2013/02/13 - 2013/04/13
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しまうさぎさん
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刻印石にはまってしまいました。
築城に関わった大名など関係者による家紋や家印、符丁などの記号が刻まれた石のことですが、これが面白い。
職場が近いため江戸城遺構を訪れる機会は何度もあったのですが、それまでは全く気が付かず。しかし、その気になって探してみるとあるわあるわ、まさしく燈台下暗しです。外堀も合わせると数百種類、数万個以上の刻印が刻まれているようで、濠沿いではそこかしこに見ることができます。
宝探し的な楽しみに加え、天下普請で刻まれた大名の刻印を見ると、その当時の大名の苦心なども表れているようで、なかなか感慨深いものがあります。
ついでに石垣石の産地の一つ、伊豆の稲取にもいってきました。
なお、刻印石の観察に当たっては、あくまで肉眼で確認できるものという観点で行いましたので、掲載した写真のものは現地に行けば難無く見ることができます。興味がある方はふらっと立ち寄ってみては如何でしょう。
- 旅行の満足度
- 5.0
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まずは日比谷公園から。交番裏にある「烏帽子石」。
江戸城外郭市ヶ谷御門枡形の石垣に使われていたものを保存のためここに移動させてきたそうです。
刻印は無いですが、めちゃくちゃでかい。こんなものを遠く離れた地から持ってくるなんて、並大抵のことではないはず。
暫し佇んでその当時に思いを馳せる。 -
日比谷門
「丸に八の字」・・・今は名古屋市の市章ともなっている尾張徳川家の刻印がそこかしこに。なかなかの見応えです。
ちなみにこの反対側の石垣がかなり立派なのですが、風化で表面が剥がれ落ちつつあるのが残念。 -
日比谷門
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日比谷門
「二重連山」・・・おそらく美作津山藩森家。 -
日比谷御門跡石垣上
「丸に尾」
石垣の上はベンチが置かれ休憩スペースとなっていますが、おかげで普段なかなか目に付かない石垣の上の刻印を見ることができる。なかなか嬉しい趣向。 -
日比谷門石垣上部
「二重の四角形」・・・おそらく丹波福知山藩有馬玄蕃頭。 -
日比谷門
「二重連四角」・・・池側に多く見られます。 -
日比谷門
「四角に大の字」 -
日比谷公園の中に少し小高い場所がありますが、あちこちから集めた石垣石が雑然と置かれています。
菅野良男先生の「刻印石で楽しむ三大名城の石垣物語」によると、ひときわ目立つ存在として讃岐生駒守の家紋が刻まれた石、とありますがこのことでしょうか。刻印としては大きい部類。踏まれすぎたせいか、磨耗して表面がツルツル。貴重な文化財として保護するべきではないでしょうか。 -
日比谷公園内。
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日比谷公園内。
「矢筈」・・・毛利家。
日比谷公園内にはこのように刻印の刻まれた石垣石がそこかしこに雑然と放置されている。非常にもったいないと思うのだが・・・ -
祝田口
日比谷公園の小山を後にしてそのまま目の前の祝田口へ。
ここの目玉は何と言ってもこの「渦巻」。
隣と明らかに違う質の石なので修復時にはめ込んだものと思われますが、本格的デザインで見栄えがする刻印です。 -
祝田口
「丸に〜」・・・何だこれ -
祝田口
「丸に逆鉤十字」・・・卍はよく見ますが、逆卍は中々見ません。謎は深まるばかり・・・ -
馬場先門
ここは「丸に中」が多い。金沢藩前田筑前守の担当だったのでしょう。 -
馬場先門
「五芒星」・・・一際輝く一つ星、光ってないけど。魔除。「清明判」とも言いますか。これも見栄えがする刻印。馬場先門で一番の見所です。
前田家はどうやら魔除としてこの刻印を使うことが多いようだ。 -
馬場先門
ここの切り込み接ぎ(石の積み方の一つ)は隙間に差し金が多用されている。ちょっと使いすぎって思うくらい。どうしたことでしょうか。 -
和田倉門
刻印は少なめ。しかし、この裏のパレスホテル向かい側に膨大な量の刻印が・・・
ここの枡形内は石垣の状態も良く、雁木も残されている。少し薄暗いせいもあり、良い雰囲気。将来的に高麗門が復元される構想もあるらしい。楽しみ。 -
和田倉門
はい裏側に来ました。それはもう刻印の一大パラダイス。好きな人にとっては大興奮間違いなしです。肉眼で観察できる刻印石スポットとしては江戸城遺構の中で1、2を争うと思うのですが、殆ど知られていない穴場スポット。しかも、一つの石に複数の刻印というパターンが多い。「石道惣築」(複数の大名が担当したところ)だったところに、修復時に他から持ってきたとかいうような理由を想像。 -
和田倉門
「折敷に三文字」・・・豊後臼杵藩稲葉家 -
和田倉門
「分銅紋」・・・堀尾山城守
格好良い。ファンが多いのもうなずける。 -
和田倉門
「丸に二引両」「丸に四引両」 -
和田倉門
刻印3つに数字が2つ。三角の「鱗」紋、なぜ二つ? -
和田倉門
毛利の「一文字一星」、右のほうには薩摩十字(島津とはかぎりませんが)も見られます。 -
竹橋駅、和気清麻呂像付近
「南無阿弥陀仏」・・・鬼門の角除けの刻文です。今更な感もありますが、初めてみると感動しますねえ。双眼鏡があれば対面の石垣に細川家の「九曜紋」や山内家の「柏紋」ほかバラエティに富んだ刻印が見られる場所でもありますね。
和田倉門を過ぎた後、大手門に入れない場合は、この刻文を見つつ竹橋に向うのがいいでしょう。 -
富士見櫓
天守代用の櫓ということですが、立派なもんです。 -
大手門
高麗門の背後に聳える高層ビル。いよいよ江戸城中心部へ。
ちなみに、「高麗門」とは、門の両端に切妻屋根が突き出ているタイプの門のことです。朝鮮出兵辺りの時代に(わが国で)開発されたため、高麗門と言います。 -
大手門近く売店横
毛利家の「一文字一星」。毛利家は正式には家紋の「一文字三星」ですが、略されることが多いです。というよりそのまま「一文字三星」の刻印は見たことがありません。「一文字一星」の丸(星)の中に「三」を入れて表していたり。私の感覚では江戸城の刻印は毛利家のものが一番多い気がします。そのせいか刻印のパターンも10種類近くあるようです。 -
大手門近く売店横
「扇」・・・生駒讃岐守と思われる。生駒家の扇紋はここが最多ではないでしょうか。かなり見ごたえあります。
生駒家といえば、関ヶ原では西軍東軍双方によしみを通じ、存続を図った武家ですね。真田家が良く知られますが、九鬼家、津軽家、など多くの大名がそうです。東軍についていたとしても、よほど徳川の信頼を得られなければ改易の憂き目にあってしまう。城をつくるのは莫大な費用と労力を負担せねばならないが、お家存続のためには仕方のないこと。いわば、石垣石の一つ一つが戦国武将達の血と汗と涙の結晶なのです。 -
大手門近く売店横
「小槌」・・・小槌、げんのうタイプは加藤清正の加藤家や前田家が使うことが多いようです。 -
大手門近く売店横
「七」・・・この左下に何か刻文らしきものも見られます -
大手門近く売店横
「丸に三角」 -
大手門近く売店横
「?」・・・「扇」と並んで多く見られますが何でしょう?非常に気になります。 -
汐見坂
風化が激しくネットがかけられ保護されている。
家康時代の石垣? -
梅林坂
刻印のオンパレード。私が初めて刻印を見たのはここ梅林坂が最初です。半信半疑で行ってみたら本当にあった、と言う感じで、衝撃的でした。ただ、ここの刻印は古い時代のものなのか薄かったりして若干見難い感があります。
典型的な刻印が多く、蜂須賀家、前田家などが考えられると言うことですが私には何がなんだか・・・ -
梅林坂
「卍」・・・蜂須賀? -
梅林坂
-
梅林坂
「鼓」(蝶にも見える)、「三」 -
天守台石垣
菅野氏によれば刻印風の紋様が見られる、とありました。他に「五芒星」もあるらしいが、見つけられませんでした。 -
天守台石垣
石も火には弱いんだな、と思ってしまいますね。
まあ、当時最大規模の天守が燃えたわけですから、それは凄いものだったのでしょう。百年以上の時を経てなお生々しい焦げ跡。 -
天神濠
「輪違い」・・・出雲松江藩堀尾家か? -
平河門
奥に見える高麗門が不浄門と言われ罪人が通過する門。でも実際は女中などの通用口にもなっていたようです。 -
清水門 雁木坂
泣く子も黙る雁木坂。江戸城址の中で江戸時代の面影が残る数少ない風景です。ここはもう単純に格好良い。何時来ても良い。都心のど真ん中でこんな景色が見られるとは驚きでもあります。江戸城といってもまあ皇居なわけですが、歴史、規模、遺構などどれをとってもはっきり言って世界遺産クラス。もっと関心を集めても良いと思うのですが・・・おかげで一人静かにこの景色を堪能するという贅沢もできるわけです。
清水門の枡形も桜田門同様に外枡形という少し珍しいもの。さらに門を抜けた後もこの逆方向に伸びる雁木坂を登らねばならいという、なかなか優れた防御構造をしています。
濠沿いの石垣には刻文も見られるそうです。(ただし、苔むしていて双眼鏡でも文字の判別は難しい) -
清水門 桝形の高麗門石垣。
ワイングラスというか刺又を模した様な。面白い。この時は残念ながら枡形内の石垣が修復中で一部見られませんでした。 -
清水門
1つの石垣に3(4)つも刻印があってお得感満載。この3つの刻印はWEBや本にもよく載っているが、完成度も低いし、何だか単なる落書きのように見えてならない。実際、落書きというパターンもあるようだから油断はできません。 -
清水門
「丸に十字」・・・島津家か -
清水門
「卍」・・・蜂須賀家?戸川家?
田安、一橋、清水の御三卿ゆかりの門です。刻印愛好家の中では超メジャーなスポット。修復工事中で一部の石垣しか見れませんでしたが、それでもおびただしい数の刻印を見ることができました。 -
清水門
「丸に四角」と言えば黒田家でしょうか。 -
清水門
なんと言ったらよいか、旗の中、丸に大の字。 -
清水門枡形高麗門
扉釣具に「万治元年・・・」と彫られています。 -
伊豆稲取駅前
家族で東伊豆の稲取に温泉旅行。ここは「江戸城築城石のふるさと」をテーマに町おこしをしている素晴らしい所です。駅前には刻印石が置いてあるほか、この時は調整中でしたが、石引き体験もできるようです。 -
伊豆稲取駅前
「柏の葉」・・・山内土佐守
駅前にいきなりこんなものが置いてあるもんだから、それはもう気分は上がる。そして、説明しても「へー」としか感想を言わない家族を横目に写真をとりまくる。 -
足湯公園
加工する前の石だが、中央右に井桁の刻印がみられる。 -
海岸沿い
磯丁場だったらしく、いたる所に矢穴の穿たれた石が見受けられる。刻印はあるのだろうか、近くに行って見たい衝動に駆られました。
稲取には数々の刻印石スポットがあるのですが、温泉が目的の家族旅行できている手前、今回は殆んど観察せず。何時の日か再訪したい。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 江戸城築城石さん 2017/01/05 17:09:33
- 皇居内、素晴らしい刻印石写真、拝見いたしました。
- はじめまして。
私、静岡県東伊豆町内在住で「東伊豆江戸城築城石石丁場HP」http://www.chikujohseki.com/を企画・作成・運営しています。ネット閲覧中、貴HPに巡り合い、皇居内刻印石の写真を多数目にすることができ感激至極です。
伊豆急稲取駅の築城石「柏紋」ですが、残念なことに駅前整備の際、刻まれてしまった刻印なのです。しかし、町内の築城石には大型柏紋が現存していますので、また来町される際は是非ご覧ください。駅前の刻印石、柏紋以外「釘抜門」「井形紋」は本物です。
2017年1月22日、日曜日になりますが江戸城城址石垣見学ツアーの開催を予定し、わが町から運び出された築城石を見学に参ります。
また、あまり知られていませんが伊豆稲取は日本最古に近い木管水道が日本人の手によって敷設された土地なのです。国内水道施設としては横浜がイギリス人技師により敷設され、最古であるといわれていますが、稲取は船大工の技術を使った木管が現在でも残され、町の文化財となっているのです。ということで、皇居の石垣見学の後は東京都水道歴史館見学にてツアー終了なのです。
魅力ある城郭の石垣、多くの情報アップ、今後ともよろしくお願いいたします。
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- 豆板醤さん 2014/04/06 02:03:49
- はじめまして
- 私も昨年手漕ぎボートで日本橋川めぐりをしたときに、外堀の大手門跡で見たのがきっかけで興味をもちました。実は昨日皇居の乾通りの桜を見に行きました。13人という人数だったので刻印探しはあまりできませんでしたが。
和田倉門で見つけて、やったー!ひとりで興奮しちゃいました。
よろしかったら、2つの刻印しか見つけられませんでしたが『川面からなんでもみてやろう!手漕ぎボートでお江戸日本橋川めぐり』ごらんください。
http://4travel.jp/travelogue/10772441
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