2013/01/02 - 2013/01/02
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merisiさん
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ロンドン1泊、マルタ5泊の6泊8日の旅、マルタ編。
半分以上街歩きに費やした旅でしたが、とても楽しかったです。テンションを反映して無駄に長い旅行記になってしまいました。
3日目は滞在中、唯一騎士団長の宮殿が開いている日です。張り切りすぎてフライングしたので、開館前に市内の教会をいくつか周りました。
全体の旅程
12/29
11:55 成田発
15:30 ヒースロー着
12/30
ロンドン観光
20:50 ヒースロー発
24:30 マルタ着
12/31
午前 ハーバークルーズ
午後 聖ヨハネ大聖堂、ヴァレッタ散策
1/1
昼 コットネラ・ライン散策
午後~夜 ヴィットリオーザ、セングレア、ヴァレッタ散策
1/2
午前 ヴァレッタ教会巡り、騎士団長の宮殿、考古学博物館
午後 マルサシュロク、ハジャールイム神殿
1/3
午前 ヴァレッタ教会巡り、Casa Rocca Piccola
午後 イムディーナ、ラバト
1/4
8:30 マルタ発
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日の最初のお目当ては騎士団長の宮殿。
その前に、午後から使う観光バスのバス停を探しておくことにしました。
途中、勝利の聖母教会を覗いてみます。 -
ミサの準備が始まっていたので、例によって入口付近からこっそり見学。
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マルタ中央銀行
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首相官邸前のロータリー。
うろうろしていたら、観光バスのお姉さんに勧誘されました。
その人は2社あるバス会社の別の方だったんですが、親切にもう1社担当のおじさんを呼んでくれました。
願ったりかなったりでバス停の場所を確認。 -
今日も素敵なヴァレッタの街並み。
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立派な建物はたいがい騎士団の宿舎跡です。
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騎士団長の宮殿の脇の小道では衣類を中心にした市が立っていました。
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広場では大晦日イベントの片づけ中。
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9:00に合わせて宮殿に行くと、開館は10時…。フライングもいいところです。
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時間まで散策。
広場の脇の坂道を降りていくと、マノエル劇場の表示がありました。
騎士団長António Manoel de Vilhenaが私財を投じて設立、たった十か月で完成。1732年1月19日にこけら落とし。 -
上演中の劇のポスター。白雪姫だったかな、シンデレラ?
乳母役、黄色いかつらのドラグ・クイーンのインタビューがエア・マルタの機内誌に載ってました。 -
装飾が素敵です。
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更に下っていくと、カーマライト教会。
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ヴァレッタの遠景で印象的な大きなドーム。
何人かがお祈りをしていました。
スーツ姿の若い男性や、幼稚園くらいの子供を連れたお母さん。
5分ほどで席を立ちますが、毎日の習慣なのだろうと推測できて、信仰が根付いていることを実感しました。 -
聖人のシンボルを描いたツリーの飾り。
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聖母子像。
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聖職者の肖像画。
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どの教会もクリスマス用の特別飾りがありました。
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この天使はちょっと…目が怖いよ。
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次は聖パウロ臨時司教座聖堂。
ここは英国国教会の教会です。
19世紀、ウィリアム4世王妃アデレイドがマルタ訪問の際、国教会の教会がないのを嘆き、オーベルニュ分団宿舎跡に教会を設立したそうです。 -
カソリック教会とは少し趣が違う気がします。
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ベンチのクッションが可愛かった。
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中国語?
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可愛いレース
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ロンドンでも見た王室の紋章が掲げられていました。
隣の旗にいる3頭のライオンも良く見たやつだ。 -
木製バルコニーをつなぐ角のベランダが気になって撮影。
後で気づきましたが、1階にはAir Chinaが入っていました。直行便があるの?すごいなあ。 -
雨が降ってきたので、マノエル劇場の軒下で雨宿り。
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中には雰囲気のいいカフェがありますが、まだ開店前。
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なかなか止まないし、ちょっと振り方も激しくなってきたので、完全に足止めされる前に図書館に移動しました。
写真は後日撮ったもの。 -
国立図書館入口。今の建物は1796年に完成するも、その2年後に騎士団はマルタから撤退。ようやくオープンしたのは英国統治下の1812年のこと。
パスポートを預ければ無料で見学できます。
閲覧室は2階の一室のみ。一般人が立ち入りできるのはさらにその半分で、学校の教室程度の広さですが、17世紀からの蔵書がずらっと並び、本好きの人はたまらないでしょう。大学の書庫の匂いがしました。
図書館にゆかりのある人物の史料も展示されています。
古代エジプトの死の神についての本の隣に、聖母マリアの奇跡についての本が並んでいたりして、意外と時間をつぶせました。 -
10:00、今度こそ入館。
時を同じくして日本人の団体さんが到着。
結局私たちがいた45分ほどの間に4つの日本人グループがやってきました。他にも個人客で数組。この旅行中最多の日本人を見た気がします。
たぶん、皆さん私たちとほぼ同じ旅程で、今日しか宮殿が開いていないスケジュールだったのでしょう。 -
回廊の天井はだまし絵になっています。
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しゃきっとしたまえよー、と言いたくなる鎧。
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歴代大統領の肖像画がかかる部屋。
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若きエリザベス2世。
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暖炉の騎士の意匠がかわいい。
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ここにもイギリス王室の名残が。
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現在も大統領府であり議事堂でもあるので、現代的な設備も持っています。
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ちょっと変わった鎧もいます。
せっかくなら観光客が入れる場所に置いてくれると面白いのに、場所は決められているのでしょうか。 -
謁見の間。
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華やかな玉座。今は大統領が座るのだろうから、玉座とは呼ばないのかな。
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この部屋の壁画には、グレートシージの出来事が時系列順に描かれています。
写真はトルコ軍が聖エルモ砦を攻略にかかっている場面。
マルタ側ではなくトルコ側からの視点で描かれているのが面白いなあ、と一枚。 -
最後の一枚は、トルコ軍が布陣していたマルサに向けて、イムディーナの援軍が突撃をしかけた場面。
これを島外からの援軍と誤解したトルコ軍は総退却を決め、ビルグは辛くも陥落を免れました。
絵の両脇にはちゃんと「勝利」と「名誉」が配置されています。 -
かっこいいシャンデリア。
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真紅の織物で壁をおおわれた部屋は、現在は会見に使われているようです。
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天井も凝っています。
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中国の陶器
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ここは従者の待機部屋。従者と言っても将来騎士となる貴族の子弟たち。
その啓蒙のためか?壁画は聖ヨハネ騎士団のエルサレムでの活躍を描いているようです。 -
こちらの部屋にも中国陶器。
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こちらは、フランス軍侵攻時の騎士団長。つまりマルタ島からの撤退を決めた騎士団長です。
私だったら、こんなところに掛けないでそっとしておいてくれ、と思いますwガイドさんがここでわざわざお話しするんですから。
マルタ騎士団退去の顛末について、事前の情報収集では、ナポレオンの「マルタの城塞は堅固だったが、強い精神力が全くなかった」という言葉をよく見かけました。
マルタ現地では、「マルタ騎士団は同じキリスト教徒に刃は向けないと誓約を立てていた」「当時の騎士団の多くはフランス出身者で、同胞と戦うことを躊躇うものが多かった」という説明をよく見聞きしました。
どちらを最初に目にするかでずいぶん印象が変わりそうです。 -
こちらは、コットネラ・ライン建設の立案者、コトーナー騎士団長。
従者が持つスリーシティの地図を指し示しています。 -
現大統領府を遠目に見て見学終了。
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中庭にはオレンジの木。
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10:50、続いて武器庫を見学しました。
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地域・時代によって特色が違う、と書いてありましたが、ちょっとよくわからなかったです。だんだん装飾が増えてるかな〜?
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これは少年用の鎧。だからかはわかりませんが、前開き式です。
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歩兵と騎士と。
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騎士団長クラスは鎧もやはり立派。
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この時期のヘルメットは人面に見えるように目や口の形を作っていた、と説明を読んだら、連れが「絶対嘘だ、これは人じゃなくて宇宙人だ」と。まあ、確かに。
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なかなか生々しいです。
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見る順番がおかしかったのか?最後は敵のトルコ兵の装備で締め。
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武器庫は展示室が2部屋あり、もう一つは武具の展示でした。
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こういう華やかな銃って日本にはないね、と言ったら、日本では火縄銃は下人の武器だったからね〜と連れ。
確かに、大名自身が撃ってる場面てあまり見ないですね。開国前後になってやっと、て感じなのかな? -
もちろん、銃ばかりではなく剣もたくさん展示されています。
これはレイピアだったかな。華やかなことに変わりはありません。 -
大砲。
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マルタ十字の入ったガンパウダー入れ。
11:20、見学終了。
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