2012/06/10 - 2012/06/10
3位(同エリア18件中)
ベームさん
18日目、6/10。
今日はイトシュタインからフランクフルト経由アシャッフェンブルク、そして今回の旅行の最後の宿泊地ミルテンベルクに行きます。いささか寂しいです。
アシャッフェンブルク:人口7万人。フランクフルトの南西40キロ、マイン川が町の南を流れています。以下の写真でもわかるように教会の多い美しい町でした。
1161年都市成立。マインツ大司教の支配下にあったが19世紀初頭バイエルン国の領土となった。
写真は聖アガタ教会の聖女アガタ像。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イトシュタインからフランクフルト経由アシャッフェンブルクへ。
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フランクフルト・アム・マインHbf。
イトシュタイン7:51発VECでニーデルンハオゼン乗換え、フランクフルトHbf着8:38。
フランクフルトに来るといつもほっとします。ああやっとここまで辿りついたか、と。 -
50分の乗り継ぎの間マイン川まで往復しました。
それだけのために利用した4ユーロのコインロッカーは高い。何処でしたか田舎で1.5ユーロのロッカーもありました。 -
アシャッフェンブルク駅。
フランクフルトHbf9:30発RE、アシャッフェンブルク着10:16。
荷物はコインロッカーに。 -
アシャッフェンブルク駅。
アッシャッフェンブルクから先はシュペッサルト地方と呼ばれ、オーデンの森に囲まれた小さいけど木組みの家の多い珠玉のような町が幾つもあります。 -
駅前から延びるフロージン通りをまっすぐ行くとシェーンタール公園に出てきます。
賑やかな楽の音が聞こえます。 -
シェーンタール公園。
多分素人のブラスバンドでしょう。一生懸命演奏していました。
年配の方から若い女の子まで、お揃いのオレンジ色のシャツを着ています。周りには散歩の途中か、家族の方か。ベンチでのんびりと聞いています。 -
シェーンタールとは美しい谷という意味です。
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シェーンタール公園。
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公園の向かいにあるザント教会。
1757年。 -
ザント教会。
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ザント教会。
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ザント教会。祭壇。
教会詣では私の趣味、お祈りするためではありません。 -
ベトガッセを行くと大きな十字路に出ました。シュティフト教会の塔が見えます。
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シェーンボルナーホーフ。
マインツ大司教シェーンボルンにより1681年建設。
現シュタット・シュティフト公文書館。 -
シュティフト広場です。
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シュティフト教会。
アシャッフェンブルクで1番格式の高い教会です。1300年頃。 -
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シュティフト教会。
この地で産出する赤砂岩で造られています。 -
以下シュティフト教会です。
身廊。 -
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主祭壇。
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ピエタ。
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祭壇。
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宝石を埋め込んだ豪華な冠をかぶった聖母マリア。
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足元に香油の壺らしきものが有る。マグダラのマリアかな。
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変わった絵です。キリストの復活を描いているのだと思います。
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シュティフト教会の回廊。
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シュティフト教会の回廊。
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回廊には古い彫刻が架かっています。これはピエタ。
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見ごたえのある宗教美術品が沢山ありました。
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シュティフト教会の中庭。
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アシャッフェンブルク市庁舎。
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劇場広場の市立劇場。
1811年。 -
市立劇場の向かいにシュロスガッセとダルベルク通りに挟まれて聖母教会が建っています。
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聖母教会。
1191年創設のアシャッフェンブルク最古の教会。 -
聖母教会。
ドイツ南部、特にバイエルンに多く見られる教会の華麗な内装。 -
聖母教会。
バイエルンはカトリックの牙城です。 -
聖母教会。
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聖母教会。
華麗なフレスコ画の天井。 -
メッツガーガッセ。
肉屋小路とでも。 -
プファッフェンガッセ。
坊主横町。ガッセとは小路、路地、横町のことです。 -
ダルベルク通り。
この通りを下るとマイン川のヴィリギス橋に出ます。 -
マイン川。
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ヴィリギス橋の上からヨハニスブルク城の眺め。これから行きます。
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マイン川とヨハニスブルク城です。
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ズーム。
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ヴィリギス橋。
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対岸には遊園地があります。
大観覧車。 -
反対方向。マイン川。
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ズームしているので近くに見えますが、ヨハニスブルク城の先にあるポンペヤヌム。あとで行きます。
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川岸の段丘の上では移動式の遊具が設置されて子供や大人まで遊んでいます。
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川岸を城の方に歩いていきます。
ビール会社のテントが出ていて楽しそうです。 -
音楽も聞こえます。ビール祭りかな、今日は天気が良いので賑わうことでしょう。
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石段を上って城の方に上ります。
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城のテラスから見下ろすとこんな風です。
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下流方面、流れる先はフランクフルト。
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ヨハニスブルク城。
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ヨハニスブルク城はこういう格好をしています。
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ヨハニスブルク城。
17世紀初頭、マインツ大司教により建設された。赤砂岩でできています。1964年再建、現城博物館。 -
ヨハニスブルク城。
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ヨハニスブルク城。
4隅には塔があります。 -
中庭。
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シュロス広場から。
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城の中のレストラン、シュロス・ヴァインステューベン/城の酒場で昼にしました。
この天気、まずはビールをゴクン。
「バイエルン州立醸造所、ヴァイエンシュテファン、世界1古い醸造所、1040年以来」、なんてグラスに書いてありますが、世界1古いと称するビールはほかでも飲んだことがあるような気がします。なおアシャッフェンブルクはフランクフルトに近いですがバイエルン州のほぼ西北端に位置する町です。
このレストランはフランケンワインの種類が豊富とかでボックスボイテルの瓶が置いてあります。ビールの左の壜がそれです。形が山羊のふぐりに似ているからです。
後日記:ヴァイエンシュテファン醸造所が世界最古というのは本当のようです。最近ある書物でそう記載されていました。ミュンヘンの少し北のフライジングという町にあります。 -
当日メニュー。
上から3番目、半分のゆで卵4つにフランクフルト・グリーンソースをかけたもの、塩ゆでジャガイモ添え、といったようなのを注文しました。
ビールとで8.7ユーロ。 -
これです。白いのは一つのゆで卵を二つに切ってあります。卵二つで都合四つの半卵。黄色いのはじゃがいも。
フランクフルター・グリューネ・ゾーセ、ゲーテも好んだというフランクフルトの名物と聞きましたが酸っぱくて特に美味しいとも・・・。しかし薄緑色のソースの中に卵とジャガイモが浮かんでいて綺麗ですね。 -
ヨハニスブルク城の前のシュロスプラッツ/城広場。
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シュロス広場。
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シュロス広場のジェスイット教会。美術館になっています。
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マイン川の段丘の上を進みます。
フリューシュテュック・テンペルという建物です。
朝食の神殿、聖堂っていうんでしょうか。中はがらんどうでした。 -
マイン川の小高い所に建つポンペヤヌム。
先ほど橋の上から見えていたものです。 -
ポンペヤヌムとは古代都市ポンペイの名に因む。
バイエルン国王ルートヴィヒ1世がポンペイの発掘に刺激されて建てさせた古代ローマ風の建物。1848年。
先に書いたようにアシャッフェンブルクはミュンヘンから遠く離れていますがバイエルン州、すなはちルートヴィヒ1世の領地だったのです。バイエルン、ルートヴィヒ1世というとミュンヘンとその周辺しか思い浮かばなかったのですが、アシャッフェンブルクでルートヴィヒ1世の事績を見るとは驚きでした。そういえばヴュルツブルク、ローテンブルクもバイエルン州なのですね。 -
中には入りませんでしたが、ローマ風の回廊や泉水、調度品で飾られているそうです。もともと居住用として造られたのではなく今も美術館として使われています。
まあルートヴィヒ1世は舞台女優と浮名を流して退位するなど、政治はともかく文化の興隆には功績があったといえましょうか。ノイシュヴァンシュタイン城を建てたルートヴィヒ2世の祖父です。 -
ポンペヤヌム辺りから見たヨハニスブルク城。
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この辺り、豪邸が立ち並んでいます。
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お伽噺に出てくるような家です。
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少し戻ってカプツィナー修道院。
1626年。1945年再建。 -
カプツィナー修道院。
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カプツィナー修道院。
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カプツィナー修道院。
主祭壇。 -
カプツィナー修道院。
ピエタには本当にいろんなものが有ります。ピエタばかりの写真を集めても面白いかと思います。 -
カプツィナー修道院。
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カプツィナー修道院。
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カプツィナー修道院。
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マイン川から離れカール通りを城の方に戻ると聖アガタ教会が白い姿を現します。
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聖アガタ教会。
後ろにヨハニスブルク城。 -
聖アガタ教会。
聖ヨハネとか聖ペテロを祀る教会は多いですが聖アガタの名のつく教会は初めてです。 -
聖アガタ教会。
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聖アガタ教会。
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自分の衣を切り取って乞食(実はキリスト)に与えた聖マルタンと思います。
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聖女アガタです。
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シチリアの生まれで、その美しさの故時の権力者から言い寄られますが拒み続け、ついに殉教します。250年頃の話です。
本当に美しいですね。私の見た限りではヴュルツブルクのマイン・フランケン博物館にあるリーメンシュナイダーの「悲しみのマリア」、マールブルクの聖エリーザベト教会の「聖エリーザベト」とこの像が最も美しいと思います。芸術的価値は分かりませんが。 -
他の二つの美しい像です。
ヴュルツブルク、マイン・フランケン博物館:「悲しみのマリア」。ティールマン・リーメンシュナイダー作。 -
マールブルク、エリーザベト教会:「聖エリーザベト」。1470年頃の作。
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フリートリヒ通り。
1870~1871年の大きな戦争でのアシャッフェンブルク市民の戦死者とその家族を悼む記念柱。普仏戦争のことでしょう。 -
駅前から延びるフロージン通り。
突き当りがアシャッフェンブルク駅です。
最後の宿泊地ミルテンベルクに向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- frau.himmelさん 2012/07/23 18:14:17
- また重なりましたね。今回私も行きました。
- ベームさん こんにちは。
アッシャッフェンブルクにもいらっしゃったんですね。
実は今回私も行ったんです。
2006年、ドイツでワールドカップが開催された時には3週間滞在しました。
ベームさんの旅行記でシェーンタール公園を紹介していらっしゃいましたが、そこを抜けたところにアパートを借りて住んでいました。
お写真を拝見してとても懐かしかったです。
時期も同じ頃ですね、確か日曜日ではありませんでした?
同じように素人楽団の音楽演奏をやっていました。
それからヨハニスブルク城のレストラン、あそこもよく行きました。
フランケンワインが有名なんですね。ホントに懐かしいーー!
お召し上がりになったグリューネゾーセ、ゲーテが愛した料理だそうで、
前にドイツ語の授業で習いました。
私もどんな料理かと思っていただいたのですが、あんまり美味しくはないですね。何種類かのハーブで作るソースなんですって。
ベームさんは旅行記は完了なさったのに、私の方は1年がかりの大事業になりそうな雰囲気です。
ボチボチとやっていきます。
himmel
- ベームさん からの返信 2012/07/23 21:57:18
- RE: また重なりましたね。今回私も行きました。
- himmelさん、
今日は私から書き込みをし、また書き込みをいただきややこしくなってしまいました。
とても良いヒントをいただきました。”ありがとう”の後にもう一言”この町はとてもきれいな町ですね!”ですね。今度機会があれば試してみます。しかしシャワーのような言葉が返ってきたらどうしましょう。ヴィー ビッテ?とでも言いましょうか。またそこから話が繋がっていくかもしれませんね。
アシャッフェンブルクに3週間も、というと語学留学だったのですか。それならもう隅々までご存知ですね。マイン川の河岸、古い教会のある町、それこそ綺麗な町でした。アシャッフェンブルクはごみ分別でもっとも先進の都市って聞いたような気がします。
城のレストラン、あの日は天気がよく少し暑かったのでビールにしましたがワインも飲むべきでした。
おっしゃる通りあの日は日曜日でした。ということは何年も続いている日曜恒例の行事なんですね。周りで聞いている人たちも常連のようでした。
旅行記の作成、私のように短期間で仕上げてしまうともうすることがありません。ゆっくり吟味しながら作っていく方が楽しみが持続して正解だと思います。どうかボチボチでお願いします。
ベーム
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