2008/04/30 - 2008/05/02
14位(同エリア153件中)
地中海人さん
シルクロードのバラ・パルミラ2泊の旅
東のペルシャ、西のフェニキア、北のアナトリア、南のエジプトとの十字路にあたり、特にぺトラがローマに降ってから大いに栄えたオアシス隊商都市。
再び訪れることができることを願って。
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主な日程
2008年当時でもバスによる個人旅行は難しく、遺跡のすぐ隣にあるホテルに2泊するJTBグランドツアーを選択しました。
2008年4月28日(月)
羽田空港発20.45→(EK6251)→関西空港着22.00 発23.15→(EK317)→
4月29日(火)
→ドバイ着05.30 発07.15→(EK911)→ダマスカス着09.30
→(専用バスで230キロ) →パルミラ 2泊
★4月30日(水) パルミラ滞在
5月1日(木) パルミラ→クラック・デ・シュバリエ→マル―ラ村→ダマスカス 2泊
5月2日(金) ダマスカス滞在
5月3日(土) ダマスカス→ボスラ →ジェラシュ→死海 (350キロ移動)
5月4日(日) 死海→ネボ山→マダバ→ペトラ 2泊
5月5日(月) ペトラ滞在
5月6日(火) ペトラ→アンマン→
アンマン発17.30→(EK904)→ドバイ着21.15
5月7日(水) ドバイ発02.35→(EK316)→関西空港着17.20 発19.20→(EK6252
)→羽田空港着20.30
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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2008年4月29日(火)
シリア砂漠
中国製バスが砂漠のど真ん中でギア故障により立ち往生し、死海のホテルに真夜中到着した以外は快適なバスツアーでした。 -
シリア砂漠
シリア・レバノンは文明の十字路。
先史時代、旧石器時代の発掘調査も行われており、30万年間のさまざまな様相とその変遷を提供する重要な遺跡もあるという。 -
シリア砂漠
シリア北西部のデデリエ洞窟には、7万年-5万年前ヨーロッパから南下してきたネアンデルタール人の中期旧石器時代文化層が見られるという。
5万年前ごろアフリカの大地溝帯から死海などの地溝帯を北上してきたホモ・サピエンスとこのあたりでどのように激突したのか。 -
シリア砂漠
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シリア砂漠
隊商都市・パルミラはシリア砂漠の真っ只中、ダマスカスからバスで二時間半。
パルミラ(タドモル)の存在は既に紀元前2000年紀初頭から知られていたと言う。 -
パルミラ全景 ダマスカスから200キロ。
列柱道路の保存がよいですね。
周囲11キロの低い、関税の柵と呼ばれる城壁に囲まれている。大軍に攻められれば篭城などできませんね。 -
ローマ帝国が対ゲンルマン民族、皇帝ヴァレリアス捕囚事件などにより、東方が事実上放置状態となった紀元260年頃、通商都市パルミラ生まれのオデナトゥスが中近東全域の司令官となり、対ペルシャ戦、蛮族ゴート族撃退と、大活躍し、歴史にその名をとどめていますね。
紀元267年オデナトゥスが死亡後はあのゼノビアが登場することとなります。 -
2008年4月30日(水)
パルミラ郊外の墓郡
郊外に3種の立派な墓が多数あり,現在4ヶ所発掘されています。
パルミラ人は墓は死後の住処と考えたのか数世代の家族の合葬墓です。 -
エラーベル塔墓
塔墓は前1世紀から後2世紀初めまでに築かれ、このエラーベル塔墓は中で最も大きく、後103年築。地上四階地下一階、館内に富裕商人一族と考えられる48遺体があり、中には中国製の絹織物で包んだものがあったという。 -
パルミラ郊外の墓郡
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パルミラ郊外の墓郡
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地下墓 東南墓地のF号墓
奈良県調査隊が1990年から調査を始め発掘した地下墓は東南墓地にあるA,C号墓及びF号墓。
2001年からは日本学術振興会からの補助によりG,E,H号墓の調査を続けました。 -
地下墓 東南墓地のF号墓
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地下墓 東南墓地のF号墓
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地下墓 東南墓地のF号墓
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F号墓
F号墓は、乳児から老年まで80体、碑文から128年に作られ100年活用されていたことが判明しています。 -
F号墓
F号墓は日本隊が発掘、整備して公開されています。
この他、H号墓は住友財団の援助により復元保存されたとのこと。 -
F号墓
奈良県とあります。 -
地下墓
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凱旋門
列柱道路はすばらしいい。1200m、約80本復旧されているが、元は750本以上あったという。
門が中央と両側にあり、幅11mの主列柱と幅7mの二つの傍廊。 -
四面門
凱旋門から350mのところに四面門があり、辺りには浴場、神殿、劇場、元老院、イオニア式柱廊で囲まれたアゴラなどがある。 -
かなり壮大なものですね。
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ベール神殿
後32年創建、東西210m、南北205mの周壁、本殿(30m×55m)も柱廊で囲まれ、パルミラに現存する最古、最大のベール神殿。
パルミラの主神ベール(バビロニア系の最高神)、太陽神、月神のいわゆるパルミラの三位神に奉げられた。
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住民は、セム系のアラム人、ナバテア人、エジプト人、ギリシャ人、ペルシャ人の多民族。
隊商都市なので王宮は無く、奴隷はいましたが、有力商人が多く、東にパルティアやササン朝ペルシャが隆盛した時は西のローマに対し緩衝地帯となり独立を保持し、一時はアナトリアからエジプトまで支配したこともあるオリエント歴史上特異な都市国家でもありました。 -
ベール神殿
樋口隆康さんによると、ゼノビアの顔が彫られたコインはフィレンツェに唯一つあり、それを写した肖像画はパルミラ博物館官館長室にあるとのこと。
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ゼノビアは、ローマ皇帝によって東方地区属州全域の司令官に任ぜられていた夫が暗殺された後、幼少の息子を後継の地位に据え、自身はその後見人となり実権を手中に収め、パルミラを根拠地として、「サーサーン朝の侵略からローマ東部属州を護る」という名目で、ローマの東方属州である,カッパドキア、シリア、パレスティナ、アラビア・ペトラエア、エジプトへ侵攻してこれらの地方を支配したといわれています。
当時、ガリア、スペイン、ブリタニアの三地方にガリア帝国が出現し、一時的に、ローマ帝国は三分され、パルミラ王国はその一角を占めるまで強大となりました。 -
それにしても、群集に演説し、男のような格好で兵士と共に行軍し、褐色の肌、黒く美しく輝く目で将軍や外賓と酒を飲み交わし、夫の王が暗殺された後貞節を重んじたというゼノビア。
。 -
ゼノビアは、エジプトの女王と称し、「戦士女王(Warrior Queen)」とも呼ばれたという。
実際にゼノビアは騎馬術にも優れた才能を示し、カルタゴの女王ディードーやアッシリアの女王セミラミス、プトレマイオス朝のクレオパトラの後継者を自称したともいわれています。 -
戦に負けローマに拉致された後、元老院議員と結婚し子供をもうけ、余生を送ったという。
クレオパトラ以上の、歴史上の女傑というほかありません -
ベール神殿 北の内陣
内陣に壁画があり、ビザンチン時代に一時キリスト教の教会として利用されていた時のものといわれています。
本殿の内陣(15m×40m)の両脇には神像の安置所があり、その北側の天井には、ジュピターを中心とした惑星7神の胸像と12星座が刻まれているという。
(データは、「シリア・レバノンを知るための64章」から
2013年発行 明石書店) -
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南アディントン
南アディントンの天井の装飾。 -
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前1世紀から後3世紀にかけ栄え、パルミラを繁栄させ滅ぼしたゼノビアが登場した3世紀末ローマに破壊され、中世には放置されていました。
まだまだ復元可能ですね -
水路
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タドモル
遺跡の近くに現在タドモルの町があります。
タドモルとはアラビア語でナツメヤシ、パルミラは同じ意味のギリシャ語。 -
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ゼノビア シャム パレス ホテル
パルミラのガイドブックとして、
「地中海シルクロード 遺跡の旅」樋口隆康著 2007年8月発行 NHK出版
パルミラの調査発掘に携わった著者による旅行記 -
次の4ヶ所は、この2008年GW時に周遊しました。
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2008年5月1日(木)
クラック・デ・シュバリエ
シリアのホムスからタルトスへ行く途中にあるクラック・デ・シュバリエ
聖ヨハネ騎士団の城
今反政府側の拠点になっているという。
前1268年頃ヒッタイト帝国とラムセス?のエジプト軍が戦ったカデシュはホムスの南西郊外にあり、この一帯は古代からの要衝であったのでしょう。 -
2008年5月3日(土) ボスラ
2世紀に作られたボスラのローマ劇場。5000人収容。
玄武岩でできた古代の街区の黒い建物が、現ボスラの町の中に混在している。
ダマスカスから140キロ、前1世紀にはナバティア王国北の都となったボスラにあり、これほどの保存状態のよいローマ劇場は見たことがありません。
現存するローマ劇場の中では最大(幅102m)、最上段でも舞台の人の話し声が明瞭に聞こえると言う。 -
2008年5月3日(土) ジェラシュ
北ヨルダンに、現在の町とローマ時代の隊商都市が並存し、全長3500mの城壁に囲まれた楕円形の町・ジェラシュがあります。写真は列柱に囲まれた珍しい楕円形のフォーラム。 -
2008年5月5日(月)
ぺトラのエル・ハズネー
前7世紀頃イエメンから移動してきたナバテア人が、前4世紀にはナバタイ王国の首都に定めました。ぺトラはアカバから「王の道」を北へ100キロ。
凱旋門、ローマ劇場などあるが、何といっても有名なのはエル・ハズネー。夜も訪れました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- aminaさん 2013/08/24 15:58:06
- 私の一番のお気に入りの遺跡です・・!
- 久々に訪れた時のことを思い出しました。どうもありがとうございます!
お気に入りにも関わらず、知らなかったことばかりで本当にためになりました。
ゼノビア女王、大のお気に入りだったんですが、パルミラのみならず、そんなに広大な地域を支配していたとは、本当にすごかったんですね!
ぜひ、クレオパトラの次に、映画などになって欲しいものです。
宮崎駿のアニメにしてもかっこいいかも・・なんてふとイメージしてしまいました。
私も、“ギリシャの遺跡を見て、初めて旅をした気分になる”、まさにその通りだと思います・・!
私はシリアをはじめ、中東イスラム文化が大好きですが、やはりギリシャの遺跡に行くと、一番嬉しさ、幸せさがこみあげてくるのが不思議です。
これからも拝見させて頂きたいと思います☆よろしくお願いいたします。
- 地中海人さん からの返信 2013/08/26 10:06:42
- RE: 私の一番のお気に入りの遺跡です・・!
- aminaさん こんにちは 投票及びコメントありがとうございます。
現シリアのパリミラは、古代メソポタミア文明期には辺境の地ですが紀元前20数世紀から名を残し、様々な民族が共存する隊商都市として特異な街で、マリやエボラとともに訪問したいところですね。
今シリアやイラクはなかなか難しく、紀元前3500年からの文明を辿るには、その周辺部を回るしかないですね。
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