2011/03/06 - 2011/03/06
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夜間飛行さん
2011年3月のプラハ旅行 第2日(その1c)プラハ国立技術博物館 オートバイ編
2-1 プラハ国立技術博物館 総集編
2-1c - オートバイ編
2-2 軍事史博物館
- 同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Walter B (1909)
草創期、Walterが製造したオートバイ。
#1103-09089(#9090) -
Pace motorcycle for cycle races (around 1910)
かつて、先行するオートバイや自動車の後ろを自転車が走る形式のレース "Motor-paced racing" は、人気のあるスポーツだった。ペースオートバイにははライダーが直立して乗り、風を受けることで、後続の自転車はスリップストリームを利用して長い距離を時速100kmのスピードを維持して走行できた。ペースオートバイは特注で作られたが、展示はその典型的な一例。
#1103-09095(#9094) -
Jaroslav Janatka Itar 710 (1924)
第一次世界大戦では、オートバイの利用も技術的革新の一つだった。オーストリア=ハンガリー帝国も、多くのオートバイを国内のメーカーから調達した。
#1103-09104(#9103) -
CAS Sc (1921)
第一次世界大戦の後、軽快に走り回れるスクーターが出現した。この最初スクーターは、プラハのCASが製造した。
CAS (Ceska automobilova spolecnost)
#1103-09105(#) -
プラハでスクーターにのる女性
#1103-09106(#) -
Indian Scout 37 (1927)
アメリカ製のオートバイ、インディアン(Indian)が紹介されると、オートバイはようやく信頼性の高い交通手段として認知された。インディアンのマシンは、チェコスロバキアで最も広く普及したオートバイとなり、数千台が販売された。
#1103-09110(#9111) -
インディアンスカウト37 サイドカー付き
#1103-09113 -
Dalnik 250 prototype (around 1942)
ズブロジョブカのプロジェクトの一つとして、ドイツの占領下にJan Anderle が作ったプロトタイプ。Dainikと名づけられた。ボンネットつきの二輪車で、自動車の快適さとオートバイ並みのランニングコストを両立させるアイデアだったが、この時代には先進的すぎた。後にスイスのメーカーがAnderleのアイデアを採用してエコモビル (ecomobile)を世に出した。
#1103-09126(#9128) -
Dalnik 250 prototype
#1103-09127(#) -
Dalnik 250 prototype
#1103-09130(#) -
博物館の壁には自転車とオートバイの歴史を語る実車が並んでいる
#1103-09267
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