2013/01/27 - 2013/01/27
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captainfutureさん
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2013年1月27日(日)
今日は国境の街ラホールから南西に300km入ったムルターン初日。
モヘンジョ・ダロやハラッパーなどと同時期に興った非常に古い歴史を持つ街という。
市域の人口は150万人。パキスタン第二の都市ラホールより、より古い風俗が残っている印象だった。
この街はイスラム神秘主義(スーフィズム)のうちスフラワルディー派の拠点で、歴史を秘めたダルガー(墓廟)が多く、その多くが城壁に囲まれた旧市街とその周辺に集まっているとのことだ。
今日は日曜日のため、恐らく旧市街の多くの商店、バザールが休み。
バザール巡りは明日に残して、ダルガー巡りを中心に街歩きをすることにした。
1パキスタンルピー≒1円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回のルート:
2013年 1/18 成田、上海→ /19 インド・デリー→ /20 アムリトサル、パキスタン・ラホール→ /26 ムルターン→ /29 ラホール→ /30 アムリトサル→ 2/1 デリー → 2/3 上海、成田 -
朝8時にホテルを出発。
パキスタン内陸に入った街ムルターンへ期待を込めて足を踏み出す。
写真はホテル前の路地にあった自動車修理工場入口。
壁面広告「OSAKA Batteries」を調べてみたら、なんとパキスタンの自動車バッテリーのメーカーとのことだ。
壁面には「Advance Japanese Technology 」とも書かれてある。
左奥に見える大通りに向かって歩く。 -
大通りに入った。
城壁に囲まれた旧市街はどっちの方角だろう。
とりあえず、右に曲がって歩き出す。 -
通りにあった「パンジャーブ・グリル」という食堂
後ろはホテルのようだった。
地図でみると、歩き方にも載っているホテル・フィルドスだったかもしれない。
今晩と明晩の夕食に来る。 -
その隣の劇場
明晩入ってみる。 -
すると3番と表示のあるミニバスが停車中
運転手に旧市街入口のロハリ城門の名前を挙げてみると、行くよ、とのこと。
フロントには「スクールバス」の日本語。 -
客席に座ろうとしたら、
-
運転手が助手席の戸を開けて、オレの隣に座れよ、と言ってくれる。
ここだと写真も撮り易いし有難い。
この3番ミニバスは旧市街のいくつかの城壁門を繋いでいるようだ。
どの門を繋いでいるか聞きたかったが、それ以上は言葉が通じず。 -
おおお、地球の歩き方のムルターンの表紙の写真にもなっている「ガンタガルの時計台」が見えて来た。
乗車して5分も掛からずに到着。
お代は要らない、とのこと。
感謝、握手して別れる。 Ghanta Ghar -
歩き出すと向こうから歩いて来たお兄さんが、手のひらに乗せたバラの花をひょいっと、どうぞという感じに差し出してくれた。
-
間もなく旧市街入口のロハリ城門広場に到着
ロータリー内の建物はグーグル地図によるとMasjid Allah o Akbarというモスク。
朝の9時前、しかも日曜日なのでまだ交通量も少ないようだ。 -
その広場に面したガンタガル(タウンホール)の時計台
旧市街とそれを囲む外側の街との接点として非常に良い目印。
この街のシンボル的な建物の一つらしい。 Ghanta Ghar -
広場に面して花屋が数軒
ここでもバラが一番人気らしい。
豪華に盛ったブーケが並ぶ。 -
ちょうど豆の煮込み(ダール)をチャパティに包んで食事の最中
お供え用の花輪を作って出しているようだ。
向こうのテーブルでも親子で作っている。 -
表で鉄板でチャパティを焼いている食堂が
ちょうど男性が大きいのを数枚買っていくところだった。
バターで焼いたようないい匂いがしてくる。
包んでいるのは、なんとハングル文字が書かれた新聞。
古紙として輸入しているのだろうか。
朝食はここで食べよう。 -
地下にテーブル席があるらしい。
テャパティの他に、オムレツと大鍋に入ったダール注文。 -
テャパティ2枚(下に敷かれているのは、なぜか韓国の新聞)、ダール(豆の煮込み)、オムレツで合計60R(60円)
ここでも突然停電。
他の客は動じることなく暗闇の中で食事している。
とうとうここに居る間、復旧しなかった。
手づかみで食べたので、洗面所で手を洗う。
給仕してくれた人が小声でこっそり、バクシーシという。
大変なのかなあ。 -
再び広場前へ
左から、金物屋、鳩屋(?)、マッサージ師。
ラホールでのホテル前で夜、ガッチャン、ガッチャンと振ってマッサージ師が音をさせ客寄せしていたのは、この道具。
3人とも快く撮らせてくれた。 -
オート三輪の運転手
-
まだ幼く見えるが、こちらも立派に運転手
後ろの広告はボリウッド映画“ RACE 2 ”。
ヒンズー語とウルドゥー語は近い言語らしい。-
日本語HP http://ratna-bollywood.shop-pro.jp/?pid=58146201
http://www.youtube.com/watch?v=wKaj-3JIdys -
古着屋にて
アメリカからの輸入とのこと。
こんなふうにして運ばれてくるのか。
針金を解いていた。 -
隣にあった銃器店
-
同じく広場沿いにて
豆類や干した果物、スナック、チョコレートなど様々な菓子類を袋詰めした露店。
ラホールで会った人のように、ここもオーナーが別にいて貸し出しされているのかもしれない。 -
折り畳みのルーペを手に取っている客
財布や懐中電灯、南京錠などの雑貨店。
後ろではお爺さんが軽食の露店台を押している。 -
日本の横断歩道マーク?を模した飾り
ミニバス -
店開きの準備中
-
男性用手袋やニット帽、下着やベルトの店
-
ロータリーを渡って、中央部にあるMasjid Allah o Akbarモスクへ
手前に見える門から土足禁止。
足袋に履き替える。 -
ステンドグラスから入ってくる光と水色の壁が相まって、明るい雰囲気のモスク
表で座っていた左の男性が、どうぞと招き入れてくれた。 -
ロータリー中央部から見たガンタガル時計台 Ghanta Ghar
-
さあ、ロータリーを渡って、今度はここから、あそこに見える坂道を上って旧市街へ
左にはシャー・ルクネ・アーラム墓廟が見える。 -
渡ったところから振り返って見た広場沿い
一粒何百メートルのグリコの広告に何んとなく似た看板。 -
坂を少し上ったところから再度振り返ったところ
何を造っているのだろうか、工事中。
【追記】
この9カ月後の2013年10月に行かれた方の写真では、一面にきれいに芝生が敷かれ見違えっていた。
ロハリ門も往年の姿を取り戻し(?)完成していた。 -
この辺りは昔、旧市街をぐるりと囲む城壁があったところだ。
右にはロハリ城門。
歩き方(パキスタン編は2007-2008年版が最後)には6つある城門のうち、この城門は既に無く、地名のみが残っているとあるが、この5年の間に再建されたようた。
左は工事現場の男性。 Shah Rukn-n-Alam and Lohari Gate -
城門近くで店開きしていた指輪屋
-
こちらでは男性も良くしている。
隣では小さな息子がちょこんと座っていた。 -
城門からシャー・ルクネ・アーラム墓廟を望む
城門もまだ完成はしていないようだ。 Shah Rukn-n-Alam and Lohari Gate -
坂を上りきったところから、先程のロータリーを望む
-
道を右に曲がってロンプラにはイギリス軍砲床台(British Gun Emplacement)とあった展望台
ここも隣に工事中の建物。 -
そこから城壁(今は無くなっているが)外の眺め
-
ここも良くトンビが飛んでいる。
-
ここから後ろのシャー・ルクネ・アーラム墓廟へ向かう。 Shah Rukn-n-Alam
-
この辺りは広場になっていて、あちこちでクリケットをやっている。
-
金属探知機でチェックを受けた後、ここで靴を預けて(2R、2円)中へ。 Shah Rukn-n-Alam
-
門をくぐると、さすが「世界の柱」”ルクネ・アーラム”を冠しただけはある、どっしりとした墓廟が迫ってくる。
現在のは1849年に再建されたもの。
世界の歩き方より
『シャー・ルクネ・アーラム(世界の柱)とは、ムルターンの偉大な聖者シャー・ルクヌッディーン(?〜1335年)に与えられた称号。 地面からドーム頂上までの高さは33m。 全体は赤レンガで造られているが、外側は濃い青色のガラス細工で装飾されている。
14世紀初頭にハルジー朝を倒してトゥグルク王朝を確立したギャースッディーン・トゥグルク帝が、自分の廟のために造営したといわれるが、のちに彼の後を継いだムハンマド・トゥグルクが信仰の証として聖者ルクヌッディーンの墓廟(タルガー)にしてしまったという。』 Shah Rukn-n-Alam -
このてっぺんのものはシーア派の印らしい。
-
廟入口ではお供え用のバラの花びらが売られていた。
これ程もあると、すごくいい香りがしてくる。 -
ここにもバラの花びら屋
女性が財布を取り出している。
立っている男性は、後ろに置いてある緑とオレンジの襟巻のような物を、男性参拝者にどういう基準で選んでいるのか首に掛けてあげていた。
右に曲がって中へ。Shah Rukn-n-Alam -
おおお、中はかなり広い。
奥には電飾された聖者シャー・ルクヌッディーン(?〜1335年)の墓。
前方にはその聖者にあやかった「あやかりの墓」がタイルの床の上に置かれている。 -
天井もかなり高い。
明かり窓から入ってくる光と相まって、神々しい雰囲気。 -
多くの参拝者が取り囲み、手をお椀を持つ形にしイスラムの祈りをささげている。
女性も多く、色とりどりのスカーフで廟内も華やか。 -
隣にはコーラン?が置いてあり、次々と参拝者が手に取り好きな箇所?を短く読み上げ祈りを奉げていた。
-
ここでもイスラムの祈りを奉げている。
参拝者は墓の上にバラの花びらを投げ置いていく。
希望者は番人に言えば、墓に掛かった布をめくってもらい、その中に手や額を潜らせ直接触れさせてもらえる。その際は両人とも何か祈りの言葉を唱えていた。その後、心付けをあげているようだった。 -
ここでもあちこちで一緒に撮ってくれといわれる。
私もこの警察官同士で参拝に来ていたグループと一緒に記念撮影。 -
鳩へ餌やり
参拝者の中にはここでザル一杯の餌を買い、奥の鳩の群れに与えている人もいた。
これもイスラムの功徳を積む一つなのだろう。 Shah Rukn-n-Alam -
ここはカースィム・バーグという砦の上のあり、周囲の見晴らしがとても良い。
-
右の建物は何だろう。
-
シャー・ルクネ・アーラム墓廟を後にして、東へ進む。 Shah Rukn-n-Alam
-
アイスクリーム屋
後ろの建物は手足を清めるところのようだが、鍵が掛かっていた。 Pakistan original icecream "Kulfi" -
”クルフィ”と呼んでいた。
どこかで聞いた名だなと思い後で調べたら、バングラデシュでも同じ名で食べたアイスクリームだった。
ミルクとエバミルク、アーモンドを煮詰めて作ったアイスクリームで溶けにくく、インドを中心にした地域で広く人気のあるスイーツとのことだ。
1本10R(10円)。
甘すぎず、さっぱりした味。 Pakistan original icecream "Kulfi" -
オベリスク。
近づいてみたが、全てウルドゥー語で何を記念したものか分からなかった。
写真手前には遊具があり、行ってみると、 -
人力で動く遊具だった。
父を助けるためだろうか、同い年くらいの子が乗った遊具を一生懸命押して回している。 -
間もなくして、次のバハー・ウル・ハックのタルガー(墓廟、1267年)に到着。
テントの下で金属探知機を当てられ、左の入口へ。 Shrine-Baha-al-Haq -
靴を預け、番号票をもらい足袋に履き替える。 Shrine-Baha-al-Haq
-
歩き方より
『シャー・ルクヌッディーンの祖父バハー・ウル・ハック(1170〜1267)のダルガー(廟)で、四角形の基壇の上に八角形の立ち上がりが乗り、その上にドームが掛けられている。
バハー・ウル・ハックは1257年にモンゴルの略奪団がムルターンにやって来た際、無差別の虐殺を思い留めるよう彼らを説き伏せたという。
このダルガーはバハー・ウル・ハックが自分自身で造ったといわれている。』
右端の入口へ。 Shrine-Baha-al-Haq -
しばらく廊下が続き、ここにも誰かの墓標が並ぶ。
その一つの前で静かにコーランを読み上げ祈りを奉げている人がいた。
後ろは先生に引率された女子学生達。 -
墓標にモスクの絵とイスラムの言葉が書かれた布を被せ、その上には沢山のバラの花びら
祈りを奉げつつ、袋に入ったバラの花びらを掛けているようだった。
後ろからそっと撮らせてもらった。 -
木製の細かい細工が施された入口に到着
天井にも木が等間隔に敷かれてある。
入口横にここにもバラの花びら屋。 -
門をくぐると、ここも高い天井。
-
バハー・ウル・ハックの墓
手前には、ここにも沢山の「あやかりの墓」が。 -
墓の周囲では参拝者が祈りを奉げている。
ここでも頭部分にはお供えの花びらで一杯になっていた。 -
お布施をする人。
-
一緒に写真を撮りませんかと声を掛けてくれた若い夫婦。
-
参拝を終えて、後ろに回ったところ。 Shrine-Baha-al-Haq
-
ここでも鳩の餌売り
きれいに模様状に入れてある。 Shrine-Baha-al-Haq -
バハー・ウル・ハックの墓廟を後にし、坂を下りて行く途中にあったモスク
-
もう城壁の東の端ドラウト城門(現在は地名だけ)に出て来た。
何やら沢山のバイクが駐輪され、左に市が立っている。 Around Doulat Gate -
下りて行ってみると鳥のペット市のようだった。
この人は青色のインコを買ったよう。 -
こちらは鳩を持ち寄ったようだ。
競技用だろうか。 -
商談成立だろうか。
手には1,000R札(1,000円)を握っている。 -
イカの足の様な物を食べているので近づいてみると、なんと大根だった!
こんな食べ方があったのか。
コショウの様なものを付けて食べている。
今度家でやってみよう。 -
明るい店主がバンザーイという感じに叫んでポーズを取ってくれた。
ナンと豆の煮込み(ダール)に玉ねぎスライスを乗せて出していた。 -
ピヨピヨの大合唱が聞こえてくると思ったら、カラーヒヨコだった。
後ろの赤い建物は公立イスラム系女子高校。 -
左の男性は何度もひっくり返して念入りに品定め
中国ウイグルでも鳩小屋を持っている家が多かったなあ。 -
来た道を振り返って見たところ
-
ドラウト城門前の大通り
ここからは城壁外となるところ。
ここを右に曲がり、かつて城壁のあった大通りを南下し、インド門へ。 Doulat Gate -
ドラウト城門周辺
大きな車輪。
御者がポーズを取ってくれた。 Doulat Gate -
大きいミカンだからか、1個20R(20円)
-
”工場価格”の看板が掛かった改装中の洋装店
-
この道の左側をてくてく歩きながら南下する。
-
ポスター売り
可愛い赤ちゃんものが売れ筋のようだ。 -
熱心に鶏を品評
どうも食用でなくペット用のようだった。 -
トサカがないからめんどりか。
-
独特の雰囲気の男性がトカゲの肝を煮詰めている。
強壮剤だろうか。
ちょっと日本では見ないような大きいトカゲ。 -
金魚、熱帯魚(プラティ、色付けされたグラミー)、ミドリガメ
一番下のビニール袋にはエンゼルフィッシュまで。
子供よりお父さんが熱心に見ていた。 -
右の階段を上がって行くと、手相の占い屋だった。
-
新聞屋
客が「カメラ構えてるぞ、こっちに出て来いよ!」と店主を呼んでくれているところ。 -
ミシン修理店だろうか。
-
先程、店先で休憩させてもらった薬局で聞くと、デリー城門へはこの路地を入って行くと近道らしい。
午前中に行ったシャー・ルクネ・アーラム墓廟が載った携帯電話の広告。 -
更に細い路地があちこち伸びて住宅街に続いている。
ここで撮っていると、後ろから先程の薬局の人がオートバイでやって来てデリー城門まで乗せて行ってあげるとのこと。
どこかに連れ込まれないか一瞬迷ったが、人通りも多い通りだし、自分から話しかけた人なので大丈夫だろうと有難く3ケツして乗せてもらうことに。 -
デリー城門到着
手前は乗せてくれた薬局の人。
これから別のところに移動するようだった。
城門内から見たところ。 Delhi Gate. They were kind enough to drive me to Delhi Gate. -
日曜日なのに意外と賑やかだ。
頭上には色とりどりの布が干されている。 -
どうやら絞り染めの店のようだ。
客が品物を受け取りに来ていた。 -
その隣には小さなモスク
-
こちらの路地はシャッターが閉まっている店が多く、閑散としている。
城壁内旧市街巡りは平日の明日にすることにして良かった。 -
デリー城門を出て、城壁外にあるハーフィズ・ジャマールのタルガー(墓廟)へ。
-
デリー城門を振り返ったところ。 Delhi Gate
-
ちょうど出たところにサモサ屋が。
いつの間にか14時、ここで昼食にする。 -
サモサを揚げている隣のケースには、ムルターン発祥の名物スイーツ”ソウハーン・ハルワ”
もっちりした食感で、上にナッツがたくさんまぶしてある。
上層部(写真手前)は白いが、下層部と混ぜると赤っぽい色になる(写真奥)。
これも少しよそってもらうことに。 -
本当は立ち食いのようだが、この露店を出している後ろの食料雑貨店内で食べさせてもらった。
サモサ10Rx3個(タレのヨーグルト)、スイーツ30R、1.5Lペット水40Rで合計100R(100円)。
アイスクリームボックスの上で食べていると、椅子を持って来てくれた。 -
店内には先代の主人の写真
上にはおととい25日の「預言者ムハンマド生誕祭」の飾り付け。 -
私が日本人だと知ると、ウチでも日本製を扱っているよと見せてくれた。
日本のスーパーでも良く見る丸川製菓のふーせんバブルガムだった。
日本のはアメリカ漫画の黒猫フィリックスが大きく載っているが、輸出用はデザインが違うようだ。
箱の裏には漢字で「中東向」と書かれていた。
2個頂いてしまった。
礼を言って、店を後にする。 -
店を出たところで、再度デリー城門を見る。 Delhi Gate
-
ここから北東にあるハーフィズ・ジャマールのタルガー(墓廟)に向けて出発。
-
ここを右に曲がる。
果物の露店が多いなあ。 -
近くに寄るとふっと向こうに動かれてしまった。
首の鈴で更に迫力あるものに見えた。 -
花輪を店先に飾った鶏肉店にて。
-
素焼きを運んでいるようだ。
-
米屋にて。
値札はキロ当たりだろうか。
だとすればキロ70〜125R(70〜125円)。
長粒種にもいろいろな種類があるようだ。 -
あんな高いところにも「生誕祭」を祝う緑の旗と大きな布が飾られている。
-
閉店中だった店先にて。
店構えからして工房のようだった。 -
レンガ保管所
ここでもロバが良く働いている。 -
インコとともに日向ぼっこ
-
懐かしい感じの駄菓子兼おもちゃ屋
菓子のビニール袋詰めや人形、お面、左上にはクリケットのバットなど。
お爺さんが奥から子供に何か持って来ようとしている。 -
先程食べたムルターン発祥、名物のスイーツ「ソウハーン・ハルワ」の店
-
ムルターンを去る時、バスターミナルで1缶1kg450R(450円)を土産に買った。
ここのはまた少し味が違うのかもしれない。 -
ここで3年間、上野のカレー店で働いていたという日本語が少しできる人に話しかけられる。
しばらくすると追いかけて来て、「今、制服を着ていない警察官からあなたに伝言してくれと言われ、パキスタンは外国人にとって安全でないから気を付けてください、とのことです。」とのこと。
制服を着ていない警察官?、何だろう?、とにかく気をつけようくらいにこの時は思っていた。 -
ここの家にも「生誕祭」の飾り付け
ちょうど主人が自宅に入って行くところ。
やはりフンザ帽、いい味出しているなあ。 -
軽食の露店
揚げものにタレを掛けたものを出していた。 -
ちょうどロバ車にコメ袋を積んでいるところ
肩に袋を載せた左の男性が、お〜い、ワシも入れてくれ〜という感じに、右の商店奥から走ってやってきてくれた。 -
チャイ店にて
右の彼が店主のようだった。 -
年長者が小さな子の面倒を見てあげている様子だった。
-
この突き当たりを右に曲がる。
-
途中にあったナン屋
次々と釜から出来立てが上がっていく。
奥では男性が生地を団子状に丸めている。 -
左右にお供え用のバラの花輪を売る店
ここを入り、 -
ハーフィズ・ジャマールのタルガー(墓廟)に到着。
地球の歩き方より
『ハーフィズとはコーランを全部暗唱した人に付ける尊称で、それを得た聖者のタルガーだ。日本の学問の神様、菅原道真を祀った神社に似ていて、頭の良い子に育つようにと、子供たちや生後間もない子供を連れた母親たちがお参りに来る』とのこと。 Shrine-Hafiz Jamal -
敷地内へ。
ドーム上では生誕祭で使ったのであろう電飾の飾りを片づけていた。 Shrine-Hafiz Jamal -
入って来た門を振り返ったところ
右にはお供えに使ったのであろう蝋燭台。 -
廟内への入口
さっきまでここで、この聖職者に子供を連れた母親が話し込んでいた。 -
ここにも参拝者が残していったバラの花びらがたくさん積まれていた。
-
敷地内にて。
当人とゆかりのあった人の墓なのだろう。 -
さっきの番人と周囲にいた人達にも入ってもらい記念撮影
この墓廟を後にする。 Shrine-Hafiz Jamal -
次は北にあるシャー・シャムス・タブレーズのダルガー(墓廟)へ出発。
途中にあった食料雑貨店。
出店の奥を良く見ると、 -
ここにもパキスタンの伝統的格闘技クシュティの東西番付け表が。
ラホールで見たのとは顔並びが違う。
http://4travel.jp/traveler/captainfuture/pict/28497755/src.html
違う年のものだろうか。 -
店主の顔入り看板と本人
その下ではちょうどその看板と同じ顔の店主が顔を出したところ。
雑貨店にて。
左には日本でも同じ名前で売られている洗剤。 -
綺麗な図柄の布端に、右端にあるロール状になって出てくる厚手の布を縫い付けていた。
何屋なんだろう。
奥にもまだ山になっていた。 -
その店の前にあった積まれた大鍋
-
ここを右に曲がる。
この露店でミカンを買っていた客に、シャー・シャムス・タブレーズのダルガーへはこの道で良いか聞くと、オレが乗せていってやるよ、と言ってくれる。
有難く後ろに乗せてもらうことに。 -
乗せてくれたホンダオートバイの男性
飛ばしてくれて3分でダルガーへの参道入口に到着。
ちょうど16時。 He was kind enough to drive me to Shrine-Shah Shams Tabrez. -
向こうにシャー・シャムス・タブレーズのダルガー(墓廟)が見える。
また歩き出す。 Shrine-Shah Shams Tabrez -
軒を連ねる土産物屋にて。
ここにもムルターン名物の「ソウハーン・ハルワ」
大きい缶が1kg、小さいのが500g。
何を意味するのか大きく数字が書かれていて、こちらは786番。
私が後日買ったのは895番だった。 -
缶の中を開けて見せてくれた。
ここにもナッツが載っている。 Multan's famous sweets "Sohan Halwa". -
参道にて宗教関連のポスター
鎖で縛られた墓や大書された数字は何を意味しているのだろう。 Shrine-Shah Shams Tabrez -
金属探知機検査後、靴を預けて敷地内へ
地球の歩き方より
『一段高いベランダの上に四角い基層が造られ、その上に八角形の本体が乗り、ドームは緑色がかったガラスタイルで覆われている。
全体の高さは19m。 1380年頃に造られ、その後壊れてしまい1780年に再建。
シャー・シャムズ・タブレーズは、トルコから東のイスラム世界で最も重要なイスラム聖者の一人であり、各地にイスラム伝播に関する伝説と共に、その名が残っている。
しかし最近の調査で、このダルガーは別人のシャー・シャムス・サブズワーリーのものだと分かった。
ところが、多くの人々は未だに本人のものと信じているので、シャー・シャムズ・タブレーズの方がとおりが良い。』 Shrine-Shah Shams Tabrez -
緑色のガラスタイルが良く映えている。
これもシーア派の墓廟。 -
蝋燭塔の周囲には行者らしい姿が。
-
人々がそうと信じる聖人シャー・シャムズ・タブレーズの墓
左の番人が時々、こん棒でゴンゴンと寄付箱を叩き、人々にお布施を促していた。 Shrine-Shah Shams Tabrez -
天蓋にも細かい模様が描かれている。
ここもお供えの花輪やバラの花びらでいっぱいだ。
周囲では参拝者が両手をお椀型にし、祈りを奉げている。 -
ここでも次々と横に置いてあるコーランを手に取り、一節を小さな声に出して朗読していく。
この後、墓廟を後にする。 -
ちょうど脚立に乗って張り付けていたポスター
現在イギリスで亡命生活しているムシャラフ元大統領の顔だ。 -
墓廟を出たすぐ近くにあった同じくシーア派の施設
刀はシーア派のシンボル。
男性が黒い旗をちょうど立て掛けていたところだった。
シーア派はこの国では少数派。 -
周囲を回りながら、このように手を付いて祈りを奉げていた。
カメラを向けたら、ポーズを取ってくれた。 -
再び参道へ。
この土産屋にもシーア派シンボル「5本の指」。
次は今日の最後の予定地イドガー・モスクへ。もう16:40。
日没までに行けるかどうか分からないが、とにかく北へ出発。
突然、道の向こうから私の名前を呼ぶオートバイの男性が。
なぜ私の名前を知っているのか、ホテルの人だろうかと訝しげに近づくと、昨晩サンミダーウー・バス停でパスポートチェックしたセキュリティー・ポリスだとのこと。身分証を見せてくれる。あまり顔は覚えていないが、この人だったかなあ。でも私がラホールから何時に到着したか、コンチネンタル・ホテルインの場所を尋ねたことも知っている。
実は今朝、私がホテルを出たところからずっと私の安全のため監視している、私がこのムルターンの街にバスで降り立った時点から、よその街に行くバスに乗り込むまで24時間体制で私に張り付いて監視する事が我々の義務だという。
これからイドガー・モスクに行くところだと言うと、オレのオートバイに乗って行けと言う。私が他の乗り物に乗っても、どうせ後ろから私を追って行くのだからと言う。
名前はM氏。写真は不可。私が今日どことどこを訪ね、昼にサモサ3個と一緒にペット水を買ったこと、インド城門で人に絡まれたこと、インド城門に3回も戻ったこと等も細かく知っていた。
これは間違いなくセキュリティー・ポリス。日本でいう公安に当たるところか。 -
私がまだ半信半疑だと思ったのか、途中で少し遠回りして昨晩のサンミダーウー・バス停前を通ってイドガー・モスクに10分程で17時に到着。
門の前では、M氏が番人と近所の人たちの会話の輪に入って、私を待っている。
門をくぐって中へ。 Eidgah Mosque -
壮麗で落ち着いた雰囲気のモスク
ラホールのバードシャーヒー・モスクを見た後では、さすがに小さく見えてしまうが、こっちはこっちでまたとてもいい感じだった。 Eidgah Mosque -
中央のドームへ。
-
望遠すると、ここにも草花の絡み合った綺麗な模様がびっしりと描き込まれていて見事。
-
中の様子
シンプルだがいい雰囲気。
遠くで、一人祈りを奉げている。 -
ミフラーブ部分も見事な草花模様。
-
正面前の庭は、大きな樹木も植わった庭園になっていて、落ち着いた雰囲気
この後、M氏の後ろに乗せてもらいホテルへ。
M氏は8〜20時までの12時間担当で、次の12時間は別の人が担当。夜間担当者は私と同じホテルに泊るのではなく、ホテル前で監視している。
今まで様々な国籍の人を気付かれずに監視してきたという。
今回はなぜ私に身分を明かしたのだろうか。
このことは別段、秘密ではない。ただ写真は不可とのことだった。 Eidgah Mosque -
ホテル前の大通りを少し行った、午前中にも前を通ったパンジャーブ・グリルという看板の出た食堂へ。
英語のメニューはないが、いろいろなものを出してくれるようだ。
並んだ鍋や、客席の料理などを覗かせてもらい、コレとコレと注文。 -
一番上の白いものは、ライタというグリーンペッパーが入ったヨーグルトでサービス。さっぱりとして美味しい。
上段左から、チキンカライ(チキンカレーを鉄鍋を使って水分が無くなるまで蒸し煮にしたもの。作り置きされるカレーに対して、注文されてから作るため少し時間が掛かる。カライの方が少し高い。歩き方より。)125R、サラダ(生ものなので残念ながら手を付けられず)とナンはサービス、プレーンライス75R、豆カレー30R、チャイ20Rで、合計250R(250円)。
美味しかった。
なかなか料理が出て来ずにかなり時間が掛かったが、英語を少し話す人もいて親切だった。 -
帰りにここで明日の朝食用にビスケット4袋(計55R 55円)購入。
店内で選んでいた時、向こうの方から突然、連続した銃声のような音が。
他の客も一斉にそちらを向く。
店員は、大丈夫だと手振りする。爆竹か何かだったのだろうか。
角にいた昨晩ミカンを一つおまけしてくれた露店に挨拶し、ホテルへ。
フロントに、私がここに泊っていることを警察に連絡したか聞くと、チェックインした時点で連絡しているとのこと。
私の安全のためであり、規則になっているとのことだ。 -
今日の万歩計6,200歩
明日は城壁内旧市街にありパキスタンでも有数の賑やかさを誇るというフセイン・アーガーヒ・バザール等を、点在する歴史あるモスクを訪ねながら街歩きをする。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- のまどさん 2013/12/20 23:41:11
- パキスタン旅行記、拝読しました
- captainfutureさん、こんにちは。
イラン旅行記以来、時々お邪魔させていただいています。
インド北部からパキスタンにかけてイスラム、ヒンズー、シークと多様な宗教や言語が混在していてとても興味深く拝読しました。ラホールやムルタンの街は写真を見るだけでも喉がいがいがしそうですが、対をなすように市場の布、建物や乗り物の装飾が鮮やかで、人々が温かそうですね。
全章の中で最も驚いたのは医療費とボディーガードです。患者が1円しか払わなくていいというのはびっくりです。あとのコストは国か地方政府が補填しているのでしょうね。(だとすると二重の驚きですが)
ボディガードに終始尾行されるというのは落ち着かない気もしますが、安全第一ですね。秘密任務なのにM氏はなぜ素性を明かしたか不思議に思いました。重圧が楽になると思ったのでしょうか。
今後も楽しみにしています。
のまど
- captainfutureさん からの返信 2013/12/23 16:36:57
- RE: パキスタン旅行記、拝読しました
- のまどさん、こんにちは。
パキスタン編、随分長々としたものにも関わらず全章お読み頂き、ありがとうございます。
また投票、コメントまで頂き、ありがとうございます♪
インド・パキスタンは国境を越えるとガラリと雰囲気が変わり、興味深かったです。
このインド亜大陸というのは様々な文化が入り混じっていて、また外国人に好意的に接してくれる人が多く、リピーターが多いというのも頷けました。
医療費ですが、外国人である僕もこれには助けられました。
ただ1円というのは、人件費だけで、薬剤にかかる費用はやはり患者負担のようです。
これは中国の田舎の病院に行った時も同じでした。
ボディーガードは特に秘密任務というわけではないようでしたが、どうせ乗り物に乗ってもオレが後ろから尾行するから、オレが乗せていってやるよという感じでした。
このムルターンでのボディーガードですが、この9カ月後の今年10月に行かれた方によると、希望者のみ、に変更されたとのことでした。街の状況が好転したのでしょうかね。
のまどさんも、土地の人々と触れないながらのバックパッカーの旅がお好きなご様子が伺え、僕も楽しませて頂いています。
こちらこそ、のまどさんの次回作を楽しみにしております。
-
- つぶ。さん 2013/05/05 15:26:56
- ムルターン
- 旅行記沢山書かれているのですね!
ゆっくり、読ませて頂きます。
また行きたい、と思わせてくれる場所でした。
ムルターンの聖者廟はとても美しいですよね。
近い時期に、私以外にも日本人の方が訪れていたという事だけで何だか嬉しいです。
パキスタン旅行、今から次回の訪問先を考えるためガイドブックを開いています。笑
また、お邪魔させて頂きます。
- captainfutureさん からの返信 2013/05/08 20:35:38
- RE: ムルターン
- Aya24さん、わざわざ4トラに登録されてコメントを下さったのですね!
ありがとうございます。
僕もガイドブックを見て、ムルターンは絶対行かねば!と思っていました。
>TVのニュースで見るようなパキスタンだけじゃないんだぞ!!と、声を大にして言いたいですね。
ホントですね。
最新の英文の日記、私の拙い英語力で懸命に読ませて頂きました。
>パキスタン旅行、今から次回の訪問先を考えるためガイドブックを開いています。笑
インドにお住まいだと、ホントに目と鼻の先ですね。
いや〜羨ましいです!
今から次のパキスタン紀行、楽しみにしております。
- つぶ。さん からの返信 2013/05/10 00:19:43
- RE: RE: ムルターン
- お返事ありがとうございます!
コメントが書きたかったので、登録してみました笑
ムルターン行って良かったですよね〜!次回はもう少し長く居たいなと思います。今日は残念なニュースでムルターンの名前を聞きましたが・・
当初の予定では、日本語で旅行記を書いた後英語でも書こうと思っていたんです。でも、もう日本語だけで時間が凄いかかったのでまとめだけ書きました。
めちゃくちゃな英文ですが、読んで頂けて嬉しいです。
インドからは離着陸あわせて1時間半なので、かなり近いです☆
ただ、VISAが難関なので次回も簡単に降りるかは全く予測不能です。
それでもまた行きたい!と思わせてくれる国ですね!
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