2012/06/03 - 2012/06/03
7位(同エリア26件中)
ベームさん
11日目、6/3。
ミンデンからヒルデスハイムを経てブラウンシュヴァイクに行き2泊します。
まずはヒルデスハイム。
ヒルデスハイム:人口11万人。ハノーファーの南東30キロ。ハルツ山地の北辺。先の大戦で町の大部分が破壊されたが昔の儘に復興した。聖ミヒャエル教会、聖マリア大聖堂と二つの世界遺産を持つ。
815年司教座が置かれる。1367年ハンザ同盟。バルト海から随分内陸に入っていますが、でもハンザ都市だったのです。
写真は聖ミヒャエル教会の天井画。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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赤まる
ミンデンからハノーファー乗り換えヒルデスハイムへ。 -
ヒルデスハイム到着。
ミンデン8:07発RE、ハノーファー乗り換え、ヒルデスハイム着9:18。 -
ヒルデスハイム駅。
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ヒルデスハイム駅前。
今日は天気が悪く寒いです。人影は見えません。 -
駅前から右にビショフ=ヤンゼン通りを行きミヒャエル通りを右に曲がります。
突き当りに修復中の塔が見えます。聖ミヒャエル教会でしょう。 -
世界遺産聖ミヒャエル教会にやってきました。。
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聖ミヒャエル教会。
中に入ろうとするとミサをやっていました。そうだ、今日は日曜日だ。11時半から入れるという。出直そう、ここを見逃すわけにはいきません。
私と同じように入りたがっている外人が一人いました。後で来るとその人がやはり来ていました。思いは同じ。 -
聖ミヒャエル教会。
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聖ミヒャエル教会。
周りをぶらつき次なる大聖堂を目指します。 -
聖ミヒャエル教会。
絵葉書です。 -
聖マグダレーナ教会。
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聖マグダレーナ教会。
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ダム通りを歩いているとなにやら由緒ありげな建物。
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何だか分かりません。軒にはラテン語らしき言葉が書かれています。家訓でしょうか。
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大聖堂の手前にある教会のような、そうでないような建物。
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世界遺産、ヒルデスハイムの大聖堂聖マリア大聖堂にやってきました。
周辺は地面を掘り起こし大がかりな土木工事が進行中でした。 -
聖マリア大聖堂。
ここは目下大修復中で中に入れない、中庭にある1000年のバラは見られるが11時からとのこと。ここも出直しだ。ここも見逃すわけにはいきません -
聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
入り口だけ覗きます。 -
聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
周りをうろつきます。 -
聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
絵葉書です。 -
大聖堂のまわりの建物。官庁のようです。
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ヨセフィヌム・ギムナジウム。
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ギムナジウムの脇をすり抜け街の中心部の方に向かいます。
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古い石造りの家が続いています。
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聖十字架教会。
11世紀。 -
聖十字架教会から建物越しに聖アンドレアス教会の尖塔が覗いています。
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聖アンドレアス教会。
塔に登れますがエレベーターが無いので勿論パス。 -
聖アンドレアス教会。
1415年。 -
路上の所々に書かれているバラのマーク。これを辿ると効率よく名所を周れるようです。
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ホーマー通り。中心部に近づきます。
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市庁舎が見えてきました。人の姿はありません。
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マルクト広場です。
とうとう雨になりました。 -
市庁舎。
1290年、1954年再建。先の大戦でヒルデスハイムの街は破壊され、古い建物、教会などほとんど戦後の再建です。 -
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市庁舎前、怖い顔をした武人の噴水。
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市庁舎から広場を右回りに回ります。
テンペルハウス。1471年。
昔の都市貴族の館。観光案内所があります。 -
テンペルハウスのルネッサンス様式の出窓。
豪華な出窓は富の象徴だったそうです。 -
左テンペルハウス、右ヴェデキントハウス。
1598年。 -
ひときわ異彩を放つヴェデキントハウス。
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1階は金融センターとなっています。
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左リュントツェルハウス。
ヴェデキントハウスと同じ銀行SPARKASSE/貯蓄銀行です。
右ローラントハウス。 -
ベッカー・アムツハウス。パン職人組合の家。
1階はレストラン。1732年。 -
左パン職人組合の家。
右食肉業組合の家。 -
クノッヘンハウアー・アムツハウス。食肉業組合の家。
1529年。 -
食肉業組合の家。
1階はレストラン。数人の外国人観光客が寒さに震えながら開店を待っています。 -
左Stadtschenke/市酒場とでもいうのでしょうか。
右ロココハウス/ホテルファン・デア・ファルク。 -
毛織物職人のギルドハウス。
以上の建物が広場を取り囲んでいます。 -
マルクト広場。
今日は日曜日で雨、広場は閑散としています。気温も低くなってきました。 -
マルクト広場。
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広場にもバラのマークがありました。
バラの道、1983年となっています。 -
市庁舎のうらにある市教会聖ヤコビ教会。
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聖ヤコビ教会。
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11時になり再び聖ミヒャエル教会にやって来ました。
入った瞬間その明るく美しい堂内にびっくりしました。 -
聖ミヒャエル教会。
ドイツロマネスク最古の建築、1033年。1957年再建です。 -
絵葉書です。
天井に注目。 -
聖ミヒャエル教会。
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聖ミヒャエル教会。
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世界遺産、有名な天井画「エッサイの樹」。
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1230年頃描かれたキリストの系統樹で、ダビデ王の父エッサイからキリストまでの家系が描かれています。
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1300枚の板絵から成っています。
戦時中疎開させていたので元のままです。 -
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エッサイの樹部分。
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エッサイの樹部分。
ダビデ王。
天井が高すぎて私のデジカメではよい写真が撮れませんので以下3枚は絵葉書を借用しました。 -
ヒスキア王。
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ソロモン王。
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聖ミヒャエル教会のクリプタ。
創設者司教聖ベルンバルトの棺。 -
クリプタ。
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次に聖マリア大聖堂です。
1000年のバラの木の案内板。 -
回廊。
9世紀のバジリカの跡に建てられた聖マリア大聖堂。1020年、1960年再建。 -
身廊の後陣の壁にまとわりついているバラの木、これが「1000年のバラ」です。
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このバラが咲く限りヒルデスハイムの町は安泰だと言われています。
小さな花を沢山つけています。 -
このバラの由来が説明されています。
少し長くなりますが、こんなことが書かれています。
「ヒルデスハイムの1000年のバラ。伝説によると、ルートヴィヒ敬虔王が今のヒルデスハイムのあるエルツの近くで狩りをしていた時、聖なるミサに連なるためある森の丘に設営した。そこには宮廷の礼拝堂から聖遺物を持ってきていた。
王が宮廷に帰りミサを行おうとしたとき聖遺物を森の中に忘れてきたことに気が付き、急いで取りに戻るとその箱は1本のバラの木にかけられているのが見つかった。しかし手を伸ばしてもどうしてもそれを取ることが出来ない。王はそこに神の啓示を見た。
王はその場所に聖母マリアのための礼拝堂を建て、周りにバラの木(これが今後陣の壁につたっている1000年のバラ)を植えた。
1945年3月22日の空襲で1000年のバラは炎上。しかし落ちてきた後陣の石が火からバラの根を守った。8週間後、700歳の古い根から25の新芽が芽吹いた。
伝説ではこのバラはヒルデスハイムの建設された815年にさかのぼるという。野バラROSA CANINAの一種。」 -
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聖マリア大聖堂。
工事中のため中には入れません。 -
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聖マリア大聖堂。
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聖マリア大聖堂。
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昼にしようと歩いていると中華屋が見つかった。中をを覗いてみると「UDON SUPPE/うどんスープ」なるものがあるではないか。うわあ、かけうどんが食べられる。煎茶も注文しました。
出てきたのがこれ。見た目はおいしそうですが、麺も味もまあなんというか、およそ日本のそれとは異なるものでした。しかし久しぶりなので喜んで食べました。9.5ユーロ。 -
駅へ向かいます。
街角で見かけた奇妙な像。
若者の背中に怖い顔をした小人がのしかかっています。小人(キリスト)を背負って川を渡る聖クリストフォロスかもしれません。 -
カリヨン。
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赤い傘をさした婦人(前方を歩いています)に駅への道を訊きました。真っすぐと指をさすのでのその方を見たら駅が見えていました。その方もスーツケースを引いて駅の方に歩いていくので、道を尋ねておきながら先を行くのは拙いと思いわざと遅れて後を行きます。
雨に降られ寒いヒルデスハイムでしたが聖ミヒャエル教会の天井画と聖マリア大聖堂の1000年にバラを見ることが出来まあ満足。うどんらしき物も食べられたし。
宿泊地ブラウンシュヴァイクに向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- コットングラスさん 2012/07/02 17:09:59
- こんにちわ
- ベームさん
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂のバラ、2年前を思い出します。
あのばらには戦後新しく生えてきてしっかり育った枝にその年号が巻かれていたかと思います。
自分の生まれた1949の年号には思わず感激してしまいました。
私もヒルデスハイムは日曜日でしたが、世界遺産のミヒャエル修道院の日曜礼拝に出席できたことも良き思い出です。
旅行記ゆっくり拝見させてもらいます。
コットングラス
- ベームさん からの返信 2012/07/03 20:46:35
- RE: こんにちわ
- コットングラスさん、
投票ならびにメッセージ有難うございます。
私とほぼ同じ時期にドイツに行っておられたのですね。南と北に分かれていたようですが。
ライヒェナウ、マイナウ島、懐かしいです。2006年初めてドイツに行ったときの訪問地です。
まだまだお互い旅行記が続きそうですね、楽しみにしています。
ベーム
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