2012/05/24 - 2012/06/03
40位(同エリア46件中)
ちゃおさん
山中で破竹を採取するお婆さんに突然出会い、向こうもびっくりしたに違いないが、こちらもよもやこんな場所で人と会うことなど想像もしておらず、少なからず驚いた。山中には寺院はあるが、人が散歩に来るような山とは思っていなかった。まあ、このお婆さんも散歩ではなく、山菜採りではあったが。
散歩するのしてはかなり高い山で、標高は200mを越えているだろう。山頂の大岩を少し下った先に又別の人影が見える。人がいるということは、あの付近に何かがあるに違いない、と思い、そこまで足を延ばしてみることにする。一番下まで下るのではなく、山頂からはちょっと下った程度の場所だから、登りかえすのもそれ程大変ではないだろう。
そこまで行くと又別の寺院が建っていた。「梅福禅院」とあるから禅宗のお寺に違いない。中に入ってみると、禅宗のお寺らしく塵一つない、キリっとした感じの清潔さ、やや張りつめたような空気、緊張感も漂っていたが、これが禅宗のお寺の特徴かも知れない。
僧侶がいるのか居ないのか、ここも又無人のような感じのするお寺で、お経の声は勿論、人影すらも見えない。本堂の扉が開かれたままになっていたので、中に入り御仏に参拝する。このお寺の守り神、何か分からないが観音さんではないようだ。しかしその前に弥勒さんが小さく座しているのは、面白い。弥勒さん、日本では布袋さんで親しまれているが、中国のお寺ではどこでもこの弥勒像が、来館者を迎えてくれる。
禅寺にお参りし、再び元の山頂に戻るが、来る時には気が付かなった山頂付近の眺めの中に、海岸近くの丘の上に大きな観音像が靄に隠れて薄っすらと立っているのが見えた。観音の島。ここへ来る途中の見晴らし台の上から岬の小山の上に立つ巨大な観音像を眺め、日本僧侶とこの島の関係を思ったが、今またこの観音像を眺め、慧萼大師とこの島が観音信仰の一大霊場になっている故事を思い起こす。
この島と日本僧侶、慧萼大師、観音信仰の云われ、等々を知る日本人も中国人もそれ程いないだろう。僅かにこの島の宗教関係者のみが知っていると言っても過言ではないだろう。こうした日本とこの島と観音様の強い結びつきがあるにも拘らず忘れ去られた故事。尖閣問題で揺れる日中の関係、過去のこうした文化宗教等の交流史などをもう一度思い起し、近隣の友邦関係を構築すべきことと思った。遍く救済。それが観音信仰の神髄である筈だ。
- 旅行の満足度
- 5.0
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