2008/09/09 - 2008/09/16
159位(同エリア1164件中)
こーこさん
2008年9月9日~16日までの8日間、阪急交通社のツアー【ポーランド8日間】に参加しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
【9月9日(火)1日目】
午前9時30分 成田空港第1ターミナル集合。
早朝に静岡を高速バスで出発して、空港には8時に着いた。
タリーズで時間をつぶす。両替もしなくっちゃ。
ポーランドの通貨はズウォティ(ズロチって発音してた。)
現地で両替できるように、ユーロと少しの米ドルを両替した。
ポーランドへは、KLMオランダ航空でアムステルダム経由で行きます。
午前11時30分 成田→アムステルダム。フライト時間は約11時間。2時間ほど経って、ホットミールが出てきた。和食を選んで正解!本当においしかった。アルコールは往路では飲まないと決めているので、コーラ、コーヒー、ウーロン茶を飲みまくる。
アムステルダム到着の2時間ほど前に、軽食が出てきた。
トマト味のパスタだったけど、これも美味しかった。
写真を撮っていなかったのが残念(´ρ`)
午後3時20分(現地時間)到着。
添乗員さん(男性)が、「喫煙する方は空港の外に出なくてはいけないので、私に付いてきてください」と外に案内してくれた。
私の他に数名いた。あー、よかった。
次のフライトまで2時間もあった。スキポール空港はとにかくデカかった・・・。
こんなところで2時間も何をしろというのか。免税店も同じようなものばかり売っているしなぁ。こういう時、誰か一緒にいてくれたらなぁって思う。 -
午後7時15分集合。
ここで早くもハプニングw(゚o゚)w
1組(母・娘)が集合時間になっても来ない。添乗員さんはとにかく探しまくっていた。かわいそうだったなぁ。添乗員さんも大変だな。
結局、搭乗時間になっても見つからず・・・。ワルシャワへ向かった。
約2時間のフライトで、ワルシャワ到着。スーツケースを確認し、ユーロ(€)からズヴォティ(Zt)に両替。
機内食でお腹も減っていないので、とりあえずミネラルウォーター(1.5ℓと500ml)を購入。わざわざ2本購入したのは、500mlのペットボトルを何度も購入するのが面倒なので注ぎ足して行くわけです。日本では水ってあんまり飲まないのに、どうして海外旅行に行くと「水、水・・・」ってなるんだろう。
午後11時。ホテル着。
本日、寝るだけのお宿「ホリディ・イン・ワルシャワ」
大好きなホテルチェーンです。部屋も広いし、アメニティグッズも豊富。いつも持ち帰ります((^┰^))ゞ
今回は禁煙ルームとのこと。ガーーンΣ(|||▽||| )
窓開けてれば大丈夫ですよ。と添乗員さんに言われ一安心。
明日も早い。今日は大人しく寝よう。 -
【9月10日(水)2日目】
午前6時15分 モーニングコール。
朝食は6時30分からホテルレストランで。
8時ホテル出発。
ショパンの生家がある「ジェラゾバ・ヴォラ」まで約1時間(約55Km
バスで移動。
2度も建て直しされ、ほとんど複製だというショパンの生家。
生まれてからすぐにワルシャワに引越ししたが、生まれたのはここらしい。毎年夏になると家族で故郷の町を訪れていたとのこと。
現在は、博物館として公開されていて、初めて書いた楽譜の複製や出生証明書などが展示されている。
庭にはキレイなお花畑。男前であったであろうショパンの銅像があった。そんなに興味はなかったので(失敬)、説明を聞いても「ほぅー(-_-; ってな感じでした。 -
ガイドブックから抜粋したショパン情報。
フレデリック・ショパン(1810〜1849)
音楽を好む両親の間に、ジェラゾヴァ・ヴォラで1810年に生まれた。父はフランス人で母はポーランド人。若くして才能を発揮し、モーツァルトの再来と称される。1826年にワルシャワ音楽院に入学、首席で卒業、後にウィーン、パリと渡るが、パリ滞在中にポーランドがロシアに占領される。パリで作曲活動に従事するが結核に冒され、39歳の若さでこの世を去った。 -
ワルシャワ市内に戻ってきました。
町はこんな感じです。
なんというか、ゴチャゴチャしていなくて
適度に静かで
キレイな町という印象です。 -
旧市街にある「聖十字架教会」
ショパンの心臓が収められています。 -
教会の入り口付近にあった銅像。
SVRSVM CORDA
調べたところ、英語に訳すと“あなたの心を持ち上げる(心を高く)”
キリスト教のお祈りの言葉のようです。
人の名前じゃなかったんだ。 -
世界遺産である「ワルシャワ歴史地区」の旧市街。
ワルシャワは王国時代からの首都で、第2次世界大戦で灰燼に帰したものの、「壁のひび1本まで」忠実に中世の街並みを復元たそうです。
好きな雰囲気です。気に入った!! -
まるでタイムスリップしてきたかのようです。
-
市場広場にやって来ました。
「人魚の像」発見。
人魚はワルシャワ市の紋章となっています。
ヴィスワ川の漁師夫婦ワルスとサワが、網にかかった人魚を助けたところ、魚が売れるようになり、生活が豊かになったという伝説があるそうです。
ワルスとサワ・・・・
ワルサワ?
ワルシャワ・・・?まさかw(゚o゚)w
ここで少し自由時間があったので、現地ガイドの女性(日本語ペラペラ)に付き合ってもらい、琥珀のネックレスを購入した。トップ部分が65zt、チェーンが45zt。いい買い物をしたな。 -
「バルバカン」
バルバカンは円形の城塞建築。14世紀以前から城門があったが、1539年にイタリア人建築家の設計で、堅固かつ美しく建て直された。火薬庫や牢獄として使用されたが、スウェーデンやロシアの侵攻により、その意味をなくし、第二次世界大戦中に破壊されたが、1954年に修復されている。 -
「キュリー夫人の生家」
キューリーじゃなかったのねヾ(^-^;)
実験器具みたいなのが展示されていました。
名前だけは知ってるんだけど・・・。いったいどんな人なの?
調べてみました。
「キュリー夫人」
2度もノーベル賞を受賞しており、放射線の研究をしていたんだって。
放射能 (radioactivity) という用語は彼女の発案によるものらしいです。
他にもラジウムやポロニウムの発見をしたとか。
女性なのに科学者って珍しいなぁ。 -
車窓からですが、
スターリンから贈られたという「文化科学宮殿」
ワルシャワ市民からは「ソビエトの建てたワルシャワの墓石」と呼ばれているそうです。評判いいわけないよなぁ。 -
13時頃、市内レストランにてランチ。
写真はありませんが、メニューはメモしてありました。
フルーツサラダ(レタス・ぶどう・スイカなど)→これからサラダと言ったらこんなもんが出てくるのか?(´ヘ`;)と考えさせられた。
カツレツ→たぶん子牛のカツレツにジャガイモのフライとザワークラウトっぽいものが添えてある。
3色アイス→昔なつかしい、イチゴ・チョコレート・バニラの3色アイス。これはおいしかったと思う。
ビール 6zt。 -
「ヴィラヌフ宮殿」
ワルシャワの南約10kmに位置している。1674〜1696年に在位し、オスマン朝により包囲されたウィーンを救ったことで知られる国王ヤン・ソビエスキ3世によって建てられた、フランスのヴェルサイユ宮殿を真似て造られたバロック様式の夏の離宮である。
イタリア人建築家アゴスティーノ・ロッティによって設計された。
宮殿内には、豪華な装飾や調度品、肖像画のコレクションなどが展示されている。 -
きれいに整備された庭には、たくさんの花が。
-
「ワジェンキ公園」にやって来ました。ショパンの銅像がありました。
1764年に即位したポーランド最後の王、ポニャトフスキーによって30年もの歳月をかけて造園された公園。夏の離宮として建てられた、水上の宮殿を意味するワジェンキ宮殿もある。ポーランド分割後はロシアに売却されたり、美術品をナチスに接収されたり、火災に逢うなど苦難続きだったが、現在は美しく修復されている。 -
天気もいいし、のんびりしたいなぁ(*´∇`*)
-
リス発見!
そーっと近づいてシャッターを切りました。
こんなんでました。立ってます!! -
この宮殿のような建物の中で、ショパンプライベートコンサートが行われました。
地元の音楽大学のピアノ講師(もしかしたら学生だったかも)が、ショパンの有名な曲2,3曲を弾いてくれました。
演奏終了後、演者の女性がサインをしてくれるということで、
まぁみんなとりあえずもらっておこうみたいな雰囲気だったので、
私もサインもらいました(*゚ー゚)>
CDも売っていたので買おうかとも思いましたが、サインしてくれた時に無愛想だったので、やめました(>_< )。
18時30分にホテルに戻り、夕食まで1時間あるということなので、ツアー仲間の方たちと、道を挟んだすぐ前にあるデパートに買い物へ。
お土産(スープの素、コーヒーとか)と晩酌用のビールを調達。
ホテルレストランで食事して、部屋に戻って来たのが20時30分。冷蔵庫がないため、せっかく購入したビールも温くなっちゃってる(*´ο`*) -
【9月11日(水)3日目】
7時モーニングコール。今日は比較的ゆったり。
8時までにドアの外にスーツケース出して置けばいいしね。
朝食は各自で。いつものパターンだけど、オレンジジュース、コーヒー、パン、サラダ、ヨーグルト(フルーツポンチがあればベスト)で終わり。1人っていうのもあるんだけど、どうも苦手。
9時ホテル出発。今日は半日バス移動だ。
チェンストホーバまで220Km(約4時間15分)。
トイレ休憩が2回ぐらいあるかな?
サービスエリアでお土産買うことしか考えていない私。
バス移動って嫌いじゃないな。
必ず窓側に座って、景色を眺める。もったいないから眠ったりしませんよ。
12時30分。お昼のレストランに到着。今日は赤カブのスープをいただけるということで・・・。
真っ赤な(グロテスク・・・( ̄Д ̄;;)なスープ。味は・・・。
何て言うかなぁ。酸っぱいというか。濃いというか。
私にはムリでした( ´△`)
ビール6zt。おつまみはポーランドのお漬物。キャベツ、ニンジン、赤カブを千切りして酢漬けにしたもの。これがうまいんだよ! -
午後2時 ヤスナ・グラ修道院。
「黒いマドンナ」で有名だということだが・・・。
すみません、勉強不足で(゚ρ`)
ヤスナ・グラ修道院は、ポーランドの南部、チェンストホーヴァ(Czestochowa)にある、聖母マリアに捧げられたカトリック教会の修道院である。ポーランド中から巡礼が訪れる。ヤスナ・グラの聖母と呼ばれる御絵(イコン)「黒い聖母(マドンナ)」は奇跡的な力を持つとされており、ヤスナ・グラ修道院の最も貴重な宝とされている。
あ、雨降ってきた。 -
写真、ボケボケですみませんm(_ _;)m
聖堂の中を1枚だけ撮りました。もちろんフラッシュはダメです。
中ではミサをしていました。
奥に祭壇があるのですが、お祈り中の信者の周りをぐるっと回って行かなければなりません。
厳正な場所に不似合いな観光客の私達。なんだか失礼な気がしてなりませんでした。
そんな状態なので、10秒と立ちどまることもできずに修道院を後にしましたが、同じツアー客の中に、平気で「黒い聖母(マドンナ)」をバックに写真を撮っていた心ない人が。同じ日本人と思われるのも恥ずかしい。
人の流れを切ってまでも、モデル立ちして旦那に写真を撮ってもらう・・・もう、呆れてしまいました┐('д')┌ -
「黒いマドンナ」について
修道院に火がつけられた時の煤(すす)で黒くなったらしいです。
「黒い聖母(マドンナ)」伝説
その1.モンゴル軍がポーランドに攻めてきた際、黒いマドンナ(イコン)を持ち出そうとしたところ鉄のように重くなった。
その2.1655年、スウェーデン軍がポーランドを侵略した時、ワルシャワやクラクフまでもが占領されたが、ここだけはスウェーデン軍の攻勢に負けなかった。それはこの「黒い聖母」がもらたした奇跡だと語り継がれている。
その3.頬にある2本の傷は、モンゴル軍が侵攻した際にこのイコンを持ち出そうとした軍人が傷をつけたとか、その後に入った強盗が傷つけたものだとも言われている。 -
午後4時 チェンストホーバをあとにして、クラクフの町へ向かいます。
ごご6時ホテル着。
本日のお宿は ノボテル・クラクフ・ブロンヴィーチェ。
ノボテルはヨーロッパのホテルチェーンなのかな。
ここにも2連泊しました。
部屋は広く、機能的で清潔。
7時15分からホテル内のレストランで夕食。仲良くさせてもらっている50代(60代かも!?)の姉妹の方、同世代の一人参加の女性と4人で席に着く。ビュッフェ形式なので自分の好きなものだけ持ってきた。
サラダ、鶏肉のソテー、トマトパスタなど。ビールは10zt(高っ!)
夕食後、4人で買い物に出かけた。と言っても、周りには何にもなく、ガソリンスタンドがあったので、そこでお菓子やらビールやらジュースを購入した。1人でも安全だと思うけど、何かあったらやっぱり怖いもんね。必ず誰かに声かけるようにしています。
明日は、いよいよアウシュビッツの見学だ。今回ポーランドを選んだ理由はただ一つ。負の遺産「アウシュビッツ強制収容所」をこの目で見たいと思ったから。「白い巨塔」(唐沢寿明主演)で、「ビルケナウ」を見て衝撃を受けたっていうのもありますが・・・。
どんな気持ちになるんだろう。どんな刺激を受けるんだろう。
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