2012/11/09 - 2012/11/15
12006位(同エリア17494件中)
フエ物語さん
スマトラ→ジャワ→バリと自転車で走って来ました。
残るバリを楽しんでいます。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 1.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 自転車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5:50-10:40 Negara 41km Hotel Surya Asri 宿代50,000Rp( 5段階評価で2の宿)
Wベッド、柄シーツ、14W蛍光灯、箱型扇風機、水催促900ml、抱き枕、ヒシャクシャワー、和式トイレ、宿帳、領収書(WIFIなし)
出発の準備中、5時にドアがノックされた。
焼き飯と紅茶の朝食が運ばれてきた。
思いもよらぬ飯にありついた。
ありがたく頂く。 -
フェリー乗り場に到着、一般乗客と車両は違うゲートから入る事は確認済みである。
すると二輪専用ゲートは別にあり、そちらへ回される。
料金8,000Rpを払い。Eチケットを受け取る。
係員の誘導にしたがい進む。
ゲートが何ヶ所もあるので分かりにくい。 -
フェリー内部に押して入った。
荷物を積んでいるとスタンドが使えないので、フェリーの側面に自転車を立て掛け駐輪完了した。
海の上は風があり寒いので、ウインドブレーカーを持って客室へ上がる。
エアコンの部屋はとても寒い。
一発で下痢しそうなのでパスして、その上の階に行く。
見晴らしがよく、写真を写すには最高だ。 -
潜っているおじさんがいた。
何かを探しているのか? -
所要時間は45分ではなく1時間かかった。
何分置きにフェリーが出港しているのかは分からないが、頻繁に出ている事は確かだ。
ウトウトと眠気がさしたと思ったら到着してしまった。 -
バリ島の田舎さが感じられる。
ジャワに着いた時の様な活気はなく、
緊張感がまるで無い緩みぱなし。
道も警察に聞いたが、1本道で迷いようがない。
小さな島に来たんだと実感した。
風景が一変した。ヒンズー彫刻が至る所に見える。
大きな釈迦像まである。
なにか安心させられた。
どうもイスラム教には馴染めない所があるからだ。
インドネシア旅の最終目的地である。州都デンパサールまで128キロでゴールなのだ。
ビザの残り10日、精一杯バリを楽しもうとおもう。
今日の宿泊予定地までは33キロと一里塚に刻まれてた。 -
片側1車線ながら舗装状態はいい。
並木道は続いた。
野生のサルが道端にたむろしている。
果物を持っているので停車したくない。
止まると奪い取りに襲ってくるだろうからだ。
狂犬病が怖い。
欧米人老年カップルチャリダーをすれ違う。
インドネシアで外国人チャリダーは初めてだ。
親指を立てて挨拶した。
先頭のおじいさんの方は疲れていると見えて挨拶なし。
そうとうダメジーを喰っているようだ。
後ろのおばあちゃんチャリダーは親指を立ててくれた。
バリの坂でヘコタレテいるようでは、ジャワの峠越えは大丈夫であろうか?
すれ違い後、道は多少アップダウンが出てきたが、ほんの序の口だ。
やはり今日もコーラ休憩を入れた。
ドリアンクリームの菓子パンもいける。 -
一発目の宿でチェックインした。
暗い雰囲気はあったが、これ以上の安い部屋を探すのは無理と判断したからだ。
家族経営ながらサービスが何も無い宿だ。
水を何とか渋々タダで分けてもらう。
条件として、明朝の紅茶はキャンセルした。
出発を早めた方がいい。
まだ、確認は取っていないが、バリは30分の時差があるようだ。
明日確かめてみよう。
宿の時計はどれも狂っていて、正確なバリ時間が分からない。 -
バリはヒンズー教なのでビールがどこでも売っている。
若者が道端で焼酎を飲んで歌っていた。
これが普通の世界なのだ。 -
昼食に入って食堂、ちょっと高めだったが、豚肉が有る事がわかった。
看板に子豚の丸焼きの写真が載っていた。
これは是非食べたい。夕食は豚肉を食べに来ます。
次の街に必見のお寺が有る事を教えてくれた。
そしてビーチのある街で宿泊するといいとアドバイスを貰う。
午後は昨日に引き続き針仕事をして時間を潰した。
コンビニで使わなくなった布製の特価看板を貰ってきてある。
何かに使えそうだと考えた。
テント用マットに袋がなかったので、そのままビニールで包んで持ち歩いている。
一目で野宿している事がバレバレであった。
特価の価格が書かれた布でマット用袋を作ろうと考案した。
2枚ある。
一つの布で丁度よい大きさである。
布はゴワゴワして安そうな生地だが、インドネシア記念になる。
筒状に手縫いし、紐を通す穴を縫って出来上がった。
適当な紐が見つからなかったので、ビニール製の細ロープにしたのが厳つい。
後日、木綿の紐を見付けて交換したい。
出来上がりに満足している。完全オリジナルで世界に1つだけというのが魅力的ではないか。
もう一枚は何に加工しようか思案中である。
サイドバッグもいいかな?目立つ場所で使用する製品にしたい。
そのコンビニなのだが。
バリに到着した港近くのインドマート(コンビニ)は潰れていた。
今日宿泊している街には1軒だけだ。
まるでコンビニに活気がない。
夕食は予定通り豚肉を食べに出掛けた。
豚皮脂がトロトロしていてオイシイ。
ほぼ2ヶ月ぶりの豚肉である。
すると、店の主人はドブロクを1杯ご馳走してくれた。
1杯くらいでは下痢はしないだろう。
甘く喉越しがよかった。
夕食は一般料金にしてくれた。 -
インドネシア・バリ島自転車旅2日目、海の見える連れ込み宿に泊まる
5:30-10:15 Gumbrih 59km Ceti Penginapan 宿代50,000Rp( 5段階評価で2の宿)
Wベッド、柄シーツ、7W蛍光灯(薄暗い)、壁扇風機、水240ml×2、飴3個、抱き枕、石鹸、バスタオル、ヒシャクシャワー、洋式トイレ、(WIFIなし)
街外れの屋台に入る。
何が出てくるかは分からない。
ぜんざい(緑豆汁粉に食パンが半分浸かっている)
隣に座ったおじさんいきなり握手を求められた。てっきり自転車で来た人と勘違いして、日本からのベルを上げた。
喜んで受け取ってくれたが、オートバイの人だった。
自転車の人は別人だった。
でも1つ処分が出来て軽くなる。
あとはブロックタイヤを誰かに上げよう。 -
今日は寺を見学予定である。
地名はメモしてある。寺のインドネシア語も書いてもらった。
何度か聞きながら、少し行きすぎたがヒンズー寺に辿り着いた。
規模は小さい。
わざわざ見学するまでも無かった。
中に入るには腰巻を着けて、外国人料金10,000Rpを支払なければならない。
お金を出して中に入る必要がないので、外から写真を写す。
地元の人は無料である。
仏教寺なら無料なのに。 -
写真は寺前の露店
海岸近くの街に宿泊を予定している。
その手前にビーチリゾートがあると教えて貰っていた。
何も無い所に宿泊すると食事が大変だ。
海は遠くても街がいい。
宿を2軒パスして進む。
今日も暑い。
登りがあり押して登る。頂上に村があった。
人に尋ねるまでも無く宿はなしだ。
こんな場所に宿泊するのならいいのだがと思いつつも通り過ぎる。
良く考えると、この村が宿泊を予定していた街ではなかったのか。
宿はないではないか。 -
1キロくらい進むと「憩いの里」と看板があった。
これは日本人経営だ。
いかにもと言った名前を付けたものだ。
右折500メートルの指示に従い進む。
すると1泊450,000Rpととても手が出ない価格だった。
宿の情報を聞くと、戻らなければ無いらしい。
仕方が無いので村まで戻る。
しかし、人に聞くが村には宿はない。
さらに1キロ戻り、ビーチリゾートに行くしかない。
しかし、そこへは降りだが、買い物食事に村まではキツイ登りが待っている。
ビーチに行くのは止めにする。
先に進もう。
最悪、デンパサールまでも走れる距離と時間である。
今日は楽してチェックインと考えていたが、そう甘くは無かった。
道路工事の人たちは汗して働いていた。
ここまで、たいして汗をかかずに漕いできたが。
一気の汗が噴出していた。 -
海岸近くの道を走る。
道の両脇は水田地帯である。
棚田になっている。
アップダウンの連続だ。
トラックが横転していた。見通しはいい道だ。
スピードの出しすぎだろう。 -
海岸近くの雑貨屋でコーラと菓子パンを食べる。
ジャワでは定価3,000Rpだったボトル入りコーラが離島価格4,000Rpだ。
重宝していたペットボトル400ml入りは売っていない。
コンビニにも売っていない。
直ぐ裏が海岸である。
何に使うのか椰子の皮を積んでいた。燃料以外に考えられない。
英語が通じたので宿の情報を聞いた。
この先5キロに宿あり。
名前もメモしてもらう。助かった。デンパサールまで50キロを漕がなくても済んだ。 -
暫く漕いでいると民宿の看板が有った。
聞いた宿では無いが料金確認に立ち寄る。
安くて、海が見える宿なのでチェックインする。
食い物屋は近くにない。
この宿は、完全な連れ込み宿である。
部屋には大きな鏡があり、なにの姿を映すのだろう。
頻繁に男女が出入りしている。
冷たいビールを販売していた。ヒンズー教だ。 -
水浴び後、この先の教えて貰った宿のある辺りまで、昼食を食べに自転車で走る。
3キロくらいかと思っていたが、中々たどり着かない。
ドリアンが売っていた。
バリでドリアンだ。
今日の昼食はこれに決まりだ。
味は中程度、値段は25,000Rpとシーズンオフにしては良心的価格だ。
これで戻ろうかとも思ったが、500メートルくらいで街に着くといってくれたので走りだす。
実際は1キロくらい。教えて貰った宿は更に先なので行かなかった。
市場でボトルコーラを飲む。喉越しがたまらなく旨い。
洋裁屋があった。ファスナーを購入する。今日も午後から洋裁をしてパソコンケースを作ろう。 -
宝石屋があったので冷やかす。
10カラットのルビー(実際はピンクサファイヤ)、ヘビ石のペンダント用カット、タイガーアイペンダント用カットで3千円にしようとしたがダメだったので諦める。
この石達と縁がなかったのだ。
最後に航空券を購入してインドネシアルピアが残ったら、ここまでルビーを買いに来てもいい距離だ。50キロは日帰りコースだ。
インドネシア産オパールは無かった。オーストラリア産オパールをここで買っても仕方が無い。
田舎の宝石屋で中々よかった。もう少し勉強して来よう。
小腹が減ってきたのでラーメンを食べる。
箸がない。ホークで熱い麺をすする。
なんだか味気ない。
3時のオヤツのパンを買い帰る事にする。
午後からは昨日に引き続き洋裁だ。
コンビンの宣伝布残り一枚でパソコン用のケースを作る。
今まではレジ袋で代用してきた。
パソコン自体は断衝撃材で包み、更に風呂敷で縛っている。
他にマウス、アダプターコード、三又ソケット、ヘッドホンを一緒に入れるケースである、パソコンの2倍の厚さに作る。
上3方をファスナーで開閉できるようにした。
手提げカバンの様にしたかったが、そこまでの強度が心配なのでやめる。
出来栄えは上々だ。所要2時間で完成だった。
昨日の作品はお寺に来ていたヒンズー信者が自転車の荷台を見て、これは何だと尋ねていた。
オリジナルで目立つ、完璧だ。 -
夕方から海岸で腰掛けていた。
小石と砂が半々の黒い砂鉄海岸である。
地元の人が石を拾いに来ている。なにか珍しい石でもあるのかと探したが単に建設資材として使用目的の石である。
砂浜と陸の境にタコノキが自生していた。
久しぶりに見た。パプア・ニューギニアには沢山はあった事を思い出す。ここは近いのだ。
夕食は自転車で遠乗りが面倒だ。夕方は危険なので宿に一番近い食堂まで歩いた。
そこは串焼き屋だった。
鶏串とご飯を食べる。まあまあの味だ。
営業はしていないが、隣に豚肉と書いた看板が見えた。
今日も豚肉が食べたかった。 -
5:30-13:30 Sanur Denpasar 66km Keka Home Stay 宿代100,000Rp( 5段階評価で2の宿)
Wベッド、柄シーツ、20W蛍光灯、天井扇風機、掛けシーツ、シャワー、洋式トイレ、宿帳、WIFI(9:00-22:00まで)、朝食付き(7:00-10:00)
順調な出発だ。
5キロ走り昨日下見してある街に着、ここは様子が分かる。
朝食屋台に入る。
錦糸玉子、かき揚げ、野菜のおかずである。美味しく頂く、ご飯の量が多いので残した。
朝から満腹は良くない。 -
アップダウンがきつくなる。
汗を噴きながら自転車を押して登る。無理はしない。
無理して漕ぐと心臓が破裂しそうになる。 -
トラックの重みで舗装が凹に輪型が出来ている。
その余った舗装が外側に押しやられて歪む。
自転車には走り難い道である。
坂の頂上に宿があった。
こんな集落に泊まるのもいい感じだ。
しかしまだ7時15分だチェックインには早すぎる。 -
食器屋がきれいに鍋を提げていた。
ヤクルト休憩をする。 -
自転車を立て掛けたところがヒンズー寺だった。
ぐるりと歩き写真を撮る。
本当にいい感じの村だ。
昨日ここまで走れば良かったと後悔する。
大きな自転車屋があった。
展示会を開いていた。冷やしかしに止まる。
別に欲しい物は何もなし。
ついでだからジェル入りの手袋を見せてもらう。
珍しくパキスタン製であった。
時計を見ると10時だ。
私の時計は9時だった。店の人に確認すると、ジャワとは1時間の時差があるとの事だ。
これで納得した。
2日間おかしいと思いながら過ごしていたのだ。 -
ドリアンが売っていた。
自動車の移動販売だ。
今日も昼食もドリアンにした。
いつでも食べられる物ではない。
巡り合った時に食べておくに限る。 -
ローソンがあった。
インドネシアのコンビニ大手 Alfa midiと提携しているのだ。 -
続いたサークルKもあり。
ここでおやつのパンを買い。道を尋ねる。
親切に地図を書いてくれた。
今日の宿は、マラッカの宿で一緒だった日本人が紹介してくれた宿である。
いいか悪いかは分からないが、とりあえずそこを目指している。
サークルKはWIFIフリーと書いてあったサービスいいではないか。
書いた貰った地図を頼りに行くが、中々到着できない。
遠いのだ。
デンパサールまで3キロの地点に近づいたのにドンドンと遠のいてゆく。 -
ツボを焼いていたので写真を撮る。
-
それにしても遠い。
インドネシアで初めてマクドナルドに入る。
ここまで来たのだから、宿はもう少しだと思う。
値段は2,500Rpだった。東南アジアはどこも同じような値段設定だ。
味はいまいち、ぜんぜん脂肪分が感じらずあま味がない。
こんな所にと思ったいたが、突然欧米人が闊歩してして歩く通りにでた。
土産物屋、両替、旅行代理店、バー、レストランと並んでいる。
宿も高級から中級まである。
安宿はないように思う。
目指す宿を見つけ、やっとたどり着いた。
サークルKから約10キロくらい走っている。
遠かった。
今日も十分走りました。
宿ロビーには日本語の本があった。
WIFIは遅い。 -
8:00-10:40 Kuta 17km Bali Manik Beach inn 宿代100,000Rp( 5段階評価で2の宿)
Tベッド、白シーツ上下、14W蛍光灯、天井扇風機、シャワー、洋式トイレ、朝食付き、(WIFIなし)
KUTAに移動した宿入り口
こちらは、空港に近い事もあり大観光地だった。
安宿を探すにも一苦労する。
料金が同じ1泊約9百円ながら、レベルダウンしてしまった。
移動失敗である。 -
宿のトイレとシャワーだ。
当然水しか出ないがシャワーの水量がある。
殆どの宿では水はチョロチョロとしか出なかった。
結局は、ヒシャクで水浴びをしいられていたのだ。
トイレが匂わない。
昨夜までの宿はトイレが臭かった。
それだけでも正解と思う。 -
2階の廊下にバルコニーが付いている。
たいていの宿はこの作りです。
寛ぎ、読書をするには絶好の場所である。
一般的にこのテーブルに朝食が運ばれてくるが、
ここの宿は食堂まで行って食べる。 -
インドネシア一般食堂、
しかし観光地内にあるので料金は高め。
その分、衛生的で安心して食べられる。 -
海へ歩いて行く途中、いたる所で工事中
-
インドネシアにはコンビニがたくさん。
バリ島にはミニマート、サークルK、ローソン、
そして地元資本のインドマートとアルファマートがある。 -
砂浜でチェスをしている地元の人。
インドネシアではチェスが大流行だ。
完全に中国文化圏ではない。
タイ辺りまでは、中国将棋をしている。
食事に箸も使わない。
漢字も見かけない。 -
街角のヒンズー祠
-
マジックマッシュルームの看板だ。
インドネシアでは合法なのか? -
みやげ物製作中。
イリアンジャヤ系の人が身に付ける飾り。
この人たちはニューギニア人か? -
宿の朝食
これ以上ないシンプルさ。
原価を徹底的に抑えたバナナパンケーキと紅茶。 -
自転車を入れる袋を作る。
肥料袋布を買ってきて、手縫いした。 -
古本屋
交換できなかったので、読み終えた本は寄贈した。
日本語の文庫本が20冊くらいあった。 -
ダンボール箱の回収業者だ。
自転車に満載している。 -
貸しパン屋。
均一価格なので安心して買える。
味もよかった。 -
大きなヒンズー寺
-
ヒンズー寺に入るための
禁止事項が書かれていた。日本語表記もある。 -
バリ島はヒンズー教徒が多い。
豚肉を食べさせる食堂を探せば見つかる。
翌日ここで、昼食に豚を食べる。 -
ドリアンを見つけるとどうしても
食べたくなってしまう中毒症だ。
味は大外れ。
水っぽく食べられたものではなかった。
文句をいい。交換してもらう。 -
スケボー坂滑りをして楽しむ
子供たちだ。
どこでも遊びは似ているものだ。 -
豚肉を食べる
-
ヤクルトを飲む
-
バリの空港入り口
-
空港の下見
-
空港で見かけたチャリダー
彼はここで自転車を組み立てる。 -
空港の外へでた
-
マングローブ林で遊ぶ。
下は泥だ。 -
海の来た
-
自転車を分解する
-
自転車と荷物を空港キャリアに積み込んだ。
しかし、出発まで14時間ある。
その後、寝袋を取り出し仮眠した。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
バリ島(インドネシア) の人気ホテル
インドネシアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
インドネシア最安
282円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
60