2012/12/28 - 2012/12/28
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tono202さん
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毛沢東と周恩来の関係を考える。重慶は、大きなヒントを与えてくれる場所だと思う。重慶談判の時に、二人は40日近くを同じ建物で寝起きしている。その間に二人の間で何が話し合われ、互いに何を感じたのか。言語的、社交的、外交的に優れた能力を発揮する周恩来。その姿を見せつけられて毛沢東は、どう感じたのか。それが、その後の毛沢東の周恩来に対する対応にどのような影響を与えたのか。
そんな「仮説」を抱いて、重慶の足跡を訪ねて見ました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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地下鉄「牛角陀駅」から地上に出て、坂を登って中山3路と4路のロータリ陸橋を歩く。人民大会堂が丘の上に見えてくる。
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政府・金融機関が軒を並べ重慶の権力中枢を感じさせる空間。
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中山4路を東に進む。人民小学校と名品点間に、桂園の入口。入場無料。訪れる人、いと少なし。
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毛沢東の使った部屋。延安からやってきて、国民党支配下の重慶のここで1ヶ月少々「軟禁状態下」。毛沢東がここで考えたことは?
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毛沢東の部屋
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その隣が周恩来の部屋。この距離で二人の間で話し合われたこと、話し合われなかったこと。毛沢東が周恩来に対して感じた「劣等感」「ジェラシイ」「信頼感」
それが、その後の二人の並立関係に大きな影響を与えたのではないか。文革期の4人組の周恩来攻撃を最後の一線を越えさせなかった毛沢東の思惑。
いろいろなことを考えさせてくれた間取りと空間でした。 -
公的資金がふんだんにつぎ込まれた道、住宅、歩道。重慶の「ハレの空間」を感じる街路。
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人民政府の看板にカメラを向けてぱちり。その瞬間、道路向側の警備兵から怒鳴られました。「撮るな!」と言われたようです。
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5分ほどで周公館前の広場に。そこにはコートを片手に颯爽と歩く周恩来の姿が。周公館は撮影禁止。
共産党の連絡事務所という表の顔と同時に、工作センター、軍事センターとしての機能を併せ持った建物のように感じられ興味深い建物。 -
近くの地下鉄入口からエレベーターを使って嘉陵江ほとりのモノレール駅へ。
ちなみに国民党の蒋介石関係の建物についても学生達に聞いたのですが、こちらは分からずじまい。敗者は歴史から静かに立ち去るのみなのか。 -
ちなみに調べていた宋啓齢の住宅地図を示すと、最近取り壊されたとのこと。
重慶のScrap & Buildのスピードはいと速し -
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