2012/04/24 - 2012/05/03
17位(同エリア32件中)
ちゃおさん
遍路道に同行二人という言葉がある。30数名のツアー客の中で、単独なのは当方一人だけであるが、何故か一人でいる、という気分になれない。もう一人身近な誰かと一緒に見て回っている、という感覚だ。この少林寺に入門して、特にそう思えるようになった。
実は今回のこの旅行、古くからのブログの知友、竜司さんと一緒に行こうかと誘い、一時は彼もその積りでいたようだが、鼾がどうの、夜行性で昼夜逆転しているの、等々、御託が出てきて取り止めになり、結局、一人で旅行することになったのだが、ここ少林寺に来ることに関しては、自分自身の強い欲望があったからではなく、彼自身が中国語を勉強していたり、太極拳を習っていたり、少林拳法にも興味を持っていたので、ならば少林寺に行って見よう、との発案のもとに、上海から中国国内の高い航空機代を払ってまでしてやってきたのだった。
それと、自分自身に強い欲望が無かったとは言え、ここが達磨大師の壁面八年の修業の場で、遥々インドから渡って来た達磨大師が終の棲家とし、この寺で大往生したことを思うと、度々中国を旅行している身に取って、一度は訪ねてみたい場所でもあった。
そうしたこもごもした気持ちの中で、少林寺境内に一歩足を踏み入れ、願わくば、自分一人で見て回っているのではない、目に見えないところでその竜司さんも一緒に見ているかも知れない、いや或いはお遍路さんがいつもお大師さんと一緒に歩いているように、この寺に於いては達磨さんに見守られている、といった、同行二人の感覚で境内を歩いて行ったのだった。
だが、そうした感傷的な気分も、あちこちに見える少年僧、彼等は皆一様に赤い衣服を纏い、駆け足したり、号令したり、気合を入れて朝の少林拳法のトレーニングをしているのだが、そうした「元気の気」に耳目を奪われ、惹きつけられたのだった?ここがお寺か?と。正に少林拳法の訓練道場ではないのか?と。・・これが現代の中国流なのかと。
- 旅行の満足度
- 5.0
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