2012/09/18 - 2012/09/18
643位(同エリア1811件中)
エムさん
ロシア旅行の決め手となった美術館ですから「限られた時間を有効に使いたい」と、予め観賞リストを用意しました。
滞在6時間はタップリありますが、最後のフリータイムは足が痛くて歩けませんでした。
それでも自作リストの絵画はガイドさんの案内で殆ど見学できました。
ゴールデンルームにも入場しました。
なるほどーー!世界4大美術館と言われる意味が理解できました。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
天気予報が見事に外れ、朝から快晴です。
10時半にホテルを出発してエルミタージュを目指します。
昨日見たニコライ1世の騎馬像やイサク聖堂も、青空の下で見ると別の処に来た見たいです。 -
10:52 エルミタージュに到着
冬宮はピョートル大帝の冬季の王宮でした。
建設当時は、薄い黄色みをおびた砂色の塗装だったそうです。
現在のパステル系緑色になったのは第二次世界大戦終了後です。 -
宮殿前広場の中央にアレクサンドルの円柱が立ち、凱旋アーチを持つ旧参謀本部があります。
円柱に駆け寄って写真を撮る元気はありません。
これから長時間歩きますから・・・
所蔵作品は300万点!
足が頑張ってくれるかどうか? -
もの凄い人だかり(大半は中国人)のエントランスを抜けて入場しました。
溜め息が出るような大使の階段は写真で見た通りの華麗さ・・・ -
白い大理石の階段は幅が広く、段の高さが低いので歩き易いです。
雰囲気に合わせ、赤い絨毯の上をシズシズと上がります。
1839年、天井画は火災が起きた後、別室を飾っていた「オリンポスの山(ティツィアーノ作)」が嵌め込まれました。 -
バロック様式の装飾が美しい大使の階段
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控えの間
「ただの入口の間ではなく、皇室にふさわしい入口の間」
と、名づけられました。 -
最初に入ったのがパヴィリオンホール
吹き抜けの天井には一際美しい豪華なシャンデリアがあります。 -
「もう中国人が一杯で、うるさいから、こちらへどうぞ!」
胸がすくようなガイドさんの言葉に、思わず笑ってしまいました。 -
八角形のモザイクの床
ローマで発掘されたモザイクを正確にコピーしたもので、これと同じモザイクのテーブルもありました。 -
【孔雀のからくり時計】(1760年代の作品)
やっと写真が撮れました。
ポチョムキンがエカテリーナ2世に贈った時計で、今でも動くというのが凄いです。
孔雀が羽を広げ、フクロウがクルクル回るそうです。(エルミタージュのガイドブックをコピー)
実際に見ておりませんので、ただのオブジェですが、それでも高価な時計であることは分かります。 -
小エルミタージュの2階にある空中庭園
パヴィリオンの間から見た庭園です。 -
孔雀石の大きな壺が置かれた階段吹き抜け
-
飾り皿 16世紀フランス ベルナール・バリッシ作の陶器
蛙、魚、トカゲ、ヘビなど生きたままピンで固定し、鉛の透明な釉薬をかけて作られた陶器。
気持ちが悪いので食器としては使われなかったとのこと。 -
「エルミタージュ黄金の宝物庫」入場
エルミタージュ専属ガイドの解説を日本語に訳して貰いながら、小人数で見学します。
農夫が偶然発見した金銀財宝や墳墓の出土品、世界各国からの贈り物等など・・・
あるところには、あるんですね〜!
モスクワのダイヤモンド庫も凄かったですが、ゴールデンルームも負けてない。
上:金製の鹿 紀元前7〜6世紀 コストロムスカヤ近郊の墳墓より出土
鹿が神々の中で重要な意味を持っていたと考えられ、鹿を表わしたものが多く見られる。
下:金製の櫛 紀元前4世紀ソローハ遺跡出土
櫛はギリシャ神殿のような形態で櫛の歯は円柱のようであり、その上で戦っている兵士は神殿の破風のようにも見える。
(撮影禁止のためガイドブックをコピー) -
左:ガラス製の器に入った宝石のブーケ(1750年代)
右上:煙草入れ・東洋の石(18世紀)
無類の宝石愛好家エカテリーナ2世のため、7500ルーブルで購入された。
中下:宝石箱(1533年)
右下:皇帝のレガリアの模型(1900年)
「宝石のブーケは飾るのにちょうどいい!」
高価なものを見過ぎて、ついに感覚が麻痺した私・・・ -
ゴールデンルームの見学を終えて、昼食はフリー。
カフェでサラダとコーヒーを買って一休みです。
友人が成田空港で買ったロングライフ・アンパンを分けて貰ったら美味しくて・・・
普段はあまりアンパンを食べないのですが、疲れた体にアンパンは最高でした。
サラダは程良い量で美味しかったです。 -
イチオシ
お腹が膨らみ、足裏をマッサージして、午後の見学開始です。
また大使の階段を上がって行きます。 -
-
レオナルド・ダ・ヴィンチのホール
立派な扉はべっ甲に象眼細工が施され、ダ・ヴィンチの絵を鑑賞するだけではもったいない室内装飾です。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチのホール
壁に掛けられたタペストリーは保存状態が良く色がキレイです。
そして、寄木の床が素晴らしい!
ロシアの冬はとても寒いので、どの部屋も寄木細工の床が張られています。
意匠を凝らした床は部屋ごとにデザインが違います。 -
ダ・ヴィンチの間に飾られた絵画
【ベヌアの聖母】 1478年(左)
【リッタの聖母】 1490〜1491年(右) -
エルミタージュ劇場の休憩室
-
ラファエロの回廊
旧エルミタージュと新エルミタージュを繋ぐ廊下
バチカンの宮殿の回廊が複製され、ただの通路ではない所が凄い!
天井アーチには聖書が描かれ、ラファエロの聖書と呼ばれています。 -
ラファエロの間
ルネッサンス芸術がモチーフの部屋。
ガラスケースにはルネサンス期のイタリア陶芸マジョリカ焼きが展示されています。
絵皿の中央はイザベラの紋章(1524年頃) -
ラファエロの絵画5点のうち3点はスターリンに売却され、2点だけが残っています。
【コネスタビレの聖母】1504年
【聖家族】1506年 -
【うずくまる少年】1530年:ミケランジェロの間
ミケランジェロの彫刻は、この一点のみです。 -
イタリア天窓の間
イタリアとスペインの絵画を展示するために特別設計された部屋
ラピスラズリーの立派なテーブルがありました。
他にも宝石研磨工場で作られた孔雀石の壺や燭台が飾られています。 -
【ベネチアにおけるフランス大使のレセプション】上
(1740年代カナレット)
【犬と少年】(1650年代 ムリーリョ)左下
【使徒ペトロとパウロ】(1587〜1592年 エル・グレゴ)右下 -
【ダナエ】(1553年)ティツィアーノ
ギリシャ神話に登場するダナエは塔に閉じ込められたが、ティツィアーノは神話に忠実ではなく、背景に風景が描かれた。 -
【懺悔するマグダラのマリア】
ティツィアーノ(1565年) -
アレクサンドルの間
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エルミタージュから見た宮殿前広場
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白い広間
アレクサンドル2世の婚礼のために用意された部屋
天井のレリーフに柔らかい光が差し込み、明るくて落ち着いた空間です。
この広間に置かれた家具や調度品が、また素晴らしい。 -
白い広間の隣は眩いばかりの『黄金の客間』
中央のショーケースには、エカテリーナ2世が収集した宝石が展示してあります。
ヨーロッパ最大のコレクションです。 -
黄金の客間
壁や天井も、そしてドアまで全て金箔が貼られ豪華な造りです。
燭台は存在感があって美しい! -
ブドゥアール
アレクサンドル2世の皇后(マリア・アレクサンドロブナ)の私室として造られました。
ブドゥアールは王妃や女帝達の憩いの部屋だそうで、こんなに派手な空間で寛げたのでしょうか? -
【エカテリーナ1世】
農家の娘として生まれ、元の名はマルタ。
スウェーデンの兵士と結婚したが夫は戦死、彼女は捕虜としてロシア将軍の家で召使(妾ともいわれた)となります。
ロシア正教に改宗して、エカテリーナ・アレクセイヴナと改名。
ピョートル1世に見染められ、1712年正式に結婚して皇后となります。
1725年ピョートル1世が死去した後、エカテリーナ1世として即位、ロシア帝国初の女帝となりました。 -
【エリザヴェータ女帝】1758年(ルイ・トッケ)
ロマノフ王朝6代の皇帝
父はピョートル1世、母はエカテリーナ1世で、ロマノフ朝の血筋を引く女帝。 -
【エカテリーナ2世】
モスクワの武器庫で見たウエストの細いドレスの頃から、ずい分太りましたね〜。
ドイツの小領邦君主の長女として生まれ、14歳の時ピョートル3世に嫁ぎます。
ゾフィーという名前をエカテリーナと改め、ロシア正教に改宗します。
早死にした伯父カール・アウグストがエリザヴェーターの婚約者であったことが縁で皇太子妃候補となりました。 -
どうしても見たかったレンブラントの作品が4枚続きます。
【フローラ】(1934年)
名家の娘サスキアと結婚した年、花の神フローラに扮したの妻の肖像画を描きます。
レンブラントの生涯で、この頃が一番裕福で人気がある時代でした。 -
【ダナエ】(1942年)
妻サスキアの死後描かれた唯一官能的な絵画。
光の魔術師と称えられた「夜警(1642年)」で画面中央の人物だけに光をあて、依頼主の反感を買って仕事が激減、そして富豪の娘だった妻の死によって破産状態になりました。
1985年、精神異常者に硫酸をかけられ、2ヶ所ナイフで切られる事件が起きました。
エルミタージュ美術館の修復員の12年間におよぶ修復で蘇った絵です。 -
【聖家族】(1645年)
破産状態となったレンブラントは、豪邸を処分して貧民街の小さな家に移ります。
養育係兼家政婦のヘンドリッキェ(息子ティトゥスの乳母)の献身的な仕事ぶりと、飾らぬ美しさに心を癒されます。聖家族はその時代の代表作です。
1663年大流行したペストでヘンドリッキェが若くして病死。
1668年新婚の息子ティトゥスが病死。 -
【放蕩息子の帰還】(1669年)
レンブラントは愛する家族に次々と先立たれ、富と名誉も失います。
何かも認めて赦すというキリスト教的人間愛を表現します。
新約聖書ルカ福音書の逸話から
『父親から二人の息子に与えられた財産を、次男は放蕩で使い尽くし、無一文になって帰ってきた。父は次男の帰還を喜び、走り寄って抱きしめる。』
この老人はレンブラントで、放蕩息子は彼の運命・・・
最後は名も無き老人として共同墓地に埋葬されます。
4枚の絵にそんなレンブラントの波乱に充ちた生涯が表わされています。
放蕩息子の後ろ姿に胸が切なくなります。 -
ピカソ
【面会】 21歳の時に描いた青の時代の作品
【3人の女性】
この美術館はレーザー光や照明が映り込み、撮影が難しいです。 -
ゴッホ
【ライラックの木】1889年
【夜の白い家】1890年 -
ゴッホ
【アルルの女たち】1888年
【あばら屋】1890年 -
ルノアール
【デルフト焼きの花瓶のバラとジャスミン】1880年〜1881年
「花を描いたら右に出る画家はいない」といわれるルノアールの花の絵
これと同じ絵のキャンパス複製画をショップで見つけ、迷わず購入しました。
ポスターや写真より質感があって、なかなか良い感じです。
お値段は600ルーブル(約1800円)。
昔からルノアールの絵が好きだったので満足です。
額をオーダーすると高くつくんですけど・・・(~_~;) -
モネ
【ひなげしの野】1887年
セザンヌ
【サント・ヴィクトワール山】1900年
何の変哲もない山ですが、「聖なる勝利の山」と呼ばれ、セザンヌの故郷にそびえる山で、彼の好きなモチーフです。 -
ポール・ゴーギャン
【奇跡の泉】1894年 -
アンリ・ルソー
【熱帯の森、虎と雄牛の戦い】1908年
【ルクセンブルク公園 ショパンの銅像】1909年 -
マチス
【ダンス】1910年
印象派の見学を終えてフリータイムになりました。
欲張って一枚でも多く鑑賞しようと、意気込んでいたものの・・・
足が痛くて、1階のベンチに座ったら動けなくなってしまった私達。
情けない事に、歩きっ放し、立ちっ放しは運動不足の身に堪えます。
人目もはばからず、足を揉んで暫く休んだ後、大使の階段の写真を撮りに行きました。(表紙の写真)
本当は「放蕩息子の帰還」をもう一度見たかったのに、足が言う事をきかない(~_~;)
絵画だけではなく、建造物が素晴らしいので、チャンスがあれば再訪したいです。 -
体力不足で最後まで時間を有効に使えなかったのは残念ですが、バスに乗ったらホッとしました。
レストランまでの程良い渋滞で写真が撮り易い。
ネヴァ河対岸に見えるのはペトロ・パヴロフスク要塞。
1703年5月27日に建設が始まり、サンクトペテルブルクの誕生日です。
ペトロパブロフスク聖堂に歴代皇帝が埋葬されています。 -
北のヴェニスといわれる運河の街が美しい。
-
レストランにて夕食
ウェイトレスの女性が、すらっと美人でした。
食事の内容はどうだったか?記憶が薄いです。
明日はエカテリーナ宮殿の見学なので、バスタブで足を揉みほぐし、早く寝ようと思いつつ、友人とお喋りが続く・・・
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