2012/09/04 - 2012/09/05
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Elliott-7さん
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休暇村志賀島を後にして、博多⇒唐津⇒佐賀⇒鳥栖⇒小倉を廻って再び博多まで戻る電車の旅に出た。宿泊先は博多駅に近い「プレジデントホテル博多」である。
・・・博多⇒唐津⇒佐賀⇒鳥栖⇒小倉⇒博多、ローカル電車の旅・・・
JR博多駅から福岡市営地下鉄で姪浜(めいがはま)まで行きそこから筑肥線になる。市営地下鉄線とJR筑肥線は改札口が同じだから乗り換えなくてもそのまま行ける。キセル乗車しようと思えばできないことはないが、僅か280円のことだからそのような不正はやりたくない。
電車は国道202号線と平行して海岸沿いを唐津を目指す。唐津から唐津線に乗り換え佐賀へ、佐賀から長崎本線で鳥栖へ鳥栖から鹿児島本線になり博多を通過して小倉へ向かった。
小倉には「松本清張記念館」がある。せっかく小倉までやってきたので記念館に行ってみたいと思ったのだ。
松本清張(1909年―1992年)は、現代小説、推理小説、時代小説などで数々の名作を残した異色の小説家であることは多くの人によく知られている。
代表作は、点と線、蒼い描点、ゼロの焦点、波の塔、砂の器、けものみち、彩り河など数え切れないほどの作品があるが、一度は清張の作品を読まれた記憶があると思う。それほど清張の作品は多くの人々に読まれ愛されたといってもよい。
小倉に清張の記念館があるということは、彼が九州小倉の生まれのようだが実は広島の生まれである。広島を出て九州小倉にやってきて出生届けを出したのが事実のようである。
しかし、年譜によれば1909年12月21日、福岡県企救郡板櫃村(現、北九州市小倉北区)で出生となってるが、実際は1909年2月12日、広島県で出生したという説が正しいようである。(wikipediaより)
いずれにしても生後すぐ小倉にやってきたので、広島よりも小倉での生活が長く「小倉市出身」として定着したようだが、それはそれでよいのではなかろうか。あえて逆らうこともない。
「松本清張記念館」は小倉城のある勝山公園の一角にある。記念館の入場料は小倉城とセットになったものもあるが、城はパスして記念館だけにする。
記念館は地上2階、地下1階建ての中は和風形式になった建物で、展示内容も大変充実しているなかなか立派な記念館である。清張の足跡や膨大な蔵書などが保存されている。
北九州小倉を訪れることがあれば、見学してみるのもいいだろう。
「松本清張記念館」の公式HPはこちら・・
http://www.kid.ne.jp/seicho/html/index.html
清張記念館を見学後、西小倉から再び博多まで戻り、今夜の宿博多口のホテル「プレジデントホテル博多」にチェックインした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
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小倉駅の隣り、西小倉駅で下車 -
小倉城のお濠を見ながら歩くこと10分、記念館が見えてきた・・ -
記念館の外観・・ -
正面エントランス・・ -
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館内はすべて撮影禁止・・
パンフをスキャンさせて頂く、 -
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小倉城のお濠を眺めながら駅まで戻る -
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小倉城のHPはこちらを・・
http://www.kid.ne.jp/kokurajou/html/index.html -
記念館見学後、博多駅まで引き返す・・・
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