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		<br />2009年5月26日 パロ キチュリゾートにて<br /><br />色々な人の話を総合すると、次のようなことになる。ドゥックエアーのバンコク-(ダッカ・コルカタ)-パロ線は、通常2機の飛行機で運行しているが現在1機は修理中で、1機だけで回している。確かパロの空港の隅の飛行機庫に1台飛行機が入っていた。<br /><br />余談になるが、この日のブータンの新聞によると、車の運転免許の更新手続きができないというニュース。理由は印刷のインクを買うお金がなく、予算がまだ国から下りていないからだとか。このために期限切れになる運転手の責任は問わないというコメントが載っていた。ただ、新規に免許申請する人はしばらく待たなければならないとのこと。<br /><br />飛行機も同じような状況かもしれない。運航できる1機の飛行機を私は待っている。それは今、パロから45分ほどのコルカタまで来ていて、パロには着陸できないため天候待ちの状態である。パロ空港はその名に知られた世界一着陸の難しい空港と言われているそうだ。パロは標高2400mくらいの盆地にあり、5000mから7000m級の山に取り囲まれている。その北にはヒマラヤ。有視界飛行でしか着陸できないそうだ。<br /><br />往路に経験したスリリングなランディングには思わず拍手したくなった。山の尾根にぶつかるかと思わんばかり、まるでジェットコースターに乗っているかのようだが、これはリアルワールド。この空港にはドゥックエアーしか乗り入れていないのだが、一度どこかの偉い(?)人が自国の飛行機で上空まで来て着陸できず引き返し、ドゥックエアーのパイロットに操縦してもらいやっと着陸できたという話は、ここの人たちなら誰でも口にする挨拶代わりのストーリーになっている。<br /><br />午後5時過ぎて少しホッとしている。雨は相変わらずだが、鳥の声はするし、階下の人たちは至って冷静だ。写真を撮ったりトランプしたり、旅の話を始める人までいる。<br /><br />タシ(友だち)から「大丈夫か?」という電話があった。何か欲しいものはないかと。会いに行きたいのだが、土砂崩れで通行できないという。あれば空港に勤務している彼女の叔父に届けてもらうからという。タシのおじさんウゲンさんには、到着の時からお世話になっている。「大丈夫、ありがとう」と答える。<br /><br />少し間を置いて、タシのいとこのドライバーからも電話がある。「大丈夫?明日会いに行くから」と話す。「通行止めだから。私は大丈夫」と、大丈夫じゃないけど答える。2人からの電話はとてもありがたく嬉しく、張り詰めていたものがくずれそうになった。何と人の気持ちを落ち着かせるものなのかと思う。少し小降りになったようにも感じる。日記を書きながら気持ちを落ち着かせようとしている。<br /><br />「飛行機が悪天候のため飛ばないから、いつ帰国できるか分からない」としか日本の家族には伝えられない。洪水の真っ只中なんて口が裂けても言えない。心配かけることなど絶対言わない。怖い!と大きな声でいえないのが辛い。<br /><br />流れの写真を撮っていたら、アメリカからの旅行者たちが上がってきていうには、「ここは危ないから別の高台のホテルに行ってみたら1泊49ドルだって。とても高いから帰ってきた」と。やはり誰だって怖い。水位にそれ以上の変化はなさそうだが、暗くなって自分で水位を確かめられないのはもっと怖い。1994年には、ブータンのプナカ(後述)の川の合流点にあるゾン(お寺と政府の建物)が上流の氷河湖の決壊で流された。同じことが起こらないとも限らない。しかし鳥はさえずり、犬はほえる。<br /><br />昨夜は2回停電したので、懐中電灯をポケットに入れる。いつでも起きて逃げられるように服のままで寝ることにしよう。雨よ、やんでくれ。<br /><br />2009年5月27日  パロ空港<br /><br />明けぬ夜はないというが、恐ろしさで殆ど眠れなかった。さらに、美味しいと思い始めたブータン料理の何かがあたったらしく、お腹を壊す。とうとう洗礼を受けたかな?<br /><br />でも、このあとこれはお腹を壊したのでなく、私の身体がいっさいの食べ物と水分を受け付けなくなったのだと分かった。腹痛や胃痛は全然なかったからだ。どんなに具合が悪くても熱があっても食欲だけはなくならない自分にとってはじめてのことだった。極度の心配は人の身体をこんなにも変化させるのかと思うと面白くもあった。食欲がなく、食事は拷問のようだった。食べても飲んでもあっという間に体外に出てしまい、栄養分の吸収を身体がしなくなったのだ。人の体は面白いと、人ごとのように自分の身体の変化を見つめていた。<br /><br /><br />悪いことは長くは続かない。朝雨雲から青空が見え始めた時の嬉しさといったら!アメリカからの客から、「We survived!」と声をかけられ、そうだ、そうだ!と手を握り合った。身体はへとへとだったが、とにかくホテルは無事だった。しかし空港への途中、川の氾濫であふれ出た泥水には驚いた。一部は空港にも流れ込んでいた。フライトどころじゃなかっただろう。(後にタシからのメールでこの洪水で9人が亡くなったと聞いた。)<br /><br />飛行機が空港に降り立った時、待合室からは歓声と拍手が鳴り響いた。<br /><br />旅を振り返る。あったことを並べただけのベタな記録。でも私には結構大切なストーリー<br /><br />●旅を振り返ります ティンプーから<br />http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10767299/

ブータン②~パロ空港

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2009/05/23 - 2009/05/27

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scomitcheese

scomitcheeseさん


2009年5月26日 パロ キチュリゾートにて

色々な人の話を総合すると、次のようなことになる。ドゥックエアーのバンコク-(ダッカ・コルカタ)-パロ線は、通常2機の飛行機で運行しているが現在1機は修理中で、1機だけで回している。確かパロの空港の隅の飛行機庫に1台飛行機が入っていた。

余談になるが、この日のブータンの新聞によると、車の運転免許の更新手続きができないというニュース。理由は印刷のインクを買うお金がなく、予算がまだ国から下りていないからだとか。このために期限切れになる運転手の責任は問わないというコメントが載っていた。ただ、新規に免許申請する人はしばらく待たなければならないとのこと。

飛行機も同じような状況かもしれない。運航できる1機の飛行機を私は待っている。それは今、パロから45分ほどのコルカタまで来ていて、パロには着陸できないため天候待ちの状態である。パロ空港はその名に知られた世界一着陸の難しい空港と言われているそうだ。パロは標高2400mくらいの盆地にあり、5000mから7000m級の山に取り囲まれている。その北にはヒマラヤ。有視界飛行でしか着陸できないそうだ。

往路に経験したスリリングなランディングには思わず拍手したくなった。山の尾根にぶつかるかと思わんばかり、まるでジェットコースターに乗っているかのようだが、これはリアルワールド。この空港にはドゥックエアーしか乗り入れていないのだが、一度どこかの偉い(?)人が自国の飛行機で上空まで来て着陸できず引き返し、ドゥックエアーのパイロットに操縦してもらいやっと着陸できたという話は、ここの人たちなら誰でも口にする挨拶代わりのストーリーになっている。

午後5時過ぎて少しホッとしている。雨は相変わらずだが、鳥の声はするし、階下の人たちは至って冷静だ。写真を撮ったりトランプしたり、旅の話を始める人までいる。

タシ(友だち)から「大丈夫か?」という電話があった。何か欲しいものはないかと。会いに行きたいのだが、土砂崩れで通行できないという。あれば空港に勤務している彼女の叔父に届けてもらうからという。タシのおじさんウゲンさんには、到着の時からお世話になっている。「大丈夫、ありがとう」と答える。

少し間を置いて、タシのいとこのドライバーからも電話がある。「大丈夫?明日会いに行くから」と話す。「通行止めだから。私は大丈夫」と、大丈夫じゃないけど答える。2人からの電話はとてもありがたく嬉しく、張り詰めていたものがくずれそうになった。何と人の気持ちを落ち着かせるものなのかと思う。少し小降りになったようにも感じる。日記を書きながら気持ちを落ち着かせようとしている。

「飛行機が悪天候のため飛ばないから、いつ帰国できるか分からない」としか日本の家族には伝えられない。洪水の真っ只中なんて口が裂けても言えない。心配かけることなど絶対言わない。怖い!と大きな声でいえないのが辛い。

流れの写真を撮っていたら、アメリカからの旅行者たちが上がってきていうには、「ここは危ないから別の高台のホテルに行ってみたら1泊49ドルだって。とても高いから帰ってきた」と。やはり誰だって怖い。水位にそれ以上の変化はなさそうだが、暗くなって自分で水位を確かめられないのはもっと怖い。1994年には、ブータンのプナカ(後述)の川の合流点にあるゾン(お寺と政府の建物)が上流の氷河湖の決壊で流された。同じことが起こらないとも限らない。しかし鳥はさえずり、犬はほえる。

昨夜は2回停電したので、懐中電灯をポケットに入れる。いつでも起きて逃げられるように服のままで寝ることにしよう。雨よ、やんでくれ。

2009年5月27日  パロ空港

明けぬ夜はないというが、恐ろしさで殆ど眠れなかった。さらに、美味しいと思い始めたブータン料理の何かがあたったらしく、お腹を壊す。とうとう洗礼を受けたかな?

でも、このあとこれはお腹を壊したのでなく、私の身体がいっさいの食べ物と水分を受け付けなくなったのだと分かった。腹痛や胃痛は全然なかったからだ。どんなに具合が悪くても熱があっても食欲だけはなくならない自分にとってはじめてのことだった。極度の心配は人の身体をこんなにも変化させるのかと思うと面白くもあった。食欲がなく、食事は拷問のようだった。食べても飲んでもあっという間に体外に出てしまい、栄養分の吸収を身体がしなくなったのだ。人の体は面白いと、人ごとのように自分の身体の変化を見つめていた。


悪いことは長くは続かない。朝雨雲から青空が見え始めた時の嬉しさといったら!アメリカからの客から、「We survived!」と声をかけられ、そうだ、そうだ!と手を握り合った。身体はへとへとだったが、とにかくホテルは無事だった。しかし空港への途中、川の氾濫であふれ出た泥水には驚いた。一部は空港にも流れ込んでいた。フライトどころじゃなかっただろう。(後にタシからのメールでこの洪水で9人が亡くなったと聞いた。)

飛行機が空港に降り立った時、待合室からは歓声と拍手が鳴り響いた。

旅を振り返る。あったことを並べただけのベタな記録。でも私には結構大切なストーリー

●旅を振り返ります ティンプーから
http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10767299/

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
観光バス 飛行機
旅行の手配内容
個別手配

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