リオデジャネイロ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2010年3月2日、リオデジャネイロ空港に到着。<br />ホステルに頼んでおいた空港へのお迎えはすぐに見つかって、すぐにホステルに迎えました。 <br /><br />当たり前だけど、外はマックラ。な上に、また雨だよーっ!! <br />だけど楽しみにしていたせいか、着陸直後からなんだかワクワクしてじっとしていられない感じ。 <br /><br />この感じってちょっとNYの時と似てる。<br />エネルギーが溢れてる街に降り立つ感じ。<br /><br /><br />空港からホステルに向かうタクシーから見える景色は、サンパウロと同様、かなりたくさんの教会。 <br />ふと、ゲレンデみたいに山のてっぺんが光っているのに気付きました。 <br /><br />あ、そういえば、キリスト像があるはず…って、あったー!! <br />山のてっぺんでライトアップされて夜の闇の中に浮かぶ、真っ白なキリスト像がっ!! <br />両腕を180度にのばし、しっかりと立っていました。 <br /><br />あまりにもあっけなくキリスト像が見つかったので、なんだかボー然。 <br />威圧感とかを感じるかと思ったけれど、なんていうか…これは感動? <br /><br />無事にここまで来れたことへの感謝と、この街でまたいろんな出会いがあることを祈り、早速明日にでも行ってみようと思いました。 <br /><br /><br />ホステルから迎えに来てくれた車は、シャネルやヴィトンなんかが並ぶ通りを越えたすぐの安酒場みたいなところの前で止まりました。 <br />夜も11時近いと言うのに、通り中に響くような大音量でクラブミュージックがかかり、降りしきる雨にかまうことなく、たくさんの人がロビーでビールを飲んだり、タバコを吸ったりしています。 <br /><br />あ…っっりゃ〜こりゃずいぶんファンキーな所に来ちゃったな〜と思いつつ、エレベーターがあることに感謝。<br />チェックインして部屋に行ってみると、部屋にはすでに5人の女の子がいました。 <br /><br />彼女たちは英語じゃない言葉で喋っていて、まぁここはブラジルだからポルトガル語だし、ホステルなんて基本旅行者の集まるところなんだから、スワヒリ語でもロシア語で話すやつがいてもおかしくなかろう、なんて思っていたら、彼女たちのうちの一人に話しかけられました。 <br /><br />何処から来たの? 名前は? <br />NYから来た日本人だと答えると、彼女たちは興味深々でしたが、どうやら英語がままならない様子。 <br /><br />聞いてみると先日大地震が襲ったばかりのチリのサンティアゴから5人でリオデジャネイロに旅行に来ているのだそう。 <br />こんな時にのんびりリオにいていいものなのかと、サンティアゴの状態を聞くと、あっけないくらいサッパリと、うん、大丈夫、と言われてしまいました。 <br /><br /><br />チリのサンティアゴでは多数の死者を出し、空港は閉鎖され、街ではたくさんの建物が崩壊したと聞きます。 <br />まぁ大丈夫と言うならいいけど、とソレ以上聞きませんでしたが、なんとなく腑に落ちない感じ。 <br /><br />このホステルではWi−Fiが使えるのですが、それもどうやら1〜2階だけのようです。 <br />パソコンとコンセントを持って、階下に降りると、宿泊客用に置いてある3台のパソコンに並ぶ列があって、 <br />その裏に小さなテレビとちゃぶ台(!)とクッションが落ちている部屋を見つけました。 <br /><br />誰もいないし、階下からの音がちょっとうるさいものの、ここは快適♪ <br />メールチェックをして、ビールでも一杯飲んでから寝るか、と1階のロビーに行くと、アルコールの販売は12時まで、なのだそう。 <br /><br />酒を飲みたけりゃ、今夜はこの近くでパーティがあるから来るといいよ、と近くにいたオッサンにフライヤーを貰いました。 <br /><br />今日は飛行機を逃したり、小さな移動だったけど飛行機にも乗ったし、明日のために早く寝ようと思っていたし、そこまで飲みたかったわけでもないので、大人しく部屋に戻ると、すでに真っ暗で誰もいなくなっていました。 <br />どうやらみんなでさっきオッサンが言っていたパーティに行ったようです。 <br />ひとりでゆっくりシャワーを浴び、誰に気兼ねすることなく、ベッドに入り眠りに落ちます。 <br /><br />その後、夜中に戻ってきたサンティアゴの娘たちにその後何度となく起こされることになるのだけど。<br /><br /><br /><br />2010年3月3日、 <br />朝早くからサンティアゴの娘たち5人は騒がしく、目覚ましの音やら話声やらで何度も起こされました。 <br />それでも粘って9時半まで眠り、シャワーを浴びると、娘の1人で最もよく英語を話す子がいたので、社交辞令的に今日どうするのか、と聞いてみました。 <br /><br />彼女はこれからみんなでキリスト像に行くのだと言います。 <br />おぉっ!! キリスト像!!! <br /><br />訪れる時間によって見え方が異なるというコルコバードの丘に立つキリスト像を訪問中に何度か行ってみたいと思っていました。 <br /><br />友達5人で旅行に来ている人たちに便乗するのもどうかと思ったけれど、治安が悪いと言われている地だし、何より地理がわからん!<br />ということで、ゴリ押しして一緒に連れて行ってもらうことにしました。 <br /><br />ホステルの前で他の子を待つ間、4人中3人がタバコを吸いだしたので、一気に煙に巻かれます。 <br />喫煙率高いな〜。 <br /><br /><br />全員がそろうと、みんなで大通りの方へ歩き出します。 <br />私はスペイン語も喋れないし、特に誰も話してくれる気配がないので、1人で大人しくついていきます。 <br /><br />5分程歩いたところにあるバス停で、みんなでバスを待っていると、サンティアゴの娘の1人が、この番号のバスに乗るの、と紙切れを見せてくれました。 <br /><br />バスは続々と来ますが、その番号らしきバスはまったく来ません。 <br />ところで、ほぼ全部のバスはなぜか「メルセデスベンツ」。 <br /><br />しばらくして停まった1台のバスの運転手が何か叫んでいます。 <br />最初、誰も気づきませんでしたが、そのうち娘の1人が「キリスト?!」と叫ぶと、運転手が何かを答えました。 <br />どうやらこのバスはコルコバードの丘に行くのだそうです。 <br /><br />みんなで一斉にバスに乗り込みますが、入口でお金を払うのにもたつき、私だけ先にバスの入口のゲートをくぐって中に入って座って待っていると、次々に支払いを終えて中に入ってきた5人は一番後ろの席に陣取ります。 <br />後を追いかけるのも面倒だと思い、前の方の席に座ったまま出発。 <br /><br />空を仰ぐと、厚い雲間から青空が見えています。 <br />コレは晴れるかも? <br /><br />商店街や住宅街を抜けて、バスは遠路キリスト像のあるコルバドールの丘へ。 <br />その間バスの窓から見えるのは、たわわに実のなったヤシの木やちょっと古びたビルやスーパー。 <br />街の様子がよくわかります。 <br /><br />一番目立ったのが、フィットネスクラブ。<br />それもゴールドジム並みのガッツリ系ばかり。 <br />ここでは体をムキムキにしたい人が多いのでしょうか…? <br /><br /><br />やっと着いたバス停から頂上に行くトラムに乗るまでの道中、10人くらいの男性からコルバドールの丘ツアーに参加しないか、とすごい勧誘を受けました。<br />値段を見て無視するものの、サンティアゴの娘たちはそうはいかず、スペイン語でのツアー詳細を聞いています。 <br />トラムで上るだけなのに、ツアーもくそもないだろうよ、娘たち…。<br /><br />煮え切らない感じで彼女たちを待ってトラムの駅に向かいます。 <br />途中、彼女たちはお土産屋さんをのぞき、写真を撮り合い、なかなか前に進みません。 <br /><br />帰り道でいいじゃん…。 <br />雨とか降ってきちゃうかもよ?? <br /><br />じりじり待ちながら少しずつ進み、やっと真っ赤な車体のトラムに乗ります。 <br />トラムの前でもみんなで写真撮影。 <br /><br />中には既に人がたくさん乗っていて、私たちは逆方向を向いて乗ることになりました。 <br />乗って間もなく、トラムは動きだし、急勾配の山を登っていきます。 <br /><br />森の中を直線にどんどんと登っていき、途中にはスラム村やドリアンの生った木(!)なんかもあって、乗客はカメラを持ってキョロキョロ。 <br /><br />途中いくつかの小さな小さな駅に停まって、数人の乗降客があった後、頂上近くでついに森林の壁がなくなり、絶景が広がります。 <br />乗客はいっせいに息をのみ、カメラを構えるものの、それも一瞬。再び視界を塞ぐ分厚い森が現れます。 <br />それから先、何度か森林の壁が突然切れて、どんどん頂上に近づいてきているのがわかります…!!<br /><br />トラムの中で写真撮影を頼んだ男の子と話しました。 <br />彼はカナダから伯父さんと伯母さんと弟とリオのコンドミニアムに遊びに来ているそう。<br />スペイン語しか喋らないサンティアゴの娘のとの距離の取り方にウンザリしていた私には嬉しい話し相手。 <br /><br />トラムが着くと、そこから一斉にみんなで頂上を目指します。 <br />が、なんだかそのまますぐに上ってしまうのももったいないような気がして、土産物屋やらカフェやらでモタモタするサンティアゴの娘たちと一緒に絶景の中、お茶をしてみたり。<br /><br />大きく両手を広げて立っているキリスト像の背中をもうすぐそこです。 <br />その向こうには相変わらずドヨンとした厚い雲が。 <br /><br />ついに最後の階段を登ると、そこに広がる素晴らしい景色に、思わずキリスト像を忘れるほど。 <br />すぐ下にリオデジャネイロの街が広がり、その向こうには海にぽっかりと浮かぶ不思議な形の島々が見えます。 <br /><br />ふと、このキリスト像が特別なんじゃなくて、「この場所」が特別なんだろうな、と思いました。 <br />リオデジャネイロに着いた時から思うのが、恐らくエネルギースポットのひとつだという事。 <br /><br />「土地」と「人」の相性ってあって、私はNYで「土地」に合わなくて出ていく人を何人も見ました。 <br />リオデジャネイロはちょっとしたエネルギースポットだろう、と思うだけでなく、私がここのエネルギーと合うから訪れるチャンスがあったのかもな、と改めて思いました。 <br /><br />この場所はそれだけ特別だから、ここにキリスト像が建てられることになったのでしょう。 <br />迫力に押されちゃうかと思っていたキリスト像はちょうどハグ待ちしている人みたいに腕を広げていることが分かりました。 <br />素晴らしい街だな、と思って眼下に広がる景色を色んな角度から眺めます。 <br /><br />そうそう、ここにきたらやりたいと思っていたこと、それはキリスト像との「タイタニックごっこ」。 <br />みなさんご存知の映画ジャックとローズの「タイタニック」ですが、船頭で2人がいちゃいちゃしながら、&quot;Jack!! I&#39;m flying!!&quot;とローズがはしゃいでいたシーンを覚えているでしょうか? <br /><br />私はキリスト像とアレをやりたくて、ここに到着した暁には絶対に実行しようと思っていました。 <br />NYのおじいちゃんにこの話をすると、最初は指をさして笑ってくれていましたが、最終的には、いいけど、落ちないでね。と真剣な顔で言われました。 <br /><br />が、このキリスト像、実はおよそ30メートルの背丈で、 <br />身長172.5センチの私にはとうてい並ぶのは不可能(同じ尺で考えられるレベルではなく)。 <br />と言うわけで、精一杯努力した結果が写真に収められました。<br /><br /><br />さて、そんな私の小さな野望がなんとなく消化不良に終わったことに舌打ちしていると、どこからともなくさっきトラムの中で話した男の子が現れました。 <br />スゴイ景色だよねぇ…なんて話しているとサンティアゴの娘たちがいなくなっていることに気付きました。 <br /><br />頂上のキリストの足元にはたくさんの観光客で、それでも目立つであろう5人組みは探しても見つかりません。 <br />まぁ…いっかと、トラム青年が下のカフェで一杯飲もうと誘ってくれたので、ブラジル特産のライムのなんとかというお酒を頂きます。 <br /><br />美味しい…けど強い。 <br />この子酒強いんだなぁ。 <br /><br />口をつけ始めた頃、彼の伯父さんや弟がやってきて、雨も降ってきたし、そろそろ丘を下りて家に戻るよ、と声をかけに来ます。 <br />その青年…ニックは、私に彼らの滞在しているコンドミニアムを見せたいのだ、と言って、この1杯を飲んだら、丘の下で待ちわせることになりました。 <br /><br />飲みながら、ここまできた経緯や出身やら何やらを話します。 <br />彼はイタリア系の血で、今はカナダに住んでいるのだそうです。 <br /><br />英語とイタリア語を話し、今はスペイン語を勉強中なのだとか。 <br />顔もそこそこいい作りしてるし、きっと将来恰好よくなるんだろうなぁ、なんて思っていたら、ふと年を聞かれました。 <br />彼は23歳だそう。。 <br /><br />明らかに私を若者と誤解している彼に、本当の事を言うべきかどうか散々迷い、結局、30歳だというと、彼は本気で唖然とし、しばらく言葉を失っていました。 <br />あぁ…ひどい。こんなにもショックを受けられるとは。 <br /><br />コレを読んでもらっている方々に誤解しないでほしいのは、別に私の外見は特別若く見えるわけではないと言う事。 <br />欧米人にとって、アジア人って幼く見えるんですよね。 <br />肌の質感とか、やっぱり湿度の高い国で育ったおかげで、彼らよりはコンディションが良かったりします。 <br />私に限らず、ね!<br /><br />とはいえ、ここまで話をして年齢一つで態度を変えるわけにはいかないと思ったのか、彼は予定通り、一緒にトラムに乗って、丘を下ります。 <br />帰りのトラムの中で、黒人の3〜4人組が楽器を持って電車に乗り込み、乗客の2〜3人がそれに合わせて踊りだしたりして、なんだかブラジルにいることを実感。 <br /><br /><br />それから、丘の下でニックは彼の家族と共にレンタカーで滞在しているコンドミニアムに連れて行ってくれて、丁寧にすべての部屋を見せてくれました。 <br /><br />部屋はビルの最上階で、ベッドルームが5つ、お風呂が2つ、ベランダでBBQ用のコンロまであります。 <br />その奥には左側に山が見えて、右側には雨で曇ったビーチが続いています。 <br /><br />すばらしい眺めだな、と思いました。 <br /><br /><br /><br />夕方、両親が一緒に来ていないのをいい事に、リオでタトゥーを入れたいのだと言って、私を近所まで送りがてら、予約していたタトゥーショップに単身乗りこんでいきました。 <br /><br />私はそこからホステルまで歩いて1時間弱程の距離でしたが、今までの旅の疲れによる頭痛が来そうな予感と、雨が降りそうだったので30分ほどウィンドルショッピングをした後、タクシーでホステルに帰りました。 <br /><br /><br />サンティアゴの娘たちはまだ部屋に戻ってきていないようで、私はメールチェックをした後、ベッドに入り、少しでも頭痛が落ち着くように体を休めてみます。 <br /><br />途中、何度かサンティアゴの娘たちが帰ってきて、電気をつけたり、騒いだりしている音で目が覚めましたが、覚醒することなく、今日はもうグッスリ。。<br /><br /><br /><br />2010年3月4日、 <br />今日も朝から空はどんよりと曇っていて、いつまた雨が降ってきてもおかしくなさそうです。 <br />9時50分の目覚ましが鳴るまで珍しく眠ってしまい、10時まで1階で食べれる朝食を逃してしまいました。 <br /><br />急いでバスルームに入ってシャワーを浴びるものの、バスルームは髪の毛とホコリと水でグチャグチャ。 <br />うえぇぇっ。 <br /><br />しかもシャワーの排水溝も詰まっていてたいへんなことになっています。 <br />見ない、見ない…。 <br /><br /><br />海外生活をはじめて思ったのは、外人って絶対足の裏、汚い…。 <br /><br />メールチェックをしながら、サンパウロで出会った日本人に紹介してもらったリオ在住のヴィヴィアンから聞いていたスパに電話して予約を取ります。 <br />朝方まで出入りしていたサンティアゴの娘たちに夜中に何度となく起こされましたが、旅も後半でかなり疲れていたし、肩こり頭痛も手伝ってかなり眠れました。 <br /><br />ホステルの受付でスパまでの行き方を聞くと、どうやら中心街にあるらしく、地下鉄に乗らないとならないようです。 <br />行き方をよく聞いて、近所でブランチを食べたり、ウィンドゥショッピングをしながら、地下鉄の駅まで歩きました。 <br /><br />ブランチにはハンバーガーなんかを扱うような小さなお店に訪れたのですが、サラダを頼むと、雑草のような味で、半分も食べれませんでした。 <br /><br />一緒に頼んだアサイーは紫色のヤシ科の一種の果物で、うっすら甘い味付けで、ブラジルで有名な飲み物のひとつ。 <br />冷たくて美味しかったのですが、なんだか栄養吸収できたような気がしない…? <br /><br /><br />街を歩いてみると通りだけでも、色んなものが見れます。 <br />サンパウロにもあった色んなデザインの牛のオブジェや、オベリスク、信号なんかもちょっと違います。 <br /><br />やっと見つけた地下鉄の駅の窓口でチケットを買い、電車に乗ります。 <br />この駅は最近できたばかりだそうで、リオデジャネイロの街が近代化している感じがしました。 <br /><br />さて、目的の駅に着くと、思った以上に都会で、私が滞在しているのはリゾート地なのだな、と改めて実感。 <br />交通量の多さもさることながら、見渡す限りの高層ビルでNYや東京ほどじゃないにしても、ビーチ沿いとの雰囲気の違いに一瞬ビックリ。 <br /><br />なんとか見つけたスパは雑居ビルの2階に入っていて、受付に予約した旨を伝えると、英語が通じなかったようで、代わりにオーナーらしき女性が出てきました。 <br /><br />南米を廻っていて、緊張性頭痛と疲労でマッサージが必要だと言うと、彼女はそれなら、普通のマッサージよりもっといい物の方がいい、と$5高いマッサージを勧めてくれました。 <br />$5ドル程度でそんなに変わるなら、と試してみることに。 <br /><br />通された部屋は和風な作りで、布団が敷いてあって、行燈まで置いてあります。 <br />言われた通りパンツ一枚に、タオルを巻いて横になっていると、やはりこれまたオイルマッサージ。 <br /><br />それでもここのマッサージは日本の指圧に極めて近いもので、途中で眠りに落ちてしまうほど心地いいものでした…。 <br /><br /><br />スッカリ楽になって、スパを出ます。 <br />外に出ると、再び雨が降りそうな空模様でしたが、せっかく待ち中まで出てきたので、可能な限り散策。 <br /><br />とはいえ、また一気にペースを上げるとせっかくのマッサージ効果もなくなるだろうと、スローペースにカフェでお茶をすることに。 <br /><br />そこでガイドブックを読んでいると、この辺りにピラミッド型のカテドラル(教会のスペイン語名称)や昔ならではトラムに乗ることができるというのを知って、早速行ってみます。 <br />教会巡りは私の旅には欠かせないもので、そこで休憩したり、その町の文化をマッタリと見たりします。 <br /><br />ガイドブックに書いてある通り、このカテドラルは珍しいピラミッド型をしており、実際中に入ってみると、 <br />4方にある素晴らしいステンドグラスから光が差し込み、快適な空間を作っていました。 <br /><br /><br />ツアーの団体がいたので、後ろに着いてちょっぴり盗み聞き。 <br />このカテドラルには4つの入口があって、そこから十分な風が入ってくるので、中の気温は快適に保たれ、日が出ている間は、4つの大きなステンドグラスから差し込む光によって照明いらずなのだそうです。 <br /><br />うーん、確かに心地いい。 <br />ここで2〜3時間くらいゆっくりしてもいいなぁ…なんて思うほど、ちょうどいい風が流れてきて、マッタリしてしまいます。 <br /><br />が、またいつ雨が降ってくるかもわからないし、今夜はサンパウロで会ったケースケが紹介してくれた現地の女の子に会う予定。 <br />地理がまともにわからないのに、ここでマッタリしてしまうと、後々慌てる事に。。 <br /><br />というわけで、次はこのカテドラルの裏にある昔ながらのトラムに行ってみます。 <br />このトラムは電化にして約110年という年代物だそうで、駅を出ると、1721年に砂と貝をクジラの脂で固めた水道橋を走るのだそうです。 <br /><br />小さな駅に着くと、思わず引き返そうかと思うほどの人が改札に集まっていて、ゲートが開くのを待っています。 <br />その先には既に満員…というかもう電車の周りに人がぶら下がっているような状態の黄色いトラムが出発を待っていました。 <br />せめてここまで来たのだから写真だけでも…と改札まで行き、写真を撮っていると、なんというタイミング、次のトラムがやってきて、改札が開けられました。 <br /><br />これは…もう乗るっきゃない!! <br />USドルで50セントにも満たない乗車券を窓口で買い、黄色のおんぼろトラムに乗り込みます。 <br /><br />トラムはディズニーランドのチンチン電車を100年くらい使ったようなボロボロっぷりで、座席が満員になると、次々にトラムの周りのステップに人がぶら下がり、やがて満員になりました。 <br />乗客のほとんどは明らかな観光客で、日本人の姿はおろかアジア人の姿もありません。 <br /><br />やがて運転手がエンジンをかけると、乗客のテンションは急上昇。 <br />が、1メートルも進まないところで、トラムはプスリと音を立てて、止まってしまいます。 <br /><br />うっ…やっぱり乗るべきじゃなかったか。。 <br />夜の待ち合わせの時間が気になります。 <br /><br />イライラと時計を見る私とは対照的に、乗客はおぉ〜…という幻滅の声を出して、ぶら下がっていた客は一度地面に降り、中には運転手と一緒にエンジントラブルを解明しようと参加する者すらいます。 <br /><br />いやいや、いいから早くしようよ、とじりじりしていると、 <br />トラムは5分程で再び息を吹き返し、ガタガタ言いながら、駅のプラットフォームの前に丸く敷かれたの線路を一周して坂を登っていきます。 <br />(Uターンするための線路らしい)<br /><br />おぉっ…動いたー。 <br />という密かな私のニヤリは、乗客の歓声に消されます。 <br /><br />この乗客のテンションの上がり下がり具合は、さすが南米と言うか…。 <br />これがNYや東京だったら、ただブーイングが走り、動きだしても誰も歓声なんてあげないでしょう。 <br />イライラしていた自分がちょっと恥ずかしいな、なんて思っていたら、トラムはプスンッという音を立てて、坂の途中で再び止まりやがりました。 <br /><br />はっ?! ちょっと急いでんだけどーっ?!! <br />思わず大きなため息を漏らし、イライラ度全開。 <br /><br />乗客はさっきより大きめの&quot;おぉぉぉ〜っ&quot;を出し、運転手は再びトラムを降りてエンジンチェック。 <br /><br />今度はそれほど時間がかからず、エンジンが戻ってきました。 <br />今度こそ快適な走り。乗客の歓声はワールドカップ並みまで上がります。 <br /><br />つまらん都会で育ったもんだ…と改めて自分の短期に反省するものの、トラムに流れ込んでくる風は最高!!<br /><br />ガイドブックにあった橋を渡り、坂をどんどん登っていきます。 <br />終点付近になると地元の半裸の子供たちがトラムにぶら下がり、それもたまに何人か落ちたりして、見ているこっちはハラハラします。 <br /><br />だけど、さすがは現地民、笑いながらムクリと起き上がり、再びトラムにぶら下がってきます。 <br />タフだな〜。 <br /><br />終点箇所でUターンをしてトラムは今度は坂を降り始めます。 <br />降り始める時に、トラムに乗っていた男性の1人が器用にトラム内の座席を行き来して、乗客1人1人からお金を集めます。 <br /><br />現地の子供たちは相変わらず笑いながらトラムにぶら下がり、トラムは坂を下りるのにどんどんスピードをあげます。 <br /><br />再び駅近くの橋を渡る時、トラム1台がスレスレ通れるくらいの幅の橋のため、さっき乗客からお金を集めていた男性が、現地の子供を落ちないようにと、中に入れました。 <br />追い出すのではなく、中に入れるのか、と改めて感心。 <br /><br /><br /><br />急いでホステルに戻って、着替えて待ち合わせ場所に行かなければ、と大慌てで改札口を出て、スタスタと地下鉄の駅に向かいます。 <br />一番乗りで歩いていると、後ろから声をかけられました。 <br /><br />振り返ると男性が1人立っていて、写真を撮るための旅をしているのだと言います。 <br />とりあえず滞在先の場所は近いので、一緒に地下鉄に乗ることにしました。 <br /><br />彼はアンディと言って、オーストラリア・シドニーに住んでいるのだそうです。 <br />同じ駅まで一緒に行って、今日はこの後予定があるから、ということで、明日会う事になりました。 <br /><br />駅を出ると雨が降っていて、慌ててタクシーを捕まえて、ホステルまで戻ります。 <br />ホステルに戻ると、部屋からサンティアゴの娘たちは1人残らず消えていて、代わりにマッチョな男子2人がトランクス1枚で筋トレをしていました。<br />思わず開けた扉を閉めてしまいました。 <br /><br />私の後ろで掃除をしていたホステルのオジサンが本当に君の部屋はココなのか?と聞くほど場違いな状況で、私も一瞬唖然。 <br />いやー…ここだと思うよ?と気を取り直して、もう一度扉についている部屋番号を確認してから、ドアを開けます。<br /><br />筋トレボーイズは「いやぁ、ごめんごめん」と気を遣ってくれて、軽い挨拶。<br />イスラエルから来たのだそう。みんないい体してるな〜。<br /><br />イスラエルと聞いて、一瞬物凄く食いつきたくなったほど、<br />私は興味を持っていて、いつか最も行きたいと思っている国。<br /><br />とはいえ、マッチョ君2人が裸同然でいる部屋は居心地が悪いし、時間もないので、<br />自分のベッド横にあるロッカーからノートパソコンを取り出し、2階のネットがつながる部屋へ。 <br /><br />今夜会う予定のラファからメールが来ていて、今夜の待ち合わせ場所の確認と、何を食べたいかなどをスカイプで相談します。 <br /><br />雨はいよいよ本降りになっていて、タクシーで待ち合わせ場所のショッピングモールまで行くことにしました。 <br />夕方の帰宅ラッシュと言う事もあり、タクシーは渋滞にはまって、ラファに聞いていた時間の倍以上かかりました。 <br /><br />イライラと雨の中、ショッピングモールに降りて、まだ見たことのないラファに電話をすると、トイレに行っていた彼女はすぐに戻ってきて私を見つけてくれました。<br /><br />驚いたことに彼女は以前埼玉に住んでいたそうで、日本語がペラペラ。 <br />今はリオで働きながら1人暮らしをしているのだそうです。 <br /><br />イタリア語を勉強しているそうで、夏にはローマに2週間短期留学に行くのだそう。楽しみにしているのだと言います。 <br /><br />ショッピングモールの上の階のレストラン街で、一緒にピザを食べて、リオのマニキュアは安いから、ネイルショップに行ってみようということになりました。 <br />せっかく会ったのに私一人がマニキュアしたんじゃ申し訳ないよ、明日一人で来るよ、と言うと、彼女は通訳がないと、マニキュアもできないでしょ、と言ってくれました。 <br />可愛くて本当にいい子!<br /><br />マニキュアとペディキュアの両方をやってもらったのですが、お値段はやはりとても安い。<br />ただやり方がとても独特で、マニキュアをベチャッと爪に乗せて、ヘラで周りを拭きとっていくというもの。<br />これが痛いんだ。すごい力でやるから。<br /><br />旅行中であるのをいいことに、ちょっと派手めな色をチョイス。<br />それから、2人でモールの中に入っているスタバに行ってコーヒーを飲んで帰りました。<br /><br />明日は金曜日。 <br />せっかくリオにいるのだからパーティに行こうと、誘ってもらって、また明日会う事に。 <br /><br />再びタクシーをつかまえてホステルに帰ります。 <br />明日が楽しみだ♪<br /><br /><br /><br />2010年3月5日、 <br />朝、ホステルの1階のロビーで朝食を食べていると、ホステルの女性が話しかけてきました。 <br />貴方、今日でチェックアウトよね? <br /><br />はっ?なんだソレ? <br />今日は金曜日。1日間違えて予約してたかな? <br /><br />確か明日の夜、サンパウロに戻って、次の朝ペルーのリマに飛ぶ予定だったハズ。 <br />もう一泊すると6人部屋はもういっぱいだから、今泊まっている部屋を出て、9人部屋に行けと言われました。 <br /><br />サンティアゴの娘たちに疲れたばかりだったので、そんなんだったらあと一泊くらいホテルに泊まるわ、とそのままネットでホテル探し。 <br /><br />ところがこの時期よっぽど人気なのか、ほとんどのホテルがいっぱいなだけでなく、当日のホテル予約というものを受け付けないところもあって、直接電話しては断られるか、1人部屋としては驚く値段を言われるかのいずれかでなかなか決まりません。 <br /><br />それでもなんとか1万円ほどのホテルを見つけて、予約を取ります。 <br />それからランドリーに行って、値段を確認すると、シャツ4枚、パンツ5枚くらいの洗濯物で、40ドルくらいかかると言われて仰天。どんな洗濯してくれるんじゃ〜。 <br /><br />先日からはじまった耳の痛みはもうマックスになっていて、ご飯を食べるときだけではなく、何もしていない時ですらジンワリ首から頭に痛みが続きます。 <br />東京にいる親友のマイクに相談すると、それは気圧の変化に耳が耐えられなくなっているから、耳薬を買って耳にかけとけ、と言われました。 <br />荷物をまとめてロビーに預ける際に、耳薬が欲しいと薬局で伝えられるように、ポルトガル語の手紙を書いてもらいました。 <br /><br />近所の薬局に向かっている時に、昨日の夕方会ったオーストラリア人のアンディから連絡が来て、今日これからツアーに参加して、どこどこの方に行ってみるんだけど、一緒に行くか、との事。 <br />今夜のホテルも決まったことだし、どこに行くかよくわかんないけど、乗ってみるか、と昨日別れた地下鉄の駅付近で待ち合わせすることになりました。 <br /><br />耳薬も無事買えたし、それまで少し時間があったので、天気もいいし、ビーチを歩いて行きます。 <br />南米に来てから初めてのビーチ、空は快晴とまではいかなくても、ようやっと青空が所々覗いていて、雨続きだった毎日に比べたら上等です。 <br /><br />カメラ片手に、ビーチ沿いを地下鉄の駅の方へ向って歩きます。 <br />右側には不思議な形の山があり、左側には延々とビーチが続いています。 <br /><br />歩いていると、目の前を行く現地民と思しき男性に声をかけられました。 <br />彼は振り返って私と一緒に歩き出し、怪しげなことを言いだします。 <br /><br />君は…自分の国ではない所に住んでいるな、いやいや、私にはわかるんだよ、親しげに笑いながら男性は話すことをやめません。 <br /><br />ビーチ沿いを歩くのは初めてだったので、治安も悪くて有名だし、目的地だけ行って、連れて行ってもらおう、と大人しく話を聞きながら、途中まで一緒に歩くことに。 <br /><br />どこの国に行ってもだいたいこういうスピリチュアル系の人によく話しかけられるものですが、彼はヨガの先生をしているのだそうで、他の人には見えないモノが見えるのだそうです。 <br />そりゃ大変だなぁ、とウンウンと聞いていると、 抽象的な表現をあらわす英単語がわからない私には30%くらいしか理解できなかったんだけど、彼が言った「君のココロは笑顔を作る準備ができている」という所はなんだかよくわからないけど、ちょっと嬉しいものでした。 <br /><br />さて、待ち合わせ場所に着いたものの、彼は一向に立ち去らず、近くの喫茶店の椅子に座りだし、話すことをやめません。 <br /><br />いい加減ウンザリしてきて、私はここで友達と待ち合わせだから、貴方とは居られないのよ、と言っても彼はじゃ、それまでここに居る、と立ち退きません。 <br />仕方がないのでアンディに電話をして、今どこかと尋ねるものの、彼の到着までもう少し時間がかかりそうです。 <br /><br /><br />喫茶店のウェイターがメニューを持って現れました。 <br />そりゃー来るだろう、と思うものの、彼はオーダーをするそぶりさえ見せず、さすがに私は仕方なく、自分の分のアサイーを一杯オーダーします。 <br /><br />なんだかおかしなことになったもんだ、とため息をつくも、彼は話し続けます。 <br />やがてアンディが到着すると、男は自己紹介をし、急いでいるアンディはコレ誰?と言わんばかり。 <br /><br />アサイーを紙コップに入れ替えてもらって、 <br />アンディと一緒に行こうとすると、彼はようやく別れを言って立ち去りました。 <br /><br />喫茶店のほぼ向かいに住んでいるアンディは、彼の滞在している短期ステイ向けのアパートの入口にツアーガイドのオバサンが来ているのを見つけて、慌てて荷物を置きに部屋に行きます。 <br />私はその間、急きょツアーに参加したい旨を優しそうな笑顔にがっしりした体形のオバサンに話すと、彼女は今日のツアーはアンディだけだから、彼がOKならもちろん大丈夫よ、と笑顔で言ってくれました。 <br /><br />ツアーのバスは故障をしているということで、現地民が使う、路線バス(普通の車)を使う事に。 <br />先ほど歩いたビーチ沿いの道を30分ほど戻り、ホステルを越えて、今朝ホステルから見た反対方向にある不思議な形の山を目指します。 <br /><br />アンディの説明によると不思議な形の山の裏の斜面にはスラム街があって、そこに行って写真を撮りたいのだ、でも観光客が個人で行くと危ないから、ツアーに参加したのだ、と言いました。 <br />まったく地理のわからない私にとって「へぇ」としか言えない状況でしたが、ガイドツアーでしか行けないというのはちょっぴり興味深いもの。 <br /><br />山の斜面と海の間のせまい道路をくねくねとすごいスピードで走り抜け、着いた所は高速道路の高架下。 <br />見上げると山の斜面沿いにびっしりと家が建っていました。 <br /><br />不思議な形をした山は今は目の前にあるものの、裏に回ったせいで、それが今朝見た山と同じ形をしていることすら怪しいほど印象を変えています。 <br /><br />ツアーガイドのおばさんは私たちを近くの大きな建物に連れて行きました。 <br />建物の壁には綺麗な蝶の絵がたくさん書いてあって、中に入ると、体育館のようにガランとした場所。 <br /><br />ここはリオデジャネイロを世界的に有名にしているサンバの練習場なのだそうです。 <br />サンバに限らず、ここでは色んな芸の練習をするところなのだそうで、いくつかの衣装の展示もされていました。 <br />他にも今年のサンバカーニバルの写真や衣装の写真があちこちに貼ってあって、このカーニバルを見るのに場所によってはすごい値段がするのだという説明を受けました。 <br /><br />外に出て歩道橋を上がると、あの家が密集する山の斜面が目の前に現れます。 <br />今まで見たこともないような数の家が立ち並び、思わず目が点。 <br /><br />この歩道橋を越えるとスラム街になるのだそうです。 <br />山の斜面を登るのに、バイクタクシーを使うが構わないか、と言われ、日本で友人に乗せてもらったり、タイやベトナムのバイクタクシーなんかで乗り慣れていてほんっとうに良かった、としみじみ。 <br /><br />スラム街の入り口で客を待つバイクとおばさんが交渉し、おばさんと私とアンディの3人はそれぞれバイクの後ろにまたがり、山の頂上を目指します。 <br /><br />アスファルトで舗装された道路は、NYほどではないにしても所々穴があいている上に、交通量が多いので、トラックなどの大型車両と連れ違う時に足を持っていかれるのではないかと思うほど。 <br />現地の人は慣れているのでしょうが、トラックの大きなタイヤが5センチ先を回転しながら去っていくのを見ると、思わず背中に冷たいものが走ります。 <br /><br />それでもバイクタクシーの運転は快調で、片手でバイクにしがみつき、片手でデジカメを握りしめながら写真撮りまくりです。 <br /><br />途中、アンディとすれ違ったので、写真の撮りっこ。 <br />バイクタクシーを運転する彼らは写真を撮られるのが嫌なようで、断られてしまいました。 <br /><br /><br />スリリングなバイクの旅は20分ほどで、頂上に着きます。 <br />そこに広がるのはさっきの山の斜面のてっぺんから海を眺めた景色。心がほっとする瞬間です。 <br /><br />今度はそこから歩いて山を降ります。 <br />ここはすでにスラム街の真っ只中ですが、スラム街にもレベルがあるそうで、一番上はレベル1、それから少し下がるとレベル2、と地価も変わるのだそうです。 <br /><br />家は階段状に作られていて、住民たちそれぞれの話し合いの上で、家の上に息子や甥たちの家が作られるのだそうです。 <br />だから改築の改築で、それぞれの家は不思議な形をしており、それでも崩れることは滅多にないのだとか。 <br /><br />電信柱には恐ろしいほどの電線が巻きついていて、もうすでに業者の人にも手がつけられないのだそうです。 <br />電話などが壊れると電柱の上で、対象の電話線を見つけて修理することができないので、壊れるたびに都度、新しい電話番号にしなければならないんだそう。 <br /><br />さっきバイクで登ってきたアスファルトの通り沿いを並ぶ家と家の間に、細い路地があって、急な階段がのびています。 <br /><br />階段の段差はそれぞれが違っていて、降りるのも一苦労。 <br />路地によっては当然日が差さない所もあって、病気になりやすいのだそうです。 <br /><br /><br />ここでは家と家があまりに近いので、夫婦喧嘩の内容や毎日の行動なんかも筒抜けなのだそうで、プライバシーがないのだとオバサンは笑いながら説明してくれます。 <br /><br />驚くことばかりですが、こんな狭い路地の中に当然お店もいくつか営業しています。 <br />食料品を扱っているところもあれば、小さなバーなんかが突然現れたりして、まるで巨大な迷路のよう。 <br /><br />私の息が切れ始めた頃、オバサンは私たちを彼女の友達だという家に連れて行って、屋上に案内してくれました。 <br />はぁはぁ言う私にオバサンは笑いながら、今日のツアーは上から降りてくるものだけど、下から登ることだってあるのよ、それに私たちはこの道を毎日何往復をして生活しているの、と言います。 <br /><br />福島という車社会で18年弱を過ごし、東京という交通機関が完ぺきに整った都会で12年住み、現在は坂なんてまったくないNYに住んでいる私にとって、ここでの生活は考えられません。 <br /><br />それでも住む環境によってはやはりこれが当然と思い、受け入れざる負えない人も世の中にはたくさんいるのです。 <br />世界は広いっ、なんてなんだかちょっと投げやりな気分で、階段を上りきり、屋上に着くと、そこに広がるのは山の斜面にびっしりとつ連なる家、家、家、家、家…。 <br /><br />昔流行った「ウォーリーを探せ」の本の中に入ってしまったような錯覚に陥りながら、思わず目をこすります。 <br />しばらく言葉が出てこなくて、ただ唖然とそこにある景色を眺める私に2人は大丈夫?と聞きますが、この景色はスゴイ!! <br /><br /><br />南米に来て、この人達のハングリーさにカルチャーショックを受けることが何度かありましたが、この場所はもうその最たる例と言ってもいいでしょう。。 <br />もっとしっかり強く生きなけりゃダメだなぁ、と心を打たれたような気分でした。 <br /><br />再びしばらく路地を歩き続けると、下の方にはバーや商店が増え、半分屋街の美容院や旅行会社なんかも現れます。 <br />一部の場所では撮影禁止と言われました。 <br />人々はとても友好的ですが、やはりそれも場所に寄るようです。 <br /><br />ようやく最初にバイクタクシーを乗った場所まで戻ってきましたが、道中、どうしても飛行機の事が引っ掛かって、アンディがこのスラムで一杯飲んで行こう、という誘いを断り、ツアー終了と同時に一度ホステルに戻ります。 <br />アンディは仕事でメールチェックをしなければならないということで、一度自分のアパートに戻り、その間に私は飛行機の日にちを確認、そしたらまた後で飲みに行こう、という事になりました。 <br /><br />サンパウロに行く飛行機が今日かもしれないだなんて、私の取り越し苦労だよな、ふぅヤレヤレ、なんてホステルに戻って埋もれた荷物の中から予定表ノートを取り出してみると、なんと! <br />サンパウロ行きの飛行機は「今日」ではないですか!! <br /><br />思わず唖然とするものの、ホテルは予約してしまったし、キャンセルできないので、とりあえずタクシーで予約したホテルに行って、シャワーを浴びて着替えます。 <br /><br />ホステルからホテルへ移動中のタクシーの中でアンディに事情を説明、ラファと今夜飲みに行こうと言っていた話もこれでナシです。 <br />懸念はしていたものの、まさか飛行機が今夜だなんて!! <br /><br />シャワーを浴びて着替えるだけに1万円も使ったかと思うと、悔しいぃぃぃっ・・・!! <br />だけど当日の予約はキャンセルできないと何度も言われたし、だったらせめてシャワーだけでもとネットを使い、シャワーを使い、快適な冷房をつけて、ほんの2時間ほど、完全にホテルを満喫。 <br /><br />アンディは最後に一杯飲めなかったことが心残りだったようで(私もだよ!)、空港に向かうタクシーに乗る前に間に合うようなら、ホテルに見送りに行く、と言ってくれました。 <br /><br />が、このバタバタにアンディの到着が間に合う事はなく、私としたことが週末を直前にして街を出るプランにしていただなんて!とタクシーの中で舌打ちしまくり。 <br />空港に向かうタクシーの中でも、まだリオを出ることが信じられなくて、心残り度300%。 <br /><br /><br /><br />絶対また来るからねっ!と心の中で何度も言いながら飛行機に乗ります。 <br />もう…次はどこに行くんだっけ・・・? <br /><br />内容を詰め込みすぎたことと、ささやかな老化で以前のバックパックより遥かに体力が無くなった事を実感。 <br />9時50分出発のガラガラの飛行機で3シートを1人で占領して思いっきりくつろぎます。 <br /><br />せっかくだから窓際でリオの夜景を、と窓を覗き込むと、3日前にリオに着いた時と同様、街の強い光が暗闇の中にくっきりと形を作っていました。 <br /><br />あぁここから離れるの嫌だなぁ、と思いつつ、心のどこかでやっぱりNYが恋しいなぁ、と思います。 <br />そのうち街の光が少しずつ少なくなってきて、やがてほとんど見えなくなった頃、飛行機が少し傾いて、窓から空を見上げるような角度になりました。 <br /><br />大きな月が雲間からわずかに見えていて、なんて美しいんだろう、と見つめていると、飛行機はもっと傾いて、今度はその上に広がる満点の星空が現れました。 <br /><br />あまりの星の多さに思わず息をのみます。 <br />飛行機の良いところって、ちょっとくらい驚いても、エンジンの音がうるさいから誰も気づかない事。 <br /><br />いい地球(ほし)に生まれたな、とちょっぴり感動。 <br /><br /><br /><br />サンパウロに戻って、大急ぎで荷物を取りに行きます。 <br />乗り継ぎ便で来たため、ここで私と一緒に荷物を取りに来た人はごくわずか。 <br />次々と荷物を取ってはみんな空港を出ていきます。 <br /><br />やがて誰もいなくなりました。 <br />うん? <br /><br />なんだか嫌な予感がしながら、荷物が出てくるところを覗き込んでいると、 <br />スーツを着た男の人たちがやってきて、この後どこかに乗り継ぎますか?と聞いてきました。 <br /><br />今夜はここで1泊して、明日の朝、ペルーのリマへ飛ぶのだと言うと、彼は私のチケットを見せるように言いました。 <br /><br />荷物の詳細を書いたシールを見た彼は、&quot;Lima&quot;と書いてありますね、貴方の荷物は直接リマに飛ぶようです、と言いました。 <br /><br />なぁぬぃぃぃぃっ!! <br /><br /><br /><br />驚いていると、彼は大丈夫ですよ、と優しく言ってくれました。<br />でもね、荷物の中には化粧道具やコンタクトレンズのケースなんかが入っているんです、と私が涙目で訴えると、あぁ、それは残念でしたね、と同情してくれました。 <br /><br />まぁ悲しんでいてもしょうがない。 <br />旅にトラブルはつきものだ。旅人は簡単にはめげないだゾ。 <br /><br />明日の朝のフライトは8時半なので、今夜は早くベッドに入りたいところ。 <br />空港の中のカフェで晩御飯にコーヒーを一杯と明日飛行機に乗る時までにお腹がすいた時用に、サンドイッチとパンを1つずつ買い、タクシー乗り場に急ぎます。 <br /><br />この空港に来るのも今回が2回目なので、慣れたもの。 <br />出口はあっち!<br />タクシーの受付で目的地を言ってクレジットカードを渡して、サンパウロの空港近くに予約していたホテルに急行します。(支払いは先)<br /><br /><br />なんて慌ただしい1日だったんだろう!! <br /><br /><br /><br /><br />2010年3月6日、 <br />朝5時にアラームが鳴って、イライラと目を覚まします。 <br />サンパウロのホテルはちゃんとしたホテルの割に、なんだか居心地が悪く、昨夜はなかなか寝付けなかったところに、このアラームはかなり体にこたえました。 <br /><br />シャワーを浴びて、ほとんどない荷物をまとめて、耳に薬をたらし、ロビーにチェックアウトに行きます。 <br /><br /><br />ホテルから無料のシャトルバスが空港まで出ていて、6時に出発。 <br />それまでロビーの隣のカフェでテレビのニュースを見ながら、朝食を頂きます。 <br /><br />ちゃんとしたホテルだけあって、朝食のメニューはけっこう贅沢。 <br />アメリカンブレックファースト的なメニューがブッフェ形式に並んでいます。 <br /><br />目をこすりながら、まだ薄暗い外を見ながら、大急ぎで朝食をかきこみます。 <br />うん、ウマイ。 <br /><br /><br />6時に出発のバスに乗り込み、曇った朝の空を眺めながら、サンパウロの空港へ。 <br />空港に着いたものの、もうすでにチェックインはリオを出た時にしてあるし、預ける荷物もないので、かなり余裕があります。 <br /><br /><br />今度の目的地はペルーのリマ。 <br />今日は何が起こるかな?!

素晴らしい街リオ。心残り度300%!!

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2010/03/02 - 2010/03/06

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satki

satkiさん

2010年3月2日、リオデジャネイロ空港に到着。
ホステルに頼んでおいた空港へのお迎えはすぐに見つかって、すぐにホステルに迎えました。

当たり前だけど、外はマックラ。な上に、また雨だよーっ!!
だけど楽しみにしていたせいか、着陸直後からなんだかワクワクしてじっとしていられない感じ。

この感じってちょっとNYの時と似てる。
エネルギーが溢れてる街に降り立つ感じ。


空港からホステルに向かうタクシーから見える景色は、サンパウロと同様、かなりたくさんの教会。
ふと、ゲレンデみたいに山のてっぺんが光っているのに気付きました。

あ、そういえば、キリスト像があるはず…って、あったー!!
山のてっぺんでライトアップされて夜の闇の中に浮かぶ、真っ白なキリスト像がっ!!
両腕を180度にのばし、しっかりと立っていました。

あまりにもあっけなくキリスト像が見つかったので、なんだかボー然。
威圧感とかを感じるかと思ったけれど、なんていうか…これは感動?

無事にここまで来れたことへの感謝と、この街でまたいろんな出会いがあることを祈り、早速明日にでも行ってみようと思いました。


ホステルから迎えに来てくれた車は、シャネルやヴィトンなんかが並ぶ通りを越えたすぐの安酒場みたいなところの前で止まりました。
夜も11時近いと言うのに、通り中に響くような大音量でクラブミュージックがかかり、降りしきる雨にかまうことなく、たくさんの人がロビーでビールを飲んだり、タバコを吸ったりしています。

あ…っっりゃ〜こりゃずいぶんファンキーな所に来ちゃったな〜と思いつつ、エレベーターがあることに感謝。
チェックインして部屋に行ってみると、部屋にはすでに5人の女の子がいました。

彼女たちは英語じゃない言葉で喋っていて、まぁここはブラジルだからポルトガル語だし、ホステルなんて基本旅行者の集まるところなんだから、スワヒリ語でもロシア語で話すやつがいてもおかしくなかろう、なんて思っていたら、彼女たちのうちの一人に話しかけられました。

何処から来たの? 名前は?
NYから来た日本人だと答えると、彼女たちは興味深々でしたが、どうやら英語がままならない様子。

聞いてみると先日大地震が襲ったばかりのチリのサンティアゴから5人でリオデジャネイロに旅行に来ているのだそう。
こんな時にのんびりリオにいていいものなのかと、サンティアゴの状態を聞くと、あっけないくらいサッパリと、うん、大丈夫、と言われてしまいました。


チリのサンティアゴでは多数の死者を出し、空港は閉鎖され、街ではたくさんの建物が崩壊したと聞きます。
まぁ大丈夫と言うならいいけど、とソレ以上聞きませんでしたが、なんとなく腑に落ちない感じ。

このホステルではWi−Fiが使えるのですが、それもどうやら1〜2階だけのようです。
パソコンとコンセントを持って、階下に降りると、宿泊客用に置いてある3台のパソコンに並ぶ列があって、
その裏に小さなテレビとちゃぶ台(!)とクッションが落ちている部屋を見つけました。

誰もいないし、階下からの音がちょっとうるさいものの、ここは快適♪
メールチェックをして、ビールでも一杯飲んでから寝るか、と1階のロビーに行くと、アルコールの販売は12時まで、なのだそう。

酒を飲みたけりゃ、今夜はこの近くでパーティがあるから来るといいよ、と近くにいたオッサンにフライヤーを貰いました。

今日は飛行機を逃したり、小さな移動だったけど飛行機にも乗ったし、明日のために早く寝ようと思っていたし、そこまで飲みたかったわけでもないので、大人しく部屋に戻ると、すでに真っ暗で誰もいなくなっていました。
どうやらみんなでさっきオッサンが言っていたパーティに行ったようです。
ひとりでゆっくりシャワーを浴び、誰に気兼ねすることなく、ベッドに入り眠りに落ちます。

その後、夜中に戻ってきたサンティアゴの娘たちにその後何度となく起こされることになるのだけど。



2010年3月3日、
朝早くからサンティアゴの娘たち5人は騒がしく、目覚ましの音やら話声やらで何度も起こされました。
それでも粘って9時半まで眠り、シャワーを浴びると、娘の1人で最もよく英語を話す子がいたので、社交辞令的に今日どうするのか、と聞いてみました。

彼女はこれからみんなでキリスト像に行くのだと言います。
おぉっ!! キリスト像!!!

訪れる時間によって見え方が異なるというコルコバードの丘に立つキリスト像を訪問中に何度か行ってみたいと思っていました。

友達5人で旅行に来ている人たちに便乗するのもどうかと思ったけれど、治安が悪いと言われている地だし、何より地理がわからん!
ということで、ゴリ押しして一緒に連れて行ってもらうことにしました。

ホステルの前で他の子を待つ間、4人中3人がタバコを吸いだしたので、一気に煙に巻かれます。
喫煙率高いな〜。


全員がそろうと、みんなで大通りの方へ歩き出します。
私はスペイン語も喋れないし、特に誰も話してくれる気配がないので、1人で大人しくついていきます。

5分程歩いたところにあるバス停で、みんなでバスを待っていると、サンティアゴの娘の1人が、この番号のバスに乗るの、と紙切れを見せてくれました。

バスは続々と来ますが、その番号らしきバスはまったく来ません。
ところで、ほぼ全部のバスはなぜか「メルセデスベンツ」。

しばらくして停まった1台のバスの運転手が何か叫んでいます。
最初、誰も気づきませんでしたが、そのうち娘の1人が「キリスト?!」と叫ぶと、運転手が何かを答えました。
どうやらこのバスはコルコバードの丘に行くのだそうです。

みんなで一斉にバスに乗り込みますが、入口でお金を払うのにもたつき、私だけ先にバスの入口のゲートをくぐって中に入って座って待っていると、次々に支払いを終えて中に入ってきた5人は一番後ろの席に陣取ります。
後を追いかけるのも面倒だと思い、前の方の席に座ったまま出発。

空を仰ぐと、厚い雲間から青空が見えています。
コレは晴れるかも?

商店街や住宅街を抜けて、バスは遠路キリスト像のあるコルバドールの丘へ。
その間バスの窓から見えるのは、たわわに実のなったヤシの木やちょっと古びたビルやスーパー。
街の様子がよくわかります。

一番目立ったのが、フィットネスクラブ。
それもゴールドジム並みのガッツリ系ばかり。
ここでは体をムキムキにしたい人が多いのでしょうか…?


やっと着いたバス停から頂上に行くトラムに乗るまでの道中、10人くらいの男性からコルバドールの丘ツアーに参加しないか、とすごい勧誘を受けました。
値段を見て無視するものの、サンティアゴの娘たちはそうはいかず、スペイン語でのツアー詳細を聞いています。
トラムで上るだけなのに、ツアーもくそもないだろうよ、娘たち…。

煮え切らない感じで彼女たちを待ってトラムの駅に向かいます。
途中、彼女たちはお土産屋さんをのぞき、写真を撮り合い、なかなか前に進みません。

帰り道でいいじゃん…。
雨とか降ってきちゃうかもよ??

じりじり待ちながら少しずつ進み、やっと真っ赤な車体のトラムに乗ります。
トラムの前でもみんなで写真撮影。

中には既に人がたくさん乗っていて、私たちは逆方向を向いて乗ることになりました。
乗って間もなく、トラムは動きだし、急勾配の山を登っていきます。

森の中を直線にどんどんと登っていき、途中にはスラム村やドリアンの生った木(!)なんかもあって、乗客はカメラを持ってキョロキョロ。

途中いくつかの小さな小さな駅に停まって、数人の乗降客があった後、頂上近くでついに森林の壁がなくなり、絶景が広がります。
乗客はいっせいに息をのみ、カメラを構えるものの、それも一瞬。再び視界を塞ぐ分厚い森が現れます。
それから先、何度か森林の壁が突然切れて、どんどん頂上に近づいてきているのがわかります…!!

トラムの中で写真撮影を頼んだ男の子と話しました。
彼はカナダから伯父さんと伯母さんと弟とリオのコンドミニアムに遊びに来ているそう。
スペイン語しか喋らないサンティアゴの娘のとの距離の取り方にウンザリしていた私には嬉しい話し相手。

トラムが着くと、そこから一斉にみんなで頂上を目指します。
が、なんだかそのまますぐに上ってしまうのももったいないような気がして、土産物屋やらカフェやらでモタモタするサンティアゴの娘たちと一緒に絶景の中、お茶をしてみたり。

大きく両手を広げて立っているキリスト像の背中をもうすぐそこです。
その向こうには相変わらずドヨンとした厚い雲が。

ついに最後の階段を登ると、そこに広がる素晴らしい景色に、思わずキリスト像を忘れるほど。
すぐ下にリオデジャネイロの街が広がり、その向こうには海にぽっかりと浮かぶ不思議な形の島々が見えます。

ふと、このキリスト像が特別なんじゃなくて、「この場所」が特別なんだろうな、と思いました。
リオデジャネイロに着いた時から思うのが、恐らくエネルギースポットのひとつだという事。

「土地」と「人」の相性ってあって、私はNYで「土地」に合わなくて出ていく人を何人も見ました。
リオデジャネイロはちょっとしたエネルギースポットだろう、と思うだけでなく、私がここのエネルギーと合うから訪れるチャンスがあったのかもな、と改めて思いました。

この場所はそれだけ特別だから、ここにキリスト像が建てられることになったのでしょう。
迫力に押されちゃうかと思っていたキリスト像はちょうどハグ待ちしている人みたいに腕を広げていることが分かりました。
素晴らしい街だな、と思って眼下に広がる景色を色んな角度から眺めます。

そうそう、ここにきたらやりたいと思っていたこと、それはキリスト像との「タイタニックごっこ」。
みなさんご存知の映画ジャックとローズの「タイタニック」ですが、船頭で2人がいちゃいちゃしながら、"Jack!! I'm flying!!"とローズがはしゃいでいたシーンを覚えているでしょうか?

私はキリスト像とアレをやりたくて、ここに到着した暁には絶対に実行しようと思っていました。
NYのおじいちゃんにこの話をすると、最初は指をさして笑ってくれていましたが、最終的には、いいけど、落ちないでね。と真剣な顔で言われました。

が、このキリスト像、実はおよそ30メートルの背丈で、
身長172.5センチの私にはとうてい並ぶのは不可能(同じ尺で考えられるレベルではなく)。
と言うわけで、精一杯努力した結果が写真に収められました。


さて、そんな私の小さな野望がなんとなく消化不良に終わったことに舌打ちしていると、どこからともなくさっきトラムの中で話した男の子が現れました。
スゴイ景色だよねぇ…なんて話しているとサンティアゴの娘たちがいなくなっていることに気付きました。

頂上のキリストの足元にはたくさんの観光客で、それでも目立つであろう5人組みは探しても見つかりません。
まぁ…いっかと、トラム青年が下のカフェで一杯飲もうと誘ってくれたので、ブラジル特産のライムのなんとかというお酒を頂きます。

美味しい…けど強い。
この子酒強いんだなぁ。

口をつけ始めた頃、彼の伯父さんや弟がやってきて、雨も降ってきたし、そろそろ丘を下りて家に戻るよ、と声をかけに来ます。
その青年…ニックは、私に彼らの滞在しているコンドミニアムを見せたいのだ、と言って、この1杯を飲んだら、丘の下で待ちわせることになりました。

飲みながら、ここまできた経緯や出身やら何やらを話します。
彼はイタリア系の血で、今はカナダに住んでいるのだそうです。

英語とイタリア語を話し、今はスペイン語を勉強中なのだとか。
顔もそこそこいい作りしてるし、きっと将来恰好よくなるんだろうなぁ、なんて思っていたら、ふと年を聞かれました。
彼は23歳だそう。。

明らかに私を若者と誤解している彼に、本当の事を言うべきかどうか散々迷い、結局、30歳だというと、彼は本気で唖然とし、しばらく言葉を失っていました。
あぁ…ひどい。こんなにもショックを受けられるとは。

コレを読んでもらっている方々に誤解しないでほしいのは、別に私の外見は特別若く見えるわけではないと言う事。
欧米人にとって、アジア人って幼く見えるんですよね。
肌の質感とか、やっぱり湿度の高い国で育ったおかげで、彼らよりはコンディションが良かったりします。
私に限らず、ね!

とはいえ、ここまで話をして年齢一つで態度を変えるわけにはいかないと思ったのか、彼は予定通り、一緒にトラムに乗って、丘を下ります。
帰りのトラムの中で、黒人の3〜4人組が楽器を持って電車に乗り込み、乗客の2〜3人がそれに合わせて踊りだしたりして、なんだかブラジルにいることを実感。


それから、丘の下でニックは彼の家族と共にレンタカーで滞在しているコンドミニアムに連れて行ってくれて、丁寧にすべての部屋を見せてくれました。

部屋はビルの最上階で、ベッドルームが5つ、お風呂が2つ、ベランダでBBQ用のコンロまであります。
その奥には左側に山が見えて、右側には雨で曇ったビーチが続いています。

すばらしい眺めだな、と思いました。



夕方、両親が一緒に来ていないのをいい事に、リオでタトゥーを入れたいのだと言って、私を近所まで送りがてら、予約していたタトゥーショップに単身乗りこんでいきました。

私はそこからホステルまで歩いて1時間弱程の距離でしたが、今までの旅の疲れによる頭痛が来そうな予感と、雨が降りそうだったので30分ほどウィンドルショッピングをした後、タクシーでホステルに帰りました。


サンティアゴの娘たちはまだ部屋に戻ってきていないようで、私はメールチェックをした後、ベッドに入り、少しでも頭痛が落ち着くように体を休めてみます。

途中、何度かサンティアゴの娘たちが帰ってきて、電気をつけたり、騒いだりしている音で目が覚めましたが、覚醒することなく、今日はもうグッスリ。。



2010年3月4日、
今日も朝から空はどんよりと曇っていて、いつまた雨が降ってきてもおかしくなさそうです。
9時50分の目覚ましが鳴るまで珍しく眠ってしまい、10時まで1階で食べれる朝食を逃してしまいました。

急いでバスルームに入ってシャワーを浴びるものの、バスルームは髪の毛とホコリと水でグチャグチャ。
うえぇぇっ。

しかもシャワーの排水溝も詰まっていてたいへんなことになっています。
見ない、見ない…。


海外生活をはじめて思ったのは、外人って絶対足の裏、汚い…。

メールチェックをしながら、サンパウロで出会った日本人に紹介してもらったリオ在住のヴィヴィアンから聞いていたスパに電話して予約を取ります。
朝方まで出入りしていたサンティアゴの娘たちに夜中に何度となく起こされましたが、旅も後半でかなり疲れていたし、肩こり頭痛も手伝ってかなり眠れました。

ホステルの受付でスパまでの行き方を聞くと、どうやら中心街にあるらしく、地下鉄に乗らないとならないようです。
行き方をよく聞いて、近所でブランチを食べたり、ウィンドゥショッピングをしながら、地下鉄の駅まで歩きました。

ブランチにはハンバーガーなんかを扱うような小さなお店に訪れたのですが、サラダを頼むと、雑草のような味で、半分も食べれませんでした。

一緒に頼んだアサイーは紫色のヤシ科の一種の果物で、うっすら甘い味付けで、ブラジルで有名な飲み物のひとつ。
冷たくて美味しかったのですが、なんだか栄養吸収できたような気がしない…?


街を歩いてみると通りだけでも、色んなものが見れます。
サンパウロにもあった色んなデザインの牛のオブジェや、オベリスク、信号なんかもちょっと違います。

やっと見つけた地下鉄の駅の窓口でチケットを買い、電車に乗ります。
この駅は最近できたばかりだそうで、リオデジャネイロの街が近代化している感じがしました。

さて、目的の駅に着くと、思った以上に都会で、私が滞在しているのはリゾート地なのだな、と改めて実感。
交通量の多さもさることながら、見渡す限りの高層ビルでNYや東京ほどじゃないにしても、ビーチ沿いとの雰囲気の違いに一瞬ビックリ。

なんとか見つけたスパは雑居ビルの2階に入っていて、受付に予約した旨を伝えると、英語が通じなかったようで、代わりにオーナーらしき女性が出てきました。

南米を廻っていて、緊張性頭痛と疲労でマッサージが必要だと言うと、彼女はそれなら、普通のマッサージよりもっといい物の方がいい、と$5高いマッサージを勧めてくれました。
$5ドル程度でそんなに変わるなら、と試してみることに。

通された部屋は和風な作りで、布団が敷いてあって、行燈まで置いてあります。
言われた通りパンツ一枚に、タオルを巻いて横になっていると、やはりこれまたオイルマッサージ。

それでもここのマッサージは日本の指圧に極めて近いもので、途中で眠りに落ちてしまうほど心地いいものでした…。


スッカリ楽になって、スパを出ます。
外に出ると、再び雨が降りそうな空模様でしたが、せっかく待ち中まで出てきたので、可能な限り散策。

とはいえ、また一気にペースを上げるとせっかくのマッサージ効果もなくなるだろうと、スローペースにカフェでお茶をすることに。

そこでガイドブックを読んでいると、この辺りにピラミッド型のカテドラル(教会のスペイン語名称)や昔ならではトラムに乗ることができるというのを知って、早速行ってみます。
教会巡りは私の旅には欠かせないもので、そこで休憩したり、その町の文化をマッタリと見たりします。

ガイドブックに書いてある通り、このカテドラルは珍しいピラミッド型をしており、実際中に入ってみると、
4方にある素晴らしいステンドグラスから光が差し込み、快適な空間を作っていました。


ツアーの団体がいたので、後ろに着いてちょっぴり盗み聞き。
このカテドラルには4つの入口があって、そこから十分な風が入ってくるので、中の気温は快適に保たれ、日が出ている間は、4つの大きなステンドグラスから差し込む光によって照明いらずなのだそうです。

うーん、確かに心地いい。
ここで2〜3時間くらいゆっくりしてもいいなぁ…なんて思うほど、ちょうどいい風が流れてきて、マッタリしてしまいます。

が、またいつ雨が降ってくるかもわからないし、今夜はサンパウロで会ったケースケが紹介してくれた現地の女の子に会う予定。
地理がまともにわからないのに、ここでマッタリしてしまうと、後々慌てる事に。。

というわけで、次はこのカテドラルの裏にある昔ながらのトラムに行ってみます。
このトラムは電化にして約110年という年代物だそうで、駅を出ると、1721年に砂と貝をクジラの脂で固めた水道橋を走るのだそうです。

小さな駅に着くと、思わず引き返そうかと思うほどの人が改札に集まっていて、ゲートが開くのを待っています。
その先には既に満員…というかもう電車の周りに人がぶら下がっているような状態の黄色いトラムが出発を待っていました。
せめてここまで来たのだから写真だけでも…と改札まで行き、写真を撮っていると、なんというタイミング、次のトラムがやってきて、改札が開けられました。

これは…もう乗るっきゃない!!
USドルで50セントにも満たない乗車券を窓口で買い、黄色のおんぼろトラムに乗り込みます。

トラムはディズニーランドのチンチン電車を100年くらい使ったようなボロボロっぷりで、座席が満員になると、次々にトラムの周りのステップに人がぶら下がり、やがて満員になりました。
乗客のほとんどは明らかな観光客で、日本人の姿はおろかアジア人の姿もありません。

やがて運転手がエンジンをかけると、乗客のテンションは急上昇。
が、1メートルも進まないところで、トラムはプスリと音を立てて、止まってしまいます。

うっ…やっぱり乗るべきじゃなかったか。。
夜の待ち合わせの時間が気になります。

イライラと時計を見る私とは対照的に、乗客はおぉ〜…という幻滅の声を出して、ぶら下がっていた客は一度地面に降り、中には運転手と一緒にエンジントラブルを解明しようと参加する者すらいます。

いやいや、いいから早くしようよ、とじりじりしていると、
トラムは5分程で再び息を吹き返し、ガタガタ言いながら、駅のプラットフォームの前に丸く敷かれたの線路を一周して坂を登っていきます。
(Uターンするための線路らしい)

おぉっ…動いたー。
という密かな私のニヤリは、乗客の歓声に消されます。

この乗客のテンションの上がり下がり具合は、さすが南米と言うか…。
これがNYや東京だったら、ただブーイングが走り、動きだしても誰も歓声なんてあげないでしょう。
イライラしていた自分がちょっと恥ずかしいな、なんて思っていたら、トラムはプスンッという音を立てて、坂の途中で再び止まりやがりました。

はっ?! ちょっと急いでんだけどーっ?!!
思わず大きなため息を漏らし、イライラ度全開。

乗客はさっきより大きめの"おぉぉぉ〜っ"を出し、運転手は再びトラムを降りてエンジンチェック。

今度はそれほど時間がかからず、エンジンが戻ってきました。
今度こそ快適な走り。乗客の歓声はワールドカップ並みまで上がります。

つまらん都会で育ったもんだ…と改めて自分の短期に反省するものの、トラムに流れ込んでくる風は最高!!

ガイドブックにあった橋を渡り、坂をどんどん登っていきます。
終点付近になると地元の半裸の子供たちがトラムにぶら下がり、それもたまに何人か落ちたりして、見ているこっちはハラハラします。

だけど、さすがは現地民、笑いながらムクリと起き上がり、再びトラムにぶら下がってきます。
タフだな〜。

終点箇所でUターンをしてトラムは今度は坂を降り始めます。
降り始める時に、トラムに乗っていた男性の1人が器用にトラム内の座席を行き来して、乗客1人1人からお金を集めます。

現地の子供たちは相変わらず笑いながらトラムにぶら下がり、トラムは坂を下りるのにどんどんスピードをあげます。

再び駅近くの橋を渡る時、トラム1台がスレスレ通れるくらいの幅の橋のため、さっき乗客からお金を集めていた男性が、現地の子供を落ちないようにと、中に入れました。
追い出すのではなく、中に入れるのか、と改めて感心。



急いでホステルに戻って、着替えて待ち合わせ場所に行かなければ、と大慌てで改札口を出て、スタスタと地下鉄の駅に向かいます。
一番乗りで歩いていると、後ろから声をかけられました。

振り返ると男性が1人立っていて、写真を撮るための旅をしているのだと言います。
とりあえず滞在先の場所は近いので、一緒に地下鉄に乗ることにしました。

彼はアンディと言って、オーストラリア・シドニーに住んでいるのだそうです。
同じ駅まで一緒に行って、今日はこの後予定があるから、ということで、明日会う事になりました。

駅を出ると雨が降っていて、慌ててタクシーを捕まえて、ホステルまで戻ります。
ホステルに戻ると、部屋からサンティアゴの娘たちは1人残らず消えていて、代わりにマッチョな男子2人がトランクス1枚で筋トレをしていました。
思わず開けた扉を閉めてしまいました。

私の後ろで掃除をしていたホステルのオジサンが本当に君の部屋はココなのか?と聞くほど場違いな状況で、私も一瞬唖然。
いやー…ここだと思うよ?と気を取り直して、もう一度扉についている部屋番号を確認してから、ドアを開けます。

筋トレボーイズは「いやぁ、ごめんごめん」と気を遣ってくれて、軽い挨拶。
イスラエルから来たのだそう。みんないい体してるな〜。

イスラエルと聞いて、一瞬物凄く食いつきたくなったほど、
私は興味を持っていて、いつか最も行きたいと思っている国。

とはいえ、マッチョ君2人が裸同然でいる部屋は居心地が悪いし、時間もないので、
自分のベッド横にあるロッカーからノートパソコンを取り出し、2階のネットがつながる部屋へ。

今夜会う予定のラファからメールが来ていて、今夜の待ち合わせ場所の確認と、何を食べたいかなどをスカイプで相談します。

雨はいよいよ本降りになっていて、タクシーで待ち合わせ場所のショッピングモールまで行くことにしました。
夕方の帰宅ラッシュと言う事もあり、タクシーは渋滞にはまって、ラファに聞いていた時間の倍以上かかりました。

イライラと雨の中、ショッピングモールに降りて、まだ見たことのないラファに電話をすると、トイレに行っていた彼女はすぐに戻ってきて私を見つけてくれました。

驚いたことに彼女は以前埼玉に住んでいたそうで、日本語がペラペラ。
今はリオで働きながら1人暮らしをしているのだそうです。

イタリア語を勉強しているそうで、夏にはローマに2週間短期留学に行くのだそう。楽しみにしているのだと言います。

ショッピングモールの上の階のレストラン街で、一緒にピザを食べて、リオのマニキュアは安いから、ネイルショップに行ってみようということになりました。
せっかく会ったのに私一人がマニキュアしたんじゃ申し訳ないよ、明日一人で来るよ、と言うと、彼女は通訳がないと、マニキュアもできないでしょ、と言ってくれました。
可愛くて本当にいい子!

マニキュアとペディキュアの両方をやってもらったのですが、お値段はやはりとても安い。
ただやり方がとても独特で、マニキュアをベチャッと爪に乗せて、ヘラで周りを拭きとっていくというもの。
これが痛いんだ。すごい力でやるから。

旅行中であるのをいいことに、ちょっと派手めな色をチョイス。
それから、2人でモールの中に入っているスタバに行ってコーヒーを飲んで帰りました。

明日は金曜日。
せっかくリオにいるのだからパーティに行こうと、誘ってもらって、また明日会う事に。

再びタクシーをつかまえてホステルに帰ります。
明日が楽しみだ♪



2010年3月5日、
朝、ホステルの1階のロビーで朝食を食べていると、ホステルの女性が話しかけてきました。
貴方、今日でチェックアウトよね?

はっ?なんだソレ?
今日は金曜日。1日間違えて予約してたかな?

確か明日の夜、サンパウロに戻って、次の朝ペルーのリマに飛ぶ予定だったハズ。
もう一泊すると6人部屋はもういっぱいだから、今泊まっている部屋を出て、9人部屋に行けと言われました。

サンティアゴの娘たちに疲れたばかりだったので、そんなんだったらあと一泊くらいホテルに泊まるわ、とそのままネットでホテル探し。

ところがこの時期よっぽど人気なのか、ほとんどのホテルがいっぱいなだけでなく、当日のホテル予約というものを受け付けないところもあって、直接電話しては断られるか、1人部屋としては驚く値段を言われるかのいずれかでなかなか決まりません。

それでもなんとか1万円ほどのホテルを見つけて、予約を取ります。
それからランドリーに行って、値段を確認すると、シャツ4枚、パンツ5枚くらいの洗濯物で、40ドルくらいかかると言われて仰天。どんな洗濯してくれるんじゃ〜。

先日からはじまった耳の痛みはもうマックスになっていて、ご飯を食べるときだけではなく、何もしていない時ですらジンワリ首から頭に痛みが続きます。
東京にいる親友のマイクに相談すると、それは気圧の変化に耳が耐えられなくなっているから、耳薬を買って耳にかけとけ、と言われました。
荷物をまとめてロビーに預ける際に、耳薬が欲しいと薬局で伝えられるように、ポルトガル語の手紙を書いてもらいました。

近所の薬局に向かっている時に、昨日の夕方会ったオーストラリア人のアンディから連絡が来て、今日これからツアーに参加して、どこどこの方に行ってみるんだけど、一緒に行くか、との事。
今夜のホテルも決まったことだし、どこに行くかよくわかんないけど、乗ってみるか、と昨日別れた地下鉄の駅付近で待ち合わせすることになりました。

耳薬も無事買えたし、それまで少し時間があったので、天気もいいし、ビーチを歩いて行きます。
南米に来てから初めてのビーチ、空は快晴とまではいかなくても、ようやっと青空が所々覗いていて、雨続きだった毎日に比べたら上等です。

カメラ片手に、ビーチ沿いを地下鉄の駅の方へ向って歩きます。
右側には不思議な形の山があり、左側には延々とビーチが続いています。

歩いていると、目の前を行く現地民と思しき男性に声をかけられました。
彼は振り返って私と一緒に歩き出し、怪しげなことを言いだします。

君は…自分の国ではない所に住んでいるな、いやいや、私にはわかるんだよ、親しげに笑いながら男性は話すことをやめません。

ビーチ沿いを歩くのは初めてだったので、治安も悪くて有名だし、目的地だけ行って、連れて行ってもらおう、と大人しく話を聞きながら、途中まで一緒に歩くことに。

どこの国に行ってもだいたいこういうスピリチュアル系の人によく話しかけられるものですが、彼はヨガの先生をしているのだそうで、他の人には見えないモノが見えるのだそうです。
そりゃ大変だなぁ、とウンウンと聞いていると、 抽象的な表現をあらわす英単語がわからない私には30%くらいしか理解できなかったんだけど、彼が言った「君のココロは笑顔を作る準備ができている」という所はなんだかよくわからないけど、ちょっと嬉しいものでした。

さて、待ち合わせ場所に着いたものの、彼は一向に立ち去らず、近くの喫茶店の椅子に座りだし、話すことをやめません。

いい加減ウンザリしてきて、私はここで友達と待ち合わせだから、貴方とは居られないのよ、と言っても彼はじゃ、それまでここに居る、と立ち退きません。
仕方がないのでアンディに電話をして、今どこかと尋ねるものの、彼の到着までもう少し時間がかかりそうです。


喫茶店のウェイターがメニューを持って現れました。
そりゃー来るだろう、と思うものの、彼はオーダーをするそぶりさえ見せず、さすがに私は仕方なく、自分の分のアサイーを一杯オーダーします。

なんだかおかしなことになったもんだ、とため息をつくも、彼は話し続けます。
やがてアンディが到着すると、男は自己紹介をし、急いでいるアンディはコレ誰?と言わんばかり。

アサイーを紙コップに入れ替えてもらって、
アンディと一緒に行こうとすると、彼はようやく別れを言って立ち去りました。

喫茶店のほぼ向かいに住んでいるアンディは、彼の滞在している短期ステイ向けのアパートの入口にツアーガイドのオバサンが来ているのを見つけて、慌てて荷物を置きに部屋に行きます。
私はその間、急きょツアーに参加したい旨を優しそうな笑顔にがっしりした体形のオバサンに話すと、彼女は今日のツアーはアンディだけだから、彼がOKならもちろん大丈夫よ、と笑顔で言ってくれました。

ツアーのバスは故障をしているということで、現地民が使う、路線バス(普通の車)を使う事に。
先ほど歩いたビーチ沿いの道を30分ほど戻り、ホステルを越えて、今朝ホステルから見た反対方向にある不思議な形の山を目指します。

アンディの説明によると不思議な形の山の裏の斜面にはスラム街があって、そこに行って写真を撮りたいのだ、でも観光客が個人で行くと危ないから、ツアーに参加したのだ、と言いました。
まったく地理のわからない私にとって「へぇ」としか言えない状況でしたが、ガイドツアーでしか行けないというのはちょっぴり興味深いもの。

山の斜面と海の間のせまい道路をくねくねとすごいスピードで走り抜け、着いた所は高速道路の高架下。
見上げると山の斜面沿いにびっしりと家が建っていました。

不思議な形をした山は今は目の前にあるものの、裏に回ったせいで、それが今朝見た山と同じ形をしていることすら怪しいほど印象を変えています。

ツアーガイドのおばさんは私たちを近くの大きな建物に連れて行きました。
建物の壁には綺麗な蝶の絵がたくさん書いてあって、中に入ると、体育館のようにガランとした場所。

ここはリオデジャネイロを世界的に有名にしているサンバの練習場なのだそうです。
サンバに限らず、ここでは色んな芸の練習をするところなのだそうで、いくつかの衣装の展示もされていました。
他にも今年のサンバカーニバルの写真や衣装の写真があちこちに貼ってあって、このカーニバルを見るのに場所によってはすごい値段がするのだという説明を受けました。

外に出て歩道橋を上がると、あの家が密集する山の斜面が目の前に現れます。
今まで見たこともないような数の家が立ち並び、思わず目が点。

この歩道橋を越えるとスラム街になるのだそうです。
山の斜面を登るのに、バイクタクシーを使うが構わないか、と言われ、日本で友人に乗せてもらったり、タイやベトナムのバイクタクシーなんかで乗り慣れていてほんっとうに良かった、としみじみ。

スラム街の入り口で客を待つバイクとおばさんが交渉し、おばさんと私とアンディの3人はそれぞれバイクの後ろにまたがり、山の頂上を目指します。

アスファルトで舗装された道路は、NYほどではないにしても所々穴があいている上に、交通量が多いので、トラックなどの大型車両と連れ違う時に足を持っていかれるのではないかと思うほど。
現地の人は慣れているのでしょうが、トラックの大きなタイヤが5センチ先を回転しながら去っていくのを見ると、思わず背中に冷たいものが走ります。

それでもバイクタクシーの運転は快調で、片手でバイクにしがみつき、片手でデジカメを握りしめながら写真撮りまくりです。

途中、アンディとすれ違ったので、写真の撮りっこ。
バイクタクシーを運転する彼らは写真を撮られるのが嫌なようで、断られてしまいました。


スリリングなバイクの旅は20分ほどで、頂上に着きます。
そこに広がるのはさっきの山の斜面のてっぺんから海を眺めた景色。心がほっとする瞬間です。

今度はそこから歩いて山を降ります。
ここはすでにスラム街の真っ只中ですが、スラム街にもレベルがあるそうで、一番上はレベル1、それから少し下がるとレベル2、と地価も変わるのだそうです。

家は階段状に作られていて、住民たちそれぞれの話し合いの上で、家の上に息子や甥たちの家が作られるのだそうです。
だから改築の改築で、それぞれの家は不思議な形をしており、それでも崩れることは滅多にないのだとか。

電信柱には恐ろしいほどの電線が巻きついていて、もうすでに業者の人にも手がつけられないのだそうです。
電話などが壊れると電柱の上で、対象の電話線を見つけて修理することができないので、壊れるたびに都度、新しい電話番号にしなければならないんだそう。

さっきバイクで登ってきたアスファルトの通り沿いを並ぶ家と家の間に、細い路地があって、急な階段がのびています。

階段の段差はそれぞれが違っていて、降りるのも一苦労。
路地によっては当然日が差さない所もあって、病気になりやすいのだそうです。


ここでは家と家があまりに近いので、夫婦喧嘩の内容や毎日の行動なんかも筒抜けなのだそうで、プライバシーがないのだとオバサンは笑いながら説明してくれます。

驚くことばかりですが、こんな狭い路地の中に当然お店もいくつか営業しています。
食料品を扱っているところもあれば、小さなバーなんかが突然現れたりして、まるで巨大な迷路のよう。

私の息が切れ始めた頃、オバサンは私たちを彼女の友達だという家に連れて行って、屋上に案内してくれました。
はぁはぁ言う私にオバサンは笑いながら、今日のツアーは上から降りてくるものだけど、下から登ることだってあるのよ、それに私たちはこの道を毎日何往復をして生活しているの、と言います。

福島という車社会で18年弱を過ごし、東京という交通機関が完ぺきに整った都会で12年住み、現在は坂なんてまったくないNYに住んでいる私にとって、ここでの生活は考えられません。

それでも住む環境によってはやはりこれが当然と思い、受け入れざる負えない人も世の中にはたくさんいるのです。
世界は広いっ、なんてなんだかちょっと投げやりな気分で、階段を上りきり、屋上に着くと、そこに広がるのは山の斜面にびっしりとつ連なる家、家、家、家、家…。

昔流行った「ウォーリーを探せ」の本の中に入ってしまったような錯覚に陥りながら、思わず目をこすります。
しばらく言葉が出てこなくて、ただ唖然とそこにある景色を眺める私に2人は大丈夫?と聞きますが、この景色はスゴイ!!


南米に来て、この人達のハングリーさにカルチャーショックを受けることが何度かありましたが、この場所はもうその最たる例と言ってもいいでしょう。。
もっとしっかり強く生きなけりゃダメだなぁ、と心を打たれたような気分でした。

再びしばらく路地を歩き続けると、下の方にはバーや商店が増え、半分屋街の美容院や旅行会社なんかも現れます。
一部の場所では撮影禁止と言われました。
人々はとても友好的ですが、やはりそれも場所に寄るようです。

ようやく最初にバイクタクシーを乗った場所まで戻ってきましたが、道中、どうしても飛行機の事が引っ掛かって、アンディがこのスラムで一杯飲んで行こう、という誘いを断り、ツアー終了と同時に一度ホステルに戻ります。
アンディは仕事でメールチェックをしなければならないということで、一度自分のアパートに戻り、その間に私は飛行機の日にちを確認、そしたらまた後で飲みに行こう、という事になりました。

サンパウロに行く飛行機が今日かもしれないだなんて、私の取り越し苦労だよな、ふぅヤレヤレ、なんてホステルに戻って埋もれた荷物の中から予定表ノートを取り出してみると、なんと!
サンパウロ行きの飛行機は「今日」ではないですか!!

思わず唖然とするものの、ホテルは予約してしまったし、キャンセルできないので、とりあえずタクシーで予約したホテルに行って、シャワーを浴びて着替えます。

ホステルからホテルへ移動中のタクシーの中でアンディに事情を説明、ラファと今夜飲みに行こうと言っていた話もこれでナシです。
懸念はしていたものの、まさか飛行機が今夜だなんて!!

シャワーを浴びて着替えるだけに1万円も使ったかと思うと、悔しいぃぃぃっ・・・!!
だけど当日の予約はキャンセルできないと何度も言われたし、だったらせめてシャワーだけでもとネットを使い、シャワーを使い、快適な冷房をつけて、ほんの2時間ほど、完全にホテルを満喫。

アンディは最後に一杯飲めなかったことが心残りだったようで(私もだよ!)、空港に向かうタクシーに乗る前に間に合うようなら、ホテルに見送りに行く、と言ってくれました。

が、このバタバタにアンディの到着が間に合う事はなく、私としたことが週末を直前にして街を出るプランにしていただなんて!とタクシーの中で舌打ちしまくり。
空港に向かうタクシーの中でも、まだリオを出ることが信じられなくて、心残り度300%。



絶対また来るからねっ!と心の中で何度も言いながら飛行機に乗ります。
もう…次はどこに行くんだっけ・・・?

内容を詰め込みすぎたことと、ささやかな老化で以前のバックパックより遥かに体力が無くなった事を実感。
9時50分出発のガラガラの飛行機で3シートを1人で占領して思いっきりくつろぎます。

せっかくだから窓際でリオの夜景を、と窓を覗き込むと、3日前にリオに着いた時と同様、街の強い光が暗闇の中にくっきりと形を作っていました。

あぁここから離れるの嫌だなぁ、と思いつつ、心のどこかでやっぱりNYが恋しいなぁ、と思います。
そのうち街の光が少しずつ少なくなってきて、やがてほとんど見えなくなった頃、飛行機が少し傾いて、窓から空を見上げるような角度になりました。

大きな月が雲間からわずかに見えていて、なんて美しいんだろう、と見つめていると、飛行機はもっと傾いて、今度はその上に広がる満点の星空が現れました。

あまりの星の多さに思わず息をのみます。
飛行機の良いところって、ちょっとくらい驚いても、エンジンの音がうるさいから誰も気づかない事。

いい地球(ほし)に生まれたな、とちょっぴり感動。



サンパウロに戻って、大急ぎで荷物を取りに行きます。
乗り継ぎ便で来たため、ここで私と一緒に荷物を取りに来た人はごくわずか。
次々と荷物を取ってはみんな空港を出ていきます。

やがて誰もいなくなりました。
うん?

なんだか嫌な予感がしながら、荷物が出てくるところを覗き込んでいると、
スーツを着た男の人たちがやってきて、この後どこかに乗り継ぎますか?と聞いてきました。

今夜はここで1泊して、明日の朝、ペルーのリマへ飛ぶのだと言うと、彼は私のチケットを見せるように言いました。

荷物の詳細を書いたシールを見た彼は、"Lima"と書いてありますね、貴方の荷物は直接リマに飛ぶようです、と言いました。

なぁぬぃぃぃぃっ!!



驚いていると、彼は大丈夫ですよ、と優しく言ってくれました。
でもね、荷物の中には化粧道具やコンタクトレンズのケースなんかが入っているんです、と私が涙目で訴えると、あぁ、それは残念でしたね、と同情してくれました。

まぁ悲しんでいてもしょうがない。
旅にトラブルはつきものだ。旅人は簡単にはめげないだゾ。

明日の朝のフライトは8時半なので、今夜は早くベッドに入りたいところ。
空港の中のカフェで晩御飯にコーヒーを一杯と明日飛行機に乗る時までにお腹がすいた時用に、サンドイッチとパンを1つずつ買い、タクシー乗り場に急ぎます。

この空港に来るのも今回が2回目なので、慣れたもの。
出口はあっち!
タクシーの受付で目的地を言ってクレジットカードを渡して、サンパウロの空港近くに予約していたホテルに急行します。(支払いは先)


なんて慌ただしい1日だったんだろう!!




2010年3月6日、
朝5時にアラームが鳴って、イライラと目を覚まします。
サンパウロのホテルはちゃんとしたホテルの割に、なんだか居心地が悪く、昨夜はなかなか寝付けなかったところに、このアラームはかなり体にこたえました。

シャワーを浴びて、ほとんどない荷物をまとめて、耳に薬をたらし、ロビーにチェックアウトに行きます。


ホテルから無料のシャトルバスが空港まで出ていて、6時に出発。
それまでロビーの隣のカフェでテレビのニュースを見ながら、朝食を頂きます。

ちゃんとしたホテルだけあって、朝食のメニューはけっこう贅沢。
アメリカンブレックファースト的なメニューがブッフェ形式に並んでいます。

目をこすりながら、まだ薄暗い外を見ながら、大急ぎで朝食をかきこみます。
うん、ウマイ。


6時に出発のバスに乗り込み、曇った朝の空を眺めながら、サンパウロの空港へ。
空港に着いたものの、もうすでにチェックインはリオを出た時にしてあるし、預ける荷物もないので、かなり余裕があります。


今度の目的地はペルーのリマ。
今日は何が起こるかな?!

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.5
グルメ
3.5
ショッピング
2.5
交通
1.5
同行者
友人
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 バイク 飛行機
航空会社
ラタム航空
旅行の手配内容
個別手配

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