2012/12/24 - 2012/12/29
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shinkoさん
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ホイアン3日目(実質は2日め)はミーソン遺跡へ($9)。朝7:45にバスが来るからと言われて待つが、来たのは8:15過ぎ。実にユルイ。ホテルごとにピックアップなので、実質街をスタートしたのは9:30頃で、着いたのは11:00頃(途中トイレ休憩あり)。1時間見学して戻る。半分以上は3ドル追加して船で戻るコースを選んだが、私はまずいお昼より早く帰りたかったので復路もバスを選んだ。入場料は別に$5払う。
後ろの席はアメリカのオハイオ州からの老夫婦。Oberlin College(日本の桜美林と同じ由来の名前)の大学の先生をしていたとか。おじいさんは足が悪くて大丈夫か?という感じだが、自立していて『マイペースで行くから大丈夫』とのこと。ガイドはテンション高いベトナム人男性。『沢山観光客がいるから、このバスはNo.10ね。我々グループのニックネームはタイガーね』と言ってジョーク交えて盛り上げる。(ただ父親がベトコンだったからか、このアメリカ老夫婦にはこのガイドさん、冷たかったように感じたのは私だけかな…)
何も考えないで日程を決めたけど、偶然にもこの日の夜は旧暦14日で満月の『ランタン祭り』。ホイアンの街の街燈が消えて暗くなり、バクダン通りに出ると、ロウソクをともしたランタンを川に流してます(観光客が買う)。真っ暗で歩きにくかったけど、ランタンは綺麗でした。ラッキーです。
とってもローカルな屋台に行って一人鍋を注文すると、ここでも地球が役に立ち、ベトナム人夫婦が『日本人ですか?』と日本語で声をかけてきた。ホーチミンからのハネムーン旅行とのこと。『おめでと~』 聞けば日系会社ベトナム・コマツのエンジニア君だとか。片言日本語で国際交流です。しまいには筆談。漢字は分かるらしい。奥さんは半年前に大学卒業したばかりとか。若いね~。彼女はしゃべれずニコニコしながら鍋奉行してくれました。旅の楽しい思い出です♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
-
ホテルフロント。ここで待てといわれたけど、バスはずいぶん待たされました。似ているバスがいろいろ来るので毎回ポーターに『これ?』と確認。
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このイエローバスです。トイレ休憩所で。トイレはおばあさんがいて、有料です。
客はインターナショナルで世界中から。豪・米・アジア、いろいろ。 -
入場料$5はバス内でガイドが集めます。チケット売り場ではベトナム兵がバスに入ってセキュリティチェックします。
バスを降りてしばらく歩きます。ここでもうオバーリン大のおじいさんは見えないほど遅れる。他の客も気にしてガイドにいうが、ガイドは『彼はいいといったから自分でくるだろう』と平気な顔。 -
ガイドさんが散らばっている遺跡群を説明。AグループからFまで回るとのこと。ベトナム戦争で爆弾跡もあるそう。Agent Orangeも近くの森に降ったそう。ベトナム中部はダナンを中心に戦闘が激しい地域だったとか。ベトコンも遺跡に隠れていたので米軍が遺跡を攻撃したのだという。
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説明してまた歩く。そろそろ見えてきます。
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少し先には遺跡群と観光客の軍団が。
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手前にはベトナム戦争で落とされた爆弾跡が。このクレーターはあちこちにあった。
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チャンパ王国はレンガの技術が非常に優れていて、接着剤なしに、現代まで壊れずに残るレンガを作り上げた。最近修復したレンガのほうが崩壊しているという。
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日本人大学生の集団も一緒。
ガイドが英語で説明する『リンガ、リンガ…』の声に反応して、大学生、『リンガって何、何だ??』と大声で連呼し合う。
外国人の集団の真ん中だったので、『あの〜男性の…器の形の…』と小声で教えたら連呼はやみました。 -
ヒンドゥー寺院なので、シバ神とか、リンガとかヨニとか、具象的なものが出てきます。アンコールワットにも規模が違うけど似ている。
ガイドが連呼していたリンガです。 -
ガイドが『アンチ米国』発言を結構口に出すので、観光客の一人から『君はベトナムのどこ出身なの?』と聞かれ『北部。父親はベトコンだった』との返事。観光客は『やっぱりね』とのリアクション。
右はアンチ米国にめげずにいろいろ質問してたオバーリン老夫婦の奥さん。
ガイド『ベトナム戦争は米が初めて負けた戦争だ』といえば、
米おばさん『今は平和の時代で我々はラッキーね』と負けない。強いです。 -
遺跡の一角は展示室でした。
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不発弾とガイドさん。ここでもまたジョーク。
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しばらく歩いて、一番奥のF群に。ここは崩壊が激しくて屋根がついてました。
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帰りはひたすら歩く。天気が怪しく小雨が降りだす。
帰りのバスの途中で大雨に。船コースでなくて正解。
市中の大通りにて、降りろとバスから放り出される。『ここどこ?』と中国人カップルと一緒に店の人に聞いて、街の位置確認。 -
大通りを南に行くと、車禁止の中心街へ。チャリがスイスイ。いいなあ〜、私も乗りた〜い。
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有名な歴史的ビンフン1ホテル。
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ベトナムっぽい光景です。なんかのんびりしてきます。
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前日いったカーゴレストランの正面。観光客は店前にチャリも止めてます。
この店は、年末になるほど、お客が押し寄せて止めてるチャリの数がすごくなってきてました。 -
疲れたので、とにかく昼をと、カーゴ前の『モーニンググローリー』へ。
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ここはオープンキッチンがポイントの店。
向かいのカーゴと同系列です。
後で偶然オーナーと会ったとき、『4店舗あるんだけど』と言われて、『はい、もう3店舗は行きましたよ』と返事できた。笑。 -
まずはビール、つまみの春巻きと。
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ホイアン名物のヌードル『カウラウ』。汁が少なくて麺は太い。おせんべいをバリバリ崩して混ぜる。
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中国っぽいカフェ。後でいくことに。
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ここはワインバー。
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チャリのジモティ
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のんびりしてます。
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この道も落ち着いていてよかった。
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北に向かいこの小道を通ると突き当りがホテル通り。やっと帰れました。疲れた〜。
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やっとホテル。しばらく寝ていた。
夜はせっかくのランタン祭りなので、重い腰をあげてまた出発。 -
ホントは寝ていたいところを出ていくと、ランタンがあちこち店前に。
街は街燈がついていなくて普段より暗い。 -
バクダン通りにでると、明かりがなく真っ暗。(懐中電灯をもっていくほうが良い)
川にロウソクの小舟のようなものを流す。($1だったか) -
たいてい親子で子供が売り子。
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橋のふもとでは観光客も参加型のイベント。中華風ビンゴみたいで、絵柄が付いた板を渡される。しかし、途中雨が… 皆避難。
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アンホイ橋を渡る途中。バクダン通りの明かり。
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アンホイ橋の少し右側にいくと奥に続く通りがある。通りの入口はランタンの店、通りの中央に夜店屋台が。
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きれいです。
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3,4件のランタン屋が続く
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店主は写真を撮るな、と遮る。
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ランタン屋の向かいの通りには夜店が連なる
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ランタン店の向かいが、この『ザ・マーケット』という新しいフードコート。このときは気づかず、かわいいので写真をとっただけ。後日行ってファンになった。
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ここからアンホイ川に戻り、川沿いにずっと東に向かうと、まさにジモティがいくような屋台が。よし、今晩はここにしよう! (もうへとへと状態で早く座りたい)
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空芯菜
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何がおいしいの?と聞いて頼んだ海鮮鍋。ボリューム満点。食べれるかなあ。
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地球を持ってると、ここでもベトナム人カップルから『ニホンジンデスカ?』と日本語で話しかけられた。
聞くとホーチミンからきたハネムーン中のカップル。旦那はコマツ・ベトナムのエンジニアだとか。『ニホンジン10ニン、ベトナムジン100ニン、います』『オクサン、コトシ、大学卒業シマシタ』人懐っこくよくしゃべる。
奥さんは日本語しゃべれず鍋奉行してくれた。 -
この若いカップルです。
『どこにいったの?』と行くと『バナー・ヒル』という。よくわからなくなり筆談まじり。ここから30キロ離れた山のリゾートだそうで、バイク借りて運転した。山は5キロのロープウェイがあり、それに乗ったとか。
ベトナムは若者が多い。30歳以下が60%とか。パワーを感じる国です。
おしゃべり楽しかったよ〜。明日帰るそうです。 -
帰路、バクダン通りは河の水があふれて通れません。満潮時はこんなに洪水になるのか…。 というわけで1本北側の道を通る。道で囲碁をやってました。
11月の洪水はすごいだろうなあ〜。(次の日名所の家屋を見学すると、毎年のように1階が1m超えの浸水の被害を被っていた)
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