2013/04/30 - 2013/04/30
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Nanaさん
2013年GW、南米ペルーまではるばる旅立ってしまいました。
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4月30日(火)
クスコから車で約1時間の場所に、ピサックという街がある。
この街では、毎週火・木・日に市が開かれていて(それ以外の曜日は小規模開催)、たくさんの観光客がお土産を買いにやってくる。
ピサックは「聖なる谷」と呼ばれるアンデス山脈の山間部にあり、その景観は見事なのだそうだ。
我々は、このピサック市場まで、大量のお土産を買いに行くことにした。
しかも、バイクをレンタルして行くことにした。 -
8:30、クスコのレンタルバイク屋がオープンすると同時に入店した。
私も中免取得から丸1年、ついに海外ツーリングすることになったのだ。
この日のために国際免許も取得済なのだ。
レンタルバイクは、オフロードバイク(250cc〜)とスクーター(125cc)が基本となっている。
私は250ccのオフロードバイクを借りる気満々だったのだが、何分足が届かない。
海外しかも右側通行、さらにペルーの運転はものすごく荒い。
車は全てを蹴散らすように走り、歩道ギリギリまで迫って来る。
クラクションも激しく鳴らし、警察車両じゃない車からもなぜかサイレンが聞こえたりする。
歩行者は車の邪魔にならぬよう、全力で身の安全を確保せねばならない。
ペルーでは、二輪の数はとても少ない。
たまに見かける二輪は、車よりも立場が弱いため、とても謙虚な走りを見せているのであった。
それもやはりレンタルバイクの観光客が多いのか、「お邪魔しちゃってすみません」という態度で走行するのが正しいようだった。
ペルーの公道は、「強い者は強く、弱い者は弱い」というわかりやすい弱肉強食社会なのであった。 -
主に小回りに不安のある私は、謙虚にスクーターを選択した。
どこのバイク屋でもそうなのか、1人1人テストがあり、選択したバイクを1人で走らせて戻って来なければならない。
卒検を2回落ちている私は緊張で固まった。
クスコの荒い車に混じって一人で運転することは恐怖と言っていい。
Uターンポイントでは、謙虚にバイクから降り、謙虚に反対車線まで手で押していき、謙虚に再度乗って走らせた。
傍にいたペルー人に爆笑されたが、今はそんなことに構っている余裕はない。 -
何とか、私・王子・ハラちゃんが卒検、じゃなかったテスト走行をクリアできた。
玉右衛門はこの日のために中免取得予定だったが、時期も悪く断念。タンデムすることになった。
ヘルメット(ジェットタイプ)と手袋を貸してもらい、いよいよ出発。
ヘルメットがだいぶでかい。
しかし、これより小さいものはないそうだ。
クスコも、町から通り1本外れると急に車のいない、快適な道になる。
本日も快晴のバイク日和だ。 -
クスコも中心部はかなり排ガスが濃いが、郊外に行くと空気も澄んで快適。風が気持ちいい。
街では全然見かけなかったアルパカが放牧されている。羊も大量だ。
やはりバイクが珍しいせいか、すれ違うバイクやマウンテンバイクが手を振ってくれる。
路上で佇んでいるアルパカ連れのおばちゃんも手を振ってくる。みんなとってもバイクに優しいのだ。 -
途中、アルパカ牧場こと「アワナカンチャ」に寄ることにした。
アワナカンチャは、ピサックに行く道すがらにある。
中にはアルパカやリャマやビクーニャがたくさんいて、「柵の外から触れ合うコーナー」と「柵に入って触れ合うコーナー」に分かれている。
柵の外から見ていると、係員がアルパカのエサとなる草をくれた。
この草は一見どこにでもありそうだが、案外そこらへんには生えてなく、探しても見つからない。
「柵に入って触れ合うコーナー」に入って触れ合ってみる。
アルパカはのんびりしてるイメージだったが、抱き着こうとすると拒否するし、あわよくば唾を吐きかけようとする。
向こうではアルパカ同士のケンカが始まった。
首をクロスさせて、しきりに唾を吐き掛け合っている。
案外凶暴な生物なのだ。 -
コーナーの端っこには例のエサ草が大量に積まれていて、貯金箱が置かれている。
「寸志」を入れると、空っぽの木箱にコインの音が鳴り響いた。
と、金の音を聞きつけてアルパカたちがいっせいにこちらを振り向いた。
すでにこちらに向かって歩いてくる者さえいる。
案外現金な生物なのだ。 -
大量の草を手にした我々は、突如アルパカに大モテになった。
さっきまで振り向いてもくれなかったアルパカが大挙して向かって来る。
我々は突然の大フィーバーに慌て、アルパカは草を奪い、草はあっという間になくなった。
草がなくなると、アルパカは何事もなかったかのように去っていく。
係員がまた、大量の草を草置き場に補充しに通る。
アルパカは係員をじっと見つめ、係員の後にゆっくり付いていく。
この係員はさっきから何度もこの草を草置き場に運んでいる。
そろそろアルパカも、
「この人は草を運んでいるだけで、別にくれるわけじゃないんだ」
と学んでもいいはずなのだが、毎回毎回彼らは同じ動きを繰り返す。
案外単純な生物なのだ。 -
アルパカにもモテ、一通り満足した我々は、事務所前の芝生でのんびりアイスを食べることにした。
今まで、どこでも「マッサージいかーっすか」「お土産いかーっすか」と、いろいろなものをセールスされ続けてきたが、ここはそういうことが一切なく、のんびりしている。
誰も何も勧めない。誰もお金にうるさくない。
ここで飼われているらしき毛並みのいい猫が、我々の足元でのんびりと寝そべっている。
強烈な日差しがパラソルで遮られ、高地の涼しい風が通り抜けて気持ちいい。
我々もすっかりのんびりし、アワナカンチャを後にしたのだった。 -
しばらく走ると、「ピサック入口」の看板が見えてきた。
ここからはピサックの街に入る。
街に入ると、交通量がぐっと増えた。
駐車場がわからなかったので、市場を抜けた教会の近くにバイクを置いた。
少し遅めの昼食を取って、我々はいよいよ意気込んでピサック市場に繰り出したのだった。 -
私は、今回のペルー旅行でどうしても手に入れたいものがあった。
それは、特大のアルパカ人形である。(以下デカパカと略す)
実は、クスコにもワンチャック駅付近に半地下市場があり、ここでデカパカを見つけていた。
しかし、「もっと大きなものがあるかもしれない」と思い、購入を見合わせていたのだ。
ペルーは、地方に行くほど物価が安いらしい。
お土産も、リマよりクスコ、クスコよりピサック、という順序で価格が安くなるそうだ。
また、ピサック市場の品揃えはペルー1と言っても過言ではないという。 -
最初に全ての店をぐるっと早足で回ってみた。
うーん、ない。クスコ市場サイズのデカパカも見つからない。
あるのは一番ミニサイズのアルパカ(以下ミニパカと略す)や、キーホルダータイプのアルパカ(以下キーパカと略す)たちだ。
私はミニパカを大量に買ってお土産にしようと思っていたので、クスコ市場ではこのミニパカを6匹仕入れていた。
1匹4ソルだったが、交渉の末20ソルで6匹買えた。
試しに、ピサック市場の適当なお店でミニパカの値段を聞いてみた。
何と、1匹8ソルだと言う。クスコの2倍だ。
とりあえず半額まで下がる、という情報もあったので、1匹4ソルで提案してみた。
しかし、渋い顔をして「ノー、セニョリータ」と首を振られた。
5匹買うから安くしてくれ、と言ってみたが、1匹5ソルにしかならなかった。
おねえさんは相変わらず渋面を崩さず、私も値引き交渉に疲れ、「ノーセンキュー」と言って立ち去ろうとした。
すると、おねえさんは引き止め、「1匹4.5ソル」と言うのだった。
それでもクスコ市場の言い値よりも高い。
クスコ市場で買ったのなら、お互いニコニコ、向こうも売りたい値段で売れ、こちらも買いたい値段で買えたはずだ。
それを今、こうやって値段交渉でお互い疲弊し、良いことはまったくない。
私は首を振ってその場を後にしたのだった。 -
他の人と合流したところ、みんなかなり苦労していた。
玉右衛門はペルーでよく見かける紐を買おうと、路上にいたおばあちゃんと交渉していたが、前の店からおばちゃんも加勢し、形勢不利になってしまった。
紐5本で交渉していたが、おばちゃんはどんどん他の紐も袋に入れ、値段をつり上げてくる。
それを制止し、安くしようとしても、「これは手作りだから」ということで値段が下がらない。
結局、購入金額は5本で72ソルであった。日本円にしてもかなりの高額である。
ハラちゃんは、「もうこれしかお金がない」という手口で約半額にまでできたが、それ以外の人は惨敗であった。
買ったものは以下のものだ。
○ポンチョ(なな)・・・100ソル
○バッグ×2、インカチェス(玉右衛門、王子)・・・全部で105ソル
○セーター(ハラちゃん)・・・値段不明
○ベルト(ハラちゃん)・・・値段不明
○紐5本(玉右衛門)・・・72ソル -
惨敗した我々は、市場を後にしてピサックの街が見渡せる高台に来た。
今日は、たくさんのお土産を買う予定であった。
そのために、バイクにも関わらず、お土産用にバックパックや荷台固定用ネットまで持って来たのだ。
しかし、我々の成果は乏しいものであった。
「だいたいね、交渉してもクスコ以下にならないってどういうことよ」
「人が良くないんだよね、だから買う気がなくなっちゃうんだよね」
「最終的に『アルパカ』って言えば買うと思ってるんだよね、あの人たちは」
「要は高いんだよね!!」
すっかりマネーマネーマネー状態となった我々は口々に愚痴るのだった。 -
ふと気付けば、目の前には日の傾きかけた聖なる谷が広がっていた。
黄金の光が差し込む谷はとても美しい。
まさに「聖なる谷」の名前にふさわしい光景だ。
「・・・でも、あそこでは人間同士のドロドロした金交渉が行われているのだな」
一瞬聖なる気持ちになった我々は、また聖じゃない気持ちになってその場を後にしたのである。 -
バイクを返却し、夕飯を食べ終えた我々は、希望者のみインカマッサージに行こうということになった。
希望者は私と玉右衛門であった。
他2名と別れた我々は、アルマス広場周辺をさまよっていた。
アルマス広場周辺にはたくさんのマッサージ店があり、夕飯前に通ったときはたくさんのおねえさんから声を掛けられた。
だが、午後8時現在、あんなにいた客引きは姿を消し、マッサージ店も閉まっている。
いるのはヒヨコの着ぐるみを着た飲食店の客引きだけだ。
このヒヨコは、とても石景山的というか、クオリティ気にしませんというか、とにかくそういうヒヨコだ。
ヒヨコは誰か目の前を通過するたび、
「チキーン」
と死にそうな声でつぶやく。
普通ならば、
「チキンいかーっすか」
「おいしいチキンキャンペーン中です」
とか、ほかにもいろいろ伝えるべきことがあるはずだ。
なのに、ヒヨコは
「チキーン」
としか言わない。
我々は合計5回ヒヨコの前を通過したが、毎回もれなく
「チキーン」
とつぶやかれた。
無論いらない。 -
しばらくさまよっていたところ、ちょうど、アルマス広場あたりにいたおねえさんに
「マッサージどう?」
と声を掛けられた。
これ幸いと、我々は2つ返事で付いていくことにした。 -
マッサージ店は、奇遇にも我々がペルーで最初にお土産を買った場所の奥にあった。
ここでは、ニット帽(ハラちゃん)・ズボン2本(玉右衛門・王子)・アルパカ人形中(なな)を買っている。
奥の店に入り、カーテン仕切りのベッドに案内され、
「パンツ以外全部脱いでください」
と言われ、カーテンを閉められ、おねえさんは去って行った。
実はマチュピチュ村でもマッサージ体験済だった我々は、ここまでは同じと、素直に指示に従った。
しかしその後、待てど暮らせどおねえさんが戻って来ない。
恐る恐る、カーテンの向こうの玉右衛門に声をかけた。
「これ、ずっと待ってればいいんだよね?」
「俺の勘だとね、マッサージする人を呼びに行ってるんだと思うんだよね」
「なるほど」
「マッサージ師が常駐してるわけじゃなくて、客が来たときだけ仕事に来るっていう」
「台湾もその方式でしたもんね」
「まぁ、いつでも逃げられる準備はしてるけどね」
「・・・」
「あと10分待って、それでも来なかったらさすがに出よう」
「・・・」
カーテンを挟んで、パンツ1丁の男女の不安な会話は続くのであった。
7分後、玉右衛門の予告ギリギリの時間におねえさんが駆け込んできた。
息を切らせてカーテンの中に入って来て、
「ソーリー」
と言い、いきなりマッサージが始まった。
玉右衛門のスペースでは、何やら交渉が始まった。
後から聞けば、このときにインカマッサージの「あったかい石」を使うかどうか、の交渉をしてたとのことだった。
通常マッサージは20ソルだが、あったかい石ありだと30ソルになるという。
このあったかい石が本当に気持ちよかった。
いろんな部分に石を押し当てていくのだが、最初はびっくりするくらい熱い。
だんだん慣れてくると、温泉に浸かっているようにポカポカしてくる。
最初不安だった割には、最終的には大満足でマッサージを終えた。
チップもはずんでしまった。
気を良くした玉右衛門は、店の入口にある土産物屋でマフラー(10ソル)まで買ってしまった。
今日は、爽快→惨敗→満足、となったわけで、まぁよかったじゃないか、という結論になったのであった。
→(6)に続く
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