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現在の日本は47都道府県に分かれてますが、江戸時代までは六十余の州で構成されていました。<br />各州ごとに筆頭の神社があり、これらは「一之宮」と呼ばれています。<br />その「諸国一之宮」を公共交通機関(鉄道/バス/船舶)と自分の足だけで巡礼する旅。<br />18カ所目は相模国(神奈川県)の寒川神社を訪ねました。<br /><br />【寒川神社(さむかわじんじゃ)】<br />[御祭神]<br />寒川比古命(さむかわひこのみこと)<br />寒川比女命(さむかわひめのみこと)<br />[鎮座地]神奈川県高座郡寒川町宮山<br />[創建]雄略天皇御代(約1500年前)<br /><br />【追記】<br />「諸国一之宮“公共交通”巡礼記[相模国]寒川神社」を全面改稿し、ブログ「RAMBLE JAPAN」にて「一巡せしもの〜相模國一之宮[寒川神社]」のタイトルで連載しております。<br /><br />ブログ「RAMBLE JAPAN」<br />http://ramblejapan.blog.jp/<br />http://ramblejapan.seesaa.net/<br />(上記のURLの内容は、どちらも同じです)<br /><br />ご訪問、お待ちしております!

諸国一之宮“公共交通”巡礼記[相模国]寒川神社

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2013/05/19 - 2013/05/19

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経堂薫

経堂薫さん

現在の日本は47都道府県に分かれてますが、江戸時代までは六十余の州で構成されていました。
各州ごとに筆頭の神社があり、これらは「一之宮」と呼ばれています。
その「諸国一之宮」を公共交通機関(鉄道/バス/船舶)と自分の足だけで巡礼する旅。
18カ所目は相模国(神奈川県)の寒川神社を訪ねました。

【寒川神社(さむかわじんじゃ)】
[御祭神]
寒川比古命(さむかわひこのみこと)
寒川比女命(さむかわひめのみこと)
[鎮座地]神奈川県高座郡寒川町宮山
[創建]雄略天皇御代(約1500年前)

【追記】
「諸国一之宮“公共交通”巡礼記[相模国]寒川神社」を全面改稿し、ブログ「RAMBLE JAPAN」にて「一巡せしもの〜相模國一之宮[寒川神社]」のタイトルで連載しております。

ブログ「RAMBLE JAPAN」
http://ramblejapan.blog.jp/
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(上記のURLの内容は、どちらも同じです)

ご訪問、お待ちしております!

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
  • JR相模線寒川駅。<br />寒川神社だけにここが最寄り駅だと思えば、それは大きな間違い。<br />ここから歩くと時間が結構かかる。<br />でも寒川神社の表参道へ行くには、むしろこの駅のほうが近いのだ。

    JR相模線寒川駅。
    寒川神社だけにここが最寄り駅だと思えば、それは大きな間違い。
    ここから歩くと時間が結構かかる。
    でも寒川神社の表参道へ行くには、むしろこの駅のほうが近いのだ。

  • 寒川駅前は再開発の途中なのか、町並みがスカスカ。<br />乗降客も少なく、タクシーの運転手も手持ち無沙汰な様子。<br />ただ、再開発以前の商店街は、やはり空洞化が進んでいたのだろう。<br />古い家並みを取り壊してビル化し、車が入りやすくなるよう道路を拡張する。<br />いにしえの街角を愛する自分にとっては非常につまらないことではあるが。<br />しかし、座して死を待つより何らかの手立てを打って生き残りを図ろうとする姿勢は、その是非は別として“正道”ではある。

    寒川駅前は再開発の途中なのか、町並みがスカスカ。
    乗降客も少なく、タクシーの運転手も手持ち無沙汰な様子。
    ただ、再開発以前の商店街は、やはり空洞化が進んでいたのだろう。
    古い家並みを取り壊してビル化し、車が入りやすくなるよう道路を拡張する。
    いにしえの街角を愛する自分にとっては非常につまらないことではあるが。
    しかし、座して死を待つより何らかの手立てを打って生き残りを図ろうとする姿勢は、その是非は別として“正道”ではある。

  • 線路沿いの細い道を抜けて大門踏切前なる交差点へ出ると、そこに鳥居と石柱。<br />表面に「寒川神社表参道」と刻字されているから、これは社号標ではない。<br />ここが参道の入口であり、鳥居が一の鳥居であることを示しているのだろう。<br />さすが“大門”という地名だけあって、一の鳥居も堂々としたものだ。<br /><br /><br />

    線路沿いの細い道を抜けて大門踏切前なる交差点へ出ると、そこに鳥居と石柱。
    表面に「寒川神社表参道」と刻字されているから、これは社号標ではない。
    ここが参道の入口であり、鳥居が一の鳥居であることを示しているのだろう。
    さすが“大門”という地名だけあって、一の鳥居も堂々としたものだ。


  • 入口から境内まで参道の長さは約1kmほど。<br />両脇は土塁で木々が根を張り、鬱蒼たる樹影で路面は陰っている。<br />土塁の間には1車線で一方通行の車道と、細い歩道。<br />この歩道をトボトボ歩いていると、後ろから声が聞こえた。<br />「スミマセ〜ン!」<br />振り返ると自転車が3〜4台、連なって走ってきた。<br />東南アジア系の青年で、荷台に大きな荷物を積んでいる。<br />何か仕事の途中だろうか? 不思議な光景だった。

    入口から境内まで参道の長さは約1kmほど。
    両脇は土塁で木々が根を張り、鬱蒼たる樹影で路面は陰っている。
    土塁の間には1車線で一方通行の車道と、細い歩道。
    この歩道をトボトボ歩いていると、後ろから声が聞こえた。
    「スミマセ〜ン!」
    振り返ると自転車が3〜4台、連なって走ってきた。
    東南アジア系の青年で、荷台に大きな荷物を積んでいる。
    何か仕事の途中だろうか? 不思議な光景だった。

  • 新緑の梢から射し入る木漏れ日を肌に感じながら参道を歩くうち、二の鳥居が姿を見せた。<br />これはデカい!<br />一の鳥居も大きかったが、さらに輪をかけて大きい。<br />交差点でもなく、特に近くに何か宗教施設があるわけでもなく、唐突に現れた印象。<br />かといって近くに何もないわけではなく、東側には大きな園芸店と果樹園がある。

    新緑の梢から射し入る木漏れ日を肌に感じながら参道を歩くうち、二の鳥居が姿を見せた。
    これはデカい!
    一の鳥居も大きかったが、さらに輪をかけて大きい。
    交差点でもなく、特に近くに何か宗教施設があるわけでもなく、唐突に現れた印象。
    かといって近くに何もないわけではなく、東側には大きな園芸店と果樹園がある。

  • さらに進むと今度は灯籠が据えられた三叉路に出た。<br />道が二手に別れ、右手が参道、左手は一般道である。<br />右の道を往くと、いよいよ寒川神社正門のお出まし。<br />手前には真新しく立派な神橋、奥には木製の三の鳥居が見える。

    さらに進むと今度は灯籠が据えられた三叉路に出た。
    道が二手に別れ、右手が参道、左手は一般道である。
    右の道を往くと、いよいよ寒川神社正門のお出まし。
    手前には真新しく立派な神橋、奥には木製の三の鳥居が見える。

  • 寒川神社の社号標。<br />神橋の右側に立っている。<br />神橋は老朽化のため平成23(2011)年に架け直され「神池橋」と命名された。<br />鶴岡八幡宮では参拝客の渡橋を禁じていたが、ここは渡ることができる。<br />

    寒川神社の社号標。
    神橋の右側に立っている。
    神橋は老朽化のため平成23(2011)年に架け直され「神池橋」と命名された。
    鶴岡八幡宮では参拝客の渡橋を禁じていたが、ここは渡ることができる。

  • 三の鳥居は桧造りの明神鳥居。<br />平成2(1990)年「紀元2650年奉祝記念事業」として立て直されたもの。<br />

    三の鳥居は桧造りの明神鳥居。
    平成2(1990)年「紀元2650年奉祝記念事業」として立て直されたもの。

  • 三の鳥居をくぐった先の右側にある石造鳥居の“遺骸”。<br />寛政8(1796)年、参道に建立されたもの。<br />しかし安政2(1855)年の安政江戸地震、大正12(1923)年の関東大震災と2度にわたり倒壊した。<br />往時の大きさは高さ約3.3メートル、柱間約3メートルだった。

    三の鳥居をくぐった先の右側にある石造鳥居の“遺骸”。
    寛政8(1796)年、参道に建立されたもの。
    しかし安政2(1855)年の安政江戸地震、大正12(1923)年の関東大震災と2度にわたり倒壊した。
    往時の大きさは高さ約3.3メートル、柱間約3メートルだった。

  • 神池を右手に見ながら進むと正面に神門。<br />随神門ではない、重層の門。<br />竣工は平成5(1993)年と、まだ20年しか経っていない。

    神池を右手に見ながら進むと正面に神門。
    随神門ではない、重層の門。
    竣工は平成5(1993)年と、まだ20年しか経っていない。

  • 神門をくぐって中に入ると広くて清廉な境内が広がる。<br />境内は本殿と神門をつなぐ廻廊で東西を囲われている。<br />祭神は寒川比古命と寒川比女命で、ニ柱を以って「寒川大明神(または大神)」と奉称されている。<br />ただ、いずれも記紀に記載がなく、それどころか古くから諸説あり一定ではなかったという。<br />古代では寒河神、近世では八幡神(応神天皇)、ほかにも菊理媛、素盞鳴尊、稲田姫命であるとも云われた。<br />明治に入り御祭神に寒川二柱が加えられ、大正時代に御祭神として正式に定められたそうだ。<br />寒川大神…日本の神話史上でも謎の存在だ。

    神門をくぐって中に入ると広くて清廉な境内が広がる。
    境内は本殿と神門をつなぐ廻廊で東西を囲われている。
    祭神は寒川比古命と寒川比女命で、ニ柱を以って「寒川大明神(または大神)」と奉称されている。
    ただ、いずれも記紀に記載がなく、それどころか古くから諸説あり一定ではなかったという。
    古代では寒河神、近世では八幡神(応神天皇)、ほかにも菊理媛、素盞鳴尊、稲田姫命であるとも云われた。
    明治に入り御祭神に寒川二柱が加えられ、大正時代に御祭神として正式に定められたそうだ。
    寒川大神…日本の神話史上でも謎の存在だ。

  • 寒川神社は全国唯一「八方除」の守護神として知られ、全国各地から祈祷を受けるため参拝者が集う。<br />それと、なぜか「視聴率祈願の神社」としてテレビ関係者からも篤く信仰されている。<br />「水戸黄門」や「踊る大捜査線」がヒットしたのも、ここに参拝したお陰…という“伝説”も。

    寒川神社は全国唯一「八方除」の守護神として知られ、全国各地から祈祷を受けるため参拝者が集う。
    それと、なぜか「視聴率祈願の神社」としてテレビ関係者からも篤く信仰されている。
    「水戸黄門」や「踊る大捜査線」がヒットしたのも、ここに参拝したお陰…という“伝説”も。

  • 拝殿正面左にある連理の御神木。<br />枝同士がつながっているかどうかは確認できなかった。

    拝殿正面左にある連理の御神木。
    枝同士がつながっているかどうかは確認できなかった。

  • 寒川神社の創立は1500年以上も前の雄略天皇御代。<br />一方、鶴岡八幡宮は康平6(1063)年に源頼義が石清水八幡宮の八幡大神を勧請したのが始まり。<br />鶴岡八幡宮の創立は延喜式における一之宮制定の時期よりも相当遅く、その意味では元来の一之宮ではない。<br />また、伊勢國の都波岐奈加等神社や志摩國の伊射波神社のように、寒川神社と間違われて一之宮と伝わったわけでもない。<br />足利幕府や徳川幕府も源氏の流れを汲む武家政権である以上、後世になって源氏武士の象徴ともいうべき鶴岡八幡宮を一之宮として見做すことは自然のことかと思われる。<br />相模國の一之宮制度は他国に見られない珍しいケースだと言えよう。

    寒川神社の創立は1500年以上も前の雄略天皇御代。
    一方、鶴岡八幡宮は康平6(1063)年に源頼義が石清水八幡宮の八幡大神を勧請したのが始まり。
    鶴岡八幡宮の創立は延喜式における一之宮制定の時期よりも相当遅く、その意味では元来の一之宮ではない。
    また、伊勢國の都波岐奈加等神社や志摩國の伊射波神社のように、寒川神社と間違われて一之宮と伝わったわけでもない。
    足利幕府や徳川幕府も源氏の流れを汲む武家政権である以上、後世になって源氏武士の象徴ともいうべき鶴岡八幡宮を一之宮として見做すことは自然のことかと思われる。
    相模國の一之宮制度は他国に見られない珍しいケースだと言えよう。

  • 拝殿正面左にある方位盤(ほういばん)と渾天儀(こんてんぎ)。<br />これぞ「八方除」の守護神たる寒川神社の象徴ともいうべきモニュメントだろう。<br />八方除に因む3つの構造物「方位盤」「四神の彫刻」「渾天儀」で構成されている。<br />方位盤は四正(東西南北)と四隅(東北/東南/西南/西北)の八方位と中央の九星・十干十二支を、八方には易の八卦を配置。<br />四神は四方の方角を司る霊獣で、東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武を配置。<br />渾天儀とは本来、天体の位置を測定する器具。<br />だが、星の運行は国家の命運すら左右すると考えられていた往時には、単なる気象道具を超越した“神具”と見做されていた。

    拝殿正面左にある方位盤(ほういばん)と渾天儀(こんてんぎ)。
    これぞ「八方除」の守護神たる寒川神社の象徴ともいうべきモニュメントだろう。
    八方除に因む3つの構造物「方位盤」「四神の彫刻」「渾天儀」で構成されている。
    方位盤は四正(東西南北)と四隅(東北/東南/西南/西北)の八方位と中央の九星・十干十二支を、八方には易の八卦を配置。
    四神は四方の方角を司る霊獣で、東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武を配置。
    渾天儀とは本来、天体の位置を測定する器具。
    だが、星の運行は国家の命運すら左右すると考えられていた往時には、単なる気象道具を超越した“神具”と見做されていた。

  • 八方除とは方位盤で説明した“八方”を拠り所とし、陰陽五行、十干十二支、九星八宮を配して、住居、方角、運勢などの吉凶を判断。<br />地相、家相、方位、日柄、厄年など一切の悪事災難を取り除く祈願のこと。<br />ここは八方除の祈念を受け付ける客殿。<br />全国でもここでしか受けられないとあって参拝客が詰めかけるせいか、神社の経営は非常に裕福と見た。<br />楼門から社殿の隅々に至るまで、どれも真新しくピカピカだ。

    八方除とは方位盤で説明した“八方”を拠り所とし、陰陽五行、十干十二支、九星八宮を配して、住居、方角、運勢などの吉凶を判断。
    地相、家相、方位、日柄、厄年など一切の悪事災難を取り除く祈願のこと。
    ここは八方除の祈念を受け付ける客殿。
    全国でもここでしか受けられないとあって参拝客が詰めかけるせいか、神社の経営は非常に裕福と見た。
    楼門から社殿の隅々に至るまで、どれも真新しくピカピカだ。

  • 昭和4(1929)年に創建された元の神門を移築した南門を抜けると、茶店が居並ぶ一角に出た。<br />といっても蕎麦屋がトレーラーハウスだったり、団子屋がプレハブだったり、壮麗な社殿群に比べると建造物が貧相に見える。<br />腹が減っていたので何か食べようかと思ったが、その一方、心のどこかで思いとどまらせる何らかの作用が働き、結局ここで食べるのは止めた。<br />多分、蕎麦の器が発泡スチロール製だったからだろう。<br />“八方”除と言いつつ“発泡”スチロールなのに興醒めしたのかも知れない。

    昭和4(1929)年に創建された元の神門を移築した南門を抜けると、茶店が居並ぶ一角に出た。
    といっても蕎麦屋がトレーラーハウスだったり、団子屋がプレハブだったり、壮麗な社殿群に比べると建造物が貧相に見える。
    腹が減っていたので何か食べようかと思ったが、その一方、心のどこかで思いとどまらせる何らかの作用が働き、結局ここで食べるのは止めた。
    多分、蕎麦の器が発泡スチロール製だったからだろう。
    “八方”除と言いつつ“発泡”スチロールなのに興醒めしたのかも知れない。

  • ただ、土産物を商う売店の建造物は立派。<br />しかし何も買わずに神池の方角へ向かう。<br />それほど広くなく、ベンチなどが配置され、むしろ憩いの場として整備されたかのよう。<br />先の売店で蕎麦を贖い、ここで食べようかとも思ったが結局は気が進まなかった。

    ただ、土産物を商う売店の建造物は立派。
    しかし何も買わずに神池の方角へ向かう。
    それほど広くなく、ベンチなどが配置され、むしろ憩いの場として整備されたかのよう。
    先の売店で蕎麦を贖い、ここで食べようかとも思ったが結局は気が進まなかった。

  • 三の鳥居を出て神橋を渡り境内の外へ出ると、右手に巨大な建物が。<br />寒川神社の参集殿。<br />1階に「あおば」というレストランが営業中だったので、寄ってみる。<br />

    三の鳥居を出て神橋を渡り境内の外へ出ると、右手に巨大な建物が。
    寒川神社の参集殿。
    1階に「あおば」というレストランが営業中だったので、寄ってみる。

  • ここは「天ざる蕎麦」を注文。<br />先ほどの発泡スチロール蕎麦の記憶が脳裏に滞留していたせいか?<br />さらに「湘南ビール」も合わせて注文する。<br />読んで字のごとく、湘南の地ビール。<br />原料は麦芽とホップのみで、丹沢山系の伏流水を使用し、ドイツの伝統的製法に則り無ろ過、非加熱処理で醸造されている。<br />天ざる蕎麦については、専門店でもないレストランの1メニューであり、門前蕎麦ということもあり、味わいについては不問。<br />とはいえ揚げたての天ぷらが湘南ビールの味わいとマッチし、意外と(言っては失礼だが)美味。<br />値段は売店の蕎麦の倍したが、接客も丁寧で、その価値は間違いなく倍以上かと思われる。<br />売店ではなくこちらの蕎麦を選んだのは、寒川大神の思し召しなのだろうか?

    ここは「天ざる蕎麦」を注文。
    先ほどの発泡スチロール蕎麦の記憶が脳裏に滞留していたせいか?
    さらに「湘南ビール」も合わせて注文する。
    読んで字のごとく、湘南の地ビール。
    原料は麦芽とホップのみで、丹沢山系の伏流水を使用し、ドイツの伝統的製法に則り無ろ過、非加熱処理で醸造されている。
    天ざる蕎麦については、専門店でもないレストランの1メニューであり、門前蕎麦ということもあり、味わいについては不問。
    とはいえ揚げたての天ぷらが湘南ビールの味わいとマッチし、意外と(言っては失礼だが)美味。
    値段は売店の蕎麦の倍したが、接客も丁寧で、その価値は間違いなく倍以上かと思われる。
    売店ではなくこちらの蕎麦を選んだのは、寒川大神の思し召しなのだろうか?

  • 「あおば」から帰路に就く。<br />寒川駅ではなく、隣の宮山駅に向かう。<br />参拝前、三叉路で二手に分かれた参道の左側の一般道を進む。<br />寒川大橋を渡り住宅街の細い道に入ると、相模線の線路が寄り添ってきた。<br />隣を電車が通り抜けていく。<br />これが秘境駅なら電車を追って駆け出すところだが、相模線は運転間隔が短いので焦ることはない。

    「あおば」から帰路に就く。
    寒川駅ではなく、隣の宮山駅に向かう。
    参拝前、三叉路で二手に分かれた参道の左側の一般道を進む。
    寒川大橋を渡り住宅街の細い道に入ると、相模線の線路が寄り添ってきた。
    隣を電車が通り抜けていく。
    これが秘境駅なら電車を追って駆け出すところだが、相模線は運転間隔が短いので焦ることはない。

  • 距離的には寒川駅より宮山駅のほうが圧倒的に近い。<br />ただ、参拝するからには、やはり一の鳥居の建つ表参道の入口から訪ねたい。<br />そうしないと、心から参拝した気にはなれないのだ。

    距離的には寒川駅より宮山駅のほうが圧倒的に近い。
    ただ、参拝するからには、やはり一の鳥居の建つ表参道の入口から訪ねたい。
    そうしないと、心から参拝した気にはなれないのだ。

  • 道端に寒川神社への案内板を発見し、向かいのコンビニの横道を入る。<br />その突き当りに佇む、こじんまりとした宮山駅駅舎。<br />諸国一之宮の最寄り駅の中でも、飛び抜けて小さい。<br />駅前に食堂や土産物店などはなく、米屋が一軒だけ、健気に店を開けている。<br />むしろこの光景のほうこそ、宮山駅には似合っている気がする。<br />壮麗ではあるが決して華美ではない寒川神社の結構と、どこか相通じるものを感じたからだ。

    道端に寒川神社への案内板を発見し、向かいのコンビニの横道を入る。
    その突き当りに佇む、こじんまりとした宮山駅駅舎。
    諸国一之宮の最寄り駅の中でも、飛び抜けて小さい。
    駅前に食堂や土産物店などはなく、米屋が一軒だけ、健気に店を開けている。
    むしろこの光景のほうこそ、宮山駅には似合っている気がする。
    壮麗ではあるが決して華美ではない寒川神社の結構と、どこか相通じるものを感じたからだ。

  • てっきり無人駅かと思っていたら、ちゃんと駅員が常駐していた。<br />さすが首都圏の近郊区間だけある。<br />やがて橋本行きの電車が姿を見せた。<br />適度に混雑している車内に身を滑らせ、寒川神社を後にした。

    てっきり無人駅かと思っていたら、ちゃんと駅員が常駐していた。
    さすが首都圏の近郊区間だけある。
    やがて橋本行きの電車が姿を見せた。
    適度に混雑している車内に身を滑らせ、寒川神社を後にした。

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