2011/06/14 - 2011/06/14
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やまやまさりーさん
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2年前になりますが、日帰りで平泉を旅してきました。
かなりの強行軍でしたが、とても満足のいく旅となりました。
今度行く時は、時間を気にせずゆっくり堪能したいな〜。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
横浜の自宅を5時半に出て、10時半に平泉に到着。
バスに乗ろうかレンタサイクルにするか迷っていたら、気が付けばレンタサイクルには長い列が・・・。
なんだか、バスもすぐにきそうもないので、歩いて廻ることにしました。時計と逆回りです。
まずは「柳之御所遺跡」へ。
ここは、奥州藤原氏が政治を行った場所と考えられているところで、「平泉館」(ひらいずみのたち)と推定されています。
遺跡の修復整備が進められていて、史跡公園として解放されています。
しばしたたずみ、次は無量光院跡へ向かいます。 -
てくてく道なりに歩いていると、突然視界が開け、無量光院跡に着きました。
ここは三代秀衡が建立した寺院です。
当時は広大な境内地の中心に池があり、その中島に本堂となる阿弥陀堂が建てられていたとのことですが今は全て失われています。
将来は池を中心に修復整備される予定みたいなのでまたその頃訪れてみたいです。 -
続いて、「高館義経堂」(たかだちぎけいどう)へ。
長い石段を上がったところにあります。
ここは、源義経が最期を遂げたところ。 -
上に上がると、飛び込んでくるのは北上川を望む雄大な景色です。
眺望平泉第一と言われるだけあって、これが最高にいいのです。
ここでは、松尾芭蕉が義経を想って、有名な
「夏草や兵どもが夢の跡」
と詠んでいます。
当時のことを思い浮かべることのできる光景でした。 -
次は中尊寺ですが、その前に昼食です。
まだそれほどお腹が空いていないのですが、空いているうちにお店に入るのは一人旅の基本ですよね〜。
門前で、平泉わんこそばをいただきます。
平泉では、あらかじめ小分けにされたそばを椀に移し入れ好みの薬味でいただきます。
おそばの量は、二人前。
リズム良く食べていたのですが、さすがに20杯目くらいでお腹いっぱいに・・・。でも、ここでくじけたら食いしん坊の名がすたると思い、なんとか完食!! -
さあ、時間があまりありません。
次はいよいよ中尊寺です。12世紀のはじめ、「前九年の合戦」で父を、「後三年の合戦」で妻子を失った清衡が、戦のない平和な国を築きたいと建立したものです。
まずは月見坂を進みます(これが結構キツイ)。 -
金色堂に到着。
天治元年(1124)の造立で、中尊寺創建当時の唯一の遺構です。
松尾芭蕉が奥の細道の中で「五月雨の 降残してや 光堂」と詠んだように光堂とも呼ばれ、床や天井・壁面なども金箔で飾られています。
堂内のご本尊は阿弥陀如来。その前に観音菩薩、勢至菩薩、左右に三体づつの六地蔵、最前列には持国天と増長天が仏界を守護しています。
とにかく金だらけ、ピカピカです。 -
奥へ行くと、能楽殿が。
-
こちらは本堂。
-
中尊寺をあとにし、毛越寺へと向かいます。
途中、ほか弁のドライブスルーを見かけました。
地元、横浜では見たことないので、びっくり。 -
毛越寺に到着。ここは二代基衡が建立。当時の建物は焼失しましたが、大泉が池を中心とした浄土庭園が残っています。
今は緑が濃くてとても美しい光景が広がっていますが、紅葉や雪が降る頃も素敵だと思います。 -
これは、昭和58年に大泉が池の北東側で発見された平安時代唯一の遺構で、池に山水を引き入れるために造られた遣水(やりみず)です。
北東から水を入れ南西に水を出すのは縁起がよいとされていて、吉相の順流だそうです。
ここでは毎年5月第4日曜に曲水の宴を行っています。
平安時代の衣装を身にまとった参加者が水辺に座り、遣水に浮かべた盃が自分の前に来るまでに和歌を詠み、短冊にしたためて盃を傾けるというもの。う〜ん、何とも風流ですね。
毛越寺を出て、本当は平泉駅からバスを乗り継いで厳美渓に行く予定でした。でも、お寺を出たところに、「達谷窟5.7K、厳美渓8K」の看板が目に飛び込んできて・・・。
(歩けるかな・・・?歩いちゃおうかな?)という気持ちがふつふつと湧きあがり、急きょ予定変更、歩くことにしちゃいました!
見学できないと思っていた達谷窟も行けるし、ラッキ〜と思ってしまいまして(すぐに後悔)。 -
ところが、この道のキツイこと、キツイこと・・・。
そのうち、足は痛くなるわ、人も全然歩いてないから寂しいわで本当に辛い道のりでした。達谷窟に着いたら絶対厳美渓までタクシーで行こうと心に決め1時間後、ようやく到着。
・・・ハイ、タクシーなんて一台も停まってなかったですよ〜(泣)
とりあえず中に入って見学。
達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)は坂上田村麻呂が蝦夷討伐の戦勝記念と仏への加護への感謝を込めて造営したものです。 -
毘沙門堂を出たところ、西の岩壁には、源義家が前九年・後三年の合戦で亡くなった人々の霊を供養するため、馬上から弓で彫りつけたと伝わる磨崖仏があります。現在は顔面大佛と呼ばれています。
胸から下は明治時代に地震で崩落してしまい、今は何とかお顔が確認できるだけです(わかりますか?)。 -
あと3K、厳美渓に向けて歩きます。つ、辛い・・・。
でも空飛ぶ団子が食べられると思うと力が湧いてきます!
そして顔を上げればこの景色!
気分が段々ハイになってきます。 -
40分くらいでようやく到着。
足はガクガク、たぶん豆もできてそうですが、この疲れを癒す為にまずは温泉です。
「いつくし園」さんの日帰り入浴を利用します。
大人300円。
疲れた身体が温泉でほぐれていきます。
そんなに熱くなく、ゆっくりと入っていられました。 -
そして、お楽しみの郭公だんご!
対岸のお店から空を飛んでお団子がやってくるのです。
一人だと恥ずかしいから頼めないかなと思っていたのですが、誰も並んでいない!チャンス!と走り寄っていったところ、写真のような言葉が・・・。 -
はっとして対岸のお店を見ると、あるではありませんか、
黄色い旗が・・・。が〜〜ん・・・。
楽しみだったのになぁ・・・。完売なんて・・・!。
このだんごを楽しみに、旅先で必ず食べるソフトクリームも我慢したのに・・・。くやしい・・>< -
ないとはわかっていながら、対岸のお店まで行ってしまいました。
ええ、すでに店じまいしてましたよ・・・。
仕方ないので、バスの時間まで渓谷沿いを散歩してショックをやわらげました(泣)。 -
栗駒山から流れる磐井川が、石英粗面岩の河床を洗って造り出した渓谷は見事でした。
ここからバスで一ノ関に戻り、夕方5時過ぎの新幹線に乗って、21:30帰宅。
日帰りではありましたが、かなり充実した旅となりました。
今回の旅の教訓。
①達谷窟までは歩いちゃいけない
②空飛ぶだんごが食べたければ早めに行く
次の日は身体中が信じられないくらい筋肉痛となりよたよた歩いていたので、会社で笑われました・・・。
でも行って良かったです!
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