2012/08/09 - 2012/08/10
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ローズベリーさん
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2012年7月〜10月までの、3か月のヨーロッパ周遊記録(Vol.22)です。
現在、5カ国目ドイツを西→東へ周遊中です。無計画な旅行でいつもばたばたしており、失敗と後悔が続く旅ですが、なんとか続けられています。
Vol.22は、ベルリンを拠点にポツダムとナチス支配下にあったザクセンハウゼン強制収容所へ行ったときの記録です。
〈旅程〉
・8/9 午前:ベルリン市内観光(Vol.21)、午後:ポツダム観光
・8/10 ザクセンハウゼン強制収容所へ。
夕方ベルリン→ブタペストへ寝台で移動。
※1ユーロ=100〜104円
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
-
◆8月9日(木)第36日目
Vol.21の続きです。
午前中、ベルリンの市内観光をしたあと、午後はポツダムへ向かいました。
ベルリン近郊1日券を窓口で購入し、Zoologischer Garten駅からS7でポツダムへ。 -
ベルリン市内から40分弱で、ポツダム中央駅に到着。 -
すでに13:00をすぎ、おなかがすいていたので、まずは駅構内で昼食を取りました。 -
アジアンレストランの野菜カレーです。 -
元気になったところで、駅構内のツーリストインフォメーションへ。
サンスーシ宮殿とツェツィーリエンホーフ宮殿へ行きたいと伝えると、スタッフのお兄さんは、2か所への行き方がプリントされた紙切れをくれました。 -
もらった地図と紙切れを頼りに、まずはツェツィーリエンホーフ宮殿へ向かいます。
乗り換えがあるので、少し複雑です。
駅前の乗り場から、
①Tram92番(Kirschalle行き)かTram96番(Viereckremise行き)に乗り、Reiterweg/Alleestrasseまで行きます。
②そこでBus603番に乗り換え、Schloss Cecilinhofで下車。
乗り換えがうまくいくか心配でしたが、Reiterweg/Alleestrasseに行くと、そこを通るバスの番号と時間がモニターで表示されていてわかりやすかったです。
それから、ベルリンで購入した近郊1日乗車券はここでも有効で、この券でバスとトラムにも乗れました。 -
無事にSchloss Cecilinhofに到着です。
しかし、バスを降りたあたりは住宅街と森になっていて、宮殿が見えません。
宮殿はどこ??
ほかの乗客もきょろきょろしていましたが、みんなについて森の中へ入って行きました。 -
そして森が開け、建物が姿を現しました。
ここは、建物の一部が古城ホテルとしても使われているようです。 -
中へ入ると、田舎の別荘のような建物がありました。
宮殿というイメージとは少しかけ離れていますが、静かで平和な空気が流れています。 -
チケットを購入し、中へ入りました。
(写真撮影するには別途3ユーロかかります。)
こちらは船室をイメージした部屋。 -
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-
こちらが、有名なポツダム会議が行われた部屋です。
アメリカ、イギリス、ソ連の首脳会議が開かれ、ドイツの戦後処理について話し合いがされました。
テーブルの上には、3カ国の国旗が掲げられています。
なぜこんな田舎で、重要な会議が開かれたのか・・・。
それは、当時ドイツの大都市が壊滅状態で、会議に適した場所が見つからなかったからだそうです。
でも、こんなに平和な場所で重要な会議が行われていたとは、本当に意外でした。 -
-
宮殿には、ホーエンツォレルン家の最後の皇太子、ヴェルへレム一家が住んでいました。
宮殿の名前は、皇太子妃ツェツィーリアの名前から取ったものだそうです。
写真は、皇太子ヴェルへレムと皇太子妃ツェツィーリア。 -
庭園も花がいっぱいできれいです。 -
敷地内には、湖も広がっています。
とても優美な眺め。 -
近いと思ったら、結構離れていました。
“Marmorpalais”です。
フリードリヒ・ヴェルヘルム2世によって建てられた、湖のほとりに建つ大理石の宮殿。 -
宮殿は新庭園という緑の公園に囲まれています。
もう一つ、Marmorpalaisという宮殿が奥にあるようなので、公園の中を歩いてみました。 -
次にサンスーシ宮殿へ向かいます。
先ほど下車したバス停から、再び603番のバスに乗って(通りは一方通行なので同じバス停から)Reiterweg/Alleestrasseまで戻り、今度は695番のバスに乗り換えSchloss Sanssouciで下車。 -
バス停から歩いて数分で、サンスーシ宮殿が見えてきました。
内部はオーディオガイドツアーで見学可と書いてあったので、ふつうに入れると思ってチケット売場に行きました。
すると、なぜかそこにはSold Outの文字が。
現在時刻、16:30。閉館まで、まだ1時間30分もあるのになぜ!?
悔しかったです。ここまで来たのに。
ガイドブックには書いてありませんでした。入場券には入場時間が指定されているのだそうです。知っていたら、先にサンスーシに来たものを(:_;) -
庭園側です。
サンスーシ宮殿は、プロイセン王フリードリヒ大王(フリードリヒ2世)が夏の居城として建てたロココ様式の宮殿です。
1745〜1747年にかけて建てられ、大王は35〜74歳までのほとんどを、この宮殿ですごしたそうです。 -
ぶどう棚が幾重にも連なり、その先に噴水があります。
ぶどうの時期は過ぎたようですが、一部が残っていました。 -
ポストカードでよく見る、サンスーシ宮殿と噴水の風景。 -
夏真っ盛りですが、花も元気に咲いています。 -
-
敷地内にあるパビリオン。
このほか、敷地内には大王の墓や中国茶館、シャルロッテンホーフ宮殿やオランジェリー、新宮殿などの見どころがあるようですが、そんなこととはつゆ知らず、このあたりでサンスーシをあとにしました。 -
695番のバスに乗って、中央駅方面へ向かいます。
途中で、ツーリストインフォメーションのお兄さんから教えてもらったオランダ人街のMittel strasseへ立ち寄るため、Nauerer Torのバス停で下車しました。 -
ここは18世紀に祖国を追われた、プロテスタントのオランダ人たちが住んでいた一帯だそうです。 -
赤煉瓦の古い建物がずらりと並び、まわりの通りとはまったくちがう雰囲気が漂います。 -
建物にはブティックやレストラン、小さな雑貨屋さんなども入っています。 -
せっかくなので、このあたりのお店で夕食をいただくことにしました。
ドイツ料理はちんぷんかんぷんなので、お決まりですがイタリアンに入ります。
“Massimo18” -
中庭のような場所に通されました。
隠れ家カフェのような雰囲気のお店です。 -
得意のボロネーゼ。
(・・・しか読めなかったので)
まずまずです。
付け合わせの塩漬けオリーブが案外おいしかったです。
≪出費≫
・電車代 1日乗車券7ユーロ
・朝食 1.58ユーロ;マフィン、クロワッサン
・昼食 5.2ユーロ;アジアン料理店
・ツェツィーリエンホーフ宮殿 10ユーロ;入場料7ユーロ+写真撮影代3ユーロ
・夕食 12ユーロ;イタリアン
・宿代 18.8ユーロ -
◆8月10日(金)第37日目
ベルリン近郊に住む知人が、この日なら会えるかもというので、今日は予備日として確保していましたが、連絡がありませんでした(:_;)
ということで、今日も一人でお出かけです。
宿に荷物を預け、11:00フリードリヒ駅を出発。
S1でOranienburg駅へ向かいます。 -
約45分ほどで、Oranienburg駅に到着。 -
ガイドブックには、“要所にあるSachsenhausenの看板に従って徒歩20分”と書かれていましたが、地図もなく、駅からどう行ったらいいかわかりません。
まずは0.4?先にあるというツーリストインフォメーションに向かうことにしました。 -
駅前のStraisunder Strasseを線路沿いに北へすすみ、大通りBernauer Str.を左へ曲がると、ツーリストインフォメーション(Bernauer Strasse 52)があります。
ここでフリーマップをもらい、ザクセンハウゼン強制収容所へ歩いていきました。(804番のバスでも行けるようですが、平日1時間1本程度。) -
約20分ほどで、ザクセンハウゼン収容所のインフォメーション棟に到着しました。 -
入場料は無料ですが、何もないとわからなそうだったので英語のオーディオガイドを借りました。(3ユーロ。パスポートなどのIDを預けます。) -
この収容所は1936年に建てられ、ナチス支配下で1945年まで使用されていました。
第二次大戦後は、ソ連占領軍によって1950年まで占拠されていたようです。
ザクセンハウゼン収容所は、一辺が600mの二等辺三角形の敷地で、総面積は190ヘクタールもあります。 -
奥へすすむと、キャンプを囲う壁が出てきました。
なんとなく、空気が重いような気がしてきます・・・ -
監視塔の門。 -
建物の鉄の扉には、有名な文字が残されています。
“ARBEIT MACHT FREI”(働けば自由になれる) -
そばの博物館には、当時の写真や使われていたものが展示されています。
どれも、痛々しいものばかりです。 -
かつては鉄条網と壁の間を、看守が巡回していました。
そして、この砂利の中は“Neutrale Zone”
この地帯へ入ったら、即刻射殺・・・ということのようです。 -
かつてバラックの建っていた場所は、棟ごとに敷地が仕切られ、砂利が敷かれています。
当時、たくさんのバラックがあったことがわかります。
バラックのいくつかは補修され、中が見学できるようになっています。 -
受刑者の宿泊所(1941〜1943年) -
独房のある建物。
建物の外には、処罰用の杭も立っていました。 -
-
檻の中の独房。 -
敷地内をまわるうち、どんどん気分が重くなってきました・・・ -
高さ40mあるモニュメントが建っています。
これは、記念館が開館するときに建てられた記念碑です。
人物の下の台座には、犠牲者の出身国が刻まれています。 -
その奥には、ソ連軍捕虜を収容した特別キャンプがありました。 -
ここへ来て、一気に気分が悪くなりました。
なんとなく、嫌な空気・・・。
銃殺濠だそうです。 -
“病棟宿舎”
病棟といっても、中では人体実験やその他・・・行われていたようです。
なんというか、気持ち的に見ていられません。
この他、解剖室や地下の死体安置室など、予想以上のものを見てしまい、精神的にとても疲れました。
敷地もとても広く、全部はまわれませんでしたが、とても疲れたので帰ることにしました。 -
2時間以上歩いていたので体力的にも疲れるのですが、それ以上に気持ちがとても重いです・・・(=_=)
オーディオガイドが日本語だったら、もっとダメージをくらってたと思います。
英語がわからなくて、ある意味助けられたかも・・・と思いました。
駅への帰り道、いろんなことを考えました。
収容所が公開されたとき、ドイツの人はどんな気持ちだったのでしょう?世界中の人の前に収容所を公開するというのは、とても勇気のいることだと思うのです。
今、彼らは一体、どんな思いでそこを見ているのでしょう・・・? -
複雑な思いがぐるぐるするする中、Sバーンでベルリンへ戻ります。 -
フリードリヒ駅に到着。
ここでドイツ最後の夕食を食べて、ハンガリーに向かうことにしました。 -
前から目をつけていた、シュプレー川沿いにあるカフェ&レストランに入ります。
“Friedrichs106” -
ビジネスランチがお得でいつか利用してみたいと思っていたのですが、もう時間的に終わってしまっています。
ハムとブロッコリーのパイ包みを注文しました。
川を行き交う観光船を眺めながら、しばし優美な夕食を楽しみ・・・。
宿で荷物をピックアップして、ベルリン中央駅へ向かいます。 -
今日は初めて、寝台に乗ります!
18:13 ベルリン中央駅→8:35 ブダペスト東駅 -
こちらが今回の切符です。
通常の切符に加えて、寝台用の予約がついています。 -
6人のクシェットを予約していました。
まだ、誰も乗ってきません。
どこが、どうベッドになるのか??自分で組み立てるのか??
何一つわかりません。
まずは車掌がまわってきて、切符を回収されました。
しばらく一人でしたが、ドレスデンで5人一気に乗ってきて、急に窮屈な感じになりました。大荷物を置く場所もありません。バックを分解し、小分けにして膝の上に抱えました。
22:00を過ぎたころ、係員が一つ一つの部屋を訪ね、手際良くベッドを組み立てていきます。両側に3段ずつ寝床が出来上がり、私は真ん中の段に横になりました。
貴重品はしっかり抱えて、23:00消灯。 -
多少揺れますが、横になれるので案外楽です。
すぐに眠りに着きました。
明日は目覚めたらハンガリーです。おやすみなさい・・・(-_-)zzz
≪出費≫
・電車代 7ユーロ;ベルリン近郊1日乗車券
65.75ユーロ;寝台列車ベルリン→ブタペスト
・ザクセンハウゼン収容所のオーディオガイド 3ユーロ
・夕食 10.4ユーロ
・その他食費 6.03ユーロ;飲料、カツレツ、パン、菓子
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