2012/10/28 - 2012/10/28
328位(同エリア415件中)
ひま人さん
恵那市は岐阜県南東部に位置し、「日本百名山」の一つ、中央アルプス南端に位置する標高2189.8mの「恵那山」がそびえています。恵那市の中心は、JR恵那駅が設けられている大井町と、その南に発展して恵那市役所などの官庁街である長島町で、大井町は中山道大井宿が発展した町です。
そんな恵那市の一端、木曽川のダム開発で出来た恵那峡遊覧、そして恵那市の中心、旧中山道大井宿を受け継ぐ大井町を探訪しました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス JRローカル 私鉄
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恵那峡遊覧ジェット船。乗り場後方にある木曽川大井ダムにより、堰き止められたダム湖を往復30分かけて遊覧します。大井ダムは日本最初の重力ダムで高さ53.4mで、ダムに付設する大井発電所はダム式発電所としては日本で初めてのことです。
大井ダムは現在「土木学会選奨土木遺産」に指定されており大井ダムによって誕生した人造湖が飛騨木曽川国定公園内の「恵那峡」で、これも「ダム湖百選」に選ばれています。 -
恵那峡遊覧、恵那峡大橋。
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恵那峡遊覧、奇岩の数々が現われます。将軍岩。
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恵那峡遊覧、獅子岩。
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恵那峡遊覧、屏風岩。
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恵那山。残念ながら雨天で水滴が写っています。
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日本百名山の一つ、「恵那山」標高2189.8mの独立峰です。
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恵那峡乗船場近くの食事処の看板で、「桃介・貞奴ロマンの地」と見れる。明治元年生まれの福沢桃介は「大電力王」と言われ、日本で初めての大井ダムによる水力発電を大正13年(1924年)に完成させました。その他数か所の水力発電所を完成させています。マダム貞奴は福沢桃介を事業面、実生活の両面で授けました。
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昼食をとった「いち川」。歴史は古く、寛永年代旅籠屋「角屋」を始め、360年の今日も料理旅館として営業しています。
旅籠屋とは、江戸時代旅人を泊め食事を供することを業とした家をいいます。大井宿は、中山道屈指の宿場町では旅籠屋も多く、天保14年(1843年)で41軒ありました。美濃16宿中最高です。中山道各宿の平均旅籠屋数は27軒なので、大井宿の賑わいが想像できます。 -
料理旅館「いち川」。大井宿は中山道69の内、江戸から数えて46番目の宿場です。
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「いち川」横の中山道です。
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ひしや資料館。古山家住宅で大井宿の有力な商店で、庄屋を務めた家柄であり、明治初期には、郵便取扱所、恵那郡役所掛屋も務めている。この古山家の家屋は中山道に面し、主屋は明治初年建立とされ、典型的な町屋形式で、格子戸と大戸併用の出入り口、通り抜けの広い土間、四隅に太柱の台所、それに続いた12畳の中京間、店座敷、中座敷、書院付き奥座敷、それに畳敷きの入側などがあります。裏には店蔵、宝蔵もあり、中山道ひしや資料館として保存、展示施設として活用されています。
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ひしや資料館内部、玄関入った所の帳場。
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ひしや資料館前の中山道。
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大井宿本陣跡。
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中山道広重美術館。平成13年9月、歌川広重の浮世絵版画を中心とする美術作品の展示、収集、保管を目的に開館しました。歌川広重がその円熟期に中山道を画いた「木曽海道六十九次之内」など約500点。それらは田中コレクションとして世に知られています。来館した際、幸運にも「山下清」と「歌川広重」の東海道53次展を開催しており、両氏の描いた同じ場所の絵を見比べられるように展示され参考になりました。
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広重美術館の版画体験コーナーにて、大井宿の版画を刷りました。写真は光線の加減で影が出ており残念です。
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