2012/06/06 - 2012/06/06
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パパ旅行者さん
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かつて知った山の村へ、日帰りで行ってきました。
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しばらく知らない村を訪ねていましたが、久しぶりにかつて知った村に行ってみることにしました。
村は、幹線道路から4キロほど山道を登ったところにあります。
行き方は、ミニバス(農村客運)かバスで、幹線道路を行き、村への入口で降りて、村の人にバイクで迎えに来てもらうか、歩くかです。
ミニバスは、お客がまだ少なく、すぐに出発しそうにありません。
ミニバス乗り場を離れて、幹線道路を走る定期バスの通り道で、バスを待つことにします。 -
しばらくするとバスが来て、乗ることが出来ました。
定期バスも座席が空いていなければ、乗せてくれません。
乗れたのは、空席があったからです。
たぶん昔なら、満席でもいくらでも乗せてくれたのだと思います。
今はバス会社の管理も厳しくなっているのでしょう。 -
村の入口で、バスを降ります。
これからこの道を登ってゆきます。 -
昔は泥道で、雨季にはどろどろになったそうです。
いまは石敷きの道です。
そのうち舗装されるかも知れません。 -
山の畑に植えられているのは、玉蜀黍?
登っていたときにははっきり見えたのですが、あとで写真を見るとよく分かりません。 -
木の枝と葉っぱの間から覗く風景。
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村では最近コーヒー栽培がさかんです。
村へ行く途中には、「コーヒーを乾かす場所」が、最近作られました。 -
山の畑の間を、電線が走っています。
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野良に行くおば(あ)さん。
かつて知った顔です。 -
村の裏口に着きました。
分かれ道ですが、どちらからでも村に入れます。 -
右の道を選びました。
久しぶりにあった女性は、最近出産したところでした。 -
民家の壁にも、政策スローガンが書かれています。
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玉蜀黍のお酒を、自家蒸留しています。
違法ではありません(と思います)。 -
別の場所では、女性たちがビールを飲んでいました。
このふたりは、トランプゲームをしながら、負けた方が、ビールを少し飲む遊びをしています。
左側の女性は、漢族と結婚して、子供もひとり産んだのですが、子供を残して村に戻ってきたそうです。
今は村の男と再婚して、乳児がいます。
「授乳するのにビールを飲んで大丈夫?」と聞くと、「少しなら大丈夫」という答えでした。 -
お母さんがトランプ遊びをしているあいだ、子供は竹籠の中で眠っていました。
首には、魔除けのコインが結ばれていました。 -
竹と茅の家は、もうありません。
煉瓦の家に取って代わられ、煉瓦の家は、木やセメントとタイルの家に、取って代わられつつあります。 -
むかし雨が降ると、どろどろになった村の道も、セメント敷になっていました。
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山の村に、村の女性と結婚して入ってきた漢族の老人が、鍬を担いで歩いていきました。
そのむかし、村の近くの幹線道路の工事にやってきて、村の女性と知り合って、結婚したのだそうです。
以前に話を聞きましたが、悲しい身の上もあって、泣きながら話をしてくれました。 -
山の斜面は、めいっぱい畑に使われています。
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別の村の道には、竹が覆い被さるようにはえていました。
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「村公所」です。
かつてここで「大鍋飯」を食べたようです。 -
最近また政府が、新しい運動を始めたようです。
「平安家庭」と書かれたプレートが家々に掛けられていました。 -
女性が家の前で、お茶を乾かしていました。
お茶も主要農産物のひとつです。 -
セメントやブロックが見える、別の村の道。
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屋根瓦を修理する人がいました。
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別の道から、「村公所」を眺めます。
紅い中国の国旗がはためいていました。 -
前に来たときもお世話になった、おばあちゃんの写真を撮りました。
老齢で、前も野良に出ずに、家で仕事をしていましたが、最近は脚がまた悪くなり、前にしていた豚の餌作りも出来なくなったそうです。 -
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村の子供です。
パンツを穿いていなかったので、上半身を撮りました。 -
「平安家庭」の上には、よく見ると、魔除けのサボテンが、串に刺されて、置かれています。
幼い子供を悪霊から守るためのものです。 -
夕方、放牧から帰ってきた人と水牛。
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機を織る人がいました。
ショルダーバッグを作るのでしょう。
たぶん売るための仕事です。 -
村のあちこちの道が、セメント敷になっていました。
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家の横の鶏小屋から、鶏が顔を見せていました。
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家の塀を直す人。
おおむかしは、塀なんか作らなかったはずですが。 -
村を出て、歩いてみました。
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最近はコーヒー作りがさかんです。
どこかの「老板」が、苗をくれ、出来たら豆を買ってくれるそうです。
丸抱え方式ですね。 -
あまりきれいな風景ではないですが。
どこの村でも、ゴミをかまわず、そのまま捨てている場所が必ずあります。 -
また「村公所」に戻ってきました。
大型トラックとトラジ(トラクター)のトラックが停まっていました。 -
「書記」の家で、ご飯をごちそうになりました。
豚肉料理もありますが、南瓜の蔓のスープが一番おいしかった。
町にいると、米線や「快餐」(ぶっかけ飯)ばかりで、野菜が足りなかったからでしょう。
「書記」の奥さんも、「町のご飯は不味い。たくさん食べてゆけ」と言いました。 -
帰りは、「書記」がバイクで、幹線道路脇まで送ってくれました。
20分ほど待つと、孟連発瀾滄行きの定期バスが通りかかりました。
首尾よく空席があり、乗せてくれ、瀾滄に戻りました。
交通が便利になったものです。
昔なら帰れないので、そのまま村に泊まることになったでしょう。
交通が便利になったおかげで、村に泊まる機会を失ったような気がしました。
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この旅行記へのコメント (3)
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- がおちんさん 2012/07/02 01:29:47
- 変わりゆく村
- パパ旅行者さん
現在の村の様子と、「昔はこうだったのだろうな」という想像をふくらませながら読み進みました。
バスを下りて、村に上っていく道。眼下に見える風景。村を訪ねるときのわくわく感が伝わってきます。昔はドロドロだった道がセメント敷きになり、家はレンガやセメントに代わっていく。一方で水牛が野良から帰り、機を織る懐かしい姿も見かける。生活が豊かになり、便利になるとゴミの問題などが生じる。私が久しぶりにプーラン族の村を訪れた時と同じ光景です。雲南の村はこれからも変わり続けていくでしょうね。
書記の家でふるまわれた食事、美味しそうです。どんな有名店で食べるご馳走よりも、味が心にしみてきますね。
がおちん
- パパ旅行者さん からの返信 2012/07/07 23:19:41
- RE: 変わりゆく村
- がおちんさん
いつもコメントをありがとうございます。
私は昔の雲南を知りませんが、がおちんさんの旅行記を見ながら、今の雲南を歩くと、変化ばかりが目につきますね。
がおちんさんのモンフン再訪の旅行記(だったか?)に、昔のダイ料理店のご主人の息子さんが、「豊かになったし、今の政府政策には満足している」というような感想をもらしているのが出てきますね。
私も同じような声を聞きます。
90年前後と比べて、少数民族の人びとも、中国国民という意識が強くなっているのでしょうか。
パパ旅行者
追伸: 4トラベルさんがサイト更新をして以来、MYページに入れなくなり、旅行記の投稿が出来なくなりました。中国からのアクセスが制限されているのか、他の原因か分かりません。ようやくいろいろなページを経由して、掲示板にたどり着きました。
- がおちんさん からの返信 2012/07/08 18:44:35
- RE: RE: 変わりゆく村
- パパ旅行者さん、こんにちは。
> 90年前後と比べて、少数民族の人びとも、中国国民という意識が強くなっているのでしょうか。
一般的にはそうだと思います。特に若い世代の人は漢族とあまり変わらない印象を受けますね。昔とは生活環境も違うし、情報量や交通網も飛躍的に発達したので当然かもしれません。でも、雲南の田舎で訛りのない普通語を話されると、なんかつまんないです(笑)。
はやく投稿できるようになるといいですね。次の旅行記を楽しみにしています。
がおちん
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