2012/06/12 - 2012/06/12
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ヴェラnonnaさん
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娘が住む 京都・三宅八幡に一か月 滞在中に行った曼殊院。
京都へは 自宅から近い事もあり 学生時代から度々行っていたものの 今回、初めての 曼殊院 拝観です。
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曼殊院門跡 以下 入り口でペラッと渡された説明書きより・・・
曼殊院は8世紀、もと伝教大師の草創に始まり 比叡山西塔北谷にあって東尾坊と称した。
947年、天暦元年 当院の住職 是算国師は菅原氏の出であったので 北野神社が造営されるや 勅使により別当職に補せられ 以後歴代 明治の初めまでこれを兼務した。
1108〜9年、平安後期の天仁年間、学僧 忠尋座主が 当院の住職であった時
東尾坊を改め 曼殊院と称した。
現在の地に移ったのは 1656年、明暦2年で 桂宮智仁親王の後次男(後水尾天皇猶子)良尚法親王の時である。
親王は 当院を御所の北から修学院離宮に近い 現在の地に移し 造営に苦心された。
庭園、建築ともに親王の識見、創意によるところ多く 江戸時代初期の代表的書院建築で その様式は桂離宮との関係が深い。
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修学院から真っ直ぐ 鷺森神社を目指します。
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周辺地図。
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鷺森神社、素盞嗚尊 (スサノヲノミコト)が祭られています。
毎年5月5日の例祭「七里祭」(サンヨレ祭)には 少年達が着物姿に紅たすき、菅笠姿で手には扇子を持ち‘さんよれ、さんよれ’のかけ声で鉦、太鼓で神輿とともに巡行コース、赤山禅院発→氏子町→鷺森神社をねり歩きます。
境内は 蝋燭の灯の中 奉納される子供たちによる神楽は 幻想的だそうです。 -
鷺森神社境内から 小道を歩き 曼殊院へ。
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ここから 坂道がきつくなります。
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天満宮(菅原道真公を祀る祠。曼殊院内の一番古い建物で、鎮守堂でもあります。)その脇を抜けると すぐ前に 曼殊院。
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高い石段の上に西に面して立つ曼殊院の正門 、勅使門。
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入り口の 通用口庫裡(玄関)。 下の台所とも言われる 使用人や 一般の人用の台所。寺院の台所(大台所)です。
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内部の 各部屋や襖絵、屏風は 痛みが激しい事もあり 撮影禁止です。
お庭は 撮影可。 -
狩野永徳筆、虎の襖絵のある 虎の間を通り 中庭を眺めます。
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庭園は 遠州好みの枯山水。
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鶴島の五葉の松は、樹齢400年。松の根元にはキリシタン燈籠。
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庭園が眺められる廊下の後ろには 十雪の間のある 大書院 と 黄昏の間がある小書院が 位置します。
月型卍(万字)崩しの欄間が美しい 大書院・十雪の間に設けられた違い棚の様式は 用材ともに 桂離宮と同じもので 同時に作られたそうです。 -
小書院の黄昏の間(京都naviから拝借) 正面左に十種類の寄木でつくられた 曼殊院棚と呼ばれるものがあります。
探幽の襖絵で知られている黄昏の間の 襖絵は 痛みが激しいそうで 現在は取り外されています。 -
亀島を眺めます。
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小書院 入り口にある 梟フクロウの手水鉢は 下の台石は亀、傍の石は鶴をかたどっているそうです。
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五月初旬には ツツジが咲き、そして秋には 紅葉で見事な 素晴らしい眺めが堪能できます。 が 人出も かなりスゴイらしいので 今の端境期が のんびり庭園を 眺めるには 良いかも・・・
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当代きっての文化人であった 良尚親王が 来客に振舞ったお食事を 用意した 台所。
御所からの高貴な方や高僧を招いて 一種の文化サロン的な 役割を果たしていたそうです。 -
内部は撮影禁止の為 外から映しましたが 大きなかまどや、数か所に設けられた炉が 印象的でした。
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谷崎純一郎氏がら寄贈された釣鐘。
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天満宮 隣接する 弁天堂を 抜けて帰ります。
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ここから 叡山電鉄 修学院まで 下り坂なので 徒歩15分。
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紫陽花の 美しい季節でした。
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