2004/04/18 - 2004/04/23
888位(同エリア1811件中)
玄白さん
1年半前にリタイアし、昔の写真の整理を少しずつしています。
これは8年前の現役バリバリのころ、ロシアに出張したとき仕事(会議)の合間に見て回ったサンクトペテルブルクつまみぐい観光の記録です。
渡航手続きの煩雑さやら、外国人滞在記録管理のためホテルでチェックイン時にパスポートを翌日まで召し上げられたり、街中で警官や軍人がやけに多かったりと、ソ連崩壊から13年経っていてもまだまだソ連時代の重苦しいシステムが残っている印象でした。西欧のように気軽に個人旅行するには、なかなかしんどい国だと思います。とはいえ、帝政ロシア時代の建造物、芸術作品は、すばらしいものが多く街並みも美しく整い、訪れる価値がある街だろうと思います。
今回は、会議の主催者が、空港の送迎やら、郊外のエクスカーションやら手配してくれたので、パック旅行のような気楽さで滞在を楽しめました。
もう一つ印象に残ったこと、それは20代前半までの若い女性にスリムな美人が多いこと、中高年になると貫禄たっぷりの女性に変貌していることです。これは「食生活の影響が大きい、厳しい冬が長く野菜が少ないので、肉や乳製品、脂肪分たっぷりの食品ばかり食べているからだ」と会議主催者が雑談の中で言っていました。
今回の旅行スケジュールは
4/18 成田発 フランクフルトへ 乗り継ぎのためホリデーインフランクフルトエアポート一泊
4/19 午前中にサンクトペテルブルクへ移動 午後 市内観光
4/20 終日 仕事(会議)
4/21 午前 仕事(会議)
午後 エクスカーション&レセプションパーティ
4/22 午前 仕事(会議)
午後 市内観光
4/23 フランクフルト経由で帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4月19日
午後にフランクフルトよりサンクトペテルブルク プルコヴォ空港着。会議主催者のDr.G○○○が出迎え、ホテルに送ってくれた。ホテルは、Angleterre Hotel
まだ、午後4時前なので、ホテルで一休みしたあと、目の前のイサク聖堂を見に出掛ける。エルミタージュと並んでメジャーな観光スポットだ。世界遺産にも登録されている高さ100mを越す大聖堂だ。ソ連時代には、博物館にされていたそうだが、ソ連崩壊後は、ロシア正教会としての機能を取り戻している。 -
壁一面に数多くのイコンが描かれている。
遅い時間のせいか、極わずかの観光客しかおらず、静寂の中で荘厳な雰囲気に浸ることができた。 -
ステンドグラス「キリストの復活」
鮮やかな赤が美しい -
アーチ型の天井にも豪華な装飾が施されている。
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クーポラ(ドーム状の天井)に描かれた天井画。中央の白鳩がひときわ目立つ。もちろん、白鳩はキリスト教では、聖霊のシンボルである。
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レリーフが施された重厚な青銅の扉。
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別の入口から別料金を払って、クーポラの金色の屋根の下の回廊まで登って見た。360度サンクトペテルブルクのパノラマがすばらしい。
左の大きな建物が、今回宿泊したAngleterre Hotelだ。 -
ロシア帝国海軍省(左の金色の塔がある建物)とエルミタージュ(中央から右側の建物)が遠望できる
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イチオシ
ホテルの部屋から眺めたたそがれ時のイサク聖堂のシルエット
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4月20日
さあ、今日から仕事! 会議会場はヴァシリエフスキー島のサンクトペテルブルク大学の近くの研究機関だ。初日なので早めにホテルを出て、散策しがてら徒歩で会場まで行くことにした。4月下旬だが、朝早い時間だとコートが欲しくなるほど寒い。
写真はヴァシリエフスキー島のネヴァ川沿いに立つ人類学・民俗学博物館、別名「クンストカメラ(珍品の館)」。中に入る時間は取れなかったが、物珍し好きのピョートル大帝が世界中から集めた動物の標本やら鉱物標本など100万点を越すコレクションがあるという。日本の雛人形や鎧兜もあるらしいが、極めつけは、シャム双生児など奇形児のホルマリン漬けや、大帝みずから抜いた歯のコレクションなどもあるという。 -
ヴァシリエフスキー島に渡るドヴォルツォヴィ橋の上。通勤時間帯で島に行く方向は大渋滞だ。島には、色々な学術研究機関、大学が集まっていて、そこで働いている人達の通勤車だろうか。
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ペテロパヴロフスク要塞と聖堂の尖塔が朝日に照らされている。
この要塞は、18世紀にピョートル大帝が対スェーデン戦で、防衛のために築かれ、サンクトペテルブルク発祥の地である。帝政ロシア時代には政治犯収容所としても使われ、ドストエフスキーやレーニンもここに投獄されたことがあるという。 -
オストラの灯台柱。ヴァシリエフスキー島の東端のドヴォルツォヴィ橋のたもとにある。古代ギリシャ・ローマ時代の海戦では、勝利の記念に敵船の船首を切り取る風習があったようで、それを模してフランス人建築家がここに、この灯台を築いたそうだ。
帝政ロシア、特に初代のピョートル大帝のころ、先進国である西欧への憧れの気分が強く、建築、文化芸術面でも西欧の文物を積極的に取り入れている。宮廷サロンでは、公用語がフランス語だったという話を聞いたことがある。 -
国立サンクトペテルブルク大学。レーニン、ロシア大統領プーチン、首相メドベージェフ、作家ツルゲーネフなど錚々たる人物を輩出しているロシアの名門中の名門大学。フィギュアスケートの川口悠子選手もこの大学を卒業している。
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ソ連の水爆の父と呼ばれている物理学者のサハロフ博士の銅像が、大学に近くの広場に立っている。
後に自らの良心に基づいて反体制運動、人権活動に取り組み、人権、市民的自由、ソ連の改革を主張する活動に取り組んだ。 -
今回の出張仕事の会場である 「Innovative Technology Centre」
サンクトペテルブルク大学のすぐそばにある -
会議参加者は20人ほどしかいないのに、随分大きな会場を準備したものだ。
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ソ連が崩壊して13年になるが、あちこちにレーニンの肖像が残っている。
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観光だけでなく、仕事もしたという証拠写真。会議本番に備え、日本のメンバーで最終打ち合わせ。
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4月21日
今日は会議は午前中のみ。午後は主催者が手配してくれたエクスカーションでサンクトペテルブルクの南に位置するツァールスコエ・セローという村にあるエカテリーナ宮殿に出掛けた。 -
宮殿正面玄関。白と水色を基調にした外壁に金箔の装飾が施された絢爛豪華な宮殿である。ピョートル大帝の2番目の夫人エカテリーナ1世がピョートルのために造営し、後に娘のエリザヴェータが改築した。全長300mを越す長大な宮殿で、相当離れないと全てを写真に収めることができない。
江戸時代の回船問屋の船頭だった大黒屋光太夫が嵐でアリューシャン列島に漂着しロシアに滞在したあと、日本帰国を女帝エカテリーナに願い出たのも、この宮殿である。大黒屋光太夫は、井上靖が小説「おろしや国酔夢譚」で題材にしている。 -
ツアー旅行よろしく、宮殿入口で会議参加者一同で記念写真。
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正面入口内部の階段
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大広間。これでもかというほど金色の装飾がまばゆい。大黒屋光太夫も、この部屋でエカテリーナに謁見し帰国の許可を得たのだろうか?
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豪華なダイニングルーム。宮殿にはいくつかのダイニングルームがあるが、そのうちの一つ。
ロシア宮廷料理は、フランスから宮廷料理人を招いて作らせたことから始まる。とにかくロシア宮廷は西欧文化、特にフランス文化が憧れであったのだ。当時のフランス料理が多くの種類の料理を一度に供するスタイルだったのに比べ、ロシアでは寒冷地であったため、料理が冷めないよう順次に皿を供するスタイルとなった。これがフランスに逆輸入され、現在のコース料理の形式が成立したという説があるようだ。 -
肖像画の間に歴代皇帝、女帝の肖像画が掲げられている。これはだれなのか、記憶は定かでない
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エカテリーナ宮殿最大の見どころ、琥珀の間。部屋の壁、天井一面全て琥珀でできている。総重量6tもの琥珀が使われているそうだ。1770年、エカテリーナ2世の時代に完成しているが、第2次世界大戦でナチスドイツが、ここに侵入し琥珀を持ち去り、宮殿は破壊された。大戦後、宮殿の修復が行われたが、琥珀の間は肝心の琥珀がないため、しばらく修復されなかったが、1979年から24年かけて、地道な努力でようやく復元完成した。今回訪れたわずか1年前のことである。
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イチオシ
現在では、琥珀の間だけは写真撮影禁止になっているようだが、2004年4月時点では、自由に写真撮影可能であった。とはいえ、観光客でごった返しているので、余計な人物を入れないように撮影するには苦労した。
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となりの間との間のドアの上にも琥珀の細工が施されている
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絵画の額縁まで琥珀で出来ている。
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琥珀! 琥珀! 琥珀!
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床は華麗な寄木細工でできている
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エカテリーナ宮殿見学が終わり、サンクトペテルブルクに戻る途中、郊外のロシア料理レストランでパーティだ。レストラン名は忘れてしまった
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レストランのオーナーか支配人の歓迎の挨拶
どんな料理だったかは忘れてしまった! -
ドイツS○○○t社のDr.H○○○nとツーショット
飲み慣れないウォッカまで飲み、良い気分でバスに乗り込み、サンクトペテルブルクまで熟睡。 -
4月22日
昼前に会議終了。昼食もそこそこにして市内観光へ。
一旦ホテルに戻り、書類やパソコンを置いて身軽になってから、デカブリスト広場の青銅の騎士像(ピョートル大帝像)の前を通り宮殿広場へ。
この銅像もエカテリーナ2世が建立したもの。 -
宮殿広場へ。広場の中心には高さ47.5mのアレクサンドルの円柱が立ち、南側には旧参謀本部の建物が構える。アレクサンドルの円柱は、ナポレオン戦争勝利記念として建てられたもの
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旧参謀本部。
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宮殿広場で軍楽隊が演奏行進をしている。何かのイベントのリハーサルなのか、定期的な訓練なのかよくわからない
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近くで見ると、まだあどけない顔をした若い兵士も混じっている。
ロシアは先進国ではほとんど見られなくなった徴兵制が生きている。対象年齢は18〜27歳だが、出生率の低下で徴兵制の維持が難しくなっているのだそうだ。 -
イチオシ
旧参謀本部の凱旋門アーチ越しにエルミタージュを望む。
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宮殿広場から見たエルミタージュ美術館。薄い青緑色と白を基調にした外壁、建物の様式が、昨日行ったエカテリーナ宮殿とよく似ている。
いまさら、書くまでもないが、ここはもともとロマノフ王朝ロシアの宮殿(冬宮)で、特に西欧絵画収集に熱心だったエカテリーナ2世が集めたコレクションをはじめ、300万点におよぶ膨大な美術品が集められている。 -
数多くの収蔵品・展示品をじっくり鑑賞するには、丸一日かけても時間が足りない。この美術館のすばらしさは、コレクションだけでなく、絢爛豪華な建物そのものも鑑賞の対象だ。
ものすごい数の観光客で溢れており、ダビンチの作品など団体旅行の見学コースに入っている有名な絵画の前は、黒山の人だかりで、とてもゆっくり見られる状況ではない。ということで、絵画ではなく、各部屋の豪華な調度品、装飾、建築様式を中心に見て歩くことにした。
ここは、有名な大使の階段。バロック様式の豪華な装飾がふんだんに施されている。宮殿として使われていたときには、皇帝に謁見する各国大使が、この階段を登って謁見の間に進んだ。 -
同じく大使の階段
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大使の階段を登りきったところにある金の装飾が施された扉
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イチオシ
ゲオルギウスの間。皇帝の玉座が置かれている
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孔雀の間だったか? あざやかな緑色をした孔雀石の円柱や置物が印象的だ。
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ゴージャスなシャンデリア
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パビリオンの間
エカテリーナ2世のプライベートな部屋として使われていたという。
小市民である自分には、こんな広い部屋では、かえって落ち着かないのではないかと思ってしまう -
パビリオンの間に置かれている「孔雀時計」。これはからくり時計になっていて、時間になると羽を開くらしい
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小玉座の間(ピョートルの間)
玉座の後の絵にピョートル大帝とローマ神話の知恵の女神ミネルヴァのツーショットが描かれている -
黄金の間。壁一面が金色である。趣向はまるで違うが、ふと秀吉の金の茶室を思い出した。
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黄金の間
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紋章の間?
広い部屋のあちこちに置かれたガラスケースの中に、宝石・装飾品が展示されている。 -
ラファエロの回廊
天井のアーチには旧約聖書アダムとイブからキリスト磔刑まで聖書の52のエピソードが描かれている。 -
小さな部屋だが、陶器の調度品が美しい。
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皇帝の図書館
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サンクトペテルブルクは、もともと対スェーデン防衛のための要塞を中心に、湿地帯の原野を切り開いて築かれた町だ。そのため、至るところに運河が張り巡らされている。
これは血の上の救世主教会に続くグリボエードフ運河 -
イチオシ
運河のほとりに建つ血の上の救世主教会。1881年に皇帝アレクサンドル2世がナロードニキ反体制活動家によって、ここで暗殺された。後を継いだアレクサンドル3世によって暗殺場所に建立された教会である。革命後ソ連政府によって閉鎖され野菜倉庫として使われたり、第2次大戦で損害を受けたり、オペラ劇場の倉庫として使われたり散々な目にあった歴史を持つが、27年間の修復を終えて1997年に一般公開されている。ただし、ロシア正教会の正式な聖堂としてではなく、半ば博物館としての再開である。
それにしても、「血の上の教会」というネーミングは日本人の感性にはないセンスだと思う。 -
ここを訪れたのは閉館間際であったため、内部はざっと見るだけで、じっくり撮影する時間がなかったため、写真撮影料も払わなかったと記憶している。
ただ、ラピスラズリを多用した青く美しいモザイク画が壁一面に施されている教会内部の姿は今でもはっきりと記憶に残っている。
短い滞在だったが、西欧文明に追いつこうと懸命に国家運営をしてきたロマノフ王朝家のすばらしい遺産を目にすることができた。しかし、現代ではかけがえのない文化遺産は、過酷な農奴制による支配・収奪が財政基盤であったという事実、それゆえに社会主義革命勃発も歴史の必然であり、その革命政府もいつしか変質しソ連崩壊に至ったという歴史にあれこれ思いをいたしながら、翌日帰国の途についたのであった。
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