当たり前、日本の消費税に当たるような税金が付加価値税としてかけられている様で税金の申告をごまかせばこの程度は値引き出来るらしいんです。半値まで行けば妥当のようです。言い値で買ってはだめのようです。彼らは円で決済しますが100円玉などはあまり持っていないので、5個で千円などと千円札で買える価格提示をするのが一般的。プラス何個を獲得するかがお買物の決め手になります。酒類やタバコは税率が高いのであまり割安感がありません。ことにタバコはヨーロッパ E U諸国並みの高値です。ワインも日本で売っているトルコワインの価格とあまり変りません。ただトルコのワインは辛口のワインが主流で美味しい。来る時、飛行機の中で提供されるワインも美味しかったし、レストランで頼むグラスワインも美味しい。カッパドキア地方はワインの産地でとても美味しいワインが生産されているんだそうです。ワイン生産の歴史は大変古く日本ではお馴染みが薄いですが実はワイン大国。イスラムの国はお酒が飲めないと思っている方々、実はトルコ人はお酒大好き人間なんですよ。1日5回コーランのお祈りの声が町に流れますが今のトルコの人達はお祈りも断食もしない人のほうが多いんだそうです。夜明け前の1回目のお祈りの声は静かな時間だけに余計響きます。イスラムを感じる瞬間ですが、スピーカーから町のあちこちで流されているんです。ラジオ体操感覚かもね。 -
この工場では織子さん達が絨毯を織っています。1日織り続けて1センチ程度の大変な作業とか。売値は時間工賃掛ける時間数で出されるらしい。勿論若干の材料費が入ってるんでしょうが、工賃に比べれば大した事無さそう。売れれば工場の手数料を差引いて作った織子さんに支払われるシステムです。観光オフシーズンのこの時期は殆ど売れないので現金収入の欲しい織子さん達が原価すれすれでも売って欲しいと言う事でお買い得なんだとか。これも売り方のテクニックかな。買えば、国の担保する保証書が発行され、汚れタバコの焦がした穴など無料で永久保証されるそうです。日本では神戸に連絡事務所があり、全国に修理先があるそうです。
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織機の上のデザインに従って織ってゆきます。左の横糸の取り方がペルシャ絨毯の一本取り、右の横糸の取り方がトルコ絨毯の二本取りで二倍の手間がかかるんだそうです。実演するのは若いトルコ美人の織子さん。
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これがトルコ絨毯の最高峰ヘレケ。シルク100%。うん百万円の代物。
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これはウール。この地方の物。染色した糸を使うのではなく、毛色の違う羊の毛を使うのだそうです。色にむらが出来ない為に1枚の絨毯に使うのは同じ1頭の羊の毛だと言います。ボラさんのお母さんも絨毯を織っているんだそうで、カイマクル地下都市見学が買いまくる結果に、全員洩れなくお買い上げとなりました。
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お昼の時間になりました。洞窟レストラン「EVRANOS」で昼食。メニューは野菜スープ、豆と肉の煮込み、ますのグリル、ライス・プリンです。
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昼食後ボラさんが今日は金曜日バザール(市)の開かれる日だということに気付き、6人とだけの少人数だから案内しますと言う。大勢じゃ面倒見切れないけれどこの位なら大丈夫とツアーの予定に無いサービスを提案。レストランを出て歩いてアバノスの金曜市と呼ばれる会場まで行きます。途中「赤い河」に架かる橋を渡り市場に。川は赤くないけど名前が赤い河。
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イスタンブールのグランドバザールは市場と言っても商業市場。骨董品から、高級皮革製品目、の眩むような宝飾品など観光客相手ですが、こちらは庶民の台所。ボラさんのお母さんも買出しに来る所だそうです。
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香辛料のお店。
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雑穀、ドライフルーツなどのお店。
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野菜、果物のお店。価格表示のしてあるお店が大半。1キロいくらの表示です。特価品は4キロ表示が多いみたいでした。大根、長ネギ、赤カブなど日本でお馴染みの野菜も並びます。
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魚屋さん。
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威勢のいいお兄ちゃんがだみ声を張り上げて売っている風景は築地の市場を思わせる光景。
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前置きはこの位にしていよいよこのツアーの大目玉、カッパドキアの風景を見学に。NHKの世界遺産や来る直前にもタケシの番組でやっていたあの光景を見られるんです。
ウチヒサール -
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エセンテベ
写真スポットです。 -
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ローズバレー(赤い谷)。
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ローズバレー展望台の下にあるハッサンさんの家を訪問。一般家庭見学です。ハッサンさん一家は下の町に暮らしていて、普段は上にあるお土産屋さんをやっています。リクエストのある時だけ昔の住居をお見せするようです。お父さんのお店でチャイグラスを購入。
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ゼルベの谷
お待たせしましたこれですよ。 -
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あたり一面きのこの山。
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教会。
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教会内部。
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撮影スポットにはラクダがいます。観光の記念にラクダに乗った写真を撮らせる商売です。
御土産屋さんも軒を並べています。カシミヤの専門店もあります。聞くとカシミヤはここの特産品なんだそうです。モンゴルの高原だけじゃなくこの辺りにもカシミヤ山羊がいるんだそうです。マフラーやコートを思い浮かべますが、ここのカシミヤはショールが主体。素晴らしい刺繍が施してあります。まさしく伝統工芸品。価格も細密な刺繍のあるものは 5万円位のショールがざら。お客が入るとガードマンのようにドアを閉めて鍵を掛ける用心深さ。でも服を合わせるのが大変。皆さん買わず。 -
デヴレント。
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ラクダ岩。
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ゼルヴェ野外博物館。
ここに来てその存在を知りました。物凄い迫力で我々に迫ってきます。感動しました。 -
夕暮れが迫って来ました。
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左下のスペースは馬小屋。
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りんごの教会 。
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ST.ONUPHORIUSの教会。
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黒の教会。
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食堂・厨房。
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ネヴシェヒルのデデマン・カッパドキアに連泊。ハマム(本当のトルコ風呂)に挑戦。昨日の団体が帰っちゃったので食堂の飾りつけは質素になってしまいました。料理も普通。料理長さんは今日も出て来ていろいろ説明。お客さんの数も少ないので、大阪のおばちゃん達の団体の席に座り込んで話してました。
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24日
朝ホテルを出発、トルコの首都アンカラに向かいます。290キロのバスの旅。途中塩分濃度の濃い湖’塩湖’の「トゥズ湖」で休憩。湖の水を舐めてしょっぱさを確かめる。ここは塩の産地です。トルコ航空の機内食に添えられる塩にもトゥズ・ソルトと書いてありました。 -
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一路アンカラに。
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トルコ共和国の首都アンカラが近付いて来ました。
ボラさんがトルコ共和国の独立戦争と建国について話してくれました。ボラさんはケマル・パシャと呼びます。パシャは将軍と言う意味のようです。第一次世界大戦に敗れた、オスマン帝国は連合国に分割占領され国土分割の危機に直面する。スルタンは自分の身の保身の為これを容認する。がやがてアナトリアの各地で占領に反対する抵抗運動が起こった。イスタンブールにいたケマル・パシャは軍が反対運動に荷担するのを抑止することを期待したスルタンによって監察官に任命され、武器を徴発するため東部アナトリアに派遣されることになった。海路アナトリア北部の港町サムスンに上陸したケマル・パシャはアンカラでトルコ共和国の独立を宣言アンカラ政府を樹立した。西からはギリシャ軍が上陸、アンカラに迫ったが、ケマル・パシャは軍を率いてギリシャ軍をサカリヤ川の戦いで撃退した。この戦いの後、アンカラ政府のトルコ軍は反転攻勢に転じ、1922年9月には地中海沿岸のイズミールをギリシャから奪還した。この時ケマル・パシャの発した命令「全軍へ告ぐ、諸君の最初の目標は地中海だ、前進せよ」が知られていると言います。日露戦争の時、バルティック艦隊と対峙した東郷平八郎元帥が艦隊に発した「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」とZ旗を掲げて全軍の士気を鼓舞した事を想い起します。明智光秀の「敵は本能寺にあり」は似て非なり。 更に南から上陸したイギリス軍も撃退する。民衆も鎌等を武器に徹底抗戦し、連合国に有利な条件で休戦交渉を開かせることに成功する。この後スルタン制を廃止し、欧化政策を断行した。1928年、憲法からイスラムを国教と定める条文を削除し、トルコ語の表記についてもイスラムと結びつきやすいアラビア文字を廃止してラテン文字に改める文字改革を断行するなど、政治、社会、文化の改革を押し進めた。そして、今も国民からアタチュルク、トルコのお父さんと呼ばれ敬愛されるに到った訳です。と言うわけで、まもなくアタチュルク廟に到着となりました。 -
アンカラ郊外にはカラフルな住宅、マンションが建ち並んでいます。
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首都アンカラは人口300万人を超えるトルコ第二の大都市です。
先ずは腹ごしらえ。昼食はジンギスカンと言う名前の中華料理店。JTBさんのツアーはいつもどこかで和食か中華が入ります。お国料理で満足なんですけれど、毎回ツアー参加者の中には口に合わないと不満タラタラの人がいるんで、しょうがないんですね。このお店は中華のお店ですが何故か名前がジンギスカン。でもまあまあのお味。昼食後トルコのお父さん(建国の父)アタチュルク廟に向かいます。 -
アタチュルク廟
トルコに来て初めての本降りの雨となりました。ここは軍の施設内、廟の入口までは撮影禁止。入口のゲートをくぐると道の両脇でライオンが守っています。 -
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廟。
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廟前の広場。
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廟入口のアタチュルクの言葉。 彼は憲法からイスラムを国教と定める条文を削除し、トルコ語の表記をイスラムと結びつきやすいアラビア文字を廃止してラテン文字に改める文字改革を断行した人で、ローマ字で書かれている。
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入口内の天井。
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廟の中。奥のこの下深くに棺があるらしい。
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回廊の天井。
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回廊の途中の部屋には車輌、大砲、ボートなどが展示されている。
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広場にはトルコ国旗がはためく。トルコの人達は国旗が大好き、何処にでも国旗が掲揚されている。
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廟の両脇を固める衛兵。みんな記念撮影をしていますが微動だにしません。瞬きはしてましたけど。
陸軍の兵隊さん。 -
海軍の兵隊さん。
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衛兵の交替
廟入口を固める兵士が交替し、次にトルコ国旗の下の詰所の兵士が交替する。色鮮やかな青の軍服の兵士は空軍。ヴァチカンのスイス衛兵が有名ですが、ここも見事なもんです。 -
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雨のアンカラ市内を走りアナトリア文明博物館に向かいます。
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アナトリア文明博物館。
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アナトリアに発祥した歴史を説明するボード。下には年代が書かれているが、気の遠くなるような古い年代の数字が書いてあります。世界史は苦手だったのでお手上げ。ヒッタイト時代の収蔵品が主のようです。未だ謎の多いヒッタイト人の収蔵物で世界的に有名な博物館だそうですヒッタイト(英:Hittites)は、インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語を話し、紀元前15世紀頃アナトリア半島に王国を築いた民族、またはこの民族が建国したヒッタイト帝国(王国とも)を指す。高度な製鉄技術によりメソポタミアを征服した。最初の鉄器文化を築いたとされる。紀元前1190年頃、通説では、民族分類が不明の「海の民」によって滅ぼされたとされている。地中海諸地域の諸種族混成集団と見られる「海の民」によって滅ぼされたといわれているが、最近の研究で王国の末期に起こった3代におよぶ内紛が深刻な食糧難などを招き、国を維持するだけの力自体が既に失われていたことが明らかになっているそうです。
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旧石器時代の出土品らしい。紀元前1万年に及ぶ物のようです。
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当時の壁画らしい。狩猟民族を示すもの。
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この辺りで紀元前8000年〜紀元前5500年。新石器時代か。
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この辺りから土器時代に入る。
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鏡と装飾品。女性のおしゃれの起源かも。
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紀元前3000年〜紀元前2000年。青銅器時代初期。
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アッシリア帝国の支配時代。紀元前1950年〜紀元前1750年。
ヒッタイト時代。紀元前1750年〜紀元前1200年。FRIGRER PHRIGYANS期 紀元前1200年〜紀元前700年。 -
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石の書簡。ユネスコの文書付。
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石の書簡。ユネスコの文書付。
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紀元前1680年頃にヒッタイト人はこのアナトリアの赤い河周辺に王国を建国し、後にメソポタミアなどを征服した人達。青銅器時代、最初に鉄を使い始めたことで知られている。
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ここからは地下室の収蔵品。何時代の物かは私には判然としません。どうも各地の遺跡からの出土品らしい。
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コインコレクション。
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ガラス工芸品。
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宝飾品。
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古代の動物の化石らしい。
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初期青銅器時代の物。
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ローマ帝国時代の物。
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ローマ帝国時代のお墓からの出土品らしい。
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ヒッタイト時代の物。
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中央の部屋の展示室。ヒッタイト時代の物らしい。
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王のシンボルであるライオンやスフィンクス信仰はヒッタイト人からのものらしい。
4時になりましたが閉館は 4時半なので後 30分廻ろうとしていたら、突然の停電で真っ暗に。トルコでは停電が多いんです。ホテルでもありました。しばらくして復旧しましたが係員が終わりお帰り下さいで閉館となってしまいました。残念。 -
アンカラ市内を見渡せる丘の上に建つアンカラ城塞に。雨も上がり陽が差してきました。
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城塞の中は庶民が暮らす町。
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夕暮れのアンカラ市内。
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夕暮れのアンカラ市内。
夕食は城塞の近くのレストラン「HATI POGLU」でマッシュルームスープ、スパゲティ、サッチカブルム(肉と野菜の煮込)、果物を頂く。夕食後ホテルに。 -
ビュユック・アナドールホテルに宿泊。天井が吹き抜けになっている洒落たホテルです。部屋には大きなベランダがあり眺めは良いのですが、ここはアンカラ空港の近くで市内は眺められません。残念。夜景が綺麗なのになー。
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食材がテーブルに並べてあり、香辛料、オイル、調味料、穀物などが解かり易く名札付で説明されていました。
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25日
再びイスタンブールに向かいます。いよいよ最終の宿泊地になりました。皆さんもっとトルコに居たいなーと残念がることしきり。高地に入り雨が凄くなります。山道には残雪が。 -
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イスタンブールの手前で休憩。マロングラッセを売っていたので買いました。栗はトルコの特産物です。イスタンブールの屋台などでも焼き栗を売ってます。食べたかったな。素朴な栗の味が合います。
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再びマルマラ海が見えて来ました。まもなくイスタンブール。
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イスタンブールの海の近くの繁華街に到着。
週末の夜はイスタンブール市民で大変賑わう場所だそうです。週に一回は豪華に外食がトルコの習慣らしい。二人で1万円ぐらい掛かると言いますから安くは無いですね。イスタンブール市民は江戸っ子の仲間かも。宵越しの銭は持たないタイプらしい。昼間は日本人で一杯。 -
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左のお店が昼食を摂ったレストラン。前のロータリーには日本では珍しくなった靴磨きのおじさんがいます。トルコではホテルでも靴磨きのおじさんが磨いてくれます。靴磨きの台が大抵のホテルにありました。ホテルの場合は無料だそうです。気持ちのチップは礼儀ですけど。
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昼食はレストラン「MEYDAN」で魚のスープ、ナスのトマトソース、イカフライ、タラの煮込み、ニンジンケーキを頂く。下の写真がタラの煮込み。海がすぐ側で市場もあります。新鮮な魚介が並んでいます。一番高そうなのはヒラメみたいなお魚のようでした。店の奥の一番高い位置に並んでましたから。安いのはサバとタラでしょう。ホテルのバイキングの魚は大抵そうでしたから。
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名物トルコアイスの屋台。
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最後に上にある鐘をアイスで突いて鳴らすパフォーマンス。
これだけ楽しませて 3リラ 約180円 安い。
昼食の後はトルコ最後の観光、アヤソフィアに。 -
アヤソフィア
ビザンチン時代に教会として建てられた世界的に有名な大聖堂。オスマントルコ時代にはモスクとして使用された。ここは第一日目に前まで来た所。振り出しに戻る。第一日目のブルーモスクとは形の異なる尖塔が特徴。 -
ここが入口。
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テオドシウス2世によって415年に再建された聖堂の跡。その後崩落し喪失。
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最後に上にある鐘をアイスで突いて鳴らすパフォーマンス。
これだけ楽しませて 3リラ 約180円 安い。
昼食の後はトルコ最後の観光、アヤソフィアに。 -
アヤソフィア
ビザンチン時代に教会として建てられた世界的に有名な大聖堂。オスマントルコ時代にはモスクとして使用された。ここは第一日目に前まで来た所。振り出しに戻る。第一日目のブルーモスクとは形の異なる尖塔が特徴。 -
ここが入口。
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テオドシウス2世によって415年に再建された聖堂の跡。その後崩落し喪失。
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これは砲弾。
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入口。皇帝の門。
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入口の扉。
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大理石のパネル。
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天井。
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大理石の床。
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大ドームの天井。
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ミンバル
モスク改修時に付け加えられた施設。オスマン様式の傑作。 -
ステンドグラスも美しい。
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ベルガマの壷。
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湿った支柱。真ん中の穴に親指を入れて一回転すれば願い事が叶うとか。
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階上テラスの天井。
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階上テラスの天井。
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大理石の扉。
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大理石の扉の奥にはビザンチン芸術の至宝、モザイク画が並びます。
世界で最も素晴らしいモザイクの一つと言われるディーシス(請願)
三分の二は剥がれ落ちているが、マリア(左)、キリスト(中央)、ヨハネ(右)が画かれている。 -
キリストと女帝ゾエ夫妻のモザイク。
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聖母子と皇帝家族のモザイク。
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聖堂の前庭にある清めの泉。
1728年に建てられたロココ調の建物。 -
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トラムの走る市内を抜けてホテル「コンラッド・インターナショナル」に向かいます。
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チェックイン後ベリーダンスショウの会場に向かいます。
キャラバンサライ
ベリーダンスショウのシアターです。ソロのトップバッターは若手のトルコ美女。 -
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そしてトルコ随一の人気スターセナさんの登場。
現地ガイドさんやバスの運転手さんがどっと入って来て、携帯で撮りまくり。大スターなんですね。 -
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終演後ホテルに。
今日のホテルは新市街にあるイスタンブールでも最高級の一つ。でも日本人の宿泊者ばかりが目立ちます。新市街はオフィスビルや高級ホテルの建ち並ぶエリア。ガラタ橋でトプカプ宮殿などのある旧市街と結ばれています。
1階ロビー。 -
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靴磨きの台。きんきら金です。
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ジャムやソースの入れ物。
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地下の屋内プール。
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ジム。
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ジム。
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屋外プールとカフェテラス。
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26日
いよいよトルコとお別れの日になりました。今日の予定はおまけ、付録の一日。ゆっくりホテルを出て、近くの港からボスフォラス海峡クルーズに出ます。風の強いのを除けば絶好の青空。 -
貸切の船に乗船。海から見学。
観光船が行き交います。我々の乗った船はもう一回り位小さかったかな。6人で貸切の贅沢。 -
ドルマバフチェ宮殿
1859年に建てられたトルコ・ルネサンス様式の白亜の宮殿。オスマン帝国最後の宮殿。 -
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フォーシーズンズ。
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コンラッド・インターナショナル。
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イスタンブール 一の高級ホテル「チュラーンパラス」
お客さんはヘリコプターの送迎付。1泊30万かららしい。 -
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ガラタサライ大学。
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船着場にはいろいろな船が係留されています。
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海峡を守る砦。
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アタチュルク橋。
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対岸にも砦。
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対岸は別荘街。
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ガラタ橋。
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旧市街の船着場で下船。
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ローマ水道橋を潜り。
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グランドバザールでお買物ツアー。
グランドバザールのメインストリートはテレビでお馴染みの通りです。金銀宝石の輝きの演出は見事です。下はその周辺の商店とトルコでは何処でも売っているごまパン売りのおじさん。 -
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昼食とお買物終了後待ち合わせ場所の喫茶店に集合、アタチュルク空港に向かいます。
空港のバス停車場で運転手さんとお別れ。
出国検査場前でボラさんとお別れ。
直行便なので皆さんワインを買おうとしたんですが、何かの食品トラブルでトルコワインが全て撤去されていました。美味しかったのに残念。トルコ航空の機内でも提供されるワインはトルコ製ではありませんでした。来る時はトルコワインだったのに。トルコ航空で帰国の途に。
27日
12:25分定刻通り成田空港に到着。
アタチュルクがトルコ共和国建国に際して、日本の明治維新に習おうと唱えた国です。本来親日の国家です。我々の辿った観光ルートも日本の旅行社の開拓したルートです。温泉好きの日本人にはピッタリ。円も使えるし日本語も結構通じる地域ばかりでした。物価も安く大変楽しい旅が楽しめました。トルコの皆さん有り難う。
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