2013/02/18 - 2013/02/18
4418位(同エリア4742件中)
Cyberさん
- CyberさんTOP
- 旅行記64冊
- クチコミ993件
- Q&A回答0件
- 121,892アクセス
- フォロワー1人
北海道旅の最後を締めくくるのは、函館です。そして、朝から雪、雪、雪続き… (´∀`;)
雪景色の北海道を堪能するという意味では、雪は欠かせない要素ですので、それは大歓迎なのですが、こうもドカドカ降ってくれると、さすがにもうお腹いっぱい… という感じでして。
僕の旅って、自分が見たい、知りたいことを、自分の欲求そのままに、もしくはそれ以上に満たすような行程を組みます。腹八分、というのを知らんのですな。いや、知っててもそれで満足しない、という方が正しいのか。とりわけ、桜・紅葉・雪のシーズンは、体力と財布の中身と時間の許す限り、色々なものを吸収したい! という意識が強くなるあまり、毎回毎回、旅から帰ってくるとヘトヘトになるのです。まぁ、それがいい、ということもありますが… (´∀`;)
そして函館Photowalkでは、まず出鼻から挫かれた…
挫かれた、というより、自分の意志薄弱なところを突かれた、という感じでして。函館の朝市をブラリ。しかし、店主たちの客寄せの口上は人並み外れたものでして(じゃなくて、自分が断れない意志薄弱さが原因)、本来買うはずの無い、毛ガニ、を… (´д`)
毛ガニは食べたかったんですよ。でもここで、ね。独り暮らしですし、忙しい時期でしたから、毛ガニを料理するだなんてまず考えられないですし、実家もほとんど両親のみですから、毛ガニを料理しようなんてあまり思わないでしょうし。でも、その、まぁ、何だ、勢いに乗せられて、つい…
予想外の出費に、少し財布の中身を心配してしまいました。 (´д`)
気を取り直しまして。 (´∀`;)
朝市の後は、函館市青函連絡船記念館摩周丸、金森赤レンガ倉庫を経て、函館の教会群や旧領事館のエリアへ。
いずれの施設も、月曜日と言うことだけあり、ほぼ貸切の状態でした。
青函トンネルが開通したのが、1988年。うろ覚えであるものの、それまで津軽海峡は船による運航で、トンネル開通後、さよならイベントがテレビで放送されていたのを覚えています。かつて、函館と青森間で多くの人を運んでいた青函連絡船。決して順風満帆ではなかったものの、戦前・戦中・戦後と、人々の足の支えになった軌跡は、記念館内の展示を見ても分かります。
展示されている写真を見る上では、画質云々は除いても、ボロボロの船体になるまで頑張ってきたんだなぁ… と、思いを馳せずにはいられません。
しかし、打って変わって金森赤レンガでは、それ自体がショッピング・レストラン街と言うだけあって、平日であるにも関わらず賑わっていました。当然、外は吹雪いていましたから、温かい中での話ですが。 (´∀`;)
さらにそこから函館山方面へ。
函館は坂の町。八幡坂通を登り、振り返れば白銀の函館港が一望できる! ……と思ったのですが、朝から降り続く吹雪は一向にやむ気配がなく、港は雪で霞んで全く色気がねぇ… (ノд`)
これはこれで貴重な景色… というふうに自分に言い聞かせているものの、やっぱりすっきりと晴れた時に再挑戦したいなぁ、と心に誓った瞬間なのでした。
ただ、その代り教会群は、いずれも幻想的な光景を目にすることが出来ましたね。
厳しい冬の寒さの中で、孤独に耐えながらその社を構えている姿は、遠くから見ても伝わってきますし、近くは近くで、雪の厳しさとも相成って、より威厳を含めた様相を伝えてきます。
教会群から西へ足を進めると、元町公園と旧函館区公会堂、そして旧イギリス領事館が見えてきます。このあたりは、歴史的な建造物が密集していますから、徒歩で10〜20分もあるけば、何かしらの社寺や教会、建造物に巡り合うことが出来ていいですね。
旧函館区公会堂は、建物の名前の如く、町の人たちのための集会所。にしては、すっごくゴージャスですよね。ちょっとした貴族の様な気分を味わうことが出来ます。実際に2階のホールでは、今でも演奏会を開いていたりもしているようですし。細部までのきめ細かな造形は、当時の日本の建築職人の業の片鱗を窺うことが出来ます。
旧イギリス領事館は、小ぢんまりとした建物ながらも、開国したばかりの日本での執務の様子を垣間見ることが出来ます。敷地内には、ローズガーデンがあるのですが、流石に雪が積もっていると色の無い真っ白な世界。ここも、いずれまた来る時の楽しみにしようと思います。 ^^
本来であれば、函館山に登って函館の景色を遠望しようと思ったのですが、雪霞が濃いのでそれは断念。路面電車に乗り、五稜郭へ向かうことにしました。
昼過ぎになって雪の降り方が抑え気味になったかな? と思うのも束の間、雪の降り方は強くなったり弱くなったりが続き、午前中は細雪だったのが次第に粒が大きくなって…
こ、これじゃ五稜郭からの眺めが全然見えないじゃないか… (´;ω;`) ブワッ
そこらへんは、色々とタイミングを見計らいながら、雪の五稜郭を散策しました。
江戸時代末期に、蝦夷地の箱館府に建造された、稜堡式の城郭。日米和親条約による箱館開港に伴い、防衛力の強化と役所の移転問題を解決するため、徳川家定の命により築造された城ですね。しかしその後、幕末の動乱の渦中の舞台となり、多くの偉人を初めとする命が失われました。建造されて幾ばくも年月が経っていないにも関わらず、血塗られた歴史を刻みつつも、その重みを今も随所随所に伝えている。その意味が一体何なのか、なぜそんなことが起こったのか。それを知り、僕たちが何をしていくべきなのか。それを問われているような気がします。
最近になって箱館奉行所が復元されたので、その中を見学しようと思ったら、資料整理のため休館… (ノд`)
何だか、行きそびれたところばっかりだなぁ。これって、また次においで、という解釈として捉えていいんじゃろうか。 (´∀`)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
4