2012/06/20 - 2012/07/04
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megmeguさん
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阪急トラピックス 成田発6月出発 燃油サーチャージ込み15日間のエジプト・トルコ大周遊 モニターツアー
エジプト航空でカイロへ。乗り継ぎ時間があることもあって、ツタンカーメンの黄金のマスクを展示するエジプト考古学博物館にだけ行く。
トルコでは、エディルネ、ダーダネルス海峡をフェリーで渡ってトロイ、ベルガマ、クシャダス、エフェソス、パムッカレ、コンヤ、カッパドキア、ボアズカレ、アンカレ、サフランボル、そしてイスタンブールをまわる。
オプショナルツアーで、カッパドキア気球ツアーも体験。
最後にカイロ経由でギザのホテルに泊まり、ギザの3大ピラミッド観光(1日300名様限定のクフ王のピラミッドでは入場)、メンフィス・サッカラ・ダハシュール観光をして、帰国する。
2日目のスケジュールは
3:00 エジプト航空MS965 カイロ国際空港に到着
4:50 ツアーバスへ
5:40 最終日に宿泊するギザのホテル カタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) で朝食
7:15 ホテル出発
7:35〜7:45 モハメッドアリモスク 写真撮影のみ
8:05 エジプト考古学博物館に到着
8:25 庭にだけ入ることができる
9:00〜11:15 エジプト考古学博物館内見学 ミイラ室入場別途100LE
10:20 バス出発 車内でコシャリとターメイヤのお弁当昼食
12:00 カイロ国際空港到着
14:20〜17:25 エジプト航空MS735でカイロからイスタンブールへ(所要約2時間5分)機内食が夕食
18:35 ツアーバス出発
18:55 イスタンブールのアクギュン イスタンブール ホテル(AKGUN ISTANBUL HOTEL)に到着
19:45 タクシーで日本から予約してあったトルコ宮廷料理レストランアシターネ(asitane)へ。おいしいディナー
21:55 タクシーでホテルへ
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 2.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ガイドのハマちゃんの話を興味深く聞いているうちに、5時45分ごろカタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) に到着した。
-
ここはツアー14日目に泊まるホテルで、この日は朝ごはんだけ食べに来た。
ロビー棟には、フロントとお土産物やさんがあった。
フロントで聞くと、ホテルのロビーではWi-Fi が無料で使えるそうや。PCもあるけど、今は故障してるとのこと。
ロビー棟を抜けると、いかにもリゾートホテル。
ブーゲンビリアが咲き、椰子の木が並ぶ広い敷地に、コテージや宿泊棟が点在してる。 -
レストラン棟が朝ごはんの場所で、ビュッフェ形式。
その場でコックさんが作ってくれるオムレツ、レッドキドニー(赤インゲン豆)の水煮、マカロナ(細切れスパゲティのトマト煮みたいなの)、ベークド・トマト、ジャガイモのロースと、チーズ、ハム、オリーブ、キュウリ、レタス、トマトなどのカット野菜、お粥、パン、パンケーキ、カットフルーツはメロン、グレープフルーツ、オレンジなど。
添乗員さんから、くれぐれも生水、生野菜には注意するようにと言われてるので、食べられる物は限られてくる。 -
パプリカ、玉ねぎ入りのオムレツを焼いてもろて、チーズ、オリーブ、豆の水煮、ベークド・トマト、ジャガイモのロースト、マカロナ、お粥を選んだ。
お粥ってほんまに、白米を水煮したようなの。これはアジア客向けなんやろうか。 -
プールサイドのテラスで優雅にお食事と思うたら、すぐにハエが飛んできた。
食後に中の席で、紅茶を飲む。
レストランのトイレは2つしかなく、そのうち1つは水が流れへん。
早々にフロント棟へ戻って、出発時刻の7時15分まで日焼け止めをたっぷり塗ったり、虫よけスプレーを全身にかけたりしてゆっくりしてた。
このホテルは、午前中にピラミッドや遺跡を見学、午後はのんびりとプールで泳いだり、部屋でくつろいだりと3、4日以上滞在する人にはええのかもしれん。
でも、部屋の設備は古いし、まわりにはお店もなさそうやし、宿泊棟は迷路のようになってるし、荷物は自分で部屋まで運ぶのに段差は多いし、蚊はいるし、自分でお金払うのならあまり泊まりたくはない。
エジプとの蚊は強烈で、刺されると1週間ほど腫れが続く人もおるそうや。
昼の蚊なら痒いだけですむけど、夜の蚊はマラリアを媒介するハマダラカかもしれんので要注意。
このあたりは住んでる人が少なそうやので、デモやテロなどのことを考えて安全を第一に選ばれてるのかもしれんけど。 -
ツアーバスは7:15にホテルを出発。
リング・ロードを通ってカイロ市内にあるムカッタムの丘へと向かう。 -
古代エジプトの話はまた後にして、エジプトの近現代史を簡単におさらい。
歴史は昔から苦手。記憶力がよくないので、人の名前、年代などがなかなか覚えられない。
でも実際に海外を旅して、その遺跡を目にすると、当時のことをもっと知りたくなる。
エジプトは、ペルシア、マケドニア(アレクサンダー大王)、ローマ帝国、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)、イスラム帝国、オスマン帝国などに支配されてきた。
1169年カイロにアイユーブ朝の政権を確立したサラディン(サラーフッディーン)が、1187年ハッティンの戦いで十字軍国家「エルサレム王国」を奪回したこともあった。
1798年フランスのナポレオン・ボナパルトによるエジプト遠征が始まる。1801年にフランス軍が撤退し、混乱するエジプトをまとめて、近代国家への道を開き、オスマン朝からの独立を果たしたのが、ムハンマド・アリ。
彼はエジプト人ではなく、オスマン帝国がエジプトに派遣したアルバニア人部隊の将校の一人。
1805年にムハンマド・アリ朝が誕生する。
1882年にはイギリスに支配され、第一次世界大戦中の1914年からはイギリスの植民地となるが、1922年にはエジプト革命によって独立が認められエジプト王国になる。
1953年にナセル率いる「自由将校軍」によるクーデターで、エジプト人による国家、エジプト共和国が誕生する。
1958年シリアとの合併でアラブ連合共和国となり、1961年にシリアが連合を離脱したものの、1971年まで連合共和国を名乗り、1971年に改称し、現在に至るのがエジプト・アラブ共和国(通称:エジプト)。
共和政時代の大統領は、
初代(1953年〜1954年)ムハンマド・ナギーブ
第2代(1954年〜1970年) ナセル(ガマール・アブドゥル=ナーセル)
第3代(1970年〜1981年) サダト(アンワル・アッ=サーダート)
1978年エルサレムを訪問し中東和平へ貢献したことで、当時のイスラエル首相ベギン氏と共にノーベル平和賞を受賞
第4代(1981年〜2011年) ムバラク( ホスニー・ムバーラク)
第5代(2012年〜) ムルシー(ムハンマド・ムルシー) -
ムカッタムの丘の麓は巨大な墓地なんやそうや。ムスリム(イスラム教徒)は、もちろん土葬。
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20分ほどで、シタデルの観光バス用の駐車場(たぶん)に到着。
-
ムカッタムの丘には、サラディン(サラーフッディーン)が対十字軍の拠点として1176年に建てたシタデル(The Citadal 城砦)が残ってる。
今も残ってる城砦の塔は、ほとんどがサラディンの時代の12世紀のものやそうや。 -
シタデル内に入れるのは8時。30分早いので、観光客はまだほとんどおらん。
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城砦越しに見るムハンマド・アリ・モスクは、イスタンブールのブルーモスクをモデルにムハマド・アリが1824年から造り始め、完成したのは50年後の1857年、息子の代やったそうや。
ムハンマド・アリの時代まで、ここがカイロの政治の中心地で、城砦も実際に使われてたそうや。
残念ながらこのツアーでは中に入ることはできず、その壮麗な姿を眺めるだけやった。
軍事博物館は、1827年に建てられたモハメッド・アリの住居兼ハーレムやったところを利用してるみたいや。
いつかシタデルの中にも入ってみたいなあ。 -
駐車場周辺の売店が開店準備を始めてた。
ニセパピルスや絵葉書などの土産物を売る人が、猛攻撃をかけてくる。
買う気がない私には寄って来はらへんけど、ちょっとでも関心を示すと5個千円、10個千円とうるさい。
粘ってるとどんどん安くしていく。 -
反対側には、カイロ郊外の景色が広がってた。
15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。
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