2012/10/24 - 2012/10/24
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アルプ・グリュムさん
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江戸から数えて5番目の東海道五十三次の戸塚宿を散策しました。
当時の旅人が江戸を出発すると一泊目の宿泊地として最適であったため、大変な賑わいを見せていた戸塚宿の痕跡を追って散策しました。
戸塚駅からバスで不動坂で下車して旧東海道の散策を開始しました。
史跡巡りには最高の天候で数々の史跡を見ることができました。
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不動坂交差点
手前左側に分かれる道路が旧東海道で国道一号線は戸塚駅方面と本線に分かれます。
更に県道401号線の瀬谷方面にも分岐する交通の要所でもあります。
ここ不動坂までのは国道一号線は横浜の一般道でも指折りの通行量で、排気ガスを吸いながら歩くことは健康に良くないので、スタート地点を不動坂に選定した次第です。 -
旧東海道 戸塚宿の入り口に当たる不動坂は今でも交通の要所となっていて国道一号線の不動坂は渋滞情報でもよく耳にする場所です。
不動坂の交差点近くには益田家には樹齢300年のモチノキがあり、神奈川県の指定天然物の木となっています。 -
『神奈川県指定天然記念物 益田家のモチノキ
モチノキ(モチノキ科)は暖地に生育する雌雄異株の常緑広葉樹で、高さは通常三〜八メートルに達し、四月頃に黄緑色の群生した小さな花を咲かせ、球形の果実を付けて赤く熟する。この樹皮より鳥もちを作ることからモチノキの名の由来があり、古くから人々によく親しまれている木である。
指定された「益田家のモチノキ」は国道一号の旧東海道に面し、樹高18メートル、目通り2.4メートル、根回り3.1メートルの雌株と、これより0.75メートルほど離れて並ぶ、樹高19メートル、目通り3.2メートル、根回り4.9メートルの雌株の二本である。
これほどまで生長した大木は他にはほとんど類を見ないばかりか、共に美しい樹冠で接しているのも珍しい。「相模モチ」の愛称で郷土の人たちから愛され、なじまれてきたこのモチノキ二本は、稀有な大木となって今なお樹勢もきわめて旺盛であり、旧東海道に面してきたという歴史的背景もあるので、将来にわたり永く保護することが望ましく、神奈川県指定天然記念物に指定するものである。』
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モチノキの横には茅葺の益田家が残っています。
私はこの家こそ指定保存建築物して、登録保存してもらいたいと思います。
モチノキは国道からも見えますが、茅葺の家は見えません。 -
不動坂の交差点には旧東海道を示す標識が建っています。
この標識がなければ、ここが旧東海道と分からなかったと思います。
国道一号線は小田原、藤沢方向の本線と戸塚に分かれますが、旧東海道は、その脇にあります。
多少の勾配があるので不動坂と呼ばれるようですが、国道一号線は平坦な道です。 -
大山詣での起点となる大山道です。
大山道の大部分は県道401号 瀬谷柏尾線となっていて神奈川県の幹線道路となっています。 -
大山道を少し進むと「不動堂」があり不動坂の名は、これに由来するものともいわれる。
大山道の道標があります。 -
旧東海道は静かな住宅街を通り、「史跡への小径」なる碑を発見。
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史跡への小径の碑の裏側には「歴史は古く、永く、そして悠久に継承される」ともっともらしい表現の下に「首洗い井戸」の文字が読み取れ、その場所へ行きました。
ここに案内地図が掲示されてなかったのが残念です。 -
3人ほどの住人に場所を聞きながらやっと護良親王の首洗井戸の跡を見つけました。
ガイドさんを伴てない個人旅行の私は住民の方に大変迷惑を掛けたと察します。 -
これが井戸ですが比較的に新しく、水面は無く、草が生えていました。
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由来が記されている碑です。
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旧東海道を進むとレンガ造りの倉庫らしき建物が目に入りました。
ここは日本人によるハム作りの発祥の地とされ、この建物はハムの製造及び冷蔵に使われていたものです。
今でも鎌倉ハムの貯蔵庫として使用されているようです。 -
この古い民家は日本人初のハムの製造を開始した鎌倉ハムの斉藤邸です。
当時の戸塚は鎌倉郡に属していたので「鎌倉ハム」として名付けられ全国的に知られるようになったのです。
道幅も旧東海道のままで、車の通行量も少なく情緒が感じられることろです。 -
風で飛びそうな旧東海道の道標。
これでも十分役に立つものです。 -
元舞橋には地図で旧東海道を説明しています。
この辺りの旧東海道は入り組んでいるので地図は重宝します。 -
五太夫橋も地図が記されています。
小田原北条氏の家臣であった石巻五太夫が、小田原落城ののち、江戸に帰る徳川家康をこのあたりで出迎えたことから、この橋の名前になりました。 -
宝蔵院
前の写真もそうですが、横浜戸塚区の案内板は要所に設置されてあり、私の様な一人旅の者には大変便利ものです。 -
戸塚宿は戸塚宿江戸方見附から宿場に入ります。
フォルクスのファミリーレストランの前には戸塚宿江戸方見附の碑があります。 -
戸塚宿江戸方見附の碑だけで建物は何も残されていません。
フォルクスの客も車で来店してくるので、この碑をじっくりとみる方は余りいないようです。 -
戸塚一里塚跡
碑は二つ並んで設置されていますが、一つは戸塚観光協会でもう一つは横浜戸塚区のものです。
塚は明治時代に入るとすぐに取り壊されたそうです。 -
吉田大橋には安藤広重の浮世絵が掲示されています。
東海道五十三次の広重の浮世絵は有名です。 -
吉田大橋の欄干には戸塚を描いた浮世絵が見えます。
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旧東海道沿い歴史的建築物の伊東医院があります。
建築は大正14年の建築だそうですが、斬新なデザインで目に付きます。 -
善了寺
お寺には見えない斬新な本堂です。
正面には親鸞聖人像が見えます。 -
開かずの踏切として名高い戸塚踏切
事実、確かに開くのに何分もかかりました。 -
清源院には芭蕉の句碑があります。
「栗といふ文字は西の木と書て西方にたよりありと行基菩薩は一生杖にも柱にも此木を用給ふとかや世の人の見つけぬ花や軒の栗」 -
足元のマンホール
描かれてある風景、家は旧東海道の様ですが、走っているのは現代人の箱根駅伝のランナーに見えます。
戸塚は箱根駅伝の中継所でもあります。 -
戸塚駅
長い間、工事が続けられていましたがやっと完成でしょうか?
ここに内田本陣跡の碑が、駅前のここが戸塚宿の中心だったのです。 -
こちらは脇本陣跡です。
戸塚には三軒の脇本陣がありました。 -
渡邊本陣跡の碑
ここには明治天皇の戸塚行在所の碑も立っています。 -
海蔵院
俳人志行の墓、旅の途次、戸塚宿で没した藩士の墓などがあります -
通称、お天王さまと呼び親しまれている八坂神社
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お札まきは、7月14日の八坂神社の夏祭りに行う踊りで有名です。
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八坂神社内の明治天皇東幸碑
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冨塚八幡宮には芭蕉の句碑
「鎌倉を生きて出でけむ初松魚(はつがつお)」と右の説明文に記されていますが、芭蕉の碑の句は達筆すぎて読み取れません。 -
サイゼリアのファミリーレストランの前には「上方見付跡」があります。
戸塚宿の宿場もここまでです。 -
サイゼリアの敷地内にある「上方見付跡」。
松の木が植えられ旧東海道の雰囲気を演出しています。 -
サイゼリアの向かい側にも「上方見付跡」の碑が建っています。
こちらは石垣が旧東海道を演出しています。 -
ここは国道一号線ですが一般の車は平行する横浜新道を通るため通行量は大変少なく、排気ガスを吸わないで済みます。。
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