2012/10/20 - 2012/10/20
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アルプ・グリュムさん
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江戸から数えて6番目の宿場町である旧東海道53次の藤沢宿を散策しました。
大山詣、江の島詣の出発点として大いに栄えた宿場で、その痕跡を求め散策しました。
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散策は藤沢駅からスタートします。
藤沢宿のある旧東海道は小田急線の藤沢本町駅が最寄となるのですが同じ道を往復したくないためです。 -
分電盤に描かれた藤沢宿の浮世絵
架空の電線を埋設した個所には必ず地上に分電盤が設置してありますが落書きで景観を害している光景を目にしますが、ここは藤沢宿の浮世絵が描かれていて上手に利用しています。 -
旧東海道松並木と跡と案内板
生き残りの松の木ではありませんが旧東海道を象徴する木で旅人気分になれます。 -
旧東海道松並木跡の碑
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旧東海道松並木跡の案内板
1960年頃に発生した松食い虫で大半が枯れてしまったと記されています。 -
諏訪神社
この神社は遊行寺の呑海上人(どんかいしょうにん)が信州諏訪から勧請したと伝えられています。 -
諏訪神社
祭礼で演奏される西冨ばやしは藤沢市の指定無形民俗文化財です。 -
一里塚跡
江戸から12里のこのあたりの位置に設置されていました。 -
一里塚跡の碑
天保12年の分間絵図の絵と共に解説しています。 -
一里塚跡
「このあたりの道路両側の崖上にあったが現在は何も残っていません」と記されていますが、復元された一里塚があってもよさそうですが! -
見付跡
ここから藤沢の宿場に入ります。 -
遊行寺総門
日本三黒門の一つといわれる立派な門です。 -
遊行寺
藤沢は宿場ができる以前から遊行寺の門前町として栄え、江ノ島・鎌倉・大山詣での人々でにぎわっていたそうです。
境内には見どころが多々あり立派な寺です。 -
高札場跡
幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のことです。
この場所は空き地になっていてこの高札場跡の案内板が設置してありますが旧東海道の藤沢宿を後世に残すための施設の建設を市にお願いしたいところです。 -
遊行寺橋
歌川広重の藤沢宿の浮世絵はこの遊行寺橋からの風景です。
遊行寺橋は旧東海道の橋ですがすぐ横には県道が交差する藤沢橋がありますが旧東海道とは無縁です。 -
遊行寺橋横の建物には藤沢宿の浮世絵が掲示されています。
この建物は藤沢市の車の廃ガスを測定器しているの藤沢宿とは関係ありません。 -
歴史を感じる民家が残っています。
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歴史を感じる店舗ですがいずれは取り壊されるのでしょうか?
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常光寺
山門の横には藤沢警察署発祥の地の石碑があります。 -
歴史を感じる店舗
横の案内板には「昔話のある町」としか記載されていません。 -
蒔田本陣跡
藤沢宿では大久保町と坂戸町の境付近に蒔田源右衛門が勤める本陣があった。
碑しか残ってないのは残念な気がします。 -
妙善寺
福場有力者の墓地が多く蒔田家の墓もあります。 -
源義経首洗い井戸
本町交番の横道の奥にあり、源義経の首はこの井戸で洗い清められたと伝えられています。 -
源義経首洗い井戸
水面は見えませんでした。 -
源義経首洗い井戸の碑
文治5年(1189年)奥州より腰越の浦に流れ着いた義経の首は首実検が行われた後に捨てられたが、境川を遡り藤沢に流れ着き、藤沢の里人によりこの井戸で洗い清められて葬られたと語り伝えられる。 -
白旗神社
源義経の霊を弔い祭神となっている神社です。 -
伊勢山橋
橋ですが川が流れているのではなく小田急江ノ島線をオーバークロスしています。 -
真源寺
17世紀中に願誉秀故上人が開山した常光寺の末寺。文政3年(1820)にこの寺から出火した火災は南風により白旗神社や荘厳寺までの一帯も類焼した。 -
見付跡
藤沢宿に入るための関所としての機能を持っていたそうです。
藤沢宿の宿内はここまででこの先の平塚宿までは松並木が続いていたそうです。 -
小田急線 藤沢本町駅は旧東海道に接している駅です。
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