2012/11/04 - 2012/11/05
244位(同エリア413件中)
雪兎さん
プルマントゥール社のソブリンに乗り込みました。
四日目はスペインのバルセロナから地中海を
一路チュニジアのチュニスまでは終日航海の日です。
船上では色々イベントが開かれています。
表紙は五日目に観光したチュニスです。
自由時間に街歩きの途中で添乗員さんお勧めのカフェ。
地中海を望んで崖の上にあります。
この辺一体がシディ・ブ・サイド
アラブ建築、アンダルシア建築の組み合わされた住宅は、鮮やかな白い壁に青い扉が特徴である。曲がりくねった小路が行き当たりばったりに散らばっている。1915年に指定されてから、シディ・ブ・サイドは『白と青の小さな楽園』(petit paradis blanc et bleu)の異名がつけられた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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四日目
終日クルージングで地中海を横切り
チュニジア・チュニスにまっしぐらです。
船中で色々な催しがあります。
こちらは劇場での船長による乗組員紹介。 -
物凄い盛り上がりで何をしてるのかと覗いたら…
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肉体美を疲労してミスターコンテスト
上は80代の男性まで出場
セクシーな踊りで女性審査員にアピールします。 -
さすがに今日のこの寒さではプール使う人は居ません。
でも日中は水着の人も居ました。 -
寄付を募るBOXの前にどこかのゆるキャラです。
この日船を挙げての大避難訓練がありました。 -
五日目
朝七時にチュニス到着 -
MSCシンフォニアも停泊してます。
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スーク様の港湾施設に手続きの場所があり
若干の店や有料で音楽を奏でて
記念写真を撮る所等あります。 -
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予定以外で立ち寄ってくれた古代の貯水私設跡。
左から右へ半円形のトンネルが何本も走っています。
所々開口していますがすべて水の貯水チューブ。 -
イチオシ
砂漠のバラ(デザートローズ)
成分は、石膏(硫酸カルシウム、CaSO4)のものと、重晶石(硫酸バリウム、BaSO4)のものがある。
かつてオアシスだった場所で、 ミネラル成分が豊富に含まれている砂漠のオアシスが干上がっていく時、この石の成分も乾燥し結晶化したと考えられる。
本来透明で滑らかだが(割れ口を見ると分ります)表面に砂が付着している(結晶と一体化している)ため赤い砂漠”で生まれた「砂漠のバラ」は紅バラに、褐色の砂漠で生まれたバラはベージュ色のバラ、黒い砂漠で生まれれば「黒バラ」となる。
でここのは比較的ベージュに近い褐色です。
交渉してみると拳大のものが1ユーロで買えました。模様も様々ですので綺麗なバラが多数付いてる物は高くなるようです。実は物々交換で手に入れました。こういう事が出来る所は失敗しても人とのやり取りが楽しいです。 -
カルタゴ博物館
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イチオシ
美しいモザイクです
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カルタゴ遺跡では写真の方向を注意されました。
要人公邸を撮影すると拙い事になるそうです。 -
カルタゴは古代フェニキア人の築いた都市です。
紀元前9世紀、海洋民族のフェニキア人がこの地に都市国家を築いたのが町の始まりで、現在のチュニジアの首都チュニスの郊外、地中海を望む遺跡がそれです。
紀元前6世紀までに地中海貿易を独占し、領土を北アフリカ沿岸沿いからスペインのイベリア半島の半分まで拡大し、イベリア半島で豊富に産出した金、銀、銅の貿易を独占し、カルタゴは多大な富を蓄えました。
紀元前3世紀頃になると地中海貿易をめぐってローマとカルタゴは激しく争います。カルタゴの名将ハンニバルは、アフリカから象を連れて、イベリア半島からアルプス越えをしてローマを攻めますが結局、3回に及ぶポエニ戦争の結果、紀元前146年、カルタゴはローマの前に壊滅します。
現在カルタゴに残る遺跡のほとんどは、その後ローマが同じ地につくったもので、公共浴場、円形劇場、巨大な貯水池など、カルタゴの街はアフリカのローマとしてローマ帝国が再生したものです・・・だそうです。 -
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駐車場から少し歩いてシディ・ブ・サイドの街中に入ります。
お土産屋さんが沢山あります。 -
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チュニス旧市街「Medina of Tunis」
1979年に登録された世界遺産(文化遺産)
チュニジア北部に位置する。チュニスは同国の首都で、中世から首都機能を果たしてきた伝統ある大都市。7世紀頃からアラブ人によって都市が建設され、その町並みが現在のチュニス旧市街(メディナ)となっている。地域の歴史は古く、元はカルタゴの近郊にあるフェニキア人の町だったが、ローマ帝国との戦いで壊滅し、しばらく帝国の統治下にあった。その後、ローマ帝国の分裂で東ローマ帝国の支配下に入るものの、ハッサン率いるイスラム軍がカルタゴを奪い、チュニスはアラブ人によって開発されることになった。多くの巡礼者や商人が集まって町は繁栄し、外国からの人々も行き交う大きな都市となった。19世紀になるとチュニジアはフランスの影響下に入るが、第二次世界大戦後に独立した。現在のチュニス旧市街は14世紀頃の景観を保っているとされ、町にはイスラム様式の建物が並んでいる。モスクや市場(スーク)が残されているほか、中庭のある家は開放感があって美しい。7世紀に開発が始まった町並みの保存が評価されている。 -
階段上に一番古いカフェとの事。
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ガイドさんお勧めのカフェは地中海を一望する崖の上?実は下にぶら下るような形で張り付いている所でした。
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階段状に下に広がる青・青・青のパラソル。
パラソルの下にはテーブルと椅子席があります。
松の実の沢山入ったミントティーが3ユーロ。 -
イチオシ
シディ・ブ・サイドは『白と青の小さな楽園』
と言われるだけあって静かな道に入り込むと
ため息の出るような美しさです。 -
イチオシ
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イチオシ
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イチオシ
家々のドアーは意匠を凝らした模様で飾られてあります。
そうしないと何処だかわからないのじゃないか
という現実的な指摘がありました。 -
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人一人が通れるほどの狭い路地に入ってゆくと
ゴミ捨て場があって沢山の猫が居ます。 -
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こちらが一般の町並みです。
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14時にチュニスを出発するソブリンに向けて帰ります。
昼食は船でとります。
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